戦後処理
一通りの交渉が終わり、ルルシャンティエが書類を整え始めた頃、シャルマタはふと口を開いた。
「一つ、聞いていいか?」
「ええ、どうぞ」
「あの娘……エルアリーゼの強さは認める。あれこそ魔王……というものなんだろう」
シャルマタは腕を組んだ。
「だがあれは……王の器とは到底思えん。年相応の子供が背伸びしているだけだ。俺の目には、お前も仕方なく合わせてやってるだけに見えるんだが……違うか?」
ルルシャンティエは手を止めなかった。書類を整えながら、少しだけ間を置いて答えた。
「……否定はしません」
「やっぱりか」
ルルシャンティエはペンを置き、窓の外に視線を向けた。夕暮れの空は赤く染まっている。庭ではエルアリーゼが何やら奇怪な怪物を呼び出し、花壇の薔薇を根元からバリバリと食べさせている。そういえば以前から花より実の生る木を植えるべきだと言っていたなと思いつつ、高価な薔薇が化け物の餌になっていく様を見て溜め息を吐く。
「元々あの子に王の資質は有りませんでした。だから両親もあの子に無駄な野心を持たせまいとしていましたし、外に出す事も極力控えていたのです」
シャルマタは黙って続きを待った。
「ですが、どういう訳か急に王を目指すと言い出し、両親と兄を殺して家督を奪い取りました。突然の事で、私もあの子に従うしか選択肢は有りませんでした」
淡々とした口調だった。両親と兄を殺した。シャルマタはあの娘ならさもあらんと思いつつ、目で続きを促す。
「内政には興味がない、外交は丸投げ、人の気持ちを慮る事も得意ではない。宣戦布告を事前に相談もなく送るような子ですから、当然国などまともに治められよう筈もありません」
「私がリーゼに従うのはそうしなければ生きられないというのも有りますが、最悪の事態だけは避けたいからです」
「最悪の事態か……何となく察するが、お前は何を最悪と考えているんだ?」
ルルシャンティエは静かに、しかしはっきりと言った。
「様々な事が考えられます。しかし一番良くないのは、リーゼは何が起こっても、どんなに失敗しても最終的に力で解決出来てしまう事です」
シャルマタは眉をひそめた。
「例えば杜撰な政治を行って、国家が存続出来なくなる程の財政破綻を起こしたとしても、リーゼなら幾らでも民を弾圧、毟り取る事が出来ますし、何なら他所の国から無理矢理金や土地を奪い取る事も出来ます」
「あんな子ですから、国を作っても碌な統治は出来ないでしょうし、失敗する度に他所に攻め込み、好きなだけ奪っていく、そして誰もそれを止められない……リーゼだけならそうなってもおかしくありません」
「あの様子なら……有り得るな」
シャルマタは今日一日を思い返した。首都を一瞬で消し、六千の軍を相手に破滅の神を呼んで見せ、伝説の転移魔法を当たり前のように使う。あの小娘が力に任せて動けば、誰も止められない。それは嫌というほど理解させられた。
「リーゼ自身も思う所があるのか、内政についてはほぼ私に一任していますね」
「なら、止められないのか?お前の立場ならあの娘を御し易い様に思うのだが?」
ルルシャンティエの表情が曇った。普段感情を表に出さない彼女が、珍しく言葉を選ぶように間を置いた。
「それは——」
少し間があった。
「私の弱い所ですね……私は少しでもリーゼの機嫌を損ねるのが怖いのです。あの子に冗談は通じません。我儘と思われるかもしれませんが……私だってもう少し長生きしたいのです」
シャルマタは眉を上げた。この姉が、そんな本音を打ち明けるとは思っていなかったのだ。
「そりゃご尤も……つまりお前は消極的ではあるが、最悪の事態は避けようと動いている訳だな?」
「貴方も目の当たりにされたのでしょう?何をされました?欠伸一つで軍を壊滅させられましたか?それとも毒と酸の雨でも降らされましたか?あの子に常識は通じませんし、加減も知りません。きっと酷い目に遭われた筈です」
「首都は天を貫く程の巨人に壊滅させられたらしい。俺自身が見たのは破滅の神、轟天オルゾベートだな。まあ、実物なんざ初めて見たからあれが本物かどうかは判らんが……遥か上空に顕現しただけで全軍焼き殺されかけたぜ」
シャルマタの声に、苦いものが混じっていた。土砂に埋まり、壊滅した首都と空を焼く破滅の神の姿はまだ脳裏に焼きついている。
「……あの娘、そんなものまで呼び出せたのね」
ルルシャンティエは眉間を押さえた。また一つ、知らなかったエルアリーゼの力が明らかになった。把握しきれない。いつになっても全容が掴みきれない妹だった。
「正直私だけではあの娘を止められません……ですからシャルマタ様、私と組みませんか?」
シャルマタは少し間を置いた。先ほどまで敵対していた筈の女が、今度は同盟を持ちかけてきた。唐突ではあるが、言っている事の筋は通っている。
「……判らんでも無いし、構わないが、お前さんは会ってすぐの俺をそこまで信用出来るのかい?」
「貴方のお立場と経歴を信用致しました。それにお互いにとって悪い話では無い筈です。私は貴重な仲間が増えるし、敗戦国の王たる貴方は、戦勝国の宰相にこれ以上ない程取り入れるではありませんか」
それに——とルルシャンティエは続けた。
「どんなに嫌でも、あの娘が王になると決めた以上、我々はエルアリーゼの下で、少しでも良い椅子に座れる様足掻く他無いんです」
シャルマタはしばらく黙っていた。負けた悔しさはある。認めたくない気持ちもある。しかしこの女の言っている事は、合理主義者として否定できなかった。
「……お前は達観してるんだな。正直俺はまだ気持ちの整理がついていない」
「今すぐ返事をしろとは申しませんが、此方での滞在中に決めて頂けると助かります」
「あー……仮にこの話を断ったらどうなる?」
「止められたかも知れない戦いや、防げたかも知れない犠牲が増えるかもしれませんね」
ルルシャンティエは淡々と続けた。
「断ったとして私からシャルマタ様に何か制裁を与える事はありません。なんならリーゼに告げ口して貰っても構いませんが、リーゼが私の話を聞かなくなるだけですので、オススメは致しません」
「だよな……分かった。お前さんと手を組む事にする」
「文章で残しますか?」
「いや、必要無い。お互い裏切れないし、裏切るにも利が無さ過ぎるからな」
「ありがとうございます」
ルルシャンティエは小さく頷いた。表情は変わらない。しかしその目に、僅かな安堵が滲んだ。
「作るのも手間でしたし、後々誰かがリーゼに告げ口するやもと思うと、あまり証拠になる物は残したく無いんです」
シャルマタは笑った。
「抜け目ない女だな」
「生きていく為です」
ルルシャンティエはそう言って、ペンを取り直した。窓の外はすっかり暗くなっていた。執務室の燭台が、二人の顔を静かに照らしていた。




