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戦火の予兆

間が空いてしまいましたが、続きです。

少し忙しくなるので定期的な投稿が難しくなります

「随分と仲良く……なった?みたいね貴女達」


 ルルシャンティエは思わず呟いた。


 手を繋ぎ、寄り添って帰ってきたかと思えば、食卓では席をくっつけて並んで座っている。流石のルルシャンティエも戸惑いを隠せなかった。麗姫が考えを改め、娼婦の様にエルアリーゼに媚び入ろうとしているのかと警戒を強めた。しかしその割に麗姫はエルアリーゼに媚びていない。その様子はどちらかといえば、甘える妹を仕方なくあやす姉に近い物があった。


「麗姫ちゃん!この魚美味しいで?あーん!」


「はいはい……本当に美味しいわね……あれ?此処内陸じゃ……これ海の魚よね?」


 エルアリーゼは麗姫に自ら食事を食べさせ、麗姫もそれを拒まなかった。元々皇族であり世話をされるのに慣れているから、これくらいで恥ずかしがって動揺する事も無いのだ。ただ、食卓に並ぶ料理への純粋な驚きは隠せていない。


 食卓には新鮮な海の魚介類や、見慣れない外国の食材がふんだんに並んでいた。エルアリーゼは麗姫に食材が何処で獲れたものか、どう美味しいかという説明を延々と続けた。説明の大半が食材の産地と味の話になるエルアリーゼをルルシャンティエが適宜補足し、転移魔法による交易の仕組みや、エルガリアの国家としての規模を丁寧に説明していく。


 奴隷生活でエルガリアの事をまるで知らなかった麗姫は、話を聞くにつれて表情が変わっていった。改めてエルアリーゼの理不尽さと、エルガリアの持つ恐るべき将来性に、麗姫は素直に驚嘆していた。


「麗姫さん、リーゼの力とエルガリアについて知った今、今後貴女は如何するのかしら?」


 ルルシャンティエは穏やかな口調で問いかけたが、その目は笑っていなかった。イレギュラーな存在ではあるが、麗姫は今や国家存亡を揺るがしかねない存在となっている。その立ち位置を明確にしておく必要があった。


「如何もこうも……知ったからには無用な混乱は避けたいわね。私の発言一つで、この娘がやらかしかねないんでしょ?望んだ立場じゃ無いけど、皇族に生まれた以上今更な話だわ」


 降って湧いた立場だったが、麗姫はそれを悪用するつもりは無かった。いや、悪用出来る程エルアリーゼが単純では無いというのも理由だったが。


「それに、私が言えば多少の我儘は聞いてくれるんでしょうけど……私以上にこの娘の方が遥かに我儘なんじゃない?そっちの方が寧ろ問題じゃないかしら?」


「それはそうなのですが、リーゼの我儘は今に始まった事では無いですし、今は寧ろ貴女の方が私には恐ろしい——」


「何寝ぼけた事言うとるんルル姉?」


 エルアリーゼは笑いながらルルシャンティエの言葉を遮った。


「ウチは魔王や、むっちゃくちゃ恐ろしい魔王様や!魔王っちゅうんは恐ろしい事、酷い事はやって当たり前、ほなそんな魔王のお嫁の麗姫ちゃんかてそうやろ?」


 エルアリーゼは続けた。まるで当然の事を言うように、その声に迷いは無かった。


「麗姫ちゃんが滅ぼしたいいうならウチは今日にでも楊を滅ぼす。跡形も無く焼けいうなら一瞬で消し炭にもする。元々楊には攻め込む予定やったしな」


 麗姫はその言葉を聞き、思わず箸を止めた。


「んー……ウチは身内に甘いからなぁ……国も安定して来たし、ここいらで舐められん様に一発かましとこか?」


「リーゼ……一体何を——」


「人間なら幾らぶち殺してもかまへんやろ?ウチの事知らん輩でも無視出来んくらい派手にやってやろう思うんや」


 エルアリーゼの発言にルルシャンティエは血の気が引いていくのが分かった。エルアリーゼは全人間との全面戦争も厭わないと言っているのだ。食卓という日常的な場でさらりと口にする辺りが、また余計に恐ろしかった。


「なあ麗姫ちゃん、ウチと麗姫ちゃんで鬱陶しい連中を片っ端から踏み潰していこうや!大陸の大掃除やで?」


「え?それは駄目でしょ……確かにあんたは強い。けど一人じゃない。一人じゃ攻めに行けても、その間国の守りはどうするの?」


 麗姫は即座に返した。感情ではなく、純粋な戦略上の判断だった。


「そん時はウチのモンに手ぇ出したら如何なるか見せしめにするだけや。逆らう事の愚かしさっちゅうやつを徹底的に思い知らせるんや」


「リーゼ……街に被害が出たら折角集めた商人達が逃げてしまうわよ?そうしたらエルガリアは今までの稼ぎが一瞬で吹き飛ぶ様な莫大な負債を抱える事になるわ。だからそういう事は控えて貰いたいわね」


 ルルシャンティエが静かに、しかしはっきりと釘を刺した。


「もう!何やそれ!ままならんねぇ……ほな如何したらええん?」


「大人しくしとけば?」


「そら一番有り得んて麗姫ちゃん」


「……無難に何処をどう攻めるか決めましょう。今回は制圧、統治は無理ね……そこに充てる人員が確保出来ていないもの」


 ルルシャンティエは現実的な線を引いた。エルアリーゼの力を最大限活かしながら、現状の国力に見合った選択をする。それが落とし所だろう。


「今後楊を攻める予定やからそこは増やしといて貰わなあかんね」


「……ついでだからまたいつぞやの様に文官達だけでも引き抜いておいてくれないかしら?育成はこちらでしておくから」


「あ、ええねそれ」


「ちょ……!なんか人間が普通に跋扈してるなと思ったけど……まさかアンタ達、敵国から引き抜いてるの⁈」


 麗姫が目を丸くした。有り得ない。わざわざ自分から進んで獅子心中に虫を飼う様な物だ。


「せやで?人手不足やし、何か人間って無能が偉そうに上に集まって、有能なのが虐げられとるやん?そういうの集めて能力や働きに応じた役職や報酬を与えたら頑張る頑張る。正直別に魔族に拘る必要無いと思うんよ」


「敵国からの登用については私も懸念はありましたが、余程待遇が悪かったのでしょうね」


ルルシャンティエは少し苦笑しながら言った。


「今や人間達の方がリーゼに心酔していますね……一部では神の様に崇めているらしいですし……」


「有り得ない……如何なってるのよこの国は……」


姉妹揃って無茶苦茶な事を言っている。エルアリーゼの力によって急速に発展したエルガリアは歪な国家形成をし、非常に不安定な形で無理矢理安定させた国なのだ。麗姫が呆れるのも無理はない。


「エルガリアの国家運営を常識で判断しては駄目ですよ……問題は全てリーゼが力業で解決してしまいますから」


問題だらけなのはルルシャンティエが一番よく分かっている。だが、坂道を転がり始めてしまった様に最早止めようが無いのだ。だから最善で無くとも、なる様に為さねばならないのだ。


「つくづく冗談みたいな奴ね……何でこんなのが居るのよ……」


 麗姫は呆れたように呟いた。


「突然変異……としか言いようがないわね……」


 ルルシャンティエも溜め息混じりに同意した。


「せやね、偶々こういう風に生まれたとしか言い様がないなぁ……特別な運命とか使命?そないなもんひとっつもウチにはあらへんからな〜」


 エルアリーゼはフォークを置いて、どこか飄々とした顔で言った。


「神に選ばれただの、何かの生まれ変わりだのって輩は多分フカシやで?それかそういう特別な輩っちゅうんはウチに劣る取るに足らんカスやっちゅう事や」


「大衆は権威や肩書きを重視する傾向があるからね。ウチの家系も龍神の末裔だなんて言ってるけど……内心そんな訳ないって思ってるもの」


 麗姫は小さく苦笑した。自分の家もそうだ。銀鱗は神の加護の証などと言われているが、今となっては何とも言えない。


「……話を戻しましょうか?」


 ルルシャンティエが仕切り直した。


「それで、何処の国を攻めるかだけれど、一旦保留にしましょう。リーゼの希望になるべく沿う形で私が選定しておくわ」


「……それが無難か。ならなるべく大きい国がええな。花夜ちゃんとも相談した方が良えやろし」


 エルアリーゼはふう、と息を吐いた。普段の気楽な様子が、珍しく少し曇っている。


「ハァ……魔王になれば何でも思いのままやと思うとったのに……何でこう上手くいかへんのやろ?」


 ぽつりと、本音のような言葉が漏れた。


「何馬鹿な事言ってんの?」


 麗姫がすかさず返した。


「そんなの当たり前じゃない。皆んな大なり小なり上手くいかない事の積み重ねを経験する。それが人生でしょ?」


「そうかも知らへんけど……ウチは有象無象とは違う——」


「そんなの出来る事の幅が広いだけでしょ?」


 麗姫はきっぱりと言った。


「それとも何もかも思い通りの人生が送りたいの?そんなのきっと退屈しちゃうわよ」


 エルアリーゼはしばらく黙った。金の瞳が、麗姫の顔をじっと見ている。


「……思い通りにならんから面白い……か……」


 ゆっくりと、その言葉を噛み締めるように繰り返した。


「せやね、それもそうやね」


 エルアリーゼの顔から、先程の翳りが消えていた。いつもの気楽な表情に戻りながら、また箸を持ち直す。


「麗姫ちゃんって、良え事言うな」


「当たり前でしょ」


 麗姫はふんと鼻を鳴らしたが、その顔は先程より僅かに柔らかかった。


 ルルシャンティエはその二人のやり取りを眺めながら、静かにお茶を一口飲んだ。


(これは……案外悪くないかもしれないわね)


 心の中でそっと思い、しかしすぐに頭を振った。まだ楽観するには早すぎる。ただ、麗姫という存在がエルアリーゼに与える影響は、今のところ悪くないように見えた。それだけは確かだった。


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