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金と銀の戦い

 荒野に銀と金の閃光が煌めいた。


 金の閃光の周りを銀の光の筋が幾度も幾度もぶつかり、轟音が荒野に響き渡る。土煙が舞い、地面が抉れ、二つの輝きが激しく交差した。


「ガアァァァッ‼︎」


 麗姫は魔獣の如き咆哮を上げ、エルアリーゼに攻撃を繰り返した。しかしエルアリーゼは軽いステップと尾を駆使した防御だけで全ての攻撃を躱し、いなしてしまう。まるで子供の拳を大人が受け流すような、飄々とした動きだった。


「砕けろ!『銀指掌』ッ‼︎」


 このままでは埒が明かないと気付いたのか、麗姫は構えを変えた。両手が激しい銀の光を纏って輝く。銀鱗のドラゴケンタウルスだけが使えるという銀の闘気を纏った拳技『銀指掌』。楊帝国皇族でも使える者は数少ない奥義の一つだ。


「はあッ‼︎」


 麗姫の拳が傍らの巨岩を砕いた。続けてエルアリーゼの顔面目掛けて銀を纏ったその拳が繰り出される。


「へえ、こんな闘い方があるんやねぇ?これって魔力とは違うん?」


 エルアリーゼは麗姫の拳を尾の先で止め、輝く拳を繁々と眺めた。眺めながら首を傾げている。止めた事に対し、何の感慨も無い様子だった。


「当然の様に止めやがって……ムカつくわね!」


 麗姫は舌打ちし、両手で連撃を繰り出し始めた。止められるなら止められない程の攻撃を繰り出せば良い。そして彼女もそれだけでエルアリーゼを倒せると思う程愚かではない。攻撃を防ぐエルアリーゼの動作、魔力の流れ等を注意深く観察し、勝機を探るのに余念が無かった。


(動きはまるで素人……けど素早さと防御が尋常じゃない……!極端な身体能力で上回られている!そしてこの金鱗……無意識に膨大な魔力を垂れ流している。この桁違いの魔力がコイツの強さの正体ね!)


 膨大な魔力は凡ゆる事象に作用する。不可能を可能にする事も出来るが、普通はそれだけの魔力が用意出来ない。故に不可能は不可能のままなのだ。だがエルアリーゼならばそれを可能としてしまえる。無尽蔵の膨大な魔力を持っているからだ。


(けど魔力が多いなら私と相性は悪く無い……!)


「ん?何しとん?」


「アンタのその魔力……利用させて貰うわよ!」


 麗姫はエルアリーゼの尾を掴んだ。そして、そこから魔力を吸収し始めた。魔力を吸収した銀鱗が一層光り輝き、光は徐々に黄金の輝きを纏っていく。


(銀鱗の本領は魔力吸収……アンタの力、根こそぎ奪ってやるわ!)


 麗姫達銀鱗を持つドラゴケンタウルス族の強みは魔力吸収だ。周囲や触れた物から魔力を吸収し、自身の力に変える事が出来る。この特性を活かし、彼女達は千年以上楊帝国の皇族として東の覇者であり続けたのだ。


(何て膨大な……!)


 これ程の魔力は吸収し切れない。そう判断した麗姫は素早く吸収した分の魔力を使い、攻撃に転じた。


「ここからが本番よ?ハアァァァッ‼︎」


 吸収した余剰魔力が紫電となり、バチバチと麗姫の身体を包み込んだ。明らかに先程までとは違う雰囲気に、エルアリーゼの表情から笑みが消えた。


「この拳、耐えられるなら耐えて見せなさい!砕け散れッ!銀指烈掌ッ‼︎」


 先程の銀指掌の倍以上の闘気が込められた拳がエルアリーゼに襲い掛かった。


「ッ⁉︎」


 咄嗟に手で攻撃を防いでいた。僅かだが、防いだ手に痛みも感じる。成る程、この可愛らしい銀のドラゴケンタウレ、思った以上に強かったみたいだとエルアリーゼは認識を改めた。


「ちょっと遊びが過ぎたみたいやね?此処からはウチも真面目にやるわ」


 エルアリーゼも構えらしい構えを取り、麗姫に向き直った。


「その余裕がどこまでもつかしらね?私を侮った事、後悔させてやるわ!」


 麗姫の猛攻が再び始まった。その拳速は明らかに先程より速く鋭くなっており、鍛え上げられた拳技と相まって、エルアリーゼは全く拳を捉え切れず、一方的に殴られ始めた。


「あた!いたた⁉︎な、何で防がれへんの?」


 麗姫の拳速が上がったとはいえ、身体能力でいえば依然エルアリーゼが遥か上なのは間違い無い。しかし、その絶望的な身体能力の差を、麗姫は技術で圧倒してみせたのだ。


(攻撃は当たる!けど決定打にはならない……!)


 普通のドラゴケンタウレなら一撃で弾け飛び、無惨な血肉と化す攻撃を、的確に急所という急所に打ち込み続ける麗姫だった。これだけやってもエルアリーゼを倒せないのかと、忌々しげに奥歯を噛み締める。


「銀華!十二蓮脚ッ‼︎」


 麗姫の蹴りが次々とエルアリーゼの鳩尾に突き刺さった。


「銀指烈掌……破鎚ッ‼︎」


 両手同時に繰り出された拳が、鈍く重い音を立ててエルアリーゼの背中を打つ。


「消し飛びなさいッ!銀龍號雷咆ッ‼︎」


 両手を龍の口に見立てて突き出すと同時に、極限まで高められた銀の闘気が強大なドラゴンのブレスの如く放出された。


「ぐっ……⁉︎」


 膨大な力の奔流が全身を焼く銀の闘気に、さしものエルアリーゼも呻き声を漏らした。


「ハアァァァ‼︎」


 麗姫は闘気を緩めず放出し続けた。エルアリーゼから魔力を吸収している為、この様な消費が激しい技も遠慮なく放てるのだ。土煙が上がり、荒野の地面に深い亀裂が走った。


 やがて闘気が収まった時、麗姫の息は上がっていた。


「ハア、ハア……!分かってはいたけど……化け物ね……!」


 渾身の連撃、大技に次ぐ大技を完璧な形で当てたにも関わらず、エルアリーゼは大した怪我も無く立っていた。服が多少乱れ、頬に土埃がついている程度だ。


(結局一度も反撃して来なかったか……)


 エルアリーゼは麗姫に対し多少回避や防御をしたとはいえ、ほぼ無抵抗に反撃せず殴られていた。それは麗姫も気付いていたし、敢えて何もしなかったのは明白だった。


(それでも倒しきれない……!あんな無防備な相手に、全力を出したというのに……私は……私は銀鱗なのよ⁉︎なのに、なのに何なのよコイツは⁉︎)


 やり場の無い怒りが沸々と込み上げ、麗姫はエルアリーゼを鋭く睨み付けた。今自分がしているのは完全な八つ当たりだ。ルルシャンティエに言い負かされ、エルアリーゼの才能を憎み、気が済むまで痛め付けた。にも関わらずこんな態度しか取れない。我ながら最低だと麗姫自身そう思っていた。


「かっこええな麗姫ちゃん!ウチも銀何たら〜みたいなかっこええ技使ってみたいわ〜!」


 自己嫌悪する麗姫を他所に、エルアリーゼは先程までの麗姫の技を真似し、えい、えいと拳を宙に繰り出している。まるで子供が遊んでいるようだった。


 麗姫はそれ以上この場に居たくなかった。行き場の無い感情から逃げる様にその場を去ろうとした——その瞬間。


「こんにちは、はじめましてですね」


 背後から穏やかな声が聞こえ、麗姫は慌てて後退りした。いつの間にか背後に人が立っていた。気配を全く感じなかった。それだけで、只者ではないと分かった。


「あ、花夜ちゃん?何でこないな所におるん?」


 エルアリーゼが気軽な口調で声を掛けた。都からそう離れていないとはいえ、この荒地までそこそこの距離はある。


 花夜と呼ばれたその人物は、どう見ても十代前半の少女にしか見えなかった。鹿に似た角を頭に持ち、東方風の衣装に身を包んでいる。しかしその目には、長い年月を経た者だけが持つ、静かな深みがあった。


「懐かしい闘気を感じてついやって来てしまいました」


 花夜は麗姫に穏やかな視線を向けた。


「銀鱗のお嬢さん、貴女は凌辰君の家の子ですね?」


「凌……辰……?」


「ああ、凌辰は昔のお名前で、公には聖大龍と名乗っておられましたね」


「聖大龍は我が楊帝国初代皇帝の字ね。そういえばそれまでは凌辰と名乗ってたかしら……?詳しいのね貴女」


 麗姫はまさか目の前の少女が千年以上生きたセルヴァケンタウレだとは思わない。少々変わった事を言う子だなと思った程度だ。


「はい、凌辰君は昔の同僚ですから。とっても強い将軍さんでしたけど、物資の管理が杜撰で、私……とっても苦労したんですよねぇ……」


 昔の苦い記憶を思い出してしまったのか、花夜は深い溜息を吐いた。


「……何なのこの子は?」


「花夜ちゃんいうて千年以上生きた超強いセルヴァケンタウレやね。ウチが知ってる中では一番強いで」


 エルアリーゼがさらりと紹介した。


「姫祥院花夜と申します。こう見えて凄くおばちゃんですので、労わって下さいね?」


「いや……その見た目でおばちゃんって言われてもね……何か証拠でもあれば別だけど」


「証拠ですか〜、そう言われても昔話くらいしか出来ないですよぉ?」


「昔話って言われても、私も詳しい訳じゃ無いから真偽が問えないわね。ま、アンタが只者じゃないってのは分かるわ」


 麗姫は素直にそう認めた。先程の不意打ちのような登場、そして今も全く感じ取れない気配。これだけで十分だった。


「流石凌辰君の後裔さんですね」


 花夜はにこりと笑い、しかし次の言葉は麗姫の予想外のものだった。


「けどその銀鱗、本来の力を発揮出来てませんね」


 私が来た理由はそこなんですよと花夜は続けた。


「何それ?どういう事?」


「銀鱗は色が変わるんですよ」


「そんな話……聞いた事が無いわ!」


 麗姫の声に、驚きと動揺が滲んだ。銀鱗については皇族として徹底的に教え込まれてきた。しかしそんな話は一度も聞いた事が無かった。


「事実凌辰君は戦いの時、銀鱗の色を変えていましたよ?銀色は通常時の一番弱い色だと言っていましたね」


「銀鱗が弱い……?」


 その言葉が、麗姫の中で何かを揺さぶった。銀鱗は最強の証、皇族の誇り。それが弱いとはどういう意味だ。


「お子さんはまだ色を変えていたんですけどねぇ……世代が変わって、いつの間にか出来なくなってしまい、途絶えてしまったのやもしれませんね」


 良くある事ですよと花夜は何でも無い事の様に言った。しかし麗姫には穏やかに聞けるような話ではない。


「アンタが初代皇帝の何だろうとこの際どうでも良いわ!その銀鱗の色の変え方……知ってるんなら教えなさい!」


「人に物を頼む態度ではありませんねぇ……」


 花夜は苦笑しながらも、その目は優しかった。


「その辺りも含めて色々教えて差し上げましょう」


 荒野に風が吹いた。


 つい先程まで激しい戦いが繰り広げられていたとは思えない静けさの中、花夜の穏やかな声だけが響いた。麗姫は花夜を睨み付けていたが、その目の奥には確かな期待が灯っていた。


 エルアリーゼはといえば、二人のやり取りを眺めながら、自分も銀何たらみたいなかっこええ技を身に付けたいとそわそわしていた。


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