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視察

 エルガリアの首都が完成し、一カ月が過ぎようとしていた。


 辺りはすっかり冷え込み、冬の様相を示していたが、街はそんな事を感じさせぬ凄まじい活気に満ち溢れていた。行き交う人々の吐く白い息も、どこか弾んで見える。


「凄い人通りやな……作る前は大通りだけでこんな広くする必要あるんか?なんて言うたけど、丁度良いくらいやったな」


 エルアリーゼは馬車や人が引っ切りなしに行き交う大通りを見渡し、感嘆の声を漏らした。道幅は大型の馬車六台がすれ違える程の広さがあり、他のどの都市に比べてもかなり広い。しかしそれでも馬車二台がすれ違えるだけの幅を残し、残りは全て人の波に埋め尽くされていた。


「そうですね。これから更に人の流入が増える予定ですから、これくらいは必要と思われます。特に道は後から広げるとなると困難ですから、大きめに作っておいた方が良いのです」


 傍らのメルクシュタインが説明を加え、成る程とエルアリーゼは頷いた。今日はメルクシュタインとタマノワールを伴っての街の視察だ。実際に稼働している街を見て周り、改善点を探して都度修正していくのである。


「リーゼ様、無許可の出店が多数出てますニャ。如何致しますかニャ?」


 人が多いという事は、それだけ商いの好機であるという事だ。当然大通りには多数の出店が出ていたが、店自体は当然として、客が通行の妨げになり、酷いところだと馬車道まで客の列が連なっている所もあった。


「本格的な苦情が出たら規制しよか?現状出店を規制する法律は無いんやろ?」


 エルアリーゼは珍しく寛容な姿勢を見せた。


「……出店が気になってるだけじゃ無いですかニャ?」


 タマノワールが鋭く指摘すると、エルアリーゼは笑って誤魔化した。


「だって気になるやん!ほら、あの店可愛い飴ちゃん売っとるし……って花夜ちゃん⁈」


「ニャニャ⁈本当ですニャ!」


 可愛らしい動物の飴細工を売っている店を指差したエルアリーゼは、店主が花夜だった為、驚いて思わず駆け寄った。


「花夜ちゃん出店なんか出しとったんか!」


「あらエルアリーゼさん、ご機嫌よう。宜しかったら是非買っていって下さいね」


 王であるエルアリーゼがやって来ても、花夜はいつもの調子を全く崩さない。飴を買いに来ていた客達は、黄金の翼と尾を見てそれが魔王エルアリーゼだと気付き、少し離れて様子を伺った。魔王と親しげに話すこの飴屋は一体何者だ、お忍びの貴族なのか、と子連れの親達は子供が粗相を働かなかったかと青ざめるのだった。


「お祭りの時は良くこうして飴細工の屋台をやってるんですよ。異国では老若男女問わず喜んで頂けるので、ついやってみたくなってしまって……」


 はいどうぞ、と花夜は笑顔でぶち柄の猫の飴をタマノワールに渡し、続いて黄色いドラゴンの飴をエルアリーゼに手渡した。白地に茶色と黒の斑があるぶち猫は妙に愛嬌を感じさせる姿をしていて、タマノワールはじっとそれを眺めた。


「せめて許可を取ってからにして下さいニャ花夜殿……此処は大通りで交通の邪魔になりやすいので、市場の通りで出店をお願いしますニャ」


 タマノワールは見た目の所為で子供扱いされているなと思いつつ、一応形式上の注意を行った。


「あら、そうなんですね?皆さんがお店を出していたので、此処で良いかと思っていました。それでは早速移動しますね」


 花夜は店を片付けて移動しようとするが、エルアリーゼがそれを制止した。


「ああ、今日は別に良えよ。次から気を付けて貰えれば。それより綺麗な飴やね」


 受け取ったドラゴンと猫もそうだが、色とりどりの鳥や馬、牛に犬等、様々な動物の飴が細長い棒に刺さった状態で売られており、エルアリーゼはどうやって作っているのかと型枠を探した。しかしそれらしき物は見当たらない。


「お姉ちゃん、ウサギさん作って〜」


「良いですよ〜」


 丁度子供が注文を入れ、花夜が新しい飴を作り始めたので、エルアリーゼもその様子を観察する事にした。


「えっ?ハサミ?」


 花夜は柔らかい飴を一掴み摘み取ると、棒の先端に飴を巻きつけ、指先で形を整えつつ、パチンパチンと小さなハサミで飴を切り、あっという間にウサギの飴を作ってみせた。仕上げに筆を使って赤い眼を書き込み、見事な白うさぎを子供に手渡す。


「ありがとう〜」


 子供は嬉しそうに飴を受け取ると、銅貨を渡して走り去った。


「はぁ〜、そら人集りが出来る訳やわ」


 花夜の思いがけない特技にエルアリーゼは感心しきりで、自分も飴をリクエストしようと列の最後尾に並ぼうとした。


「リーゼ様、飴は貰いましたし、悪いけど並んでる暇は無いニャ……」


「陛下、申し訳ありません。此処で時間を取られては今後の予定に支障が出ますので、何卒ご容赦願います」


 タマノワールとメルクシュタインが申し訳なさそうに告げ、エルアリーゼを列から引き離した。


「えー……ウチも花夜ちゃんに飴作って貰いたい〜!」


「今度作って貰ったら良いんじゃないですかニャ?」


 どうせ会おうと思えばいつでも会えるのだからとタマノワールは首を傾げた。


「屋台で作って貰うんが良いんよ〜」


 エルアリーゼは雰囲気も含めて楽しみたかった様で、中々諦めようとしない。


「大っきい子があんまり我儘言ったら駄目ですよエルアリーゼさん。暫くの間週末はお店を出しますからまた来て下さいな」


 花夜にそう言われてしまってはエルアリーゼも引き下がらざるを得ない。にこにこと笑う花夜に見送られ、エルアリーゼ達は次の視察へと向かった。


「此方の区画は本格的に店舗の建設が始まってますね」


 商業区の予定地に差し掛かると、メルクシュタインは周囲を眺め、問題が無いか確認した。あちこちで槌の音が響き、大工たちが足場を組んでいる。街が生きているという感覚が、音からも伝わってきた。


「後から作らんでも、ウチが全部作れば良かったんやない?」


 エルアリーゼは思っていた疑問をメルクシュタインに問うた。


「国が管理する建物や賃貸物件等は急ぎ陛下に御作り頂きましたが、それ以外はこうして店毎に作らせた方が都合が良いのです。確かに陛下の御力は素晴らしい。ですが、全て陛下がされると、大工や職人は仕事を失います。ですからこうして適度に雇用を作る事も大切なのです」


 後は店毎に外観や内装を自由に出来た方が都合が良いですからね、とメルクシュタインは付け加えた。成る程、言われてみればその通りかとエルアリーゼは頷いた。


「ですがこの広大な都市全てが陛下の土地というのが素晴らしい!新たに建つ店舗、家屋は全て借地!月々の借料だけでも莫大な金額になりますし、街が発展すればするだけ地価はどんどん跳ね上がります!ああ、少し落ち着いたら郊外の土地も整備してしまいましょう。この勢いならまだまだこの街は肥大化していきます」


 メルクシュタインの言葉に熱が籠り始めた。貧困に喘ぎ苦しい生活を送っていた反動か、兎に角儲け話になると饒舌になる様で、こういった話になるとこの有様だ。とはいえエルアリーゼも聞きたい事が分かり易く聞けているので、特に気にしてはいない。寧ろよく働くし、沢山稼ぐので、もう少し賃金を増やす様にルルシャンティエに打診するつもりだった。


(なんかお金好きみたいやし喜ぶやろ)


 ついでに家も与えておけば他所に行く気は無くなるだろうとエルアリーゼは考えた。好待遇でメルクシュタインを含む文官達を縛り付けてしまおうという、エルアリーゼなりの合理的な算段だった。実はこの時、家と共に土地も下賜する事になり、僅かな土地とはいえ文官達は莫大な地価に跳ね上がった土地を得る事になり、エルガリアでも数少ない土地持ちとして貴族並みの待遇を受ける様になるのだが、この時のエルアリーゼはそんな事になるとは露程も思っていなかった。


「メルク、タマ、居住区行こか?家作ったるわ」


「へ?」


「ニャ?」


 突然思いついたと言わんばかりのエルアリーゼの発言に、メルクシュタインとタマノワールは同様の反応を示した。しかし既に歩き出しているエルアリーゼを慌てて追い掛けるしかなかった。


「へ、陛下、家を作るとは……その様な予定はございませんでしたが……」


「メルクもタマもよう働いてくれとるから家の一つでも作ったろ思ってな。好きな場所選んだら良えで?サービスで家建てたるさかい」


「ええっ⁈」


「ニャニャ⁈」


 予期せぬ褒美にメルクシュタインとタマノワールは同時に驚きの声を上げた。


「大変栄誉な事です……陛下から住居を下賜して頂けるとは……末代までの宝として大切に必ずや我が子へ引き継がせます!」


 メルクシュタインが感涙ながらに言うと、エルアリーゼは少し首を傾けた。


「まだ結婚しとらんやろメルク……せやな、その内嫁さんも世話したらなぁ。タマはなんでそない微妙な顔しとるん?」


 家が貰えると聞いてメルクは感涙を流して喜んだが、タマノワールは何ともいえない顔をしていた。耳が少し伏せられている。


「ニャ……お気持ちは嬉しいですが……ウチはまだ家を頂ける程お役には立って無いニャ……」


 タマノワールは自分の働きが対価に見合っていないと言い、視線を逸らした。彼女の主な働きは、エルアリーゼと共に食材の買い付けに行ったり、アヴェンティス領内での商品の販売、後はアヴェンティス家厨房で料理人を兼任したくらいである。交易都市を作るきっかけになったり、エルアリーゼを花夜に引き合わせた等の功績はあれど、既に金銭的な対価は得ており、これ以上となると貰い過ぎだとタマノワールは思ったのだ。


「せやろか?色々働いて貰うとるけどなぁ?」


「ウチがこんな立派な褒美を貰ったら、他の方々に対して不公平ニャ」


 エルアリーゼは気にしていなかったが、タマノワールはそう思わない様で、中々首を縦に振ろうとしない。その律儀さがタマノワールらしいとエルアリーゼは思った。


「ま、問答するつもりも無いし、タマの分は今回は保留にしとこか。じゃあメルク、そことかええんちゃう?」


「へ、陛下?よろしいのですか⁉︎そこは貴族用の一等地ですが……」


「褒美やし貰うとき貰うとき」


 エルアリーゼは恐縮しきりなメルクシュタインを他所に、悪魔と建材を召喚し、屋敷を建て始めた。場所が場所だけに、貴族の邸宅と遜色ない広さの家が、凄まじい速さで形を成していく。周囲を歩いていた通行人たちが足を止め、目を丸くしながら見上げていた。


「土地や家の権利書は自分で作って持ってくるんやで?サインしたら良え様にしてな」


「はっ、有り難き幸せに御座います!」


 メルクシュタインは膝をつき、深く頭を垂れた。その目には本物の涙が光っていた。貧しい商家の生まれで、文官として燻り続けた日々を思えば、夢の様な話だった。


 エルアリーゼはその様子をしばらく眺めてから、ぽんと手を打った。


「さて、次は商業区やね」


 颯爽と歩き出すエルアリーゼの後を、涙を拭うメルクシュタインとタマノワールが慌てて追い掛けるのだった。



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