披露宴の料理
エルガリアのアヴェンティス邸。
ルルシャンティエはシャルマタと花夜を招き、今後の活動方針について話し合っていた。花夜を招いたのは彼女の人となりを確かめる意味合いもあった。穏やかな笑みを浮かべ、上品にお茶を飲む花夜は、どこからどう見ても年相応の異国の少女だをしかしその実態を知っているルルシャンティエには、その穏やかさがかえって底知れなさを感じさせていた。
一通りの話し合いが進んだところで、花夜が穏やかに口を開いた。
「——ではシャルマタさんとルルシャンティエさんはご結婚を?」
「ああ、都市開発が落ち着いたら準備を始めようと思う」
「リーゼも都市開発が終わったらまた東方遠征だと騒ぎかねないですし、落ち着いてもらう為にも婚姻の話を進めてしまおうという話になったのです」
シャルマタとルルシャンティエはお互いを見つめ合いながら説明した。ほぼ実務的な付き合いばかりだった二人だったが、シャルマタはルルシャンティエへの贈り物を欠かさず、ルルシャンティエも忙しい政務の合間にお礼をしたためた手紙をシャルマタに送っており、それなりに良好な関係を築き上げていた。
「おめでとう御座います」
花夜が顔を綻ばせた。本心からの笑顔だった。
「ありがとうございます」
ルルシャンティエは少し頬を染めながら答えた。
「式はどうなさるんですか?」
「まだ細かい事は何も……」
「あら、そうしたら是非私もお手伝いさせて頂きたいです。ふふ、結婚式の準備何ていつ以来かしら……年甲斐も無く心が躍ってしまうわ」
どう見ても十代前半の少女にしか見えないが、こういった物言いは老婦人そのもので、その差にさしものルルシャンティエも思わず狼狽えた。
「それは……よろしくお願いします」
断るべきかどうか一瞬悩むも、既に乗り気になっている花夜に駄目とも言えず、ルルシャンティエは愛想笑いで了承した。その普段とは違う表情に、シャルマタは珍しい物を見れたと少し目を細めた。
「俺からもお願いする花夜殿。こういう話は女同士の方がやりやすい事もあるだろう」
「まあ、シャルマタさんも一緒に準備するのですよ?男の人だからって丸投げは良く無いですからね」
花夜はくすくすと笑った。シャルマタは少し居心地が悪そうな顔をしたが、否定はしなかった。
「一つ聞いても良いですか?」
花夜が続けた。
「エルアリーゼさんにはもう話されましたか?」
ルルシャンティエとシャルマタが同時に沈黙した。
「……まだです」
「今はまだ嬢ちゃんには街の事に集中してもらいたくてな」
言えば大騒ぎして囃し立てるだろうと、シャルマタが率直に言った。
「あの子の事ですからね」
ルルシャンティエは苦笑した。
「恋だ何だのと大騒ぎしてたくらいですから、また余計な事をしかねませんし……」
「あら、でも早めに伝えた方が良いと思いますよ?隠しておくより、本人から伝えた方が喜んでくれると思いますし」
「……そうですね」
ルルシャンティエは窓の外を眺めた。都市開発の現場でエルアリーゼが悪魔たちに指示を飛ばしている声が、遠くから聞こえてくる。異様な光景の筈だが、見慣れてしまえばどうと言う事はない。
「都市開発が一段落したら、話します」
「その方が良いと思いますよ」
花夜は穏やかに頷いた。
「さて、婚礼といえば料理ですね。タマノワールさんと一緒にメニューの選定をさせて頂いてもよろしいですか?夜牛が手に入れば最高なのですが、それは難しいとして……」
花夜が食材の話を始めると、その目が生き生きと輝き始めた。先ほどまでの穏やかな老婦人を感じさせる雰囲気から、食の事となれば見た目通り幼い少女の熱量が滲み出てくる。
ルルシャンティエはその様子を見ながら、花夜という人物の一端を少しだけ理解した気がした。
花夜に野心らしい野心が無いのは、満ち足りているからだ。穏やかで充実した生活を送る事で花夜は満足している。だから今以上に多くを望む必要が無いのだ。
(ある意味ではリーゼと同じなのかもしれないわね)
好きな時に好きな事をする。違いはあれど、エルアリーゼと花夜は本質的には同じなのだろうとルルシャンティエは考察した。
「メインはお肉とお魚、どっちが良いですか?個人的にはお肉がメインでお魚は前菜が良いと思うのですが、シャルマタさんは海側の出身でしょう?なら魚料理がメインの方が良いやもと思いまして」
興味のある話になってしまった為か、式の話そっちのけで、料理の話になっている。
「ロムスタール流で恐縮だが、軽いコース料理の他に、立食式で幾つかの大皿料理を好きな様に楽しめる様にしたらどうだろうか?花婿と花嫁の里が違う場合、双方の名物料理を出すのが慣わしだな」
「ああ、それは良いですね。是非採用しましょう。ルルシャンティエさん、このエルガリアの名物料理って何でしょうか?」
「えっ?新興国家でまだ何も……アヴェンティス伯爵領時代にも郷土料理らしい物は特には……」
ルルシャンティエは首を捻った。そう言えば一つだけアヴェンティス伯爵領時代の郷土料理……といえるかどうか微妙な食べ物がある事を思い出す。
「……鋼の様に固いビスケットくらいしか……」
保存性、携行性に優れたビスケットはアヴェンティス伯爵領では重要な軍事物資とされ、常に量産されており、他領へ輸出を行う程であった。
「いえ、需要は多いですし、大量生産すれば品質も安定し、価格も抑えれます。何より女性の雇用にも繋がり、有事の際には自領の食糧としても使えるので……その、優秀な食べ物ではあるのです……」
婚礼の場に相応しい食べ物でないのは分かっている。何とか取り繕おうとしたが、シャルマタも花夜も苦笑いしている。
「だって……しょうがないじゃないですか……!」
他に無いのだからとルルシャンティエが頬を染め、シャルマタを睨み付けた。普段あまり感情を顔に出さないルルシャンティエのその態度に、余程恥ずかしかったのだろうなとシャルマタは頭を掻いた。
「だったら新しい料理を作って出したら如何ですかニャ?それをエルガリアの名物にしたら良いんじゃないですかニャ?」
丁度お茶の御代わりを持って来たタマノワールがそう提案した。新興国なら新しい物を作れば良いと。
「物流の中心地になる訳ですから、エルガリアでしか食べられない料理が出来る筈ですニャ。だったらそれが名物になりますニャ」
「ましてやエルガリア初代宰相の結婚式で初めて披露された料理となれば、その影響力は十分過ぎるんじゃ無いですかニャ」
タマノワールの提案は的を得ていた。成る程、確かにそうだ。無い物は無いのだから、新たに作れば良い。婚礼の料理として振る舞うというのも、タイミングとしても申し分ないように思える。
「良いですね。ですが私にはそんな料理……とても思いつきません」
「此処は内陸ですし、お相手のシャルマタ様は海辺の出身ですから、普通なら手に入らない鮮度命の海産物を使った料理を作れば良いと思いますニャ。既存の料理でも内陸で食べられない物なら郷土料理として悪くないんじゃないですかニャ?」
「ならエビなんてどうでしょう?夜見津国ではめでたい席で食べる事の多い物で、とても美味しいですよ?」
「エビか!良いな足が早いから内陸では流通していないし、エルガリアの国力を示すのにうってつけだ」
「エビ……ですか……」
ルルシャンティエはエビと聞いて少し顔を顰めた。エビといえば内陸では海のゴキブリと呼ばれているからだ。
「エビ……お嫌いでしたかニャ?」
「リーゼ様は美味しそうに食べておられましたニャ」
タマノワールがそう続けると、ルルシャンティエはエルアリーゼがエビを食べていたと聞いて頭を抱えた。そういう子だったと。エルアリーゼは好奇心の塊でゲテモノ食いな上、箱入り過ぎてエビの事など知らないのだ。
「食わず嫌いは良くねえなぁルルシャンティエ?内陸の連中がエビの事を良く思ってねぇのは俺も知ってるぜ?でもどうせ食った事ねぇんだろ?」
魔王であるシャルマタはルルシャンティエがエビに難色を示した理由に察しが付いていたらしく、揶揄う様に詰め寄った。
「……ええそうです。此方ではエビは海のゴキブリ等と揶揄されています。ですからエビを使うのはその……」
「いいえ!ならば尚更エビを出すべきです!何ですかエビがゴキブリ?あんなに素晴らしい物がゴキブリと同列に扱われるなんて我慢なりません!高級品なんですよ!」
夜見津国ではですが、と花夜は付け加えた。
「わ。私は良いですが、周りはどう思うか……特に来賓には地位の高い貴族も多いですし、エビだと知れば手を付けるのに難色を示すだけじゃ無く、アヴェンティス家はゲテモノ食いの誹りを受けるやも……」
「大丈夫だろ?そんな事すりゃリーゼの嬢ちゃんの大粛清が始まるさ。それすら分からず騒ぐ馬鹿は多かれ少なかれ今後のこの国じゃ生き残れねぇよ」
気を揉むルルシャンティエに、シャルマタが心配無いと笑ってみせる。
「それは……そうですね……寧ろそうなりそうな気がします」
ルルシャンティエは深く納得しながら、僅かに乾いた笑いを浮かべた。
「そうそう、粛正といや彼奴はどうするんだ?」
シャルマタがふと思い出したように言った。
「彼奴?」
「メルクスだ魔王メルクス・マルデス。独立したとはいえ、アヴェンティス家は一応奴の傘下だろ?」
「そうですね……確かに我々はガルスタシアの臣民ですが、ドラゴケンタウルス族を含め多くはあの男を王と認めていませんからね」
先王ヤズライルが蒼銀の勇者に討伐され、その混乱に乗じて魔王を名乗ったのがメルクス・マルデスである。青髪の美丈夫で、魔王を名乗るだけの実力者であったが、魔王になれたのはメルクスが狡猾な男であったというのが大きく、アヴェンティス家を始め、力ある有力貴族はメルクスに従わない者も多い。
「放っておいても問題は無い……というか忙し過ぎて放置していましたが、これを機に片付けてしまいたい相手ではありますね」
「どうするつもりだ?」
「一般参列者と同じ扱いで招待してみます。招待状が届けば、アヴェンティス家が尻尾を振って擦り寄って来たとメルクスは見做してのこのこやって来る筈です」
「だが、やって来てみればぞんざいな扱いを受けるという訳か……そうなれば奴も魔王という立場上、お前やリーゼの嬢ちゃんを責めざるをえんわな」
「後はリーゼ次第ですが、メルクスは終わりでしょう。リーゼは歯向かう者や無礼者に容赦はありませんから」
ルルシャンティエは静かに、しかし確信を持って言った。エルアリーゼがどう動くかは容易に想像がついた。
「中々苛烈な事をする……いや、俺も元魔王だ。婚礼の場だからそういう事をするなとは言わんが、良いのか?」
「ふふ、私とてリーゼの姉で、貴方の妻です。これくらいなら良い余興として楽しませて貰いますわ」
「あらあら、怖ーい奥様を貰ってしまいましたねシャルマタ様」
花夜がくすくすと笑いながら言うと、シャルマタは肩を竦めた。
「よしてくれ花夜殿、寧ろ好ましいくらいだ。これからもエルガリアを背負って立って貰うんだからな。その重責に押し潰されない強さが俺には有難い」
「ふふ、そうでしたか」
「花夜殿、そういう事ですので、結婚式でリーゼが何かしてもお咎め無しにお願いしたいのですが……」
ルルシャンティエが念を押すように言うと、花夜は穏やかに頷いた。
「大丈夫ですよ。無礼打ちや粛正くらい魔王ならして当然ですし、基本的に私はエルアリーゼさんがどんなに虐殺や破壊行為を行おうと関与しません。最初に言った様に私が関与する場合、それは大切な食糧資源やそれに関わる生産者や流通業者に危険が及ぶ時です」
一見たおやかで、争い事を好まない風貌だが、その価値観は上位者のそれなのだなとシャルマタは納得した様に顎を摩った。
「ではタマノワールさん、披露宴でお出しするエビ料理についてお話しましょうか?」
「そうですニャァ……ロムスタール料理にエビを使う物は控えて、どうせなら目新しく夜見津国のエビ料理を再現するのはどうですかニャ?」
「それなら天ぷらという料理が美味しく、華やかで人気ですね。遠く夜見津国の料理が食べられるというのは国力を示すのにも良さそうですし。でもそのまま出すより、少しエルガリア風にするのが良いかもしれませんね」
「天ぷら……ですかニャ?一度試食して検討したいんですが、作って頂く事は可能ですかニャ?」
「構いませんよ。引退してから三十年程小料理屋を営んでいた事もありますし、料理には自信あるんですよ?」
「三十年⁉︎それは楽しみですニャ!早速材料を用意しますので、必要な物を教えて下さいニャ!」
タマノワールの尻尾がぱたぱたと激しく揺れている。完全に料理人としての好奇心に火がついた様子だった。
「新鮮なエビと薄力粉、卵、冷水、塩、後は揚げ油ですね。揚げ物なので、揚げ物用の鍋や菜箸も欲しいですね」
「凄くシンプルな材料ですニャ。鍋や揚げ油は用意出来ますが、サイバシ?とはどういう物ですニャ?」
「菜箸は調理器具です。このくらいの2本の細長く削った棒で、食材を混ぜたり摘んだり、色々便利なんですよ?」
花夜は両手の指で大体の長さを示してみせた。
「ニャる程……それならすぐ代用品を用意出来そうですニャ」
タマノワールは早速厨房へと駆け出していった。
その慌ただしい背中を見送りながら、シャルマタは小さく笑った。
「やれやれ、まだリーゼの嬢ちゃんにも話してないのに気の早い……」
「良いでは無いですか」
ルルシャンティエは微かに口元を緩めた。
「私も偶にはこういう穏やかな時間を過ごしたいですから」
窓の外では、相変わらず都市開発の喧騒が聞こえている。エルアリーゼの指示する声、悪魔たちの動く気配、職人たちの掛け声。慌ただしい日々の中で、こうして料理や婚礼の話に興じる時間は、ルルシャンティエにとって思いの外貴重なものだった。
「では、試食の準備が出来るまでもう少しお話を続けましょうか」
花夜の言葉に、シャルマタとルルシャンティエは頷いた。
厨房からは、早くもタマノワールが材料を揃え始める物音が聞こえてきていた。




