蒼銀の勇者とアルケミスト
「待て、どう言う事だ?」
ヴィフラゾンの声が低くなった。
「ちょっとややこしいけど聞きたい?」
「例えば妄言だとしても此処で話を止められては敵わん。続けろ」
「大雑把に説明するから、詳しく聞きたい所があったらその都度質問してくれるかしら?」
分かった、とヴィフラゾンとローレンスが頷いた。
「今から五百四十六年前、私はこの世界とは別の世界で不老不死の研究をしていたの。でもそれを良く思わない頭のおかしい連中が多くてね。結果道半ばで殺されちゃったのよ」
天幕の中が静まり返った。
「そしたらこの世界で英雄や魔王を人為的に作り出そうとしている頭のおかしい連中……ああ、良い意味でね。その連中が造ったホムンクルスに、降霊術で魂を憑依させられちゃったのよ」
「そんな事が可能なのか⁈」
ローレンスが思わず声を上げたがヴィフラゾンはそれなりに知識があるのか、表情を変えない。
「可能も何も……成功例が此処に二人も居るじゃない」
気付いてなかったの?とシンディは自分とメアリーを示し、ローレンスにそう尋ねる。
「メアリー……お前、ホムンクルスだったのか?」
「そうだね。隠すつもりじゃ無かったけど……あまり吹聴する様な事でも無かったから言わなかったんだ」
メアリーは表情こそ変わらないが、少し申し訳なさそうな声色でローレンスの問いにそう返す。
「その連中の親玉は狂人だけど狂信的なだけで、この世界でも屈指のネクロマンサーだったのよね。だから降霊術を応用した転生を行うのなんて朝飯前だったのよ」
シンディは淡々と続けた。
「私が選ばれた理由は魂の強さがどうのって話だったけど、英雄や魔王に連なる者は魂が非常に強いらしいのね。だからまあ……私は失敗っちゃ失敗だったみたい」
「失敗?」
「あいつの目指す英雄や魔王と、私が目指す不老不死では目指す方向性がちょっと違い過ぎたから、話し合った結果、お互いがお互いに自分の理想を追求しようってなったの」
「それから私は研究を続けつつ、被験者として三年前メアリーと出会ったって訳」
「しれっと五百年以上すっ飛ばしやがったな……その間は何か無かったのか?」
ローレンスが突っ込んだ。
「あるけど、話の本筋から逸れるわね」
シンディはローレンスの問いをあっさりと流した。
「そんな訳で私の事は何となく分かって貰えたと思うけど、どうする?私なら最高の身体を用意して上げられるわよ?」
沈黙が落ちた。ローレンスとヴィフラゾンは互いに顔を見合わせた。
「……その話、俺は構わないぜ」
「儂もだ」
「あら、思いっきりの良い男は素敵よ」
シンディは満足そうに微笑んだ。その笑みは、どこか別の何かを見ているような、奇妙な深さを持っていた。
ヴィフラゾンとシンディが天幕を出て行った後、ローレンスはメアリーに声をかけた。
「メアリー、二人だけで話がしたい。少し時間を貰えるか?」
メアリーは無言で頷いた。
二人きりになった天幕の中、ローレンスは腰を下ろし、メアリーと向かい合った。焚き火の明かりが二人の顔を照らしている。
「メアリー、あのシンディって奴の話は本当なのか?どうしてあんなおかしな奴を仲間にしたんだ?」
単刀直入だった。しかしローレンスにはそれ以外の聞き方が出来なかった。別の世界から来た、五百年以上生きている、肉体の大半が人工物——どれをとっても常識の埒外にある話だ。しかしシンディに嘘をついている様子は微塵も無く、それが余計に不気味だった。
「本当だよ。シンディの話は荒唐無稽に聞こえるけど、嘘は言わない。それと彼女を仲間にしたのは私の意志だよ」
「詳しく聞かせてくれ、じゃ無いと納得いかねぇ!」
ローレンスの声に珍しく力がこもった。メアリーはしばらく焚き火の炎を見つめ、それから口を開いた。
「そうだね……元々シンディと私は同じネクロマンサーによって作り出されたんだ。シンディはかなり昔に、私は比較的最近……と言っても二十年近く前だけど」
「同じ作り手か……」
教会の秘匿事項になるから、ネクロマンサーの名は明かせないけどねとメアリーは続ける。
「シンディとそのネクロマンサーは数年に一度情報のやり取りを行なっているらしいんだ。そこで私の事を知り、興味を持ったと言っていたよ」
メアリーは淡々と語った。最初にシンディが訪ねて来た時、メアリーは彼女を教会の使者と勘違いして追い返そうとしたのだという。シンディが同じ制作者から生まれた存在だと知ったのは、その後の事だった。
「それにしても、何でシンディの言葉を信じた?普通なら眉唾物の話だろうが」
「藁にも縋る……ってやつかな」
メアリーは少し間を置いた。感情の見えない顔が、しかしほんの僅かに険しくなった。
「私には初代魔王アテレーザの時代を生きた勇者の魂が使用されているらしいんだ。らしいというのは前世の私の記憶が無いから、そのネクロマンサーのいう事を信じるならという事になるけど、その魂に刻まれた記憶とでもいうのかな……ヤズライルと戦った時に分かってしまったんだよ。これは魔王じゃないってね」
「分かってしまった……とは?」
「魂に刻まれた勇者の——戦いの記憶が、真の脅威、恐るべき存在について直感的に教えてくれるんだ」
メアリーは続ける。
「ヤズライルはその基準を満たしていなかった。だから私には分かった。本当の脅威はまだ別にあると」
ローレンスは黙って聞いていた。初代魔王、勇者の魂、魂に刻まれた記憶——普通なら一笑に付す話だ。しかしエルアリーゼを目の当たりにした今のローレンスには、その話が妙な説得力を持って響いた。
「それにアテレーザを基準にしたら、今の私は遥かに弱いという事にも気付いた。恐るべき脅威は確かに存在する。それなのに私はその脅威に対抗出来るだけの力が無い。勇者なのに——だから私は強くなる為に教会を出奔したんだ」
「初代魔王に、恐るべき脅威か……」
アテレーザ。歴代最強の魔王とも、最も臆病な魔王とも呼ばれる謎多き存在だ。数々の逸話を残しながら、最後は何処かへ姿を消したと言われている。その実態は今もはっきりしていない。
「話が飛躍し過ぎて、やっぱお前は俺なんかじゃ想像もつかねー世界の住人なんだって思い知らされるよ」
ローレンスは苦笑いする。勇者の魂を持ったメアリーが言うのならヤズライルはその初代魔王より遥かに弱かったのだろう。かつてのローレンスなら鼻で笑っていたはずだ。しかしエルアリーゼに会った今では、無理なく信じる事が出来た。あれほどの存在が現実に存在するのなら、歴代の魔王や勇者がどれほどの存在であったのか想像もつかない。
「力を求めていた私だったけど、独力の限界を知り伸び悩んでいた。シンディが訪ねて来たのは丁度そんな時だったんだ」
「それで……シンディの言う事を信じたのか」
「藁をも縋るって言ったでしょ?最初は信じていなかったよ」
メアリーは静かに言った。
「でも彼女は証明してみせた。さっにローレンスに見せた様に自身の身体にナイフを突き立てて見せたり、私の肉体に対し、説明した通りの施術を施し、説明した通りの結果をもたらした。嘘をつく必要が彼女にはなかったし、事実として私は強くなった。それだけの事だよ」
「シンディの目的は何なんだ?」
あの風体と物言いで無償の奉仕……なんて柄では無いだろう。これだけの事をする明確な目的をローレンスは求めた。
「シンディの目的は私を被検体として利用し、自身の求める最高水準の肉体の実現する事だね。私はそれを了承したから、彼女は最大限効果的な施術を行ってくれているんだ。」
被検体——それなりの危険を承知でメアリーはシンディを許容している。それが分かったローレンスは成る程と頷いた。
「そこからシンディと協力体制を取ったって訳だな」
「うん、お陰であの頃の私より遥かに強くなる事が出来た。まだ昔の魔王級と戦うには不十分だと思うけど、それなりにローレンスの力にはなれると思うよ」
「そいつは頼もしいぜ」
ローレンスは少し笑った。それからふと、真剣な顔になった。
「けど俺もその術を受けるから、ひょっとしたらお前の助けは要らないかもな」
「そうなれば良いね」
メアリーは静かに言った。その顔に表情はない。しかしその声には、何か遠くを見るような、僅かな温度があった。
「本当に勇者が必要とされない世が訪れると良いね——」
焚き火の炎が揺れた。
ローレンスはしばらくそのメアリーの言葉を反芻した。魔王を討伐し、数千の魔族を単騎で討ち取った蒼銀の勇者が、勇者が必要とされない世を望んでいる。
なんとも皮肉な話だが、その気持ちはローレンスにも理解出来る物だった。
「……表情は無くなっちまったが、そういう所は昔のまんまで安心したぜ」
「そうかな」
「ああ。お前は確かに俺の知るメアリー・アルマシールだよ」
メアリーは何も答えなかった。焚き火の炎をただ静かに見つめていた。




