反逆の芽
グロスリーグの一角にある薄暗い天幕の中、ローレンスは待っていた。
やがて天幕の入口が開いた。
「よう……本当に来てくれるとは思わなかったぜ?」
ローレンスはニヤリと笑ってみせた。
入ってきたのは銀の鎧に身を包んだ、人間離れした美貌の少女だった。銀の髪が肩に流れ、青い瞳がローレンスを真っ直ぐ見つめている。表情は微動だにせず、それが相まって精巧な人形のような雰囲気を醸し出していた。
「私の探していた魔王が見つかったというのは本当なんだねローレンス?」
「ああ、間違いないね。ところで、そちらさんは今のお仲間かい?」
少女の後ろにやや場違いな人物がいた。長くウェーブのかかった金髪を持つ、化粧と衣装の派手な——悪く言えば娼婦の様な、夜の繁華街が似合う女性だった。
「アルケミストのシンディだよ」
「アルケミスト?錬金術とかいうやつだろ?なんでアルケミストなんて……」
シンディの場違いな姿を見てローレンスは問う。何故こんな奴を仲間に?と——。
「戦えなくも無いけど、私は非戦闘員よ」
金髪の女性——シンディがあっさりと答えた。
「メアリーのサポートを行なっているわ」
シンディは銀の鎧の少女 メアリーに枝垂れかかりながらそう続ける。
(アルケミストっつーか丸っ切り娼婦じゃねーかこの女……)
シンディの風体や行動を見て、ローレンスは口には出さないが、内心で彼女をそう評した。
「シンディのお陰で私は更なる力を得る事が出来た。彼女の錬金術は他に類を見ない物だよ」
「興味があるなら貴方にも施術してあげるわよ色男?」
「……そいつはメアリーがこんな人形みたいな面になったのと関係があるのかい?」
ローレンスは率直に尋ねた。銀の少女——メアリーの顔は確かに整っているが、感情の起伏が全く見えない。人形と言い切っても差し支えない程だ。
「まあね」
シンディは軽く肩を竦めた。
「技術的にはもっと自然な表情も再現出来るんだけど、メアリーが機能重視で良いっていうからちょっと人形っぽくなっちゃってるんだけどね」
その時、天幕の奥から重い足音が響いた。
「協力者と言うから誰かと思えば、蒼銀の勇者とはな……」
ヴィフラゾンが腕を組みながら現れ、メアリーを見て複雑そうに顔を顰めた。
メアリー・アルマシール。蒼銀の勇者の異名を持つラグサーン教会出身の元パラディンである。凡そ人間とは思えない戦闘力の持ち主で、戦闘時は魔力の影響で銀の鎧が淡く蒼色に輝く為、蒼銀と呼ばれている。
四年前、ローレンスを含む四人のパーティで魔王 ヤズライルを討伐後、公の場から姿を消していたメアリーだったが、昔の仲間であるローレンスとは今でも連絡手段を持っていたのだった。
「……ヴィフラゾンと組んだんだね」
メアリーは静かに言った。
「良いのか討伐しなくて?正真正銘の魔王だぜ?」
ローレンスが問う。メアリーといえば魔王、魔王といえばメアリーという程、彼女は魔王に固執しているからだ。
「構わない。ヴィフラゾンは私が倒すべき魔王じゃあないからね」
「いきなり襲い掛かられる心配が無いのは良いが……勇者にそう言い切られると複雑な物だな」
魔王と認めていない、取るに足らないと暗に言われているのだ。ヴィフラゾンとしては面白くない。しかしここで感情的になっても仕方がない。
「ヤズライルで分かったんだ。魔王を名乗っている連中はちょっと強い魔族の豪族。なら無理に倒す必要は無いってね。」
「流石は蒼銀、よう吠えよるわ。ヤズライル如きを倒したからと調子に乗り過ぎではないか?」
ヴィフラゾンは釘を刺しにかかる。無論本気では無い。だが一方的に言われっぱなしではないと示したかったのだ。
「おいおい、別にお前等二人にやり合って欲しくて呼んだんじゃねーよ」
ローレンスが間に入った。ヴィフラゾンの意図は察していたが、メアリーは放っておいても話が逸れるだけと判断しての行動だ。
「俺等の目的はあのお嬢ちゃんだろ?」
「お嬢ちゃん?」
メアリーが聞き返した。魔王討伐の為に呼んだのではないのか?と問い返しそうになる。
「そ、お嬢ちゃん。件の新しい魔王サマだよ。ヴィフラゾンを降して新しく魔王を名乗ってるドラゴケンタウレでな。エルアリーゼってお嬢ちゃんで、まだ十二、三ってくらいのガキだが……ありゃ正真正銘の化け物だ」
「化け物って……もっと具体的に表現してもらえる?」
話に割って入る様な形でアルケミストのシンディが会話に入ってくる。
「化け物と一括りに言ってしまえば、メアリーもその部類に入ると思うのだけど?」
仲間としてあんまりな言い方だが、メアリー自身自覚があるので咎めない。ヴィフラゾンとローレンスがあまりにも明け透けな言い方に呆れた視線を向けただけだ。
「そうだな、正直相手は底知れねぇ……ただ、メアリーより強いと俺は思う」
「じゃあ駄目じゃない。メアリーが死んじゃうわ」
シンディはメアリーに抱きつき、ローレンスにべっと舌を出して見せる。
「確かに命の補償出来ねぇ……だが作戦もある。俺たちだって全く無策で挑むって訳じゃねぇよ」
「作戦?あって当たり前じゃないそんな物。それで?その作戦とやらの内容は?それ次第では私達は協力出来ないわね」
シンディはローレンスに対し高圧的な態度を崩さなかった。仲間の為というよりは、勝算のない戦いをしようとしているローレンスを見下げているといった感じだ。
「俺とヴィフラゾンでエルアリーゼの取り巻き連中を奇襲、鎮圧する。その後俺達はそのまま囮になってエルアリーゼと対峙、恐らく死ぬだろう……メアリーにはそん時エルアリーゼに隙が有れば俺達ごとでも良いから攻撃をして貰いたい」
天幕の中が静まり返った。
「もし隙が無ければそのまま撤退して貰って構わねぇし、隙を突いても倒せなかった場合、ヴィフラゾンの腹心が時間稼ぎをする手筈になっているから、その間に逃げてくれりゃ良い」
「酷い作戦ね」
シンディは眉をひそめた。
「玉砕覚悟ってのが気に入らない……ねえ、ローレンスとヴィフラゾンと言ったかしら?もし今より強くなれるとしたら、肉体はどうなっても構わない?」
「禁呪で肉体を強化するのか?」
ヴィフラゾンが問うた。禁呪とは寿命を削る代わりに一時の力を得る忌み嫌われた術だ。魔族の戦士が死地に赴く際に使う事が多く、ヴィフラゾンも存在自体は知っていた。
「んー……禁呪?ってのは使わないし、場合によっちゃ寿命も伸びるけど……倫理観とか宗教観?後は感情論とかで嫌がる人が多いのよ」
シンディは禁呪を知らないらしく、別物だと言い説明を続けた。
「私が独自のアプローチで行っている不老不死の研究の副産物なんだけど、肉体を改造して金属製の手脚に換えたり、皮膚をより強靭な素材に置き換えたりするのね。だから手足が無い傷病者には喜ばれるけど、健常者の場合は手足を切り落とす事になるから、忌避感が強い施術になるわね。けど確実に身体能力は向上するわよ?人間や魔族の限界だって簡単に突破できてしまうわ」
「……本当にそんな事が可能なのか……?」
ローレンスが呟いた。
「いや、そう言う事か……お前、メアリーにその不老不死の研究とやらを使ったんだな?」
昔から感情の起伏が少ないとは思っていたが、今のメアリーは完全に表情が抜け落ちている。四年間で兵士の様に無感情になったのかとも思ったが、シンディの話を聞いてローレンスは原因は彼女にあると気付いたのだ。
「あら、人聞きの悪い……メアリーは私の説明を聞いた上で納得して施術を受けているわ。常に最新の研究成果を取り入れているメアリーと私は今世界で最も不老不死に近い存在だと自負しているわ!」
シンディは悪びれず答える。不老不死——本当にそんな事が実現出来るのか?とローレンスは訝しむが、それよりもシンディも同じ術を自身に用いている様な事を言っているのを彼は聞き逃さなかった。
「メアリーとお前さんじゃ随分違う様だが……それは何でだ?」
人形の様なメアリーと表情豊かなシンディ。同じ術を用いているなら同じ様になる筈だ。
「簡単よ。メアリーは戦闘の為、能力特化型にしているからね。私はそれなりに人間離れしているけど、メアリー程の強化はしていないの。その分人間らしさを残した身体に仕上げているわ」
シンディ曰くメアリーとシンディは肉体の九割以上が人工物だという。被膜で覆ってるし、自然な表情も再現しているから、中に金属が入ってるとは思えないでしょ、とシンディは笑ってみせ、ローレンス、ヴィフラゾンと続けて握手をしてみせた。
「俄には信じ難い……」
今し方触った手の感触を確かめつつ、ヴィフラゾンが唸る。何度確かめても人間の若い女の手だった。とても作り物には思えず、体温さえ感じられたのだ。
「偶に戦場で、我が肉体は鋼鉄並みの強度よ!……なんて豪語する馬鹿たれが居るけど、常識的に考えて人間にそんな奴は存在しないし、本当に鋼鉄並みの肉体強度を持つ生き物って上位の魔物くらいよね?まあ、厳しい修練で多少肉体強度は上げれるけど、そんなに堅くしたいんだったら、鋼鉄の鎧を着た方が早いし、何なら肉体そのものを鋼鉄にした方が早いしよっぽど強靭よね?」
シンディはデモンストレーションよと言って先程握手に用いた右手に何度かナイフを突き立ててみせる。ローレンスとヴィフラゾンは止めようとしたが、突き立てられたナイフはシンディの手に僅かな傷すらつけられず、何度目かで先端が欠けてしまった。
「世の中には生物由来より遥かに高性能、強靭、剛性があって、尚且つ換えが利く物が沢山存在する!だからそれを使って身体を作っちゃえば良いじゃないってのが私の理論な訳」
言うのは簡単だけど実現するには並大抵の事では無いけどね、とシンディは付け加えた。
「確かに理に適っている様に聞こえる……しかし、お主のそれは本当に錬金術か?」
ヴィフラゾンは静かに、しかし鋭くシンディに問いかけた。どう考えても既存の理論や学術から辿り着いたとは思えない、まるで別物の様に感じたからだ。
「錬金術とは逸脱した別の何かの様に儂は思うのだがな?」
シンディの考え方は異常で、やっている事も異質だ。なのにシンディ本人はそれが正しいと信じて疑わない。その理由が何なのか、ヴィフラゾンは知りたかった。
「ああ、だって私は元々この世界の住人じゃないもの」
シンディは事も無げにそう言った。




