杞憂
クオリティを取るべきか執筆スピードを早くするべきか、悩みましたが続けられるペースでやっていこう、気になる所は後から修正したらいいやと思う事にしました。
夜見津国との貿易を決めてから、エルアリーゼの日々は慌ただしさを増した。
転移魔法石を利用した大規模交易を実現させる為には、それを受け入れる都市の整備が必要だ。倉庫、集積所、市場、宿泊施設——やるべき事は山積みだったが、エルアリーゼにかかれば建物を建てる事自体は大した問題ではなかった。
「倉庫は作ったし、次は集積所と市場やね」
エルアリーゼは図面を眺めながら、悪魔たちに次々と指示を飛ばしていた。異形の腕が縦横無尽に動き、石材が積み上がり、建物が形を成していく。一般的な建設工事なら年単位でかかる規模の作業が、見る間に進んでいった。
そこへメルクシュタインが書類を抱えて駆け寄ってきた。
「陛下、各地の豪商、商会、有力者への説明会が終わりました。その……交易開始は本当に一ヶ月後で良かったのですか?」
この一ヶ月、メルクシュタインら文官たちは各国の豪商、商会、有力者の中から影響力の高い者を選び出し、エルガリアについてと転移魔法石を利用した交易の説明会を行っていた。
結果は当然大盛況だった。
商人たちは年間契約で城が買える程の金額を払い、転移魔法石の使用権を買い求めていった。更に飛ぶように売れたのが、同額で売り出した収納魔法石だ。転移魔法と同じく御伽話の魔法とされる収納魔法だったが、エルアリーゼが当たり前のように使っているのを見たルルシャンティエが「それも魔法石にしたら?」と提案し、急遽増産されたものだ。
一つで馬車十台分の荷物が収納出来るという優れた代物で、追加料金を払えば収納した荷物の劣化を防ぐ時間停止機能まで付けられる。説明会に参加した商人全員がこの時間停止機能付きの物を十個ずつ、多い者は三十個程借用して帰っていった。
これだけでエルガリアは前年度のアヴェンティス領の運営予算の五百倍以上を稼いでいた。
「後一ヶ月もあれば十分やろ?」エルアリーゼは事も無げに言った。「建物とか今日一日で全部建てるつもりやし、関税やら施設の利用料やら決めたり、配置する人員雇ったりで一ヶ月や」
実際この一ヶ月で建物はほぼ完成していた。図面を描かせ、描き上がった物からエルアリーゼが次々と建てていったのだ。今は細かい内装を仕上げている段階で、悪魔たちが驚異的な速さで仕上げを行っている。一番時間のかかる建物が完成間近な以上、残りは一ヶ月あればどうにでもなるというのがエルアリーゼの読みだった。
(陛下自らが働いておられるのだ……我等がそれに応えずしてどうする!)
最初に取り立てられてからというもの、メルクシュタインはエルアリーゼに対し、崇敬すべき主君として深い忠誠心を抱いていた。
「はっ!一ヶ月後には問題無く都市を稼働出来る様間に合わせます」
「頼むでメルク」
エルアリーゼに頼むと言われたメルクシュタインは更に奮起し、二十日で人員を集めて間に合わせてしまうのだった。
「リーゼの嬢ちゃんと同格のセルヴァケンタウレか……信じられねぇな」
「私も俄かに信じられませんでしたが、只者では無いのは確かです」
ルルシャンティエとシャルマタは執務室で、先日エルアリーゼのお目付け役に就任した花夜について情報共有を行っていた。セルヴァケンタウレ——人間とあまり変わらない寿命と身体能力の種族だが、知能が高い印象があったなとシャルマタは自身の持つ少ない知識を引っ張り出していた。
「タマノワールの話ではリーゼの攻撃は花夜殿の身体を擦り抜け、花夜殿がリーゼの手を握るとリーゼの手が激しく損傷したそうです」
「リーゼの嬢ちゃんに手傷を負わせられるだけで十分やべぇんだが……そんな奴が嬢ちゃんのお目付け役とは……願ったり叶ったりじゃないか?」
エルアリーゼを力尽くで止められるというのは願っても無い朗報だ。あまりに強過ぎるが故に、機嫌を損ね無い様立ち振る舞うしかなかったのが、花夜という人物の登場で、エルアリーゼが制御出来る存在になるかもしれないからだ。
「確かに結果的には悪く無い状況です。ですが得体の知れない方ですし、信用し過ぎるのも怖いと思うのです」
ルルシャンティエは楽観視していなかった。話した感じでは花夜は常識的な存在に見えるし、信用に足る相手に思えた。だが、一度の邂逅で判断してしまうにはあまりに危険な事に思えたのだ。
「まあな……だが嬢ちゃんと同格じゃ、何かされたら諦めるしかないんじゃないか?」
エルアリーゼに匹敵する相手なら、実力行使に出られたら誰にも止められない。だったら諦めて流れに身を任せるしか無いだろう?とシャルマタは四本の手を挙げてみせる。
「……だとしても、警戒していれば被害を最小限に出来るかもしれません」
「どの道今の段階じゃ情報が少な過ぎて分からねぇ。だがこうして契約書にサインしてくれる辺り嬢ちゃんより話は通じそうだな」
「はい……話した限り凄くまともな御方でした」
話が通じる相手は、それはそれで怖いものだ。賢い相手は此方の思惑を読んで行動する。その気は無いとは言うが、花夜の様な人物が野心を持てばエルアリーゼ以上に厄介である。
「かと言って裏表の無い人物……とも思えないのです」
物腰穏やかで一見すると人畜無害。だがその裏で何を考えているか分からない。出来れば杞憂であって欲しい……ルルシャンティエは窓の外に目を向けた。庭では花夜がエルアリーゼと向かい合い、穏やかな顔でお茶を楽しんでいる。あの光景だけ見れば、異国の令嬢だ。
ルルシャンティエは少し薄くなった隈を軽く指で擦った。
「花夜ちゃん、何で転移魔法石欲しい言わんかったん?わざわざ貿易なんかせんでも、自分で行って買うたら良いやん?」
花夜の持参したチョコレートを摘みながら、エルアリーゼは疑問に思っていた事を尋ねた。お茶の香りと混ざり合うチョコレートの甘い匂いが庭に漂っている。
「エルアリーゼさん……そんな事をしたらルルシャンティエさんが卒倒しますよ?」
花夜は苦笑いしながら続けた。
「貴女にとっては取るに足らない物でも、転移魔法というのは非常に貴重な物ですし、悪用しようとすれば幾らでも悪用出来る魔法です。だから今度貿易で使う物は貸与品しかありませんし、転移先が固定されているでしょう?」
「せやね。ルル姉がそんな事言っとったわ」
「もし私が転移魔法石を個人的に持ってしまえば、エルガリアの管理外で自由に使える事になります。ルルシャンティエさんがそれを許す筈がないでしょう?だから貿易という形で、正式な手続きを踏んでお願いしたのです」
エルアリーゼはしばらく考えてから、ほーんと頷いた。
「花夜ちゃん、細かいとこよう考えとるんやね」
「お婆ちゃんですから、経験だけはありますよ」
花夜はにこりと笑い、お茶を一口飲んだ。
「夜見津国に行く時は私も同行しますね。一度その場所に行った事が在る者が一緒なら、エルアリーゼさんが行った事が無くても転移出来るんでしょう?」
「せやで。序でに案内も宜しゅうな」
「ええ、喜んで。久しぶりの故郷ですし、楽しみにしていますよ」
花夜は遠くを見るような目をした。懐かしむような、それでいてどこか複雑な色が滲んでいた。
エルアリーゼはもう一粒チョコレートを口に入れながら、何となくその横顔を眺めた。長命の者だけが持つ、時間の重さのようなものを感じた気がした。
「花夜ちゃん、夜見津国に何年ぶりに帰るん?」
「さあ……二、三百年くらいでしたかねぇ……」
花夜はそう言って、また穏やかに笑った。




