お目付け役
エルアリーゼたちがエルガリアに帰還したのは、日が傾き始めた頃だった。
転移魔法石を使い、チョコレートの仕入れと共に花夜を連れ帰ったエルアリーゼは、その足でルルシャンティエの執務室へと向かった。
「エルアリーゼさんが大陸を支配するのは構いません」
花夜はエルアリーゼに穏やかな口調でそう言っていた。
「ですがその過程で無視出来ない被害を出されては困ります」
花夜は元々食に煩い種族であるセルヴァケンタウルスの中でも、特に拘りの強い人物だった。気に入った作物の品種改良に余念がなく、より美味しい食べ物を作り出す為に環境にも細心の注意を払っている。今回エルアリーゼたちが訪れた南部のカカオ農園は、花夜が二百年かけて丹精込めて育て上げた農園だった。
「今回は早急に対処出来たから良かったものの、一歩間違えば世界からチョコレートが消えていましたよ?」
「それは……御免やけど……」
エルアリーゼは歯切れ悪く答えた。チョコレートの味を知ってしまった今、あれが永遠に失われるなどという事態は考えたくもなかった。
執務室では、タマノワールが事のあらましをルルシャンティエに説明し終えたところだった。
「——という訳で急遽お越しになった花夜様ですニャ」
「ご紹介賜りました姫祥院 花夜です。どうぞ宜しくお願いしますね」
花夜は穏やかな笑みを浮かべながら頭を下げた。物腰は柔らかく、自分より幼く見えるが、落ち着いた年配者特有の雰囲気がある。
ルルシャンティエはタマノワールの話を聞きながら、内心で冷静に状況を整理しようとしていた。
(リーゼに匹敵する力の持ち主……)
ただならぬ雰囲気の人物である事は一目で分かった。しかしエルアリーゼに匹敵する存在がこの世にまだ存在していたという事実は、ルルシャンティエにとって容易に受け入れられるものではなかった。
(何でそんな脅威を我が国の懐に……!)
タマノワールの行動は客観的に見て非常に危険だった。話が本当なら、最高戦力であるエルアリーゼですら抑えられるか分からない相手を国家の中枢に招き入れているのだ。ルルシャンティエは胃が激しく痛むのを感じた。
「心配されずとも私にこの国をどうこうしようという野心はありませんよ」
花夜はルルシャンティエの表情を読んだように言った。
「エルアリーゼさんのお目付け役にして貰えたらと思って来ただけです」
「お目付け役?」
「ニャ……悪気は無かったとはいえ、リーゼ様がはずみで花夜様の大切なカカオ農園を全滅させかけたんですニャ……」
タマノワールが申し訳なさそうに補足した。
「二百年掛けて大切に大きくした農園です」
花夜は続けた。
「これから更に拡大して、各地に大規模なプランテーションを築く予定が一瞬で瓦解しかけたんです!今後似た様な事をして頂いては困りますので、何かあれば抑止の為に私の力をお使い下さい」
花夜は握手を求めて手を差し出した。ルルシャンティエはぱちくりと目を瞬いた。
どういう事だ。経緯はよく分からないが、ひょっとするとこれは願っても無い話なのではないだろうか。
「花夜様はとってもお強いですが、今はカカオ農園にかかりっきりで美味しいチョコレートを作るのに夢中なんですニャ」
エルアリーゼ並みに強い化け物がチョコレート。有り得ない。いや、エルアリーゼもチョコレートには夢中だし有り得るのか。ルルシャンティエの脳は理解を拒み始めていた。
「何を考えているか分からない……そんな顔ですね?」
花夜は微笑んだ。
「ふふ、こう見えてもうお婆ちゃんですし、別に野心とかはありませんよ」
「この国や皆さんに危害を加えようという気も、地位や名誉にも興味はありません。お金持ちなので勿論お金が欲しい訳でもありません。ふふ、私は超強いお金持ちなので悠々自適な引退生活を満喫しているのです」
羨ましいでしょう、と花夜は自慢げに笑ってみせた。
花夜の言わんとする事は分かる。ルルシャンティエも不自由を代償に今の地位を得ている。何もかも放り出して好き勝手に生きて良いとなれば、好き好んで今の立場に甘んじる事は無いだろう。花夜はルルシャンティエが手に入れられない物を手に入れた人物なのだ。
「……仰りたい事は分かりました。しかし、いきなりそう言われてもまだ私は貴女を信用出来ません。会ったばかりですし……」
エルアリーゼを抑えてくれるのは願っても無いが、手放しで信用出来る程、ルルシャンティエは花夜という人物を知らない。何を持って彼女の言を信じて良いか判断に困る状態だった。
「それは仕方ない事です。ですから書面での契約と行動で示していこうと思います」
「あ、書面で契約して頂けるのですね。それは助かります……細かい契約内容等一度検討させて貰いますので、明日にでもご確認頂けますか?」
エルアリーゼと違い、話がスムーズに進んでいく。ルルシャンティエは僅かに安堵しながら続けた。
「花夜殿、貴女を信じてリーゼを任せます。ですがあくまで部外者ですので、我が国の政治に関わる事についてはお控え頂ければと思います」
「この国の者でもありませんし、それは問題ありません。エルアリーゼさんの行動の中に、私にとって看過出来ない事があった時に嗜めさせて頂ければ構いません」
「はいはーい」
エルアリーゼが間に割り込んだ。
「折角やしお目付け役のついでに色々教えてぇな」
「うーん、こう見えて結構忙しいんですよね……家庭教師は月一くらいで良いですか?」花夜は困ったように苦笑いした。
「ええよ。ウチもこれから街作ったり遠征したりで色々あるから、たまにで良え思うとる」
「では月一でお忙しい様なら延期もありとさせて頂きますね」
「ありがとうな。報酬はどんくらいがええ?」
「お金で頂くのが一番良いのでしょうが……正直お金はチョコレートで稼がせて頂いてるのであまり必要無いんですよね……」
花夜はしばらく考えるように首を傾けた。
「そうしたら極東の品で取り寄せて頂きたい物がありますので、極東との貿易を希望します」
「極東?」
「私の故郷です。楊帝国の更に東の海を渡った先の島国です。夜見津国というんですが、ご存知ありません……ね」
閉鎖的な国ですからね、と花夜は小さくため息を吐いた。あまり外国と関わろうとしない国だが、食に煩く、花夜の様に品種改良や生産に強い拘りを持った生産者が多いのだという。
「色々欲しい物はあるのですが、特に『夜牛』が欲しいですね」
「『夜牛』?」
エルアリーゼが聞き返した。
「食肉用に品種改良され、通常の倍の期間育てられた牛です。とーっても美味しいんですよぉ」
「牛の肉がねぇ……」
美味しいと言われてもエルアリーゼにはいまいちピンと来なかった。牛の肉は偶に食べるが、高級品に分類される子牛ならともかく、普通の牛肉はそんなに美味しい肉ではない。
「一度食べたら普通の牛肉には戻れませんねぇ」花夜は遠い目をしながら言った。「流通量が少ないので、多分あまり買えないとは思いますが……」
「貴重なんやね〜」
「同じ重さの銀と交換するくらいですから」
「そんな高いん⁈」
「高級品ですから」
花夜はにこにこと笑った。ルルシャンティエはその会話を聞きながら、頭の中で素早く計算していた。夜見津国との貿易。閉鎖的な国との交易路を開く事が出来れば、それ自体が大きな利益になる可能性がある。
「花夜殿、夜見津国との交易については前向きに検討致します。ただ閉鎖的な国との交渉には時間がかかるかと思いますが、それでも構いませんか?」
「もちろんです。急ぎませんし、焦って失敗されても困りますからね。それに……」
花夜はちらりとエルアリーゼを見た。
「夜見津国には強引に攻め込むのはご遠慮頂けますか?故郷というのもありますが、大切な食材の産地ですので」
「あ、やっぱそうなん?」
「改良した品種もそうですが、生産者も失われれば二度と食べられなくなる物もありますから、絶対に駄目ですよ?」
花夜はエルアリーゼにしっかりと念押しする。
「リーゼ、夜見津国には手を出さない様にお願いしますね」
ルルシャンティエも花夜に被せて念押しする。
「まさかウチが手を出せん国があるとは思わなんだわ……」
美味しい物には敵わんちゅう事やなとエルアリーゼは頷きながらそう言うのだった。




