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手合わせ

翌日。


 農場の外れにある広い畑の跡地に、エルアリーゼと花夜は向かい合って立っていた。タマノワールは少し離れた場所から、尻尾を抱えながら様子を見守っていた。


「じゃあ早速だけど、お手合わせ致しましょうか?本気で掛かって来て下さって結構ですよ?」


「良えん?多分ウチの方が強い思うんやけど……」


「ええ、単純な力や魔力では私はエルアリーゼさんには及びません。ですが勝負はそれだけで決まらないというのをお見せしたいと思います」


「舐められとる……と思うて良えん?」


「はい、舐めてますよお嬢ちゃん」


 花夜はにこにこと笑ったまま言った。


「ちっ……なら後悔させたるわァ‼︎」


 エルアリーゼは大きく口を開き、けたたましく歯を打ち鳴らした。


 雷鳴の様な轟音と共に景色が歪む。空間そのものが圧縮されるような、目に見えない巨大な顎が花夜を噛み砕こうとする。


「懐かしいですね、『龍の顎』ですか。こうして視認出来る程空間に干渉出来る方は稀ですよ?」


 以前ロムスタール兵を押し潰したあの時とは比較にならない程の一撃だった。お遊びとは違う本気の一撃だ。しかしどういう訳か花夜は潰れていない。エルアリーゼもいつもの様な噛み砕いた感触が無く首を傾げた。


「避けた……?ちゃうなぁ……けど当たっとらんよね?」


「ええ、その通りです。避けてませんが、当たらない様にしました。エルアリーゼさんが覚えるべきなのはこういう次元の技ですね」


声は聞こえる。姿も見える。だがまるでそこに居ない。妙な違和感をエルアリーゼは感じていた。


「成る程、こら確かに凄いわ。けどこれで終わりや無いで‼︎」


 エルアリーゼは今度は宙に噛みつき、ぐいっと顔を左斜め下に向けて引っ張った。するとエルアリーゼの顔の動きに合わせ、景色が引っ張られる様にぐにゃりと曲がった。


「いやいやいや!空間を噛み千切ろうと?空間ってそういう物じゃ無いですよね?」


 花夜が珍しく慌てた声を上げた。


「どやッ!」


「まあ効かないんですけどね」


「なんやねん‼︎」


 エルアリーゼは思わず声を上げた。こんな風にお猪口られるのは初めてだった。


「ま、種明かしすると位相をずらしてるので、当たらないんです」


「位相……ってなんやの?」


「エルアリーゼさん、貴女の弱点はそれです」


花夜は穏やかに、しかしはっきりと言った。


「不可能を可能に出来てしまう力を持ちながら、経験と知識の乏しさ故に活用出来ていない。遥か格下ならいざ知らず、こうしてある程度実力の近い者を相手したら、思わず遅れを取る事になりかねません」


「確かにな……けど当たっとらんだけで、ウチはまだ健在やで?」


花夜の指摘を受け止めつつ、エルアリーゼはまだ諦めてはいない。花夜の凄さは理解した。だが一撃も見舞われて居ないのに強者と認めるのはエルアリーゼの脳が拒否したのである。


「そうですね。では攻撃……という程ではないですけど、エルアリーゼさんに有効そうな技を使ってみますね?」


 花夜はそう言うや否や、エルアリーゼの右手を取り、両手で包み込む様に握手した。


 エルアリーゼは凡そ攻撃とは呼べない花夜の行動を注視しつつ、敢えてされるがままにした。果たしてこの行動に意味はあるのか……そう思っていた矢先、突如右手に激痛が走った。突然手が液体の様に溶けたと思った次の瞬間、右手が溶けたままのグチャグチャな状態で固まっていた。


「何やこれ⁈どうなっとるん!」


 エルアリーゼは不気味な形になった右手を手首から切り落とし、即座に新たな手を魔法で作り出した。それ自体は造作も無い。少し痛かったがもう元通りだ。しかし攻撃の得体が全く知れない。何をどうすればこんな事になるのか。


(鱗で覆われとったとしても……同じだったやろな)


 無類の強度を誇る黄金の鱗。だが恐らくそんなものは何の意味もなさないだろう。先程の攻撃にはそんな異様さがあった。


「防御は無意味やんね……どんな原理なん?」


「右手だけ四次元に御招待したんです」花夜は説明した。「四次元という場所は、凡ゆる物を隔てる境界の無い世界ですから、エルアリーゼさんの手は骨、肉、皮、血液が混ざってしまったんですよ」


「位相やら四次元やら知らんもんが仰山出て来るわ」


「知識も力ですよぉ?」


「そうかいな。けどやられっぱなしも性に合わんから、やるだけやらせてもらうで!」


 エルアリーゼは大きく翼を広げた。全身から可視化出来る程の膨大な魔力が放出される。放たれた魔力は黄金の粒子となり、エルアリーゼの全身から絶え間なく立ち上る。


(技とか使った事無いんやけどな……こうやろか?)


 手探りで膨大な魔力を収束させていく。黄金の光が収束点に集まり、輝きを増していく。ドラゴンの切り札とされる技——ブレスだ。半人半龍とはいえ、通常ドラゴケンタウレはブレスは使えない。肉体の構造がドラゴンと大きく異なるからだ。しかし、エルアリーゼにそんな事は関係無い。強い技、そう思って思いついたのが偶々ドラゴンのブレスだったというだけだ。


 キィィィィン——‼︎


 甲高い音と共に蒼く輝く熱線がエルアリーゼの口から放たれた。通常のドラゴンの吐く炎のブレスとは遥か次元の違う超高熱のブレスが収束し、蒼く輝く光の筋となり、花夜に向かって一直線に飛ぶ。


だがエルアリーゼ渾身のそのブレスでさえ虚しく花夜の身体を擦り抜け、遥か後方の山脈を蒸発させただけで、全く有効打にはならなかった。


「ち、ちょっと……!周りに被害が出てますって!」


花夜は明らかにやり過ぎているエルアリーゼを止めようとする。


 しかしエルアリーゼは諦めなかった。


 一本の線の様な細い熱線が、徐々に徐々に太く大きくなっていく。それに伴って威力も増大し、周囲の空気が焼け始め、地面が溶けていく。


 バチンッ——‼︎


 限界まで威力の高まった熱線は、突如黒い稲妻の様な形状に変化し、今度こそ花夜を貫いた。


「痛たた……何て無茶苦茶な……地上で使う様な技じゃないでしょうに……」


 エルアリーゼのブレスをまともに食らった花夜の右腕は、根元まで無惨に炭化していた。それでも花夜は倒れず、困ったような顔で炭化した腕を眺めていた。


「空間に干渉出来る程の膨大なエネルギーで貫く……確かにこれなら私に攻撃を当てられますが、無茶苦茶です!力技にも程がある!あまりにも被害が甚大過ぎます!これ以上星を削らせる訳にもいきませんし、手合わせは中止です!」


花夜が怒り始め、途端に緊迫していた場が白けだす。


「えー……これからやん!」


「周りに被害が出過ぎるのでダメです!」


花夜はピシャリと言い放つ。


「特に今貴女が消し飛ばした山脈!あれちゃんと元通りにしてくださいね?」


「何で?別に山くらいどうでもええやん」


山を吹き飛ばすくらいよくある事だ。どうして駄目なのかエルアリーゼには理解出来ない。


「ダメです!すぐに戻さないと気候が変わってカカオが育たなくなります!」


山脈は南部諸国に冷たい風が吹き込む防波堤であり、無くなれば南部の温暖な気候が変わり、カカオの様な環境変化に弱い作物は真っ先に影響を受けると花夜は矢継ぎ早にエルアリーゼを捲し立てた。


「なっ⁈一大事やん‼︎」


 カカオに被害が出ると聞いた瞬間、エルアリーゼは蒼白になって翼を広げた。消し飛ばした山脈に向かって一直線に飛翔していく。


 残されたタマノワールと花夜は、遠ざかる黄金の影を眺めた。


「……大丈夫ですかニャ、右腕」


タマノワールが恐る恐る花夜に声をかけた。


「大丈夫ですよぉ、すぐ治りますから」


花夜は炭化した腕をひらひらと振った。少し黒ずんでいるが、もう殆ど再生している。


「ちょっと手が掛かりそうな子ですね。皆さん大変でしょう?」


「全くですニャ……」


 タマノワールは遠くで山脈を元に戻そうと奮闘しているらしいエルアリーゼの方角を眺めながら、深くため息を吐いた。


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