ルルシャンティエ
当主含め家族の殆どが惨殺されたアヴェンティス家で、唯一の例外が長女のルルシャンティエだった。
「……随分思い切った事をしてくれたわね?」
廊下で、長姉は妹と向き合っていた。動揺した様子もなく、言葉とは裏腹に責める色はなかった。魔族、貴族である以上、親兄妹とて殺す事はある。乱世の常であり、そういう物だとルルシャンティエは割り切っていた。
(いずれこうなるかもとは思っていたけれど……)
姉である彼女はエルアリーゼの異常性に気付いていた。気付いていて知らぬ振りをしていた。そしてそれは死んだ両親達もそうだったのだろう。世界で唯一の金の鱗。令嬢として蝶よ花よと育てているのに、異常なまでの怪力を見せたり、少し癇癪を起こしただけで、屈強な護衛を瀕死に追い込む等、エルアリーゼは昔から異常だった。遥か東の帝国では銀の鱗を持つドラゴケンタウレが、魔王として大国を支配しているというし、エルアリーゼもまた『王者』として生まれたのだろうと思っていた。
だが両親はエルアリーゼに覇道を歩ませる事を嫌った。力はある、だが為政者としての器ではない。それはルルシャンティエも同じ考えであった。
(基本的に我儘、そしてそれを諌められる者が居ない。やろうと思えば何でも力尽くで思い通りに出来てしまう。そしてそれに逆らえる者は居ない……そんなリーゼが王になればきっと碌な事にならない。だからいっそ毒殺してしまえと食事に猛毒を仕込んだ事もあったわね……)
以前両親は悩み抜いた末、ドラゴンをも殺すという猛毒を混ぜた料理をエルアリーゼに食べさせた事があった。しかし、エルアリーゼは数時間腹を下しただけで、その後はケロリとしていた。
「心配せんでもルル姉は殺さへんで、これからもウチの御守りよろしゅうな?」
エルアリーゼは悪びれる様子もなく、ただそれだけを言った。
ルルシャンティエはしばらく妹を見つめ、それから小さく息を吐いた。最悪の展開だが、こうなってしまった以上、生き残るには今後の立ち回りが重要になる。まずエルアリーゼと仲違えする事は論外だ。
「……私に何をさせるつもり?」
「領政とか?やね。そういう面倒なんはルル姉に任せるわ。ウチ、今日から王サマ目指そう思うとるさかい」
やっぱりかと、どこか諦めたような表情でルルシャンティエは目を閉じた。この妹が本気であることは、昨日の出来事が証明している。止められないことも、直感的に理解していた。
「……分かったわ。ただし、私のやり方に口を出さないこと。何かあれば必ず事前に私に相談する事。この二つさえ守ってくれれば文句は言わないわ」
「ええよ、それくらいなら」
かくしてアヴェンティス家は新たな当主を迎えた。十三歳の黄金の少女を。
それから数ヶ月、ルルシャンティエは領内の動揺を抑えるために奔走する事になる。突然の当主交代は想像以上の混乱を齎したのだ。戸惑う家臣たちを宥め、父と兄の死に不審を抱く者には言葉を尽くし、あるいは黙らせた。エルアリーゼは特に手伝うこともなく、ただ自分の力の限界を測るように毎日魔法を試し続けた。ある時は空まで届く神話の巨兵を呼び出し、またある時は昼を夜に変えてみせた。
領民は怯えた。ルルシャンティエは頭を抱えた。
「……少し加減というものを覚えてくれない?」
「加減?」エルアリーゼは心底不思議そうに聞き返した。「何も壊してないで?」
返す言葉もなく、ルルシャンティエは執務に戻った。確かに混乱は招いているが、直接的な被害は無い。色々怒鳴り散らしてやりたいが、エルアリーゼの不興を買えば全て終わりだ。今の立場に甘んじるならば、結局我慢するしか無い。ルルシャンティエは胃が痛むのを感じていた。
領内がようやく落ち着きを見せ始めた頃、エルアリーゼはルルシャンティエの執務室に現れた。地図を指で叩きながら、さも当然のように言った。
「ぼちぼち西の国に戦線布告するわ」
ルルシャンティエは勢い良く書類から目を上げた。目の下には濃い隈が出来ている。
「理由は?」
「隣やからね。隣から攻めるのが順当やろ?」
ルルシャンティエは深く息を吸い、ゆっくりと吐いた。止めても無駄だということは、もう学んでいる。ならばどうするか?少しでも時間を稼ぐ。勿論戦争を思い止まらせる為ではない。準備の為の時間稼ぎだ。
(碌な兵も、物資も無しに戦争なんて出来る訳ないでしょう⁉︎)
領内の全てを、誰よりも把握しているルルシャンティエだからこそ言える。アヴェンティス家に戦争をする余裕は無い。精鋭と呼べる者達は先日両親と共にエルアリーゼが殺してしまった。その精鋭の殆どが部隊を指揮する騎士達で、上官不在の兵士達は、まだ碌に戦える状態ではないのだ。それに食糧や武器、その他物資だって余裕が無い。今ある分は災害時の為に備えている緊急用の物だけだ。それだって今回の急な代替わりの混乱で、あちこちで起こった反乱を鎮める為、大部分を消費してしまっている。はっきりいって戦争なんて出来る訳がない。
「……準備期間は?」
「そんなもん要るん?明日でええやろ?」
「……せめて三日ちょうだい」
止められないと即座に悟ったルルシャンティエは無いよりマシと三日の猶予を求めた。
「三日ね」ルルシャンティエの三日という準備期間は絶妙な長さで、エルアリーゼは特に反論もせず頷いた。
「ま、戦争いうてもちょっと行ってチャチャっと片付けてくるだけやさかい、ルル姉は留守番しとってええよ」
「どう言う事?ちょっと、エルゼ?どこ行くの⁈ああっもう!」
引き留めようとしたルルシャンティエの声など届きはせず、エルアリーゼは翼をはためかせ、意気揚々と西へ向かって出立するのだった。
翌日、アヴェンティス家から西の魔族国家へ向けて、火急の便で一枚の戦線布告状が送られた。差出人はアヴェンティス家当主、エルアリーゼ。受取人は西側の魔王シャルマタ。
大陸の歴史が、静かに動き始めた。




