侵攻1
グロスリーグに連合軍が現れたのは、冬の足音が近づき始めた頃だった。
斥候からの報告を受けたヴィフラゾンは、最初は耳を疑った。レンゲルヘイルとイスタリアの連合軍。よりにもよってこの時期に。
「もうすぐ冬に入るというのに、何故この時期に攻めるのだ?」
冬の行軍は自殺行為に等しい。寒波の中を進む兵は体力を消耗し、補給線は細り、戦う前に凍えて死ぬ者も出る。それでも攻めてくるという事は、相応の理由があるはずだ。
ヴィフラゾンは城壁の上から連合軍を見下ろした。数は相当なものだ。しかしそれより気になったのは兵たちの表情だった。
恐怖がない。
いや、正確には恐怖はあるだろう。しかしそれを上回る何かが、兵たちを突き動かしている。目が血走り、歯を食いしばり、まるで後が無いと言っているような、いわば死兵とも呼べる有様だった。
グロスリーグ軍は即座に迎撃に出た。都は壊滅状態とはいえ、兵はほぼ無傷だ。数の上でも練度の上でも不利はない。しかし連合軍の異様な気迫に、じりじりと押され始めていた。死を恐れない兵というのは、それだけで厄介な相手だった。
「おかしい……」
ヴィフラゾンは腕を組んだ。この時期に、この状態で攻めてくる理由が掴めなかった。
「一体何がこいつらをそこまで駆り立てているのだ」
ヴィフラゾンは兵に命じた。
「前線の死体を一つ持って来い」
運ばれてきたレンゲルヘイル兵の死体を、ヴィフラゾンは無言で検分した。
見るからに痩せていた。頬はこけ、手足は細く、鎧の下の体は栄養が足りていないのが一目で分かる。ヴィフラゾンは腰の短剣を抜き、躊躇なく腹に刺して胃袋を確認した。
空だった。
「空か……成る程のう」
ヴィフラゾンは短剣を拭い、ゆっくりと頷いた。合点がいった。
「飢饉か何かが起こったのだろう。人間共は餌が無くて我等から奪い取ろうと必死なのだ」
傍らの副官が息を呑んだ。
「では奴らは……食料のために?」
「そうでなければこの時期に攻める理由がない。追い詰められた獣が牙を剥いたという事だ」
ヴィフラゾンは立ち上がり、兵たちの方へ向き直った。死兵の気迫に押されていたグロスリーグの兵たちの顔に、まだ動揺が残っている。訳の分からない相手の勢いに慄いている者もいた。
ヴィフラゾンは腹の底から声を絞り出した。
「聞け!奴等に明日食う餌は無い!食うに事欠き何を血迷ったか我等に牙を向いた!」
戦場に声が轟いた。
「貴様等!我等魔族に腹を空かせた人間共なんぞに遅れを取る様な間抜けは居らぬだろうな?」
一瞬の沈黙の後、グロスリーグの兵たちから轟砲が響き渡った。
人間たちの異様な様子に慄いていた兵はもういない。訳を知った魔族たちは不敵な笑みを浮かべ、槍を、剣を構え、怒涛の勢いで人間たちへと押し返していった。死兵の気迫に対し、魔族たちは誇りと怒りで応えた。
戦況が一気に傾き始めた。
ヴィフラゾンはその様子を高台から眺めながら、腕を組んだ。
(兵達はこれで良い……ちっ、儂が万全なら前線に出てやったものを……!)
エルアリーゼから受けた傷は、まだ完全には癒えていなかった。槍を振るう程度なら問題ないが、全力で戦える状態ではない。兵たちに諌められた手前、無理に前線へ出るわけにもいかなかった。
忌々しかった。人間の死兵ごときに高みの見物をせざるを得ない自分が。
そしてその原因を作ったあの小娘が。
ヴィフラゾンは宙を睨んだ。先の戦いが脳裏に蘇る。氷魔法が効かず、ブレスが通らず、全力の一撃を片手で受け止められ、子供のように振り回された屈辱。
(あの黄金の小娘め……)
忌々しさが胸の内でくすぶる。しかし今はそれより目の前の戦だ。ヴィフラゾンは気を取り直し、眼下の戦場を鋭く見渡した。
「押せ!人間共に魔族の意地を見せてやれ!」




