海の幸
シャルマタの説教は、日が傾き始めた頃からたっぷり一刻は続いた。
「まず聞くが、死者を蘇生出来るなら何で最初から言わなかった」
シャルマタは四本の腕を組み、エルアリーゼを見下ろした。普段の豪快な様子はなく、声は低く抑えられている。本気で怒っている時の声だとタマノワールは何となく察した。タマノワール自身は少し離れた場所で、尻尾を小さく丸めながら成り行きを見守っていた。
「言う機会が無かっただけやん」
エルアリーゼは少しばつが悪そうに言った。
「聞かれんかったし」
「聞かれなければ言わないのか」
「だって、こんくらいの事、ウチにとってはどうって事無いし、こんなに騒がれると思うとらんかったんよ」
つくづく化け物だなとシャルマタはがくりと肩を落とす。
「首都の復興だってそうだ。あれだけの人間が土砂に埋まって、復興にどれだけの費用と人手と時間がかかるか、俺がどれだけ頭を抱えていたと思ってるんだ」
「あらら、そらごめんやわ……」
シャルマタは深く息を吐いた。
「次に、勝手にやった事についてだ。事前に俺に一言も言わずにやったのが問題だ。死んだ筈の住民が突然目を覚ましてどれだけ混乱したと思っている。家族が泣き崩れて、何が起きているか誰も分からない。俺が駆けつけた時にはもう大騒ぎだったぞ」
「それは……確かに考えが足りんかったわ」
「分かればいい」
シャルマタは続けた。
「住民への説明は俺が何とかした。魔王エルアリーゼは何千という悪魔さえ容易に従える怪物だという事にしておいた」
「怪物……」
「事実だろう」
エルアリーゼは少し考えてから、まあそうかと頷いた。
「シャルマタ、アンタ賢いなあ」
「お前が考えなさすぎるんだ」
シャルマタは再び深く息を吐いた。四本の腕を組み直し、エルアリーゼをじっと見た。
「一つだけ確認させてくれ。蘇生出来るなら、何故首都が壊滅した直後にやらなかった」
エルアリーゼは少し首を傾げた。
「……戦争やし、そういうもんやろ?死ぬのは仕方ないやん」
シャルマタは黙った。
「別に必要が無ければ生き返らせるつもりも無かったし、今回は魚買いたいから、まあ……直せるし直したろかなって思っただけやで」
タマノワールは耳をぺたんと伏せた。海産物の仕入れを勧めたのは自分だ。つまりあの蘇生は、自分の一言がなければ行われなかったという事になる。それはそれで複雑な気持ちだった。
シャルマタはしばらくエルアリーゼを見つめた。怒りとも呆れとも違う、何とも言えない表情だった。
「……どの道ウチの都はまだ落ち着いてないし、買うなら近隣の漁村から買う方が良いだろう」
「幾らウチかて流石に直ぐに買える様になるとは思うとらんて、取り敢えず直しとけば、今後仕入れ易くなると思うたんや」
(つまり魚を買い易くする為にこれだけの事をやった訳か……)
シャルマタは深く、長く息を吐いた。この小娘は悪意があるわけではない。ただ根本的に、人の命に対する感覚が違う。それが分かっているだけに、何をどう言えばいいのか言葉が見つからなかった。
「……今後、大きな魔法を使う時は事前に一言入れろ。それだけ守ってくれれば、後始末はこちらでやる」
「……せやね。気ぃ付けるわ」
「よし」
シャルマタは少し表情を和らげた。これ以上言っても仕方がない。価値観の違いは一朝一夕で埋まるものではないのだ。
一段落ついたところで、シャルマタは四本の腕を伸ばしながら言った。
「折角ロムスタールまで来たんだ。お前等魚食ってくか?」
「え?あるの?」
「良いんですかニャ?」
エルアリーゼとタマノワールが同時に顔を上げた。
「復興支援の一環で一部の兵達に魚を獲らせてるんだよ」シャルマタは港の方角を顎で示した。「あっちの天幕で料理してるから一緒に食ってけ」
タマノワールの耳がぴんと立った。尻尾がぱたぱたと揺れ始める。
「リーゼ様、ロムスタールの海鮮料理は絶品ですニャ!新鮮な魚介を豪快に使った料理が多くて、香辛料との組み合わせが絶妙で——」
「そうなん?ウチ海の魚初めてやから楽しみやわ」
エルアリーゼは素直に目を輝かせた。タマノワールのテンションにつられて、尻尾がゆっくりと揺れている。
「美味過ぎて驚くなよ?」
シャルマタは少し得意げに言った。先ほどまでの説教の険しさが嘘のように、口元に笑みが浮かんでいる。ロムスタールの海の幸に対しては、この魔王なりの誇りがあるらしかった。
三人は連れ立って、港沿いに設営された天幕へと向かった。
天幕の中には、威勢の良い匂いが漂っていた。
並べられた料理を見て、エルアリーゼは目を丸くした。大きな鍋に貝とエビがごろごろと入った煮込み、丸ごと一匹を豪快に塩で焼いた魚、香辛料がふんだんに使われた色鮮やかな炒め物——どれも見たことのない料理ばかりだ。
「何これ何これ、この赤いのは何やの?」
エルアリーゼが皿の上の赤い生き物を指差した。
「それはエビですニャ」タマノワールが嬉しそうに説明し始めた。「この大きな貝がホタテ、こっちの白身魚がタイですニャ。どれも海の幸の中でも特に美味しい食材ですニャ」
「ホタテにタイ……初めて聞く名前やわ」
「食べてみれば分かりますニャ!」
エルアリーゼは煮込みを一口すくった。貝の出汁が染み込んだ濃厚なスープが口の中に広がる。
「……なんこれ」
「美味いだろう?」シャルマタが腕を組みながら言った。
「美味っ!めちゃくちゃ美味しいわ!」
エルアリーゼは次々と料理に手を伸ばした。塩焼きの魚を齧り、炒め物を口に運び、エビの殻を剥いては頬張る。タマノワールはその度に食材の説明を加えながら、自分も負けじと食べ続けた。
「この香辛料の組み合わせ、絶妙ですニャ……どこの産地のものですニャ?」
「南西の方から仕入れているが、詳しくはうちの商人に聞いてくれ」
「是非聞かせてほしいですニャ!」
タマノワールがシャルマタと話していると、何やらバリバリと硬い物を噛み砕く音が聞こえて来る。
「このカリカリした虫みたいなんも美味いわ〜」
「ニャニャ⁈リーゼ様!カニは殻ごと食べるんじゃなくて、中の身だけを食べるんですニャ!」
「そうなん?こんな薄皮別にそのままでも食べれるで?」
「普通は硬くて食べられないですニャ……まあ、リーゼ様が良いなら良いですニャ」
薄皮とエルアリーゼは言ったが、用意されたカニの殻は石の様に硬く、噛み砕ける様な物ではない。それをバリバリと美味そうに噛み砕いていくエルアリーゼを見て、シャルマタは初めて戦った時の事を思い出していた。
(あん時は歯を打ち鳴らしただけだったが……本気で噛みつかれたらどうなっていた事やら……)
肉は当然として骨までごっそり食い千切られるのは確実。いや、エルアリーゼならそれ以上の何かがあってもおかしくはない。シャルマタは薄寒いものを感じつつ、今その力の矛先が自分に向いていない事に安堵する。
賑やかな食事はしばらく続いた。エルアリーゼは終始はしゃぎ通しで、タマノワールは食材の知識を披露しながら目を輝かせ、シャルマタは二人の様子を眺めながら静かに杯を傾けていた。
食事が一段落した頃、シャルマタは表情を引き締めた。
「お前さんの魔法は凄え。何から手を付けて良いか分からねぇ有様だったロムスタールが全て直っちまった」
「そう?大した魔法は使うとらんで?」
本心だった。事実エルアリーゼは悪魔を数千匹召喚するより、転移魔法の方が幾らか高度な魔法だと思っていた。
「そ、そうか……まあそれはさて置き、食料だけは戻って来なかった……このままじゃ明日にも皆んなが飢えちまう。何とか出来ねえか?」
エルアリーゼとタマノワールが顔を見合わせた。
「多分エルガリアの余剰食料を持って来ても足りないですニャ」タマノワールが難しい顔で言った。「この街の方がエルガリアより遥かに大きいですからニャ」
「魚獲ってきたら皆んなで食べれるんちゃう?ウチが魔法で獲って来れば多分やけど仰山捕まえられるで?」
「魚だけじゃ生きてけねーよ」シャルマタは首を振った。「野菜や小麦も必要だ」
天幕の中が少し重くなった。
「とはいえそんなに沢山の食料を買う宛ても金も今のロムスタールには無い。エルガリアにもだ。だが無いでは済ませられんから、王であるお前に何とかしてもらうしかない」
エルアリーゼはしばらく腕を組んで考えた。
「うーん、もう一回皆んな殺しとこか?」
にこやかに言うエルアリーゼを見て、シャルマタとタマノワールが同時に固まった。
「そしたら食料も要らんやろ」
「要らんじゃないですニャ‼︎」
「冗談やって〜、そんな顔せんといてや二人とも」
エルアリーゼはけらけらと笑った。それからすぐに真顔に戻り、ぽんと手を打った。
「無いなら奪えばええやん」
「う、奪うって何処からですニャ?」
物騒な言葉に、タマノワールが恐る恐る聞いた。
「文官も貰うたし、食料も貰うたかてかまへんやろ」
「まさか……」
シャルマタとタマノワールは同時に同じ方向に考えが至り、顔を見合わせた。
エルアリーゼはもう翼を広げ始めていた。




