邪悪なる奇跡
メルクシュタインのお陰で人材探しから解放されたエルアリーゼは早速とばかりに楊帝国への侵略を蒸し返した。人材不足解消の目処が立ち、嬉しい半面、予定が繰り上がった事にルルシャンティエは若干苛立ちを覚えたが、寧ろ優秀な部下を持った事を喜ぶ可きと割り切り、タマノワールにエルアリーゼを預け、予定通り視察件食材調達へ向かわせた。
エルアリーゼとタマノワールの食材調達の旅は、まずロムスタールへ向かう事になった。
「ロムスタールは港街が沢山ありますから、海産物が豊富なんですニャ。中でもロムスタールの都は国中の新鮮な魚介類や、珍しい海藻なんかが集まり、手に入らない物が無いくらいなんですニャ」
タマノワールは目を輝かせながら言った。馬車ではなく、エルアリーゼの転移魔法石を使っての移動だ。瞬く間にロムスタールへ到着した二人だったが、街に降り立った瞬間、タマノワールの足が止まった。
首都が、なかった。
正確には、あった。しかし土砂に埋まっていた。かつて大陸有数の港街と呼ばれた都市の面影は、どこにも残っていない。復興工事は始まっているものの、まだ大量の瓦礫と土砂の山があちこちに残っており、僅かに生き残った住民たちは仮設の天幕で生活している様子だった。
「あ」
エルアリーゼが小さく声を上げた。
「そういえばウチが潰したんやったわ……」
珍しく誤魔化し笑いをするエルアリーゼをタマノワールが薄目で睨む。
「潰したんですニャ……」
タマノワールがちくりと言う。
「自分で潰して、自分で視察に来たんですニャ……」
声が完全に呆れていた。
「こらあかんね、ちょっと直して来るわ」
エルアリーゼは耐え切れずそう言うと、首都上空に飛び上がり、尾から金の鱗を一枚毟り取り、魔力を込めて粉々に砕いた。
砕かれた金の鱗が輝く粉となり、首都の空に拡散する。すると空気が重く変わった。
どこからともなく、異形の者たちが現れ始めた。手足だけが無数に生えた肉の塊のような者、様々な動物と人間が混ざり合ったような形容しがたい者、目だけがびっしりと全身に並んだ者——次々と召喚される悪魔たちに、周囲の住民たちが悲鳴を上げて逃げ惑った。
(何で化け物を呼び出してるニャ⁉︎復興を手伝って来るんじゃ無いニャ⁈)
タマノワールはエルアリーゼの奇行を目の当たりにし、激しく動揺していた。残された住民を助けなければ……でもどうやって?小さなフェルミーは己の無力を嘆くばかりだった。
しかし、タマノワールの心配を他所に悪魔たちは住民には目もくれなかった。凄まじい勢いで土砂を取り除き、魔法を駆使しているのか、瓦礫から崩れた建物を修復していく。複数の腕が縦横無尽に動き、人間では到底不可能な速さで街が形を取り戻していった。
「は、速いですニャ……」
タマノワールは思わず呟いた。異様な光景ではあるが、作業の効率は凄まじかった。
だが悪魔たちが土砂を取り除くにつれ、別のものが姿を現し始めた。
土砂に埋まったまま絶命していた住民たちの亡骸だ。
「惨いですニャ……」
タマノワールは目を背けた。首都を埋め尽くした土砂の下に、これだけの命が眠っていたのだ。時間も経っている為、殆どが腐り、人の形をしていないグズグズの肉塊や骨ばかりである。
「仰山出てきたなぁ。街だけあってもしゃーないし、生き返らせよか?」
エルアリーゼはごく自然に言った。
次の瞬間、悪魔たちがふわりと宙に浮いた。掘り出され、整然と並べられた亡骸の上に、悪魔が一体ずつ整列していく。何百、何千という数の悪魔が、それぞれの亡骸の真上で静止した。
そして一斉に、震え始めた。
ブルブルと痙攣するように震えたかと思うと——。
バシャリ。
バシャリ、バシャリ、バシャリ。
悪魔たちが次々と破裂した。血肉が飛び散り、亡骸の上に降り注ぐ。
「ひいぃ⁈」
タマノワールはその余りにも禍々しい光景に悲鳴を上げて目を覆った。
しかし次の瞬間、異様な音が聞こえてきた。ジュワジュワという、何かが溶けていくような音だ。恐る恐る指の隙間から覗いたタマノワールは、息を呑んだ。
悪魔の血肉を浴びた亡骸たちが、変化していた。酸に溶けるように腐敗や損傷が消えていき、肉体が生前の瑞々しさを取り戻していく。青白かった肌に血の色が戻り、固く閉じていた瞼がゆっくりと動き始めた。
「ふえぇ……生き返ったですニャ……」
次々と目を覚まし、起き上がる住民たちを見て、タマノワールは呆然と呟いた。街の復興といい、死者の蘇生といい、やっている事は神がかっているのに、何故こんなにもやり方が邪悪なのか——。
「あ、そうだ……彼の方、魔王だったニャ……」
魔王だから邪悪なやり方なのだ。そう考えると納得出来る。
辺りが騒然としてきた。突然意識を取り戻した住民たちが、状況を把握できないまま互いを見回している。土砂に埋まっていたはずが、気づけば復興された街の中に寝かされていた。最後の記憶は土砂に呑み込まれる瞬間のはずだ。
エルアリーゼはそんな住民たちを眺めながら、小首を傾げた。
「あ……この後どうするか考えとらんかった」
「ニャニャ⁈絶対大混乱ですニャ‼︎どうするんですニャ⁉︎」
タマノワールが尻尾を逆立てながら叫んだ。実際、住民たちは既に混乱し始めていた。死んでいたはずが生き返った者、突然見知らぬ場所で目を覚ました者、愛する者が復活した事に泣き崩れる者——あちこちから叫び声や泣き声が上がっている。
「ウチが説明したら……あかんよなぁ?」
「絶対怖がられて信じて貰えないですニャ‼︎」
大量虐殺と大量破壊を行った張本人が何を言った所で信用は無いだろう。エルアリーゼは珍しく慌てていた。
「い、一旦シャルマタ呼んで来よか?」
エルアリーゼはそう言って、転移魔法石を取り出した。シャルマタは確かルルシャンティエと面会していた筈だ。
「今すぐ呼んでくださいニャ‼︎」
混乱する都にタマノワールの叫び声が響くのだった。




