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時間稼ぎ

メルクシュタインの働き掛けによって三十人程の文官がエルガリアに亡命した。皆初めは半信半疑だったが、エルアリーゼに渡された転移魔法石で実際にエルガリアへ転移してみせたら、後は皆メルクシュタイン同様の反応であった。

「もう少し引き抜きたかったのですが、気心の知れた者となると限られますので……」

とメルクシュタインは謝罪したが、エルアリーゼは大喜び。そしてそれ以上に喜んだのはルルシャンティエだった。

「これで漸くまともな睡眠が取れます……」

目の下に刻まれた深い隈、元は美しいであろうボサついた髪、限界を迎え青白くなった顔色を見て、メルクシュタインはルルシャンティエの苦労を思い、静かに同情した。これからは自分達が少しでもこの哀れな宰相殿の支えとなろう。レンゲルヘイルから亡命した者達はそう心に決め、直様滞っていた業務に着手した。



メルクシュタイン等レンゲルヘイルから来た文官達は、人間という事もあって当初既存のアヴェンティス家家臣陣は渋い顔をした。確かに人手は足りない。だが、素性の知れない人間達を国政の中心に関わらせて良いのか?そんな不安があったからだが、彼等にいち早く声を掛け、仕事を教え始めたのは、他でも無いルルシャンティエであった。

 宰相であるルルシャンティエが受け入れているのだから、部下である他の家臣達も当然それに倣らう形になった。最初はおっかなびっくり、だが人間達の熱心で優秀な仕事ぶりに次第に家臣達も心を開き、次第に彼等は長年の親友の様に打ち解けていった。





「陛下、文官がまだまだ足りません。今回引き抜いた文官の中で顔の広い者数名に、レンゲルヘイルで引き続き文官の引き抜きを行いたいと思います。また、レンゲルヘイルの隣にイスタリアという国があります。此方も似た様な軍事国家ですので、陛下が目指す国家形態を教えれば、亡命する文官が多数出るものと思われます」


「何や、自信有り気やなメルク。ほなその件はメルクに任せよか?必要なだけ文官増やしぃや。人間どうこう言う連中が居たらウチに言いや?キツう叱うたるさかい」

「ありがとうございます!感謝して励みます!」

「……初めて会った時と別人やな……まあ、やる気があるのは良え事やね」







 シャルマタがエルガリアを訪れたのは、グロスリーグ併合からほどなくしての事だった。


 転移魔法石があるとはいえ、お互い忙しい身だ。ロムスタールにはロムスタールの、エルガリアにはエルガリアの山積みの問題がある。面会の機会は思ったより少なかった。


 久しぶりに向かい合ったルルシャンティエは、以前より少し目の下の隈が濃くなっていた。


「いずれこうなるとは思っていたが、此処まで早いとはな……」


 シャルマタは窓の外を眺めながら言った。ロムスタール、グロスリーグ。立て続けの併合で、エルガリアの版図は急速に広がっていた。


「両親を殺されて、ロムスタール併合まで、こんな感じでしたわ……」

ルルシャンティエは静かに言った。

「激動の毎日で、悲しんだり驚いたりする暇もありません」

 シャルマタは何も言わなかった。言える事が見つからなかった。


 しばらく沈黙が続いた後、シャルマタは少し言いにくそうに口を開いた。

「と、ところで、ヴィフラゾンの旦那は仲間に入れないのか?あの男も優秀ではあるんだが」

「あの方はまだリーゼや私に対する憎悪が透けて見えますから無理ですね」

ルルシャンティエは迷いなく答えた。

「あの様子ならその内リーゼの暗殺とかするんじゃないでしょうか」

「い、良いのかそれ?」

「殺して死ぬ様な子じゃありませんよ。もし完全な不意打ちを行えたとして、あの子を殺せますか?ヴィフラゾン殿とて不可能ですよ」

「ま、リーゼの嬢ちゃんには俺の剣も通じなかったしな……でも毒殺とかやりようはあるんじゃないか?」

「昔、両親がリーゼの処遇に悩み、ドラゴン討伐用の劇薬を食事に混ぜて与えた事がありましたが、半刻程腹を下しただけでしたね」

 ルルシャンティエは少し遠い目をした。

「ドラゴン十頭は余裕で殺せる量だったんですけどね。それより弱い毒は幾ら飲ませてもケロリとしていますし……毒殺は現実的ではないかと」

 シャルマタはしばらく黙った。

「……お前の両親、大変だったんだな」

「ええ、まあ」

 ルルシャンティエは静かに茶を一口飲んだ。それ以上その話を続ける気はないようだった。

 話題は自然と今後の方針へと移った。

「東の楊帝国……いずれリーゼの嬢ちゃんが手を出すのは目に見えてるが、今それをされると拙いな」

「ええ」ルルシャンティエは頷いた。「ロムスタールとグロスリーグという二大国を立て続けに併合し、今でも行政組織は限界に近い。これ以上はどこかで破堤します。何としても東への侵攻は引き延ばさなければなりません」

「お前もそう思うか。意見が合って助かる」

「当面はリーゼに人材探しを続けて貰います。行政組織の構築には人手が要りますから、これは本当に必要な事でもありますし」

 シャルマタは腕を組んだ。

「だが思いの外早く集まってしまった時はどうする?数だけ居ても、使い物になるまでそれなりに育成期間が必要だろう?」

幾ら優秀な者を集めても、最低限仕事を教えたり、引き継ぎ等に時間が必要になる。少なくとも一月は欲しいが、あのエルアリーゼがそんなに待ってくれるとは思えない。

「その時はタマノワールと視察に出掛けて貰います」

「タマノワール?」

初めて聞く名だった。

「リーゼが登用したフェルミー族の商人です。美食が嵩じて食材や調味料に詳しく、今やリーゼはタマノワールの作る料理に夢中なのです」

タマノワールの料理は激務に追われるルルシャンティエにとっても密かな楽しみとなっていたが、敢えて言う事でもあるまいと、シャルマタには告げなかった。

「ほう……だが、それと視察がどう結び付くんだ?」

「タマノワールの持つ食材や調味料は無限ではありません。当然仕入れが必要です。ですので、リーゼには視察という名目で仕入れに同行させるのです」

一見万能に見えるエルアリーゼだが、出来ない事もある。例えば無から食料品を作るのは難しいらしく、以前無から作り出したというパンは粘土の様な味がした。他にもエルアリーゼは、相手の心を読むとか、他人の精神を操作する等は出来ないとルルシャンティエに語った事がある。

「あー……なるほど、リーゼの嬢ちゃんなら喜びそうだ」

視察という名の食い道楽の旅。エルアリーゼなら喜んで飛びつくだろう。だが、転移魔法持ちのエルアリーゼなら日程は通常より大幅に短縮されてしまう。

「その後は治水工事に、上下水道工事、流通拠点となる新都市建設、街道整備……本来は雇用を増やす為に民間に委託すべき公共事業ですが、今回は全部リーゼにして貰いましょう」

「そっちは嫌がりそうだぞ?大丈夫か?」

「断られたら断られたで問題ありませんが、おそらく謎の化け物を召喚して一昼夜の内に作ってしまうでしょうね」

以前庭木の薔薇を喰らい尽くした化け物を思い出し、ルルシャンティエは暗い顔をした。魔物や魔族とは違う……恐らく悪魔と呼ばれる伝説上の存在だと思われるが、残念ながらルルシャンティエはその手の知識に疎かった。

「謎の化け物とやらも気になるが、それじゃあ時間稼ぎにならないんじゃないか?」

「日を分けて数日稼ぎます。それが終わったらいよいよ楊帝国へ宣戦布告となるでしょうね」

「早いな……引き延ばせて一ヶ月くらいか?」

「それくらいでしょうね」

 ルルシャンティエは少し間を置いた。

「一応、更に二、三ヶ月引き延ばす方法も無くは無いのですが……」

 シャルマタを横目でちらりと見て、また視線を逸らす。珍しく歯切れが悪かった。

「歯切れが悪いな?言い難い内容なのか?」

「わ、私と貴方が婚姻を結ぶという方法です」

 ルルシャンティエは少し早口で言った。

「婚姻の準備等余計な仕事が増えますが、時間は稼げます」

 シャルマタは固まった。

「な……⁈け、結婚⁈俺はまあ……嫌では無いが……良いのか?随分早いと思うのだが……」

「あら?魔王ともあろう御方がそんな風に仰るとは驚きです」

ルルシャンティエは少し意地悪く言った。

「我々上に立つ者は利害関係優先、恋物語の様な恋愛等二の次……そうでしょう?」

 シャルマタはしばらく黙った。四本の腕を組み、天井を見上げた。

「魔王になったからこそ……そういうしがらみから逃れられると思っていたんだよ……」

「人生は中々思う様にいかない物です」

ルルシャンティエは静かに続けた。

「とはいえ貴方に好意を寄せているのは事実です。この様な色気の無い女で申し訳ありませんが……」

「確かにお前さんは色気どころでは無いからな」

 シャルマタは苦く笑った。

「だが、放って置けない女ではある」

 ルルシャンティエは少し頬を赤らめた。

「あら、それは脈があると思っても?」

「ああ」

シャルマタは居住まいを正した。

「こんな形になったが……婚姻を申し込ませて貰っても良いかなお嬢さん?」

 執務室が静まり返った。

 ルルシャンティエはしばらく手元の書類を見つめていた。そして顔を上げ、珍しく柔らかく微笑んだ。

「……ふふ、プロポーズというのは存外嬉しい物ですね。催促した様な物ですが」

「催促じゃなくて、俺が申し込んだんだ」

「ええ、そうですね」

ルルシャンティエは頷いた。

「喜んでお受け致しますわ、シャルマタ様」


 こうして、エルガリアの宰相と、ロムスタールの魔王の婚姻が静かに決まった。


 二人の話し合いは、それからまだしばらく続いた。婚姻の喜びに浸る間もなく、山積みの政務が二人を待っていた。それがこの二人らしかった。


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