都市構想
エルアリーゼがタマノワールを連れてルルシャンティエの執務室に飛び込んできたのは、夕方の事だった。
「ルル姉ルル姉、見てみて!珍獣連れて来たで!」
ルルシャンティエは書類から目を上げた。扉のところに、黒い毛並みの獣人が困り顔で立っている。
「珍獣て……」タマノワールが小声で呟いた。
「フェルミー族の方?」
ルルシャンティエはごく自然に言った。タマノワールがぱっと顔を上げる。
「ご存知なんですニャ?」
「ええ、交易の関係で何度かお会いした事がありますわ。無理矢理連れて来たの?」
「いやいや、ちゃんと話して連れて来たわ」
エルアリーゼは少し頬を膨らませた。
「何や知っとったんかいな……つまらんなぁ」
「珍獣扱いされた私の気持ちにもなってほしいですニャ……」
タマノワールが遠い目をした。
その後、三人は執務室に落ち着いた。エルアリーゼはタマノワールから譲り受けたチョコレートをつまみながら、上機嫌に話し始めた。
「このタマノワールはな、世界中の食材や調味料に詳しくて、各地を渡り歩いとるんよ。これがまた面白い猫ちゃんでな」
「そうですか」
ルルシャンティエはタマノワールに軽く頷いた。「それでリーゼ、彼女を連れて来た理由は?」
「それがな」
エルアリーゼはチョコレートをもう一粒口に入れながら続けた。
「タマノワールと話しとって思ったんやけど、エルガリアに包括的な流通網を作ったらどうかなって。世界各地の食材や物資をいつでも取り引き出来る様にするんよ。ゆくゆくは食の都とかで良えんやないかと思うんよ」
「食の都……」
「ええやろ?美味しいもんが何でも手に入る国って最高やんか」
ルルシャンティエは少し考えた。食の都云々はさておき、包括的流通網という発想は面白い。各地との取り引きを一元管理出来れば、物資の安定供給にも繋がる。リスク分散にもなる。
「それで」エルアリーゼは身を乗り出した。
「転移魔法石、量産したらどうやろ?世界各地に置いといたら、いつでもどこからでも物を取り引き出来るで」
ルルシャンティエの手が止まった。
「……転移魔法石を、量産?」
「簡単やで。石に魔法込めるだけやし」
簡単やで、ではない。しかしルルシャンティエの頭は既に別の方向へ動き始めていた。転移魔法石が各地に置かれ、物資が瞬時に行き来出来る流通網。その経済効果は——考えるだけで途方もない数字が浮かんだ。関税、流通手数料、独占的な交易権。エルガリアが大陸の物流の要になる可能性がある。
「……良い考えだと思うわ」
「やろ?」
エルアリーゼが嬉しそうに尻尾を揺らした。
「だけど」
ルルシャンティエはエルアリーゼをじっと見た。「それを行う人材が居ないの。誰かさんが連れて来てくれるって話だったと思うのだけれど?」
エルアリーゼの動きが止まった。
「……あ」
「あ、じゃないわ。タマノワールさん一人では流石に足りないでしょう。他の人材はどうしたの?」
「……忘れとった」
「忘れとった、ではないでしょう」
ルルシャンティエの声は穏やかだったが、有無を言わさぬ圧があった。エルアリーゼはもごもごと口を動かし、チョコレートを一粒つまんでから立ち上がった。
「わ、分かったわ。今から行ってくるわ」
「行ってらっしゃいませ」
「今から⁉︎」タマノワールが目を丸くした。
エルアリーゼはもう窓を開けていた。黄金の翼を広げ、夕暮れの空へと飛び出していく。あっという間に見えなくなった。
執務室に静寂が落ちた。
タマノワールはおずおずと手を挙げた。
「あの……私はどうしたら……?」
ルルシャンティエはタマノワールを見た。突然連れて来られ、突然置いて行かれた、困り顔の黒猫。事情は概ね把握した。
「リーゼが帰って来るまではこの辺りで商売しておいてくれる?貴女の馬車は表にあるみたいだから」
「あ、はい……それは構いませんニャ」
「助かります」
ルルシャンティエは少し間を置いた。
「それと」
「はいニャ?」
「このチョコレートというもの、もう一箱貰えるかしら?」
タマノワールはぱちりと瞬きした。それから、ふわりと笑った。
「喜んでニャ」




