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猫管理人と騎士王の隠居生活  作者: tobyisme


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第六十六章 註釈

 検査は、古靈の実験室で行われた。


 この実験室は、厳密に言えば一つの bug だった。古靈は隣の宇宙の管理人で、本来なら彼の設備はすべて、彼自身の宇宙の中に置かれているはずだ。だが二百年前のあのシミュレーター実験で、ナナの宇宙を初期値として使う必要があったため、当時、ナナの宇宙の側に直接建てられた。後に実験は失敗し、実験施設は吹き飛ばされたが、古靈はこの場所の権限申請を取り下げなかった。こうしてこの小さな工房は、そのままずっと残り続けてきたわけだ。


 古靈自身はこの件について「便利だからいい」という態度だった。ナナの態度は「ご自由に」だった。


 陽が半透明の装置の中に横たわっていた。上から光が降り注ぎ、彼の輪郭を淡い青に染めている。古靈は装置の脇で操作し、ナナは腕を組んで、その後ろに立って見ていた。


「⋯⋯あった」古靈がしばらくして言った。


 彼が一つのウィンドウをナナの前に引き寄せた。


「彼の身体に⋯⋯註釈のようなものがある。彼自身の細胞由来じゃない。外部由来だ」


「ソースは?」


 古靈の手がウィンドウの上を一度滑り、止まった。


 彼の眉が少しひそんだ。


「⋯⋯ソースは、この宇宙そのものだ」


 ナナの耳が動いた。


「⋯⋯開けて」



   ◆



 註釈の内容がウィンドウに浮かび上がった。


 文字は、ナナと古靈の両方が知っている、宇宙の底層の符号化言語だった。一般の生命体にとってこの種の文字列は読み解けないもので、管理人クラスの存在だけが、内容を直接理解できる。


 ナナは見つめ、見つめた。


 彼女はそれを読み上げた。



   ◆



「本当に短い生命だった」


「実験は成功しなかった。削除される運命からも逃れられなかった」


「生まれてくるべきではなかった⋯⋯」


「⋯⋯」


「⋯⋯」


「⋯⋯」


「でも、最後にせめて、何かを残したかった」


「存在した、というささやかな証を」


「だからこの人に、幸運を祈る」


「⋯⋯私のように、ならないでくれ」



   ◆



 実験室は長いこと、静かになっていた。


 最初に口を開いたのは古靈だった。


「⋯⋯つまり、こいつは死んでいなかった」


「最初は死んでいなかった」ナナが言った。声が普段より少し低い。「でも今は⋯⋯完全に死んでる」


 彼女は目の前のウィンドウを見つめていた。


「⋯⋯もっと何か見つかる?」


 古靈はすぐには答えなかった。


 彼はウィンドウの上をまた何度か滑らせ、より深い層のデータを呼び出した。


 しばらく眺めて、顔を上げ、ナナを一度見た。


「⋯⋯こいつ、とんでもないことをやってのけたみたいだぞ」彼が言った。「お前、気づかなかったのか?」


「何?」


 古靈が別のウィンドウを送ってきた。


「俺が検査したら、こいつの身体には祝福のようなものがある。ソースは同じく、お前の宇宙だ。だがこの種のことは⋯⋯」


 彼は一拍置いた。


「⋯⋯管理人を介さずにはやれないはずだ」


 ナナの耳がわずかに立った。


「言ってみれば」古靈が続けた。「こいつは、管理人という立場を奪うことすら試せるんだ。成功確率は、こいつが当時逃げ延びた確率よりさらに低いだろうがな」


「⋯⋯?」


 ナナは古靈が送ってきたウィンドウを見つめた。


 彼女は黙り込んだ。


 ウィンドウの中で、データが層を重ねて展開されていった。長く埋められていた何かが、剥がされていくように。


 彼女は見た。彼が自分の存在を、この宇宙の底層の演算構造の中に、撒き散らしているのを。


 独立した個体としての形態を放棄したのを。


 彼女はさらに下を見た。


 データ消滅弾の効果が休む間もなく彼を破壊し続けているのを、見た。彼がここまで徹底的に自分を解体しても、すでにこの宇宙の演算そのものと融け合っていても、その破壊は依然として進行している。


 彼は「存在し続ける」ことすら、できなかった。


 彼女はさらに下を見た。


 彼がこの状態で、最後にしたことを見た。


 宇宙の演算に対する、微小だが持続的な干渉。選んだ一人の人間に関わるすべての事象、すべての確率分岐を、その人間に最も有利な分岐へと調整する。さらにはその人間の本能行動の層にまで干渉する。ちょうどある瞬間にある場所にいさせ、ちょうど自分に有利な選択を取らせる。


 幸運を、与える。


 ただそれだけだった。



   ◆



 ナナは見終えた。


 彼女はしばし沈黙した。


「⋯⋯ここまでのことをやったのは、一人に幸運を与えるためだけ?」彼女が言った。「あんた、間違ってない?」


 古靈が帽子をつまみ直した。


「信じてくれ」彼が言った。「こいつが今、本当に簒奪に成功してでもいない限り、こいつのやってきたのは本当にそれだけだ」


「⋯⋯」


 ナナの尻尾がゆっくりと一度揺れた。


 古靈が彼女を見た。


「⋯⋯どうした」彼が言った。「あの時、俺に初値を吹き飛ばさせたこと、後悔してるのか?」


 ナナは首を振った。


「してない」彼女が言った。「ただ⋯⋯想定外、でも、筋は通るわね」



   ◆



 陽が装置から出てきたとき、表情は何とも言えないものだった。


 彼は身体を起こし、しばらく考えてから口を開いた。


「⋯⋯つまり」彼が言った。「ここ数年の僕の運の良さは、誰かが死ぬ前に、僕に『幸運を祈る』って決めたから?」


「⋯⋯うん」ナナが言った。


「⋯⋯それで彼は、宇宙全体の演算を使って、僕が永遠に不運にならないようにしてる、と?」


「⋯⋯うん」


 陽は少し黙った。


 彼は自分の手を見下ろし、握ったり開いたりした。


 それから顔を上げた。


「⋯⋯ってことは、僕、今、超無敵じゃないですか?」


 ナナが一拍、固まった。


 彼女は、彼の反応がこの方向に来るとは思っていなかった。


「⋯⋯」


「⋯⋯ナナ様と、一回戦ってみてもいいですか」陽が言った。彼の目つきが、急に真剣になった。「僕、この石を手に入れる前、誰にも喧嘩で勝ったことがないんです。今の僕が、管理人クラスの相手に勝てるかどうか、試してみたくて」


 古靈がそばで、こっそり一歩、後ろに下がった。


 ナナは陽を見た。


 彼女の耳が動いた。


 彼女は笑った。


「⋯⋯いいわよ」

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