第五十五章 逆転
レストランの中。
宇安が三つのウィンドウを見終え、視線を画面中央の「総スコア」に戻した。
ナナ 49%
ヴァイラ 51%
ここ数分の間に、ナナが二ポイント追い上げていた。
「⋯⋯このまま続けば」宇安が言った。
「⋯⋯総合的にはヴァイラが負ける」古靈が言った。「だがゆっくり負ける。一戦ごとに少しの権限を失うだけだ。彼女も少しは取り返す」
彼が手を上げて、別のウィンドウを指した。
「⋯⋯この一戦、彼女が勝った。それも、それなりに大きく」
宇安が見た。
それは格闘ゲームのウィンドウだった。二人のキャラクターが闘技場で戦っている。ナナのキャラクターは不釣り合いに大きな武器を構えていて、見るからに強そうだった。ヴァイラのキャラクターはただの、目立たない格闘家だった。
だが戦闘開始の瞬間。
ナナが大きな武器を振り下ろした。武器がヴァイラのキャラクターを通り抜けた。何にも当たらなかった。
外しではない。ヴァイラのキャラクターがその攻撃を「無視」した。被弾判定すら発生していない。
それからヴァイラのキャラクターが一発拳を出した。ナナのキャラクターの HP バーが直接ゼロになった。
〔義肢七号店店主〕:⋯⋯この首席もやってる。
〔通りすがりのエンジニア〕:自分のキャラクターの「被弾判定」を 0 にして、攻撃力を一撃必殺まで上げた。完全にチート殴り。
〔野次馬隊長〕:首席もチートを使うのか???
〔黎水区古参住民〕:当然だろ、これは権限の奪い合いだぞ。
【ウィンドウ 891】数字の変動:ヴァイラ +0.08% / ナナ -0.08%。
古靈がレストランで軽く頷いた。
「⋯⋯ヴァイラのこの一戦のチートは、ナナのより大きい」彼が言った。「被弾システム全体を無視して、一撃必殺。」
「⋯⋯なぜこの一戦だけそうした?」宇安が訊いた。
古靈が少し考えた。
「⋯⋯あの戦いの権限変動を見てみろ。0.08% だ。普通の戦いより数倍高い」彼が言った。「あの戦い自体に賭けられてる権限が多いんだろう。負けた時の損失が大きい。だからヴァイラもより多くのものを使って戦う必要があった」
彼が一拍置いた。
「⋯⋯だが彼女は毎戦これをやれない。彼女が対抗しているのはナナの眼鏡。あの眼鏡に蓄えられている権限こそがナナの切り札だ。ヴァイラが毎戦チートを極限まで使えば、彼女自身の権限消耗も破綻する。だから賭けの高い戦いでだけ、勝負に出るしかない」
彼が横の別のウィンドウを指した。
「⋯⋯あっちを見ろ」
それはタワーディフェンスのウィンドウだった。前のナナが棘の車輪を使ったあの戦いと似た地形だった。だがこの一戦では、経路の脇に、ヴァイラが小さな、目立たない塔を一つ建てていた。
車輪がその小さな塔の範囲に転がり込んだ。
車輪が消えた。
【ウィンドウ 712】数字の変動:ヴァイラ +0.04% / ナナ -0.04%。
〔通りすがりのエンジニア〕:待て、あの塔は何だ?
〔義肢七号店店主〕:⋯⋯首席が自分で作った塔。効果は「範囲内に触れた物体をスタート地点に転送する」のように見える。
〔合成コーヒー愛好家〕:あの管理員の攻城兵器を転送し返したのか?
〔野次馬隊長〕:首席が狙い撃ちの塔組みで勝った!
〔三班シフト〕:でも次の一戦で同じ塔を建てて、効くか?
宇安が古靈を見た。
「⋯⋯次の一戦?」
古靈が少し考えた。
「⋯⋯すぐ破られるはずだ。ナナはこの手を見た。次の一戦で同じ塔を建てれば、彼女はおそらく直接、その塔の判定そのものを書き換える。いたちごっこだ、一つずつ潰されていく」
彼が宇安の方を向いた。
「⋯⋯だからヴァイラが勝つ戦いは、こういう狙い撃ちのものか、ナナがそのゲームでまだ全力を出していないものが多い。総合的な大方向としては、負けている」
◆
画面中央の「総スコア」がまた一度動いた。
ナナ 51%
ヴァイラ 49%
逆転。
掲示板のメッセージ密度はこのとき、ある種の「方向性」を見せ始めた。最初よりはるかに明確に。
〔黎水区古参住民〕:俺は十戦ほど見たが、首席は二戦しか勝ってない。残りは全部、この「管理員」がよく分からんものを持ち出して、首席を押し潰してる。
〔合成コーヒー愛好家〕:彼女はもう首席の権限を奪うと宣告した、この場はもう刑罰の執行であって、審理の段階じゃない。
〔野次馬隊長〕:そう、彼女の立場としては、どんな手段を使っても過剰じゃない。
〔通りすがりのエンジニア〕:問題は、この方が「宇宙」の管理員だってことだ。権限上、誰も止められない。彼女がどう刑罰を執行しようと、彼女の言う通りになる。
〔三班シフト〕:それじゃ、彼女がそうしたいと思えば、いつでも誰にでもこれができるってことか。
〔街角ジューススタンド〕:⋯⋯ちょっと不安になってきた。
〔不眠症の会計士〕:首席のさっきの改革で、うちの伯母の薬代が半分になった。これが「奪い返される」のは嫌だ。
〔義眼買い替えたばかり〕:俺もだ。この義眼の補助は首席の改革の後に追加されたものだ。
メッセージの「方向性」がますます明確になっていく。「管理員が誰にでもこうできる」という不安から、ゆっくりと「ヴァイラには負けてほしくない」という傾向へ。
まだ多数派ではない。だが、もう見て取れる程度には。
◆
古靈が背もたれに寄りかかり、掲示板を流れていくメッセージを一度見て、小さく笑った。
「⋯⋯面白い」彼がまた一度言った。
宇安が彼を見た。
「⋯⋯古靈」
「ん?」
「あんた⋯⋯」宇安がどう訊くか少し考えた。「⋯⋯ヴァイラのこと、心配じゃないのか?」
古靈が少し考えた。
「⋯⋯心配だよ」彼が言った。「だがこのゲームはまだ終わってない」
彼が手を上げて、画面を指した。
「⋯⋯まだ最後まで来てない⋯⋯見ていけば、結果が分かる」
◆
画面中央。
ナナ 53%
ヴァイラ 47%
数字が動き続ける。
◆
権限層の中。
配信されていない、片隅。
ナナが適当に作り出したソファに寝そべっていた。向かいにも同じようなソファがあり、ヴァイラがそこに座っていた。
空間は淡く、形が定まらない。未完成な世界の隅のような場所だった。
「⋯⋯どうしよっか〜ヴァイラさん〜」ナナが気だるそうに言った。
彼女は眼鏡をかけたまま、空間の片隅に浮かんでいる数値を見やった。
「もうすぐ⋯⋯あんた、徹底的に負けちゃうよ〜」
ヴァイラが応えなかった。
彼女は少し沈黙し、自分のそばに浮かんでいる掲示板のメッセージを一度見た。
「⋯⋯まだまだ早い」彼女が言った。
ナナが笑い出した。
「ははははは!」
彼女が起き上がり、両手をソファに突いて、少し前のめりになった。
「これくらいの気概がないとね〜」
彼女が手を自分の胸の前に当てた。
「⋯⋯この世界の創造者が、正義の審判を成功させるのか」
それからヴァイラを指した。
「⋯⋯それとも、本宇宙誕生以来最高のハッキングの天才が、すべてを取り返すのか⋯⋯」
彼女がヴァイラを見て笑った。
「⋯⋯みんなで、結果を見届けようじゃないか!」
ヴァイラは応えなかった。
彼女が視線を、掲示板のメッセージに戻した。




