第五十四章 ゲーム
画面が、半分目を細めて笑うナナの顔で、二秒ほど止まった。
それから切り替わった。
まったく違う空間へ。
真っ白な部屋がゆっくり暗くなっていく。画面が全黒に変わった。
そして、ナナの声が暗闇の中から響いた。
「⋯⋯せっかく全宇宙 e スポーツ大会が近いんですし」彼女が言った。「盛大なプレショーをやってみましょう〜」
彼女の声には、明らかな愉悦のニュアンスがあった。
「大会の積分ルールを改竄して⋯⋯権限を賭けの対象にしてみました」
「謎域の皆様〜 お好きなウィンドウを選んで、見ていってくださいね〜」
画面が明るくなる。
全黒の空間に、同時に無数の小さなウィンドウが灯った。それぞれのウィンドウが、進行中のゲームの画面だった。レース、タワーディフェンス、シューティング、オートチェス、リズムゲーム、格闘、パズル⋯⋯どのウィンドウにも、二人のプレイヤーが対戦していた。一人は「ナナ」、もう一人は「ヴァイラ」。
二つじゃない。何千、何万。
各ウィンドウの右下隅に小さな数字が浮かんでいて、そのゲームでの権限の変動を表示していた。
画面の中央に、大きな進度バーが浮かんだ。
ナナ 47% │ ヴァイラ 53%
◆
レストランの中。
古靈が椅子に座って、帽子を直した。
「⋯⋯面白いな」彼が小声で言った。
「⋯⋯どういう意味?」宇安が訊いた。
古靈が、椅子に倒れ込んだまま意識を失っているヴァイラに視線をやった。
「⋯⋯ナナは同時に何千ものアカウントを動かしてる。それぞれのアカウントが、権限層のあちこちで、ヴァイラと違うゲームを戦ってる」
「⋯⋯」
「ヴァイラも同じだ。彼女の『分身』が同時にその何千もの戦いを処理してる。だから権限の駆け引きはリアルタイムで動く。この一秒で一戦負ければ、次の一秒で二戦勝つかもしれない、その次の一秒でまた三戦負けるかもしれない」
彼が一拍置いた。
「⋯⋯それに、ヴァイラは応戦を拒否できない」
「⋯⋯」
「ナナが分身を一つ生み出して権限を攻撃したら、ヴァイラが対応するアカウントを生み出して応戦しなければ、その戦いは無条件でナナの勝ちになる。だからヴァイラは同じだけのアカウントを開いて、一戦一戦受けていくしかない」
彼が顔を上げて、画面に浮かぶ多数の小さなウィンドウを見た。
「⋯⋯今のところは 47 対 53。ヴァイラがまだ少しリードしてる」
宇安が画面を見た。
「⋯⋯このあと?」彼が訊いた。
古靈が少し考えた。
「⋯⋯見ていけばわかる」
◆
掲示板の爆発する密度は、これまでで最高だった。
〔野次馬隊長〕:え! これ何百個の配信画面???
〔義肢七号店店主〕:千個以上。俺のところの右上に出てる数字、ウィンドウ 1139 だ。少なくとも千以上が同時進行してるってこと⋯⋯
〔通りすがりのエンジニア〕:じゃあこの「管理員」は同時に千以上のアカウントを開いて、首席とゲームしてる?
〔三班シフト〕:これだけのアカウントを同時に操作できる処理能力⋯⋯これもう人間のレベルじゃないだろ。
〔黎水区古参住民〕:「審判」って言ってたのは何だったんだ、e スポーツ大会の前夜祭になってるじゃないか。
〔猫耳同盟本部〕:というか、さっき管理員が「全宇宙 e スポーツ大会が近い」って言ってたから、これは広告?
〔合成コーヒー愛好家〕:「首席の権限を奪う」を e スポーツ大会の広告に使うやつがあるか!
メッセージが秒速で何十本も流れていく。
各観衆が自分の画面で、一つ二つのウィンドウを拡大して見ていた。謎域全体が同時に、別々の戦いを見ていた。掲示板の議論は「俺が見てるこの試合はこんな感じ」「お前のそっちの試合の進行はどう?」みたいな、交差する情報になっていった。
◆
【ウィンドウ 047:レース】
曲がりくねった、未来感のあるサーキット。車二台。
ヴァイラの車のスタートはナナのより少し速かった。彼女は車のデータを書き換えていて、馬力の上限を少し引き上げていた。
ナナの車は後ろについていた。だが追っているというより、散歩しているような感じだった。
最初のコーナー。
ナナの車の後ろに光るボックスが出現した。ボックスの側面に「アイテム欄」と書かれていた。
アイテム欄から何かが落ちてきた。
バナナの皮。
彼女がそれをヴァイラの車の前に投げた。
ヴァイラの車の前輪がバナナの皮を踏んだ。車がコース上で横滑りし、右のガードレールにぶつかり、跳ね返って、また左にぶつかった。彼女がハンドルを立て直したときには、ナナはもう彼女を抜いていた。
〔合成コーヒー愛好家〕:⋯⋯これって速度勝負のレースだろ? なんでアイテムが?
〔義肢七号店店主〕:自分の乗り物のデータをアイテムレースの車に向けるように書き換えたんだろう。でも普通こういう改造は、開始の瞬間にルールチェックで弾かれる。どうやって押し込んだのかは俺にも分からない。
〔通りすがりのエンジニア〕:それと、あの爆弾の威力、バナナの皮のモデルサイズ、普通のアイテムレースの標準パラメータと違う。彼女が自分で書き換えてる。これはもっとやばい。
〔三班シフト〕:首席は今、自分の車の性能をいじってるだけだ。他の余計なことに手を回す余裕はないんだろう。
〔野次馬隊長〕:要するに、めっちゃ強いズルしてるってことだろ。
〔黎水区古参住民〕:これは権限の奪い合いだ。あらゆる手段を使うのは普通だろ。ただ、この強度は⋯⋯
二周目、三周目。バナナの皮、爆弾、最後は青い、自動追尾する亀の甲羅。
ナナがゴールラインを越えた。
【ウィンドウ 047】小さな数字の変動:ヴァイラ -0.02% / ナナ +0.02%。
千以上の試合のうちの一戦が終わった。
◆
【ウィンドウ 312:タワーディフェンス】
マップ中央に曲がりくねった経路がある。上から波状に敵兵が湧き、一端から反対端へ歩いていく。両プレイヤーは経路の両側にタワーを建ててこれを止める。
ルール:二十波を凌ぐ、残りライフが多い方が勝ち。
ヴァイラのタワー構成は安定していて、配置が合理的だった。彼女は基本砲塔を三つ、減速塔を二つ、範囲ダメージ塔を一つ建てた。自分のタワーのデータを書き換えていた。砲塔の攻撃力を少し引き上げる程度。スタンダードなタワーディフェンスプレイヤーのやり方だった。
ナナの方は、塔を一つだけ建てた。
一つだけ。
その塔の造形は、どのタワーディフェンスゲームにも存在しないようなものだった。それは巨大な、棘だらけの、転がる車輪だった。
車輪は塔の位置に静止していた。
敵兵が半ばまで進んだとき。
車輪が転がり出した。
ナナの塔の位置から、マップ全体を一直線に転がっていき、経路上のすべての敵兵、地形上の石、さらにヴァイラの二つのタワーまで押し潰した。
〔通りすがりのエンジニア〕:⋯⋯何これ。
〔義肢七号店店主〕:棘の車輪??? これってどっかの RPG の攻城兵器じゃないか?
〔合成コーヒー愛好家〕:それにあの車輪の物理モデル⋯⋯地形当たり判定を無視してるみたいだ。
〔野次馬隊長〕:敵兵と自分のタワーごと潰すって、これ勝ちって言えるのか? 両方負けじゃないか?
〔三班シフト〕:ルールは「二十波を凌ぐ」。敵兵が全部死んだ。彼女の勝ちだ。
〔黎水区古参住民〕:⋯⋯首席はもう泣きそうじゃないか。
【ウィンドウ 312】数字の変動:ヴァイラ -0.03% / ナナ +0.03%。
◆
【ウィンドウ 588:シューティング】
一人称視点のシューティングマップ。プレイヤー二人がマップの両端から始まり、相手を見つけて撃つ。
ヴァイラは標準ライフルを使っていた。彼女はデータを少し書き換え、エイムアシストを強くして、連射速度を上げていた。移動のステップは安定していて、ポジション取りも標準的、遮蔽物を使いながら前進していた。
ナナの使っているのは⋯⋯これは、何だろうか。
銃じゃない。水道管のようなものだった。
開始の瞬間、彼女はその水道管を空に向けて掲げ、トリガーを引いた。
水道管から小さな球体が飛び出した。
球体が空に向かって飛んでいき、消えた。
二秒後、空から雨が降り始めた。雨粒は金属色で、光っていて、地面に落ちると小範囲の爆発を起こした。
マップ全体。同時。雨。
ヴァイラが遮蔽物の下に隠れた。だが遮蔽物が雨で吹き飛ばされる。彼女は方々に逃げ回ったが、どこに行っても雨があった。自分のキャラクターの防護データを書き換えてみたが、こうした場当たり的なデータ修正では、戦局の勝敗を左右することはできない。
彼女は五秒持ちこたえた。
〔野次馬隊長〕:これが伝説の「理不尽」ってやつか。
〔通りすがりのエンジニア〕:シューティングゲームでマップ全体の天候ダメージチートとか、こんなの見たことない。
〔三班シフト〕:それにこのチートのディテール、雨水の物理、爆発範囲、判定機構⋯⋯適当に書いたものじゃない。
〔義肢七号店店主〕:彼女はおそらく天候システム全体を、自分の武器として呼び出してる。普通の人間はこのシステムには、ほんの少しの書き換えすらできない。
【ウィンドウ 588】数字の変動:ヴァイラ -0.01% / ナナ +0.01%。




