第五十三章 審判
古靈がちょうど口を開こうとした、その瞬間。
謎域全体が暗闇に包まれた。
電球が壊れたような、ちらつくような暗闇ではない。完全で、瞬間的で、街全体が同時に停電した。レストランの照明、テーブルのインターフェース、空中のホログラム広告、外の通りのホバーカー、街の空でいつも点滅していた広告ボード。すべて、同じ一秒に、消えた。
窓の外の、まだ残っている夕暮れの光だけが、室内を照らしていた。
宇安が顔を上げた。
エイセイが彼の膝の上で、微かに震えた。剣先が一度、上に向かって角度を変えた。
古靈は帽子を少し前に押した。
一秒。
たった一秒。
照明が戻った。すべての電源が正常に戻った。
だが。
すべての公共スクリーン、広告ボード、テーブルのインターフェース、街のホログラム看板が、同じ一つの画面に変わっていた。
◆
画面の中は、真っ白な部屋。
猫耳と猫尻尾を持った女の子が、そこに立っていた。
彼女は、半透明で縁に淡い光紋のある眼鏡をかけていた。謎域に来たばかりの頃に彼女が選んだ、あの眼鏡だった。あの時は「郷に入れば郷に従えってね」と言っていたもの。今日もまた、かけていた。
彼女が画面に向かって、微かに笑った。
「⋯⋯マイクテスト〜 123〜 聞こえる〜?」彼女がわざとらしく数言喋った。
彼女が数歩歩き、画面がそれについていく。真っ白な部屋には、実のところ境界がなかった。ただ一面の白で、影さえなかった。だが、彼女はまるで自分の家のリビングを歩いているかのように、自然に歩いていた。
「謎域の皆様〜 男の方、女の方、それから男女では定義できない生き物の方々も〜 こんばんはー」
彼女が手を振った。
レストランの中。
宇安が壁のスクリーンを見ていた。
古靈が帽子の角度を戻し、スクリーンを見ていた。彼の表情ははっきりとは読めなかったが、止めるつもりも、反応するつもりもなさそうだった。
エイセイが宇安の膝の上で、一度震えた。
「⋯⋯これ、ナナか?」
◆
謎域の掲示板が、爆発し始めた。
メッセージが一つずつ浮かんでくる。この世界のすべての公民が公共ネットワークに接続されていて、掲示板は常時バックグラウンドで動いている機能の一つだった。公共放送が出ると同時に、掲示板のコメントがリアルタイムで識別され、優先度の高い話題が自動的にトップに押し上げられる。
今のトップにあるスレッドのタグは、「街全体同期放送・身元未確認・最高優先度」。
その下のメッセージが乱れ飛ぶ。
〔夕食中の住民〕:誰だこいつ、態度デカすぎだろ
〔星塵-09〕:誰か知ってるやついる?
〔通りすがりのエンジニア〕:今日の午後の議会のやつ? なんか見覚えがあるような
〔仕事帰りの人〕:何が起きてるの?
〔猫耳同盟本部〕:待って。待って。本物の猫耳。あれ本物の耳?
〔黎水区古参住民〕:耳のことは後にしろよ、さっき街全体一秒停電したの気づかなかったのか
〔機械娘@Ψ〕:停電、自分の義眼が壊れたかと思った
メッセージの密度がどんどん上がる。謎域中の人間がこの数秒の間に、同じ画面を見て、同じことを問いかけている。
◆
画面の中のナナが続けた。
「まずは簡単に自己紹介を〜 私はこの宇宙の管理員、ナナ。今日の午後の議会で晒し上げられたあの人ですー」
〔仕事帰りの人〕:「宇宙の管理員」???
〔IP_K4-77〕:何それ
〔合成コーヒー愛好家〕:また自称神のインフルエンサーかよ、今どきこういうの多すぎ
〔義肢七号店店主〕:でもこの街全体停電の演出規模⋯⋯
〔黎水区古参住民〕:今日の午後の議会、見たぞ。確かにナナって名前のやつが呼び出されてた。でも身内のおふざけかと思ってた
ナナが続ける。
「全世界の停電と、ウィンドウの大部分を占拠してしまったこと、申し訳ありません」彼女が言った。「ですが、これから私は管理員として、果たすべき職責を執行させていただきます」
画面の中、ナナの傍らに一つのシルエットが投影された。
宇安はそれを見た瞬間、一瞬、動きが止まった。
ヴァイラだった。
たった今、目の前で椅子に倒れ込んだあのヴァイラと、まったく同じ姿。だが画面の中のヴァイラは立っていて、意識があり、レンズを見ていた。
〔機械娘@Ψ〕:あれ首席????
〔義肢七号店店主〕:これってまさか本物? 演出じゃない?
ナナが紹介する。
「こちらがヴァイラさん。皆さんは本人を知らないと思います。もう一つの身分について話しますね」
彼女が小さく笑った。
「彼女こそが、世界で唯一、首席権限のハッキングに成功した人物。歴史上、最もハッキングの才能を持つ天才。そして現在の、首席です」
掲示板のメッセージ密度が一気に倍増した。
〔猫耳同盟本部〕:これが首席???
〔退職エンジニア〕:信じられない、若すぎる
〔ハッカー界隈五年目〕:首席をハックしたの、こいつだったのか。ここ数年、誰がやったのか分からなかったやつ
〔白塔三十二階〕:首席さん、彼氏いるのかな。俺、自分のルックスにはそれなりに自信あるんだけど
〔黎水区古参住民〕:上のやつ黙ってろ、今大事な話してるんだぞ
〔義肢七号店店主〕:これってヤラセだろ? こんなに若くてこんなに強いとかありえない? どっかの会社のマルチ商法じゃないのか
〔夕食中の住民〕:どこの会社がマルチで首席本人を出すんだよ⋯⋯
〔義肢七号店店主〕:もしかしたら首席本人の会社かも(笑)
〔猫耳同盟本部〕:ていうかさっきの一秒停電は何なんだよ、あのレベルのことを誰ができる?
◆
レストランの中。
宇安が掲示板を流し見て、視線をスクリーンに戻した。
古靈はまだ座っていて、動いていない。だが彼の指が、テーブルの縁を軽く一度、また一度と叩いていた。
「彼女、本気なのか?」宇安が訊いた。
「⋯⋯みたいだな」古靈が言った。
◆
画面の中のナナが続ける。
「で、皆さんはきっとまだ疑問でしょう? 私が宇宙の管理員として、首席の身分を公開するのは一体何のためか⋯⋯」
彼女が一度手を振った。
彼女の背後の白い空間に、ゆっくり巨大な二文字が浮かび上がる。
「審 判」
文字は赤色で、縁に淡い、燃えているような光を帯びていた。
ナナがゆっくりと言う。
「私は今ここで、首席ヴァイラの罪を、審判します」
掲示板のメッセージが、半秒、すべて止まった。
それから、爆発した。
〔三班シフト〕:え????? 審判????
〔義眼買い替えたばかり〕:これ、宣伝とか冗談とかじゃないっぽくない?
〔猫耳同盟本部〕:宇宙の管理員? そんなもの、本当に存在するの?
〔不眠症の会計士〕:宗教広告みたいだけど、街全体停電は本物だったし、この実力は⋯⋯
〔不安症の主婦 33〕:通報しに行く
〔黎水区古参住民〕:誰が通報するんだよ、本人が自分で管理員だって言ってるんだから、通報したって誰が処理するんだ
〔野次馬隊長〕:とりあえず黙って見てろよ! 何言うか聞こうぜ!
◆
宇安が古靈を振り返った。
「⋯⋯これも、あんたたちの計算のうちなのか?」彼が言った。
古靈が傍らで意識を失っているヴァイラを見た。
帽子を直した。
「⋯⋯うーん」
彼がどう言うか少し考えた。
「いや」古靈が言った。「でも⋯⋯多分、大したことじゃないと思う⋯⋯多分?」
宇安が彼を見た。
「⋯⋯」
「⋯⋯多分?」
古靈が帽子を少し前に押して、宇安の視線を避けた。
◆
画面の中のナナが続ける。
彼女の表情が変わった。さっきまでのあの軽薄な、可愛いふりをする笑みが、収まっていた。彼女が目を半分まで細め、猫尻尾が背後で軽く揺れた。
「私は最初、ルールを定めた時、当時この世界に移住してきた人々と明確に取り決めました。議員と首席をその都度選出する方式で、この世界を管理していくと」
「だが⋯⋯」
彼女が一拍置いた。
「我々の首席は、永遠にその座に居続けることを妄想した」
彼女の声には、ある種、演技過剰な悲痛さがあった。
〔通りすがりのエンジニア〕:「我々の首席」⋯⋯本当に管理員なのかこの人
〔野次馬隊長〕:てか、展開早すぎ
〔猫耳同盟本部〕:さっきまで「まずは簡単に自己紹介を〜」だったのに、もう審判するって、この口調の切り替えについていけない
〔引退脚本家〕:てか演技めっちゃ嘘くさいのに、やたら本気っぽい。これ、どういうジャンルなんだよ
ナナが続ける。
「彼女は私の権限を剥奪しようと試みた」彼女が言った。「自らをデジタル生命にする実験を進め、永生し、そしてこの世界の神、唯一の管理員になろうとした」
スクリーンの上部に、ヴァイラの権限申請記録が浮かんだ。あの、リマインダーメッセージに偽装されていたもの。ナナがそれを公開した。掲示板上では、すぐに誰かがそのコードを見て、掲示板に貼り、議論を始める。
〔義肢七号店店主〕:⋯⋯このコード構造、本物だ。似たようなの書いたことある
〔生体改造愛好家〕:てか、さっきの「デジタル生命」って本物? 嘘?
〔白塔三十二階〕:自分が永生できるなら俺もやりたい
〔黎水区古参住民〕:上のやつ、自分の自己紹介欄もまだ埋めてないくせに何を試したいんだ
〔街角ジューススタンド〕:でも首席って本当に黎水区出身だぞ、首席になってからこの数年で何を変えたか、みんな分かってるだろ
〔通りすがりのエンジニア〕:いや、待て、それと「神になりたい」とは別の話だろ。彼女が変えたものは良いものだ、でも彼女が永生したいというのは⋯⋯
掲示板が分裂し始めた。冗談だと思う者、本物だと思う者、首席を疑い始める者、逆にナナを疑い始める者、立場がばらばらに割れていく。
ナナが続ける。
「今日の午後、彼女が同意した政見も、このためです⋯⋯」
彼女が悲痛そうな顔を作った。
「彼女は秩序を破壊し、私が愛するこの世界を奪おうとしている。これは、私には許せない」
彼女が顔を上げて、レンズの方を見た。
「謎域の皆様」彼女が言った。「今夜、私は、ヴァイラのすべての権限を奪います。彼女の妄想を、虚無に帰します。古くから伝わってきた、このルールを守ります」
画面が、目を半分細めて笑う彼女の顔で止まった。
彼女の尻尾が、背後で軽く一度、揺れた。




