第四十九章 演算
光が控室で散ったとき、ナナが宇安の傍らに現れた。
彼女の着地姿勢は安定していた。彼女はこの半透明の小部屋を少し見回した。さっき入っていた密室より少し大きく、明るい。半透明の壁の向こうに、試合空間がはっきり見えた。残った光の網がほどけていき、床の輪状の光紋がゆっくり待機状態に戻っていく。
宇安はそこに立って彼女を見ていた。剣を手に握っている。
「⋯⋯」
「負けた」ナナが先に口を開いた。「彼女、自分のHPをハックしてた。私が五、彼女が五千」
宇安は頷いた。彼はさっき見ていた。
「最初は煽って自分から隙を作らせようと思ってた」ナナが言った。「無駄。彼女は弾を躱さずまっすぐ突進してきて私を掴みに来た。私は三回躱した。四度目、彼女が私の位置を読み切った」
彼女が一拍置いた。
「思ったより硬い」
彼女がこの話をするときの語気は、まるで他人の話をしているようだった。軽い。
宇安が彼女を見た。
「⋯⋯大丈夫か?」彼が訊いた。
ナナが小さく笑った。
「大丈夫」彼女が言った。
彼女が手を前で軽く動かして、インターフェースが浮かんでまた消えた。
「⋯⋯私のこのアカウントの NPC 属性、もう彼女に剥がされてる。この仮想世界の中で、私のこの身分は基本的に彼女の好きにできる」
「⋯⋯」
「でもいつでもログアウトできるし、命の危険はない。今は外に出たくないだけ。あんたが勝って一回リセットすれば、こういうのは全部元通り」
彼女が肩をすくめた。
「⋯⋯だから今は彼女に好きにさせてる。どうせ最後には残らないから」
宇安が少し考えた。
「⋯⋯負けたら?」
ナナが小さく笑った。
「⋯⋯また別の手を考える」
彼女はそれ以上言わなかった。
宇安が彼女を見た。彼女が言わなかった部分のことは、彼にもわかっていた。だが彼は訊かなかった。
◆
彼女が手早く宇安に、密室で見たことを伝えた。
全部じゃない。ヴァイラの物語をまるごと話したわけじゃなく、要点だけを抜いて話した。
「ヴァイラは悪い人じゃない」彼女が言った。「彼女が育った場所は酷かった。身近な人が死んだ。首席になってからたくさん良いことをした。この世界は彼女のおかげで結構良くなってる」
「⋯⋯」
「でも、彼女は私を信じてない。私がいつか手を出して、彼女のやってきたことを撤回するんじゃないかと思ってる。彼女が望むのは、この世界からこれ以上、上の管理員がいなくなることなの」
「⋯⋯」
「でも私はこの世界を諦めるつもりはない」ナナが小さく笑った。「ただ、彼女は信じてくれるかわからない」
宇安が少し考えた。
「⋯⋯それで、俺は何をすればいい?」
「この場で勝って」ナナが言った。「それからリセットしに行く」
「⋯⋯彼女、この場で何を使う?」
「わからない」ナナが言った。「でも、あんたは『超能力対戦』を選んで。これは自分で超能力を選んで、自分で武器を選ぶやつ。彼女もそう。お互いに相手が何を選んだか分からない」
「⋯⋯」
「彼女、自分の HP を一回ハックしてた。この場でも、最初の段階で同じようにいじってる可能性はある。でもインターフェースの確定が下りた後はもうロックされて、途中から書き換えはできない」
彼女が一拍置いた。
「だからあんたが入った時点で、彼女のHPはそれで固定。途中で変わらない」
宇安が頷いた。
◆
控室のインターフェースに一行の文字が浮かんだ。
「次の試合がまもなく開始されます。被挑戦者:宇安。試合項目を選択してください」
インターフェースに選択肢が現れた。
宇安がナナを一目見た。ナナは何も言わなかったが、軽く一度頷いた。
彼が「超能力対戦」を押した。
インターフェースが確認した。向こうのヴァイラも確認を押した。
カウントダウンが始まる。
「試合がまもなく開始されます。各選手は会場へ移動してください」
控室の壁が光り始めた。
ナナが一歩下がった。彼女は宇安と一緒に入場できない。彼女についてくる剣もここに残る。入場前の仮想武器システムが、それを試合空間の外で隔離する。
彼女が宇安を見た。
「⋯⋯無理しないで」彼女が言った。「彼女がルールをハックしてるのは確か。でも忘れないで、この場はあんたが選んだ項目。彼女もあんたと同じで、その場で能力を選んで、その場で武器を選ぶ」
彼女が小さく笑った。
「あんたはこの方面、彼女より強い」
宇安が剣を握り直した。この剣は連れていけないと知っているが、この動作はもう考えなくてもする習慣だった。
「⋯⋯ああ」
光が彼を包んだ。
◆
光が散ったとき、宇安は円形の競技場に立っていた。
この場所には覚えがある。e スポーツ大会の標準競技場。床は暗色、輪状の光紋が走っている。場の縁は見えないエネルギーウォール。場の外は空っぽだった。この試合は私的に行われるもので、観客席はない。だが彼はナナが控室の側から見ているのを知っていた。
二十メートル先、ヴァイラが立っていた。
彼女はさっきと同じ服を着ていた。議会の服装ではなく、いつもの黒い簡素な服。手には武器を持っていない。
二人の間の空中にインターフェースが浮かんだ。
「超能力対戦」インターフェースが表示した。「能力を選んでください」
インターフェースが広がった。能力の選択肢が一覧で宇安の目の前に並ぶ。それぞれに名前、説明、クールタイムが書かれている。能力プールは大きく、彼はざっと目を通した。火球、瞬間移動、念動、特定身体部位の強化、ありとあらゆる攻撃能力⋯⋯
彼は下にスクロールした。あれらは要らない。
彼は「ガード」のところで止まった。
能力説明:「剣鋒に接触した攻撃や武器のエネルギーを消散させ、武器を弾き返す。クールタイム:なし」
彼が確定した。
インターフェースが続けて訊いた。「武器を選んでください」
彼は剣を選んだ。
システムが一本の直剣を彼の手に渡した。重さ、長さ、配重——慣れているあの剣とは少し違うが、十分使える。剣鋒の判定範囲は、おおよそ感じ取れる。
インターフェースが消えた。
彼が顔を上げてヴァイラを見た。
彼女も選び終えていた。手にはまだ武器が現れていないが、確認のインターフェースが、彼女が選択を終えたことを示していた。
彼女が顔を上げて宇安を見た。
彼女の表情には笑みがなかった。これはナナとのあの場とは違う。彼女はナナに対しては「説得したい相手と張り合っている」だった。宇安に対しては「処理しなければならない障害物の処理」だった。
彼女は彼を評価していた。
◆
カウントダウンが始まる。
三。
二。
一。
インターフェースが消える。試合開始。
◆
最初の一秒、ヴァイラが動いた。
彼女が虚空に手をかざすと、剣が一本、手の中に現れた。直剣で、宇安のものに少し似ているが、わずかに短い。
彼女が剣を構えた。
突進してこない。振りもしない。
彼女の剣身の周囲から、光が十本同時に灯った。
一本一本が、剣気だった。
一本一本の方向が違う。四本は宇安に向かって、三本は側面から回り込んで彼を挟みに、二本は上から落ちてきて、一本は地面から突き上がってくる。
全部、同時に出る。
宇安はこの一秒でヴァイラが選んだ能力を理解した。
そして同時に、彼女がハックしているのも理解した。普通の剣気能力なら、剣を一振りして一本だけ出す。これは十本、しかも任意の方向。
彼が後ろへ退いた。
剣鋒が十本の弧を描いた。彼は剣で正面の四本を受け、左半分の弧で側面の三本を防ぎ、上の二本は頭を低くして躱し、地面の一本は屈んで跳んだ。
受けきった。十本すべて処理した。
だがヴァイラがまた振った。
また十本。
彼は今度は八本を受け、二本は躱した。そのうち一本が左の太腿の外側を掠めた。淡い痛覚がその脚から上がってきた。HPバーが一つ減った。
彼はヴァイラの攻撃を処理し続けた。
剣鋒が剣気に触れたとき、剣気が散る——その散開のエネルギーの感触が、剣身から手に伝わってくる。少し痺れる程度。
彼は受けられる。躱しもできる。
◆
二十秒が過ぎた。
ヴァイラは二秒に一度剣を振り、毎回十本の剣気を放つ。宇安は二秒に一度十本を処理する——受けるか、躱して受けるか。場には光点がどんどん増えていった。受けた剣気が消散して残った残影、躱した剣気が壁にぶつかって弾き返ってきてさらに彼に受けられたもの。
彼はいくつかのことに気づき始めていた。
ヴァイラの十本の剣気は、その経路が少しずつ重複している。彼女は彼がさっき受けた位置に応じて、次の波の経路を調整していた。彼女は彼の習慣、彼の進攻の手法を計算していた。
彼女の調整は速くない。できないからじゃない。膨大なデータを処理しているから。剣気一本一本の軌跡、宇安一動作ごとの位置の移動、彼の重心、彼の呼吸のリズム——彼女は全部記録していた。
彼の左肩に剣気が一本掠った。HPがまた一つ減った。
彼は気づいた。ヴァイラの攻撃は「剣術」じゃない。剣を振る動作の癖がない、剣術にあるはずの間合いの感覚がない、技と技の繋ぎがない。
彼女はただ「出力」しているだけ。
彼女の剣は道具、攻撃を発生させるトリガー。剣を一回振れば剣気が十本出る。彼女の身体の動作は、剣が手にあることを確認するためのものでしかない。
彼女がしているのは剣術じゃない。宇安に関するひとつの演算だった。
彼はこの数百年、多くの剣の達人を見てきた。だが、これは見たことがない。
◆
さらに二十秒が過ぎた。
彼の身体には掠り傷が五つ増えた。HPはもう三分の一減っていた。
彼は自分から攻めなかった。意味がないと知っていた——彼のガードはクールタイムなしで、ずっと防ぎ続けられる。だが彼が攻めに出れば、彼の次の動きはヴァイラに読まれて、彼が彼女に近づく前に剣気で止められる。
彼が止まった。
ヴァイラも止まった。
彼女が彼を見た。
「無駄よ」彼女が言った。
彼女の声は平らだった。
「あんたのすべての進攻ルートはもう私が計算し終わってる」
宇安は応えなかった。
彼は彼女を見た。彼にはこの言葉が本当だと分かった。彼女のさっきの四十秒は攻撃だけじゃない。彼の反応、歩み、剣を受ける角度、重心の移動、毎回の受けと躱しの選択——全部記録していた。
彼の動作の一つ一つが、彼女に書き留められていた。
彼の次の一手、次の防御、次の歩み、次に彼女に近づこうとする角度——彼女はもう計算し終わっている。
彼女がさっき止まったのは疲れたからじゃない。彼自身に、これに気づかせるためだった。
彼女は彼がそれを認めるのを待っていた。それから彼女は仕上げにかかる。
◆
彼が剣を握り直した。
彼の数百年の戦場経験が彼に教えていた。相手があんたの予測可能な手順をすべて読み切ったとき、残された道は一つしかない。読まれない一手を打つ。
だが「読まれない」が具体的に何なのか、彼には思いつかない。
彼自身は剣を扱う者だ。彼が知っていることはすべて剣術だ。剣術にはその論理、間合い、技の繋ぎがある。彼が思いつくどんな「技」も、ヴァイラがこの四十秒見た中ですでに計算済みのはずだ。
彼は「彼らしくない」一手を打たなければならない。
演技じゃない、騙しでもない——ヴァイラの観察は十分に細かく、「わざと作った」隙はすべて見抜かれる。
本当に、彼自身も予定していなかった一手を。
彼はこの一秒で決める。
結果がどうなるかは分からない。賭けが入っているのは知っている。
だが、もう他の選択肢はない。
◆
ヴァイラがまた剣を構えた。
今度は、彼女の剣身の周囲から灯った光は十本ではなかった。
もっと多い。
宇安がさっと見た。二十、三十本。一本一本の方向が、彼が次の一秒にいる可能性のある位置を、すべて精密に狙っていた。左に躱せば、そこに剣気が待っている。右に躱せば、そこに剣気が待っている。屈めば、下から上がってくる。跳べば、上から落ちてくる。
彼女はあらゆる可能性を計算していた。
彼女が攻撃しているのは彼のこの一秒じゃない。彼女が攻撃しているのは、彼が次の一秒にいうる、すべての位置だった。
◆
宇安はその、まもなく同時に出る剣気の網を見ていた。
彼はこの一秒で、ひとつの決定を下した。
彼は剣を握る手を緩めた。
これからは少しずつ更新頻度が落ちますが、最低でも週1は更新予定です…!
ストックがなくなりました……。




