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猫管理人と騎士王の隠居生活  作者: tobyisme


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第四十四章 アドレスコード

 光が散った。


 宇安が目を開けた。


 彼は仮想世界のある高所のプラットフォームに立っていた。


 以前来た市集、賭場、創造大会の公式会場とは違っていた。ここがどこなのかは見て分からない。周りは空っぽ、看板もない、店もない、他のプレイヤーもいない。淡い青の光を放つ床があるだけ。床の縁は何かの金属感のある、虚無に消えていくような紋様だった。


 彼が顔を上げた。


 ナナが彼の隣に立っていた。彼女の目の前にはすでに大きな、密集したインターフェースが浮かんでいた。彼女の指は止まらない。


 彼の身近に、もう一筋の光が散った。


 一本の剣が、彼の傍らに浮かんだ。


 永誓と全く同じ姿。


 だが、宇安は知っていた。これは永誓じゃない。ナナがさっき永誓のアカウントをこの世界に書き込んで、生み出した NPC 武器だ。永誓本体の意識は現実の方に残って、二人の接続装置を守っている。


 この仮想の剣は空っぽだ。意識はない、話さない、応えない。だが、プログラム単位としては動く。宇安が使えるし、他のプログラムを相手にできる。


 宇安が手を伸ばして、それを握った。


 重さ、バランス、握り。彼が百年間握り続けてきたあの剣と完全に同じだった。


 永誓が啓霊する前と同じ。


 啓霊した後の剣を握ると、いつも「一人で戦っているわけじゃない」という感覚がある。それがないと、むしろ妙に新鮮に感じた。


 彼が一秒その剣を見て、それから握り直した。


 十分だ。



   ◆



 ナナはまだインターフェースを操作していた。


 顔を上げないまま、口を開いた。


「中心データベースに行く。普通なら、この世界のメニューに公式観光地点があって、直接検索できる。『中心データベース』と入力すれば転送先が出てくる」


 彼女の指がインターフェースの上で動く。


「でも、ヴァイラはそれを検索結果から削除した。だから今は『アドレスコード』を使う」


「⋯⋯アドレスコードって?」宇安が訊いた。


「この世界の各地点には下層の識別コードがある」ナナが言った。「普通の人は使わない、必要ないから。検索すればいい。でも、ある地点が検索から削除されたら、アドレスコードで直接転送できる」


「⋯⋯あんた、そのコード覚えてる?」


「一部は」ナナが言った。「でも、彼女はコードも撹乱した。彼女はコード自体を改変できない。コードはデータベースと下層で紐づいてるから。でも、似たコードを大量に作って、検索結果を乱すことはできる」


 彼女の指がさらにしばらく動いた。


「⋯⋯見つけた」


 彼女が一度押した。


 彼女、宇安、そして漂う剣が、ともに一筋の光に包まれた。


 光が散った。



   ◆



 彼らが別の場所に現れた。


 市集のように見えた。両側はすべて店、通りは広く、上に看板が浮いている。


 だが、この市集はナナが以前宇安を連れてきた市集とは違っていた。


 ここの看板は、すべて「中心データベース」と書かれていた。


 各店の上に「中心データベース」という四文字が浮いていた。各店の正面はどれも歴史アーカイブ館や科学博物館の入口のような造りだった。石造、金属、光だけでできたようなガラス。


 少なくとも数十軒。


 宇安が眉を顰めた。


「⋯⋯」


「これがヴァイラの撹乱」ナナが言った。「彼女は大量の偽目標を作った。各店の入口がどれも中心データベースの入口に見える。でも、本物は一つだけ」


「⋯⋯」


「間違えると別の場所に転送される。空っぽの場所か、罠か。罠なら、抜け出すのに時間がかかる。私たち、時間に余裕がない」


「あんた、見分けられる?」


「できる」ナナが言った。「各店のアドレスコードは下層に痕跡を残す。私はそこから本物を読み取れる」


 彼女が新しいウィンドウを一つ開いた。


「でも、時間がかかる」彼女が言った。「彼女は大量の干渉を作った。一つずつフィルタリングしないと」


 彼女が顔を上げて宇安を一目見た。


「私が計算してる間、何かが来る」


「⋯⋯何が?」


「ファイアウォール」ナナが言った。「この世界の内蔵セキュリティシステム。本来は外部侵入を防ぐためのもの。でも、彼女は今これを攻撃ツールとして使ってる。プレイヤーが下層識別を計算してるのを検知すると、ファイアウォールが派遣される」


「⋯⋯」


「本当の意識を持つ敵じゃない」ナナが補足した。「ただのプログラム単位、でも、攻撃力はちゃんとある」


 彼女が肩を一度すくめた。


「捌けないと、私が中断される」



   ◆



 宇安はそれ以上訊かなかった。


 彼が手の剣を一度握り直した。


「⋯⋯俺がここにいる」


 ナナが小さく笑った。


「⋯⋯よし」彼女が言った。「じゃあ、始める」


 彼女がインターフェースに戻り、指が動き始めた。



   ◆



 最初は静かだった。


 周りは依然として長い市集の通り。店が両側に延々と続いて見えない。各店は「中心データベース」の看板のまま、変化はない。他のプレイヤーはいない。この範囲は彼女が隔離しているはず。


 宇安はナナの傍に立ち、剣を手に、目で四方を確認していた。


 空気の中に微かなノイズが現れ始めた。


 音じゃない、視覚的な。空間自体が震えるような。ある方向の店の輪郭が一瞬光った。


 そこから何かが歩いて出てきた。


 顔のない人型。身体は純黒、縁が淡い青で光っている。胸に発光する四角があり、その四角に何かの符号が書かれていた。手には刃物。


 歩くのが速い。


 宇安がナナを一目見た。彼女は顔を上げず、指はまだ動いていた。


 彼が一歩前に出た。



   ◆



 その何かが彼の前に来て、刃物を一振りした。


 まっすぐ、駆け引きはない。プログラム単位は戦術を弄ばない。


 宇安が体を捌き、剣を逆手で振り抜いた。


 剣鋒がその何かの胸の四角を擦った。


 四角が一瞬光った。


 それからその何かは淡い青の光の塊になって、消えた。


 宇安:「⋯⋯」


 彼が手の剣を見下ろした。


 彼の剣鋒は四角を擦っただけだ。だが、それで散った。彼の手柄じゃない。剣の方だ。この剣に何かが書き込まれている。


 ナナはまだインターフェースを操作していたが、口を開いた。


「剣鋒が四角に当たった瞬間、剣が逆向きの認証信号を出す。相手のプログラムがキャンセルされる」


 彼女は顔を上げない。


「この NPC アカウントに攻撃権限を残しておいた。他のプログラム単位を相手にできる」


「⋯⋯」


「あんたは剣鋒を四角に当てればいい。残りは剣がやる」


 宇安が頷いた。


 彼は技術的な細部は分からない。だが、これは分かる。この剣は、今この世界では十分に鋭い。


 彼は剣を構えたまま、ナナの傍に立ち続けた。


 空気の中のノイズはまだ消えていない。二体目のファイアウォールが歩いてきていた。



   ◆



 その後の時間が、どれくらいだったのか彼には分からない。


 数分かもしれない、十数分かもしれない。仮想世界の時間感覚は現実より少し速いが、正確には判断できない。


 ファイアウォールが一体ずつ来た。


 同時に多くじゃない。規律的に、一体ずつ。出てくる方向は毎回違う。左の店から、右の店から、空中から落ちてくることもある。どれも顔がなく、武器を持ち、攻撃も単純で真っ直ぐ。


 宇安はだんだん慣れていった。


 一体目はまだ判断していた。三体目になると、剣をどう振ればいいか分かっていた。五体目になると、相手が刃物を振る前に解除できるようになっていた。


 殺す必要はない。剣鋒で胸の四角を擦るだけでいい。残りは剣がやる。


 手のこの剣は、現実の永誓とほぼ同じ。重さ、バランス、振り抜く弧。だが少し戦った後、彼はだんだん気づいた。これは啓霊する前の剣術と同じだ。すべて自分で判断、自分で制御するしかない。「一人で戦ってるわけじゃない」という感覚がない。


 彼は現実の永誓が恋しくなった。


 だが、彼は気を散らすわけにはいかなかった。


 ナナは彼の後ろでずっと顔を上げなかった。彼女の指は止まることなく動いていた。インターフェースのウィンドウが一枚また一枚と切り替わり、フィルタリングされ、排除されていった。彼女の尻尾が背後で軽く揺れていた。彼女は宇安を急かさず、状況も訊かない。彼女は宇安が彼のすべきことをしていると知っていた。彼も彼女が彼女のすべきことをしていると知っていた。



   ◆



 また時間が経った。


 ナナが止まった。


 彼女の指がインターフェースから離れた。


「⋯⋯見つけた」彼女が言った。


 宇安が目の前の最後のファイアウォールを解除し、振り返って彼女を見た。


「どれ?」


 彼女が手を上げてある方向を指した。


 彼らから四、五軒先のあたり。最も普通に見える店。正面は淡い灰色の石材、特別な装飾はなく、入口に小さな札があって「中心データベース」とだけ書かれている。


 隣の金属風、ガラスの発光、華麗な彫刻の店たちと比べて、最も入口らしくない。


「⋯⋯これ?」宇安が言った。


「うん」ナナが言った。「彼女が作った偽目標は、どれも本物より目立つ。私たちが『一番入口っぽい』のを選ぶと思ってたのよね。でも下層識別コードは嘘をつかない」


 彼女が宇安を一目見た。


「準備できた?」


「ああ」


 彼女の視線が宇安の手の剣に少し止まった。何も言わない。剣は静かで、彼女に応えるはずもない。だが、剣を見る彼女の目には、何か別のものが映っていた。



   ◆



 彼らが一緒に歩いていった。剣は宇安の傍らに浮かんで、ついていく。


 道中にもう一体ファイアウォールが現れた。宇安が一刀で解除した。動きは軽やかだった。


 彼らはその淡い灰色の店の入口に立った。


 ナナが手を伸ばし、扉に触れた。


 扉が無音で開いた。


 中は下へ続く階段だった。階段の終わりに淡い、白い光があった。


 ナナが宇安を一目見た。


 彼女の尻尾が一度揺れた。


「⋯⋯行こう」彼女が言った。「中に何があるか、見てみよう」


 彼女が一歩踏み出して下りた。


 宇安が続いた。


 その剣が彼の傍を漂っていた。


 階段の光が、彼らの影を伸ばしては縮め、また伸ばした。



   ◆



 彼らが階段の最下段を踏んだ。


 空間が開いた。


 彼らは極めて広い空間に立っていた。


 天井がとても高く、見えないほど遠い。空間には無数の、宙に浮かぶ展示台。ある台には本、ある台には装置、ある台には何かの結晶、ある台には浮かぶ映像。各展示台の上には淡い光で何かの分類が示されていた。「歴史」、「科学」、「文化」、「生物」、「芸術」、「規則」⋯⋯


 まるで巨大な、自由に漂う博物館のようだった。


 これが中心データベース。


 ナナが入口でその空間を見ていた。


 彼女が数秒見ていた。何も言わない。


 それから彼女が小さく笑い声を漏らした。


「⋯⋯彼女、ここにいる」彼女が言った。


「⋯⋯どうして分かる?」


 ナナが手を上げて、軽くインターフェースを開いた。データベース内部のいくつかの信号が映っていた。ある一つの信号の位置が光を放っている。


「彼女、隠してない」ナナが言った。「私たちを待ってるみたい」


 宇安が手の剣を握り直した。


「⋯⋯ずっと待ってた」ナナがもう一言補った。


 彼女が猫耳を一度引っ張った。気持ちを切り替えるような仕草。


「⋯⋯行こう」

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