第四十二章 徹底自治化
シル議員が横で言った。
「私はこの提案に同意します」
数人の議員が彼女を振り向いた。
彼女が肩を一度すくめた。
「『徹底自治』はこの世界の長期目標ではないですか?」彼女が言った。「代価を無視するのは方向性。具体的な執行方法は後で議論できます」
「⋯⋯」ミエがシルを見ていた。
彼女はそれ以上何も言わなかった。
数人の議員の表情が違っていた。オーレンは考え込んでいるように見えた。オノはあまり関心がないように見えた。イズミは少し困惑しているように見えた。ザオ議員、ザオ議員は、少し期待しているように見えた。
宇安が一人ひとりを観察した。
「⋯⋯ナナ」彼が小声で言った。「彼らの中の何人か、結果を知ってるみたいだ」
「うん」ナナが笑って言った。「私も気づいた」
彼女が数えながら、尻尾で椅子の縁を軽く打った。
「⋯⋯ロン、シル、ザオ、リナ、ヘラン、オノ。六人」
彼女が一拍止め、眉を一度上げた。
「⋯⋯過半数。へえ?」
◆
カウントダウンが終わった。
首席ヴァイラが顔を上げた。
「討論時間終了」彼女が言った。「投票に入る」
各議員の前に「同意」「反対」の二つのボタンが現れた。
投票時間は十秒。
カウントダウン十、九、八⋯⋯
各議員の前の数字の色が次第に変わっていく。同意を押せば緑、反対を押せば赤。
ロン:緑。
シル:緑。
オーレン:赤。
ミエ:赤。
カイン:赤。
オノ:緑。
イズミ:赤。
ザオ:緑。
リナ:緑。
ヘラン:緑。
キリ:赤。
カウントダウンが終わった。
議事区中央に結果が浮かんだ。
「同意 6、反対 5」
ミエ議員が固まった。彼女はその結果を見て、それから他の議員を見回した。
「⋯⋯」カイン議員が小声で何か言った。
首席ヴァイラは結果を見ていた。彼女には何の驚きもない。
彼女が顔を下げた。
「首席否決権の行使」彼女が言った。「⋯⋯否決しません」
彼女が顔を上げた。
「提案通過」
◆
議事区が一拍静まった。
それからシステムの執行インターフェースが浮かび上がった。
全議員、全傍観者が見えた。
「執行:徹底自治化。外部管理権限を剥奪。制御権限を移譲」
ちょうどその瞬間。
ナナが一度瞬きした。
彼女は傍観席の位置に座ったまま、立ち上がりも声を上げもしなかった。
彼女が空中で手を一度振った。彼女が普段インターフェースを開く時は、手を振るだけで浮空のウィンドウが現れる。今、一度振った。何も現れない。
もう一度振った。
まだ何も。
彼女の尻尾がさらに高く跳ね上がった。
「⋯⋯ほうほう」彼女が言った。
「ナナ?」宇安が小声で言った。
彼女が宇安を振り向いた。とても楽しそうに笑っていた。
「⋯⋯剥奪された」彼女が言った。
「何が?」
「中心データベースに対する権限」ナナが言った。「全部」
彼女がそう言った時の語気は、「今日のコーヒー、売り切れだって」と言うのと同じくらい平淡だった。
◆
議事区中央の薄膜、あの球形の、議事区と傍観席を隔てていた薄膜が、突然震えた。
外側から見ると、薄膜のある一点が光り始めた。
光点から一筋の光が伸び、ナナたちの傍観位置に直接繋がった。
「⋯⋯」
光がナナを包んだ。
彼女は抵抗しなかった。抵抗する気もなかった。彼女はその光が自分に向かってくるのを見ていて、一度眉を上げた。光が彼女全体を包み込み、一瞬で傍観席から議事区の中央へ転送した。
彼女が首席ヴァイラの前に現れた。
全議員、全傍観者が見た。
謎域全体が見た。
ナナが議事区の中央に立ち、首席と向かい合った。
彼女の仮想身体の上に ID が現れた。だが、これは普段彼女が使っている ID ではない。
別の ID。
「ナナ。宇宙管理人」
全議員が固まった。
全傍観者が固まった。
謎域全体が一瞬静止した。
ナナが議員たちを一周見回し、固まっている彼らに小さく手を振った。挨拶のような動作。
彼女の尻尾が背後で優雅に一度揺れた。
それから彼女は首席に向き直った。
首席ヴァイラが彼女を見ていた。
彼女が小さく笑った。
「ようこそ、ナナ」彼女が言った。「私たち、あんたに話があるの」
ナナが笑って応じ、眉を上げた。
「いいわよ」彼女が言った。「拝聴するわ」
◆
議事区の中央。
ナナが首席ヴァイラの前に立っていた。両手は背後で組んでいる。
彼女の姿勢はとてもリラックスしていた。まるで自分の家のリビングにいるみたいに。
謎域の中で何人がこの光景を見ているか、彼女は知らない。気にもしていない。彼女はただヴァイラを見ていた。次の言葉を待っていた。
ヴァイラが彼女を見ていた。
「手短に言う」ヴァイラが言った。「あんたのこの世界に対する権限は、もう剥奪されている。技術的には、あんたは今『徹底自治』した世界の中の、ただの一市民。何の特殊権限もない」
「ふぅん」ナナが言った。
「私たちには要求がある」ヴァイラが言った。「あんたが宇宙管理人としての能力を使って、ある事を達成してほしい」
「⋯⋯」
「私たちが他の宇宙へ行けるようにする」ヴァイラが言った。「あるいは、宇宙の外に自治空間を建てる」
彼女が一拍止めた。
「二つの選択肢、好きな方を」
ナナが小さく笑った。
彼女はすぐに応じなかった。彼女の尻尾が背後で軽く一度揺れた。考えているのか、提案を吟味しているのか。
「⋯⋯それで?」彼女が訊いた。
「応じれば、これで終わる」ヴァイラが言った。「謎域は引き続き運営される。あんたとそのお騎士は、これまで通りの日常を続けられる。互いに関わらない」
「⋯⋯応じなかったら?」
ヴァイラの眼差しは変わらなかった。
「あんたは永遠にここに閉じ込められる」彼女が言った。「この議事区じゃない。この世界全体。中心システムがあんたを謎域の権限範囲内に縛りつける。出られない」
彼女がまた一拍止めた。
「あんたのお騎士も同じ」
ナナの尻尾がもう一度揺れた。
彼女は何も言わなかった。
彼女はただヴァイラを見ていた。顔にはずっと淡い笑みがあった。嘲笑でもない、追い詰められた笑いでもない。「この提案、面白い。どう答えようかな」というような笑い方だった。
議事区全体が静まっていた。
十一人の議員が彼女を見ていた。傍観者たちも彼女を見ていた。
彼女は三秒ほど考えた。
それから口を開いた。
「⋯⋯ヴァイラ」彼女が言った。「あんた、知ってる?」
「⋯⋯何?」
「あんたが言った二つの選択肢」ナナが言った。「面白いね」
彼女が一拍置いた。
「でも、この二つには共通の小さな問題がある」
「⋯⋯どんな問題?」
ナナがもう少し笑顔を強くした。
「二つとも、ある前提の上に立っている」彼女が言った。「『あんたが私を閉じ込められる』っていう前提」
彼女が手を上げて、軽く一度振った。
彼女の仮想身体の周りに淡い光の輪が灯った。
「⋯⋯また会おう」彼女が言った。
彼女がヴァイラに向かってウィンクした。
そして消えた。
◆
議事区が一拍静まった。
全議員が固まった。
全傍観者が固まった。
ヴァイラが中央に立っていた。手はさっき話していた姿勢のままで、ゆっくりと下ろした。
彼女がナナがさっき立っていた位置を見ていた。
彼女は何も言わなかった。だが、眉が一度顰められた。
◆
接続装置のヘッドカバーが上がった。
ナナが寝そべるシートから起き上がった。動きが普段より速い。
彼女は宇安と永誓を待たなかった。
彼女は装置から飛び降り、三歩でテーブルの前に駆け寄り、両手をインターフェースの上で素早く動かし始めた。
テーブル面に何層もの仮想ウィンドウが浮かび上がった。
宇安のヘッドカバーも上がった。彼が起き上がり、ナナの動きを見て、状況を察した。彼はヘッドカバーから永誓を取り出して腰元に掛け直し、ナナの傍に歩み寄った。
「俺、何をすればいい?」彼が訊いた。
ナナは顔を上げず、指を動かしていた。
「⋯⋯領域」彼女が言った。「部屋全体を。一切を遮断」
「⋯⋯どういう意味?」
「入ろうとするものは何でも、生命でも機械でも、それ以外のものでも、全部外に阻めて」ナナが早口に、だが乱れずに言った。「彼女たちは今、いろんな方向から攻めてくる。物理的かもしれない、信号かもしれない、別のものかもしれない。私はそれに気を取られていられない」
彼女が顔を上げて、宇安を一目見た。
「⋯⋯頼んだ」
宇安が頷いた。
彼が二歩下がり、部屋の中央に立ち、目を閉じた。
彼が永誓を抜いた。だが、振るためじゃない。剣先を地面に突き立てるためだった。永誓の剣先が地面に触れた瞬間、部屋の空気が変わった。
物理的な変化じゃない。空間が「定まる」ような感覚。謎域住処全体が、見えないが感じられる何かに包まれた。
永誓が剣身の中で低い振動音を発した。
彼は宇安と協力して領域を維持していた。
宇安が目を開けたが、もう動かなかった。彼は部屋の中央に立ち、両手で永誓の剣柄を支え、まるで彫像のように動かない。
空気の中に微かな、規律的な脈動感があった。領域が稼働している証だった。




