第四章 レインボーキャンディ橋
およそ二時間が経った頃、ナナはウィンドウを一つずつ小さく畳み始めた。
動きは手際がいい。
休憩に入るというより、店仕舞いをしているようだった。
宇安はそれに気づいた。
「どこへ行く」
「スイーツ王国よ」
ナナは言い、空中から上着を掴んで羽織り、フードをぐっと引いた。
「レインボーキャンディ橋の件、国王から催促が七十三通来てるの。今行かないと、八十通になるわ」
「どれだけ放っておいた」
宇安は言った。
「橋が揺れ始めて二週間」
ナナは言った。口調は堂々としている。
「最初はちょっと揺れてるだけで、面白かったのよ」
「今は」
「今はもうちょっと揺れてる」
彼女は言った。
「それも面白いの。ただ、悲鳴を上げる人が出てきただけ」
そう言って、ドアの方へ歩いていった。
宇安はソファから立ち上がった。
「俺も行く」
ナナは振り返って彼を一瞥し、口角をわずかに上げた。
「ちょうどいい。私の面白い世界を案内してあげる。行きましょ」
◆
スイーツ王国は、宇安が想像していたよりずっと大きかった。
裂け目が王国の城門口に開き、二人が踏み出した瞬間、世界の色調が変わった。
――ピンク。
一面のピンクだった。濃いピンクから淡いピンクまで、あらゆる濃淡がそこにある。空は淡いピンクの霧色、地面は糖衣の敷かれた石畳で、踏むと軽い沙沙と音がする。何かを踏み潰しているような感触だった。
両側の建物はクリーム色。
屋根には、本物にしか見えないホイップクリームが盛られている。窓辺にはキャンディの飾り。彩度は高く、陽光の下できらきらと光っていた。
空気には甘い匂いが漂っている。
むせ返るような甘さではない。淡く、どこか名状しがたい砂糖の匂い。
宇安は城門口に立ち、辺りを見回して、少し沈黙した。
「――こいつらは糖尿病にならないのか」
ナナはちらりと彼を一瞥した。
「適者生存」
彼女は言った。当然のこととばかりの誇らしげな歩調で、先へと進み始める。
「ここの住民はね、皆ほぼ低血糖状態が常態の生命体なの。彼らから見れば、毎食砂糖を摂れない私たちの方が、よほど変わり者なのよ。私の宇宙にはあらゆる生命体がいる。これもその一種」
城内は賑やかだった。
通りを歩く人々、空飛ぶキャンディを追いかける子供、色とりどりの砂糖を売る露店商たちの呼び込み――それらが笑い声と混ざり合って、騒々しくはあるが、煩わしさはない音になっている。
ナナの歩みはゆっくりしている。宇安を連れて、王都の中央へと向かう。
尻尾の揺れ方は悠然として、本当に観光案内でもしているかのようだった。
「ここよ」
彼女は言い、ある露店の前で足を止めた。
露店はこぢんまりとしている。ガラスの瓶が一列に並び、中には色とりどりの砂糖菓子。ラベルはびっしりと文字で埋め尽くされている。宇安は一瞥し、視線が真ん中のある瓶で止まった。
瓶は深紅色。
ラベルには大きくこう書かれていた。
『全宇宙一の甘さ、甘くて死んでも責任取りません』
「これをちょうだい」
ナナが店主に言った。
店主は丸々とした老人で、にこにこしながら瓶からキャンディを一粒取り出して差し出し、同時に、傍らのゴミ箱を手前に押し出した。
動きが馴れている。何度もやってきたことのように。
宇安はそのキャンディを見、それからゴミ箱を見た。
「……」
「食べてみて」
ナナはキャンディを彼の手に押し込み、自分は半歩後ろに下がって、見物する構えを取った。
宇安はキャンディを一瞥し、口に含んで、軽く舐めてみた。
表情は崩れなかった。
ただ、ゆっくりと何か形容しがたいものが浮かんできた。
苦痛ではない。
驚愕でもない。
味覚システム全体が、今起きていることを理解しようとしている――そういう茫然だった。
そして彼は、そのキャンディをゴミ箱に吐き出した。
「おめでとう」
ナナはにこにこと言った。尻尾が一節だけぴんと上を向いている。
「これから一週間、あなたが食べるもの、全部苦く感じるわよ」
口調は愉快だった。悪戯がちょうど成功した人間のような言い方だった。
店主はさらに嬉しそうな顔をして、ゴミ箱をさらに手前へ押し出した。
「これ」
宇安は言った。声は平坦だ。
「本当に食べきる奴いるのか」
「いるわ」
ナナは言った。口角を押さえて笑っている。
「地元の人」
「食べきったら」
「ちょうどいい甘さだって言うわ」
宇安はゴミ箱を見、それからにこにこしている店主を見て、一秒沈黙した。
「あんたたち」
彼は言った。
「本当に違う生命体だな」
店主が横から笑いながら補足した。
「外の人はだいたい十人中九人がそのゴミ箱のお世話になるよ、兄ちゃん。普通の反応だ」
宇安はそのゴミ箱を見た。
「……どうも」
◆
さらに先へ進むと、街角に不意に人だかりができていた。
何かを取り囲んで見物しており、歓声も上がっている。
ナナは人垣の外側に立ち止まった。宇安も並んで、中を覗き込む。
大道芸人だった。
空き地の中央に立ち、手には小さな砂糖の粒。ほとんど色も見分けられないほどの。彼は何も言わず、その砂糖を細い棒の先に乗せて、回し始めた。
砂糖が、回転に合わせて糸を引き始める。
細い一筋の糸を外へ振り出し、また戻し、また振り出す。何かを紡いでいるような動きだった。
糸はどんどん増え、どんどん細くなり、空中で絡み合い、交差する。
色は徐々に淡くなり――透き通るピンクホワイトに。
絡めば絡むほど膨らみ、膨らむほど大きくなる。
大きくなりすぎて、芸人の全身を覆ってしまった。手だけがまだ、絶えず回り続けている。
そしてさらに、大きくなった。
空き地を超え、見物客が後退し始め、街角全体がその細い糖の糸で埋め尽くされ――
そしてゆっくりと、ゆっくりと、空気に溶け、姿を消した。
通り全体の甘い匂いが、一段階濃くなった。
誰かが目盛りを数段上げたようだった。一息吸うだけで、砂糖の味がする。
観客たちから歓声が上がった。
宇安はその場に立ち尽くし、しばらく沈黙した。
「あの砂糖」
彼は言った。
「どこへ行った」
「散ったの」
ナナは言った。
「空気中に全部」
「……俺、今、吸い込んだのか」
「ええ」
ナナは言った。口調は平静だ。
「皆吸い込んだわ。ここで一番人気の大道芸よ」
「あの砂糖」
宇安は言った。
「どうやって作る」
「砂糖は元々、とても細い糸が絡み合って出来ているの」
ナナは言った。
「棒で回すと糸がどんどん外へ広がる。だから、どんどん増えて、どんどん大きくなるの。ここの職人は子供の頃から修行して、方向と速度を完璧にコントロールできるようになる。広がり方をちょうど良くするために、ね」
彼女は一拍置いた。
「数千年の技よ」
宇安は空気を見た。
「……ん」
ナナはその「ん」を聞いて、尻尾が一節ぴんと上を向いた。
振り返って、再び歩き出す。
「行きましょ。まだ本題が残ってる」
◆
王都の中央に近づくにつれ、賑やかさにかすかな緊張が混じり始めた。
通行人たちが時折空を見上げ、低い声で何かを囁き合っている。
レインボーキャンディ橋は王都のど真ん中に架かっていた。
東西の両端を繋ぐ、透明な糖製の構造。
橋の下には発光する液体が流れている。色は絶えず変わり続け、この王都で最も有名な観光名所だった。
ただし今この瞬間、橋は軽く揺れていた。
揺れ幅は大きくない。
しかし、風のほとんどないこの王都において、その揺れはもう十分に、住民全員の注目を集めていた。
橋の両端には、それぞれ一群の人間が立っている。
線引きは明確。互いに睨み合っていた。
「あの二人」
ナナは言った。口調は展示物の紹介でもしているかのようだ。
「この橋の張本人たちよ。左側が主任設計士のエド、右側が副設計士のモーリン。一緒にこの橋を設計して、配色案を巡って三ヶ月揉めてるの」
「三ヶ月」
宇安は言った。
「橋が揺れ始めてどれくらいだって?」
「二週間」
宇安は彼女を一瞥した。
「あんた、二週間も眺めてた」
「ええ」
ナナは言った。表情は涼しいものだ。
「こうなるって、予測できたのか」
「普通は予測できるわ」
ナナは言った。
「でも、普通はしないの。予測したところで、どうなるってわけでもないし。起こるに任せた方が面白いじゃない。手に負えなくなったら処理すればいい」
彼女は一拍置いて、補足した。
「もちろん、本当に異常事態になった場合は別。そうなると、予測しようと思っても、完全には読み切れないしね」
宇安は少し考えた。
「で、あんたは二週間、橋を揺らしっぱなしにしたわけだ」
「面白いじゃない」
ナナは言った。
「……」
◆
エドとモーリンは、ナナが現れた瞬間に同時に振り返り、ほぼ同時に口を開いた。
「管理人さま――!」
「やっと来てくれた――」
「こいつのせいです――」
「こいつこそが――」
ナナが片手を上げる。
二人は同時に口を閉じた。
彼女は橋のたもとに立ち、揺れる橋を見上げた。
表情は悠然として、何かを鑑賞しているかのようだった。
宇安は傍らに立ち、橋の下を流れる発光液体を見下ろした。
オレンジから濃い紫へ、そしてなんとも形容しがたい青へ――色はゆっくりと変わっていく。綺麗だ、と思った。
「話して」
ナナは言った。
「一人ずつ――」
「こいつが先に設計を変えたんです――!」
「私はただ視覚のバランスを――!」
ナナは無念そうに顔を覆った。
「はいはい、私が悪かった。エド、あなたから話して」
モーリンは横目でエドを睨み、口をつぐんだ。
だが、表情がすべてを物語っていた。
エドは襟を正し、口を開いた。
背は高くない。髪は鮮やかなオレンジ色。話しながら手振りを多用する性格らしい。
「この橋の当初の設計案は、暖色系でした――オレンジ、レッド、ゴールド。この三色の組み合わせでこそ、橋は陽光の下で最高の視覚効果を発揮するんです。観光客に強烈な印象を残す――これは、ちゃんとデータに裏付けられています!」
彼はモーリンの方を一瞥した。
「それを、こいつが勝手に案を変えて、冷色系を大量にぶち込んだせいで、全体のバランスが崩れて、橋の構造に共振が――」
「共振が起きたのは、あなたが橋の中央部に追加の糖晶装飾を入れるって言い張ったからでしょう」
モーリンがたまらず口を挟んだ。声は平坦だが、眼差しは平坦ではない。
「あの装飾は元の設計には一切入ってなかった。あなたが直前に追加したの。私が冷色系を入れたのは視覚的重量のバランスを取るため。暖色系だけだったら、橋は燃え盛る塊みたいに見える。誰がそんな橋を渡りたがるのよ――」
「燃え盛る塊! 俺の設計を燃え盛る塊だと言ったな!」
「視覚効果の話をしてるの――」
「はい、そこまで」
ナナが言った。
二人はまた同時に口を閉じた。
ナナは両手を上着のポケットに突っ込み、橋を見、二人を見た。
尻尾は背後でゆっくりと揺れている。
そして、口を開いた。
「あなたたち、どちらも自分の案の方がいいって主張してるのよね。じゃあ、勝負しなさい」
彼女は言った。
「期間は八日間。前半の四日間は一人の配色、後半の四日間はもう一人の配色を使う。観光客がどちらをより気に入るか、気に入られた方の案が勝ち。以降の配色は勝った方の案に従う」
宇安が傍らで口を挟んだ。
「観光要所の真っ只中で、実際にやらせるのか?」
彼は言った。
「投票で済む話じゃないのか? わざわざ実行させる必要があるのか? 他にトラブルが起きる危険もあるだろう」
「投票ね」
ナナの口調は軽やかだ。
「観光客が投票する時、配色のことなんて考えてないわよ。あの子たちはただ、橋が綺麗かどうかしか見てないの。実際に作ってみないと分からないわ」
彼女は一拍置いて、口角をわずかに上げた。
「それに、その方が面白いじゃない」
「本当に、橋を元の状態に戻すだけじゃ駄目なのか」
宇安は言った。
「この二人、頭に血が上ってる。何でも揉めるぞ」
「知ってる」
ナナは言った。目の光が少し明るくなった。
「だから提案したの」
◆
向こうで、エドとモーリンは既に頷いていた。
「その案、受け入れます」
エドが言った。
「私も受け入れます」
モーリンが言った。
ナナが頷きかけた、その瞬間――
「じゃあ、どっちが先だ?」
エドが不意に言った。
「もちろん私が先よ」
モーリンが言った。
「私の配色の方が安定してるから、先に披露して観光客にいい第一印象を――」
「なんで君が先なんだ」
エドが言った。
「暖色系の方が人を惹きつける。先に披露してこそ、印象を確立できる――」
「あなたの配色は人を驚かせてるだけでしょう――」
「君の配色は橋が泣いてるみたいじゃないか――」
宇安はナナを横目で見た。
口角がわずかに動き、かすかに笑みが混じっていた。
「ここまでは予測してなかった?」
ナナは一秒沈黙した。
「してたわよ」
彼女は言った。
「ただ、こんなに早いとは思わなかった」
「……」
ナナは両手をポケットから出し、上に向かって指を一差した。
橋の揺れが徐々に収まっていく。構造が安定し、観光客たちが安堵のため息を漏らす。拍手をする者もいた。
「まず橋を安定させるわ」
ナナは言った。二人の喧嘩を圧するような声量だった。
「順番はくじ引きで決める。明日から開始。負けた方は、橋の構造に一切の追加改変を加えてはならない。分かった?」
エドとモーリンはほぼ同時に口を閉じ、ほぼ同時に頷いた。
「よろしい」
ナナは言い、両手をポケットに戻して、踵を返した。
宇安は後を追った。
「これで終わりか」
「これで終わり」
彼女は言った。
「後は自分たちで勝手にやる。結果を待つだけよ」
「八日後、見に来るのか」
「気が向いたらね」
ナナは言った。尻尾を揺らした。
「結果が出れば、私には分かるから」
「もし、結果を巡ってまた揉め始めたら」
「その時はまた考える」
彼女の口調は軽やかだった。
「その時の方が、もっと面白いかもしれないし」
「あんた、問題を処理するとき」
宇安は言った。
「毎回こうなのか」
「だいたいね」
ナナは言った。猫耳がわずかに動いた。
「事をきっちり処理して終わらせて、何が面白いの。終わったら、終わり。こうやっておけば、後もまだ見るものがあるでしょう」
「そうして、後で出る問題もまた、あんたが処理するんだろう」
「そう」
ナナは言った。口角をぐっと上げた。
「だから、ずっと退屈しないの」
◆
裂け目が城門口で再び開かれ、二人は中へ足を踏み入れた。
背後にはスイーツ王国の賑やかな街の音、そしてエドとモーリンがくじの順番を巡って言い争う声。
それらがどんどん遠ざかり、やがて、消えた。
◆
裂け目が閉じ、執務室の光が再び床に落ちた。
ナナは椅子に戻って腰を下ろし、上着を傍らに放り投げ、大きく伸びをした。
「はい、今日はおしまい。休憩タイムよ」
尻尾は愉快そうに揺れている。まるで何か重たい荷物を下ろしたかのように。
宇安は部屋の隅の時間表示を一瞥した。
「午後四時」
彼は言い、それからウィンドウの山を一瞥した。
「あんたのタスク、まだ半分は手つかずだ」
「深刻度よ」
ナナは言った。胸を張るようにして、ウィンドウを一つずつスワイプして脇へやっていく。
「今日はチャットグループの件を処理して、あなたを案内して、レインボーキャンディ橋も安定させた。全部やったのよ。深刻じゃないものは、後回し。深刻になったら、その時行く」
「じゃあ、もし――」
「深刻になったら、その時行く」
ナナは繰り返した。
口調は絶対的な確信に満ちていた。
最後の一つのウィンドウが脇へ払われ、作業領域が一気に空っぽになる。
そして彼女はどこからか新しいウィンドウを呼び出し、空中に置いた。
画面が明るくなる。
ある番組のオープニング――
『世界一役立たずな超能力大会、第二十三シーズン』
「前のシーズンのやつ」
ナナは背もたれに体を預けた。尻尾を椅子の肘掛けに載せている。
「今シーズンはちょっと問題が起きて延期中なの。先に前のシーズンを片付けちゃう」
宇安はその画面を見、それから彼女を見た。
少し沈黙し、ソファまで歩いて腰を下ろす。背もたれに体を預け、視線を画面に移した。
オープニングでは、一人の選手が自分の超能力を披露している――
『くしゃみをすると、半径三メートル以内の全員の靴紐が同時にほどける』
「……これが、前シーズンの優勝者か」
宇安は言った。
「そう」
ナナは言った。口角を上げている。
「すごいでしょ」
宇安は一秒沈黙した。
「ん」
執務室は静かになった。
ウィンドウの光が二人の顔に落ち、ナナの尻尾は椅子の肘掛けの上でゆっくりと揺れている。
番組の音声が、空気の中で低く流れ続けていた。




