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猫管理人と騎士王の隠居生活  作者: tobyisme


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第三十二章 市集

 二人がしばらく待った。


 この広い広場で、宇安が周囲を観察した。


 彼は気づいた。すべての人が「転送」で出入りしている。光が一閃して、人が出現するか消える。だが広場の範囲内では、皆が歩いている。歩く速度が現実より少し速いだけで。


 彼はおおよそ理由を察した。この世界の距離はほとんど転送で解決される。歩くのは「散策する」という動作のためだけ。


 その時、彼の前に光が一筋現れた。


 光が散ると、少年が一人現れた。


 十六、七歳に見える。短髪、整った顔立ち、この世界の標準的な軽装を着ている。彼の頭上には一行の文字が浮いていた。


 一把好剣


 少年は地面に倒れていた。


 立ち上がろうとして、失敗した。


 地面に手をついてもう一度試した。半分まで立ち上がった後、バランスを失って左に倒れた。


 地面に倒れた。


 もう一度試した。今度は身体を起こせたが、二本の脚はどう協力すればいいか分からないようだった。左足を踏み出した時、右足がついて来ず、彼はまた前のめりに倒れた。


 地面に倒れた。


 宇安はその少年を見ていた。


 彼は大体確認できた。


「……永誓?」


 少年が顔を上げた。


「ここに!」


 彼の声は澄んだ少年の声で、剣の中の低い声とは全く違った。だがその語調、その即座に応える速度は、永誓に間違いなかった。


「……」宇安が歩み寄り、手を伸ばして彼を起こした。


 永誓が宇安の手を掴んで立ち上がった。


「立てた!」彼が言った。語気が興奮していた。「俺、手足がある!」


 彼は宇安の手を放し、自分で立とうとした。


 倒れた。


「……」宇安が再び彼を起こした。


「俺、こんなに長く、こういうものを持ってなかった!」永誓が言った。再び倒れる。「いや、最初から持ったことがなかった!」


 ナナが笑ってこの画面を見ていた。手伝わなかった。


「もういいわ」彼女が言った。「永誓、ゆっくり練習して。先に宇安にこの世界を見せてあげる」



   ◆



 永誓は引き続き両足と格闘していた。


 ナナが宇安の前に来るよう手招きした。


 彼女の視界の前に半透明の、層のある、各種項目が並ぶウィンドウが浮いた。


「これがこの世界のメニューシステム」彼女が言った。「みんな持ってる。意識で呼べば出てくる」


 彼女がその中の一つを叩いた。


「中には色んな機能。転送、購買、娯楽、メッセージ、ゲーム入口……」


 彼女が中ほどのある位置までスクロールした。


「これが『市集』」彼女が言った。「これを見せたかったの」


 彼女の指が「市集」に触れた。


 目の前に再び光が一筋現れた。



   ◆



 光が散ると、二人は長い、両側に屋台が並ぶ通りに立っていた。


 路地ではない。広い、現実の街道よりも広い。だが両側にぎっしりと屋台が並んでいた。各屋台の門面はすべて違う。金属風のもの、発光しているもの、食べ物の香りを放っているもの、動的な映像で客を引いているもの。


 各屋台の上には一行の文字が浮いていた。たぶん名前。そして数字も浮いていた。たぶん熱度。


「これが市集」ナナが言った。「メニューから入ると、ここに出る」


 彼女が遠くを指した。この通りには終わりが見えない。


「市集の各屋台は、一人の創作者の店舗の縮影なの」彼女が言った。「彼らは外に自分の店を持ってる。市集は小さな展示窓。屋台の門面は創作者本人がデザインする。だから屋台の見た目から、その創作者のセンスが分かる」


 宇安が光球を漂わせている屋台を見た。


「これは何を売ってる?」


 ナナが近寄って見た。


「……非公式戦術射撃大会」彼女が言った。「主催者は『紫光』。熱度……中程度」


「主催者?」


「そう、屋台の持ち主」ナナが言った。「この世界では誰でもイベント開催、店経営、パフォーマンスができる。いわゆる『従業員』はいないの」


「……従業員がいない?」


「いない」ナナが歩き続けた。宇安が後をついた。「この世界ではフローとシステムでサービス業を置き換えてるの。たとえばレストラン。座って注文すれば、システムが食べ物を空中に生成する。給仕はいない。たとえば公演。チケットを買って入場、観終わって退場、誘導する人もいない。他人のために働くという職業形態が、この世界には存在しない」


「……じゃあ皆は?」


「創作者と玩家」ナナが言った。「玩家ができることは多い。ゲーム、観劇、買い物、体験。創作者はそれらを玩家のために作る人。一人が両方を兼ねることもできる。昼は玩家、夜は自分のものを作る」


 宇安がこの仕組みを少し考えた。


「じゃあ創作者はどうやって稼ぐ?」


「玩家が仮想貨幣を払う」ナナが言った。「玩家は公式ゲームをプレイしても仮想貨幣を稼げる。だから循環してる。玩家が稼ぎ、玩家が使い、創作者が受け取る」



   ◆



 二人が歩き続けた。


 食べ物の香りを放つ屋台の前に来た。屋台の門面は小さなパン屋の縮影で、ガラスケースの中に精緻なパンが並んでいた。


 熱度の数字がかなり高かった。


「これは何を売ってる?」宇安が訊いた。


「パン屋」ナナが言った。「ただし、ありふれたパン屋じゃない。熱度に気づいた?」


「ああ」


「この世界では食べ物は『空中生成』される。システムに食べ物データベースがあって、パンみたいな基本品なら、誰でもシステムに作らせられる」ナナが言った。「だから一般的なパンは値段がつかない。食べたければシステムに作らせればいい」


「だがこの店には熱度がある」


「うん、レシピが特別だから」ナナが言った。「彼らのパンはシステム公版とは違う。味がもっとよかったり、見た目が特別だったり、食感が独特だったり。そういう特別なレシピは彼らが自分で研究したもの。それを売ってるの」


「玩家はレシピを家に持ち帰って自分で作れる?」


「無理」ナナが言った。「店側がそれを望まない。だから食べ物は店内でしか食べられない。店外に持ち出すと、食べ物は瞬時に消える」


「……店側の設計?」


「そう、レシピを守るため」ナナが言った。「あと、玩家を店内に留めるためでもある。人が滞在する時間が長いほど、その店の熱度が上がる」


 宇安が頷いた。


「この熱度、」


「この世界の核心要素のひとつ」ナナが言った。「ちょっと説明する」


 彼女が少し空いた場所まで歩いて止まった。


「熱度は総合数値。店に入る人流量、滞在時間、再訪頻度、評価なんかを見るの」彼女が言った。「高いほど人気。人気が高いと市集での順位が上がって、もっと多くの人に見られる」


「現実の口コミと同じだな」


「ほぼ同じ、でももっと精細」ナナが言った。「で、熱度が直接収入に影響するから、専門に『熱度を盛る』商売をしてる人がいる。私が一群の人をあなたの店に連れていって、指定の時間滞在させる、その代わりにあなたは仮想貨幣をくれる」


「……詐欺気味じゃないか?」


「そうとも言えないよ」ナナが笑った。「熱度を盛る人って、たいてい自分のファンを持ってるの。自分の観客をその店に連れていく。観客が気に入れば実際に滞在するし、買い物もする。だからこれは『流量の導入』みたいなもの。もちろん純粋に水増し詐欺するのもいる、でもそういうのを派手にやるとシステムに察知される」


 宇安は前のパン屋を一会儿見ていた。


「……複雑だな」


「ちょっと複雑よ」ナナが言った。「でも入って遊べば慣れる。現実でどの店で食べるか選ぶようなもの。皆それぞれの判断がある」



   ◆



 二人が歩き続けた。


 永誓はまだついて来ていなかった。たぶんまだ立つ練習中だ。


 ナナが歩きながら両側の屋台を指して、宇安にもっと多くの説明をした。これは生配信主の屋台(パフォーマンス映像が入口で循環再生されている)、これは個別玩家が主催する小規模の射撃試合(入口に歴代優勝者の看板)、これは表演芸術家の場館入口(入口に体験用のミニ試遊が置かれて、通行人にスタイルを感じさせる)。


「……この世界」宇安が最後に言った。「思ってたより活気がある」


「そうよ」ナナの尻尾が揺れた。「この世界の人、起きてる時間のほとんどはここにいる」


「……それでいいのか?」


「いいの」ナナが言った。「物理身体は外で寝てる時に、システムが食事と運動を管理してる。でも意識のほとんどはここにある。彼らにとっては、ここが『家』なの」


 宇安は何も言わなかった。


 彼は学院のリネ、艾蕾拉、アイレアを思い出した。あの人たちは実体世界に生きている。自然と、魔法と一緒に。


 そしてこの世界の人々は、自分たちが作った世界の中で生きている。


 二つの世界。同じ宇宙。


「……」彼が少し考え、結局何も言わなかった。



   ◆



 その時。


 遠くで光が一閃した。


 永誓が二人の隣に現れた。


 今度は立っていた。倒れていない。だが姿勢は明らかに硬く、左足が右足より少し前、重心が後ろにあって、いつでも後ろに倒れそうな姿だった。


「俺、転送を覚えた!」彼が興奮した声で言った。


 ナナ:「あなたの姿勢……」


「平気!」永誓が言った。「少なくとも立ってる!」


 彼が一歩前に踏み出そうとした。


 倒れた。


「……」宇安が手を伸ばして彼を起こした。


 永誓は諦めなかった。


「俺、ゲームをやりたい」彼が言った。「ナナ、ゲーム区に連れていって。俺、何ができるか見たい」


「……お前、まだ歩けないだろ」


「平気! プレイしながら練習する!」


 ナナが吹き出した。


「いいわよ」彼女が言った。「行きましょ、ゲーム区へ」


 彼女の指が再びメニューを叩いた。


 目の前に再び光が一筋現れた。

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