第三十一章 仮想世界
二人が黎明珈琲を出た。
ナナが歩きながら伸びをして、訪客識別コードをテーブルから自分の携帯ウィンドウに移し、宇安の個人資料の隣に保存した。
「次は」彼女が言った。
彼女が少し考え、横を見た。
「どこに行きたい?」
永誓が宇安の腰で激しく震えた。
「仮想層」
彼の答えはナナが訊き終わる前に出ていた。
ナナが笑った。
「いいわよ、仮想層ね」彼女が言った。「永誓、本当に待てなかったみたいね」
◆
二人は別の建物に入った。今度はもっと高い、住宅区のような大きなビル。
道を歩いている時、宇安が訊いた。
「仮想層にはどう入る?」
「大型の精神接続装置を使うの」ナナが歩きながら説明した。「装置の中に入って横になると、意識が仮想層に接続される。そこにあなたの一時的な仮想身体が用意されて、現実の身体とは切り離される」
「その装置はどこで使う?」
「公共施設にあるわ。家に置けない人のための共用設備。でも公共のは時間制限があって、一日数時間しか使えないし、お金もかかる。家に置いてる人なら、いつでも好きなだけ使える」
「この世界、家に置いてる人多いの?」
「層によるね」ナナが言った。「中産以上はだいたい一台持ってる。それ以下は公共の設備か、友達の家を借りる」
「あなたは?」宇安が訊いた。「この世界に持ってるの?」
「持ってる」ナナが言った。「この世界に家を買ったの。専用に接続装置を置く家」
「……なぜ専用に?」
「緊急時のため」ナナが言った。「もしこの世界で何かあった時、すぐに入れないとまずいの。毎回家から裂け目で繋ぐのは遅すぎる。こっちに装置を置いておけば、意識を接続するだけで現場に立てる」
宇安が少し考えた。
「……前線基地みたいなものか」
「そんな感じ」ナナが小さく笑った。「ただ、ほとんど使ってないわ。私もあまりここには戻ってこない」
◆
二人は住宅ビルに入り、エレベーターで上階へ。今回は中間の階、三十数階。
ナナが壁のあるインターフェースを叩いた。ドアが開いた。
部屋の中は広くない。簡素な居間、家具はほぼなく、中央にナナと同じくらいの背丈の横臥型装置が置かれていた。半透明の大きな殻のようで、内部に人が完全に横たわれる椅子があり、細い光ファイバーが繋がっている。
「これが接続装置」ナナが言った。「私のやつ」
宇安がその機械を見た。
「……一台しかないのか?」
「うん、もともと一人用だから」ナナがウィンドウを引き出し、指を動かした。「でも大丈夫。二台追加で注文したから。すぐ届くわよ」
「二台?」
「一台はあなた、もう一台は永誓」ナナが言った。「永誓のも、たぶん使えるはず。設置の時に一緒に確認しましょ」
◆
約十五分後。
ドアの外で通知音が鳴った。ナナが壁を叩き、二人が入ってきた。
二人の技術員。男女一人ずつ、揃いの作業着を着ていた。左肩に小さな発光マーク、おそらく会社の識別コード。男性の左目は機械、女性の両手にはそれぞれ義肢の延長があり、動きが極めて精確。
彼らは大きな箱を二つ運び込んできた。
「……ナナ大人」女性がナナを認めた瞬間、一拍止まり、それから一気に専門的な口調に切り替えた。「ご注文の二台、お届けに上がりました。設置を始めます」
ナナが手を振った。「早めにね」
二人の技術員は流れるように協力した。男性が箱を開け、位置を調整し、配線を繋ぐ。女性が内部設定を調整し、センサーを校正し、システムに登録した。全プロセスで誰も余計な言葉を発さず、動作にも無駄が見えなかった。
約二十分で二台とも設置完了。
女性がナナに振り向いた。「使用説明をご希望ですか?」
「お願い」ナナが言った。「彼、初めてだから」
彼女が宇安を指した。
女性が宇安に向き直り、職業的な微笑を浮かべた。
「では簡単に使い方をご説明します」彼女が言った。「装置に横たわった後、ヘッドカバーを下ろして頭部を完全に覆ってください。システムが自動的に神経信号を検出して接続が始まります。初回接続時に零点何秒の眩暈感がある可能性がありますが、正常です。退出は意識の中にある退出ボタンを押せばできます。入った瞬間に表示されます。あるいは緊急の場合、外部のこのボタンで強制中断もできます……」
彼女が一通り示範した。
宇安が頷いた。「了解した」
その時。
永誓が宇安の腰で一度震えた。
「俺も使う」
二人の技術員の動作が同時に一拍止まった。
彼らの視線が宇安の腰の剣に落ちた。
女性の左目が一瞬光った。スキャン。
彼女が約二秒沈黙した。
「……こちらの……お客様?」彼女が言った。「客様」と訊いていたが、口調の不確かさは明らかだった。「もご使用ですか?」
「そう」永誓が言った。
女性がナナを一瞥した。
ナナ:「彼も使う。問題ある?」
女性の反応は速かった。一秒もかからず、彼女はこの件を頭の中で処理し終えた。
「問題ありません」彼女が言った。「意志があれば接続可能です。当社の装置は接続主体の物理形態に特別な要求はございません。必要なのは神経信号、または等価の意志信号です」
彼女が永誓に向き直った。
「失礼ですが……どうやって装置にお入りに?」
永誓が一度震えた。
「……俺は飛べる」
「……承知しました」女性が言った。依然として極めて専門的だった。「では装置の上方まで飛んでいただき、ヘッドカバー部分を……」
彼女が一拍置き、言葉を選んだ。
「……剣柄に被せてください。ヘッドカバー内部には弾性パッドがあって、自動的に密着度を調整します」
永誓が嬉しそうに震えた。
彼が宇安の腰から浮き上がり、二台のうち片方の上方へ漂い、宇安が来るのを待った。
宇安が歩み寄り、ヘッドカバーを下ろして永誓の剣柄に被せた。ヘッドカバー内部のパッドが自動的に収縮し、調整し、固定した。
「……」宇安はその画面を見ていた。
精神接続装置のヘッドカバーの中に、剣が一本入っている。
彼は今見ているこの画面をどう形容していいか分からなかった。
女性は横で真剣に彼らを待っていた。余計な反応は一切なかった。きっと彼女はもっと奇妙な客を見たことがあるのだろう。
二人の技術員は全員が入るまで待ってから去る。これは会社の安全規定だった。
ナナが先に自分の装置に入った。動作は非常に慣れていて、何度もやってきたことが見て取れた。ヘッドカバーが下り、彼女は静かになった。
永誓の剣柄はもうヘッドカバーの中。
宇安が二人の技術員を一瞥し、それから残った装置に入った。
ヘッドカバーが下りる時、彼の視野がゆっくりと暗くなった。
◆
暗闇。
それからインターフェースが現れた。
キャラクター作成。
インターフェースは浮遊式で、平面ではなかった。彼はどの角度からも見ることができた。中央に彼自身と全く同じ姿の仮想人型、その横に調整できる選択肢が大量に並んでいた。外型、身長、髪色、瞳の色、体型、顔の細部の微調整、声……
基本的に、まったく無関係な別人になることができる。
宇安はしばらく見ていた。
彼は少し考えて、何も変更しなかった。
彼は自分の姿に慣れている。
その時、インターフェースの右上に通知が現れた。送信元は「ナナ」。
「準備できたら来て」
通知の下に転送ボタンがあった。
宇安が一目見て、それから名前入力欄を引いた。
彼が入力した。
宇安
二文字。
確認を押した。
インターフェースが「キャラクター作成完了」と表示した。
それから名前が一瞬で乱码になり、再構成され、最後に表示されたのは——
宇安--騎士の王
宇安はその表示を見た。
彼が眉を上げた。
誰の仕業かは大体分かった。
彼は気にせず、転送ボタンを押した。
◆
目の前の景色が切り替わった。
彼は広く明るい広場に立っていた。
地面はある種の透明な、下に光が流れている材質。空は純粋な青——だがその青には雲も太陽も不規則なものもなく、構築されたものだと一目で分かるほど純粋だった。
周囲には大量の人。すべての服装、髪型、外見が現実より遥かに誇張されていた。羽のある人、発光している人、身体の周りに浮遊物を漂わせている人。
ナナが彼の前に立っていた。
彼女の外見はほぼ現実と同じ。猫耳、尻尾、同じ部屋着スタイル。違いはひとつ。
眼鏡をかけていた。
高科技感のある、半透明、縁に淡い光紋がある眼鏡。
「来たわね」ナナが笑って言った。
宇安:「……眼鏡?」
「郷に入れば郷に従えってね~どう? かっこいい?」ナナが眼鏡を弄りながら、尻尾を一度揺らした。
「……」
宇安はそれ以上追及しなかった。
彼は先ほどのことを思い出した。
「俺の名前」彼が言った。「なぜ変わった?」
ナナ:「あら? 変わった?」
「……ナナ」
「さあね~」彼女が笑って言った。目が二つの三日月になった。
宇安が一秒、彼女を見た。
彼が呆れたように頭を振り、何も言わなかった。




