第二章 全知に近い管理人と、妙な立ち合い
宇安が再び目を覚ましたとき、ナナはまだあのウィンドウ群の前に座っていた。
眠っていなかったのか、そもそも眠る必要がないのか。
宇安は訊かなかった。
ただソファの上で身を起こし、背もたれに体を預けて、周囲を見回し、自分がまだ同じ場所にいることを確かめた。
「起きたのね」
ナナは振り向きもせず言った。
「お腹、空いた?」
「空いてない」
宇安は言った。
「あんたたち管理人は、食べるのか」
「食べるわ」
ナナは言った。指は止まらない。
「食べなくてもいいんだけどね、でも食べない理由がないでしょ――美味しいものは食べれば嬉しいし、体力の補充にもなる。どうせ補充するなら、食べたほうがいいじゃない」
彼女は一拍置いて、尻尾を軽く一振りした。
「それに、美味しいものは本当に美味しいのよ。その理由だけで十分でしょ」
「駄猫は食わない」
宇安は言った。
「管理人は食わないものだと思ってた」
「管理人もいろいろよ」
ナナは言った。
「エネルギーの補充方法もそれぞれ違うの。彼女は別の方法を選んだ、私は食べることを選んだ。それだけのこと」
そう言うと、背もたれに体を預け、顔を横に向けて彼を一瞥した。
「あなたは? 空いたら言って」
「ん」
宇安は言い、ソファの背もたれに体を預けたまま、彼女の前に並ぶウィンドウ群を眺めた。
「多いな」
「ええ」
ナナは言った。口調は淡々としている。
「一生かけても処理しきれない、そういう類の多さよ」
宇安は彼女を一瞥した。
「で、どうしてる」
「どうしてる、ね」
ナナは繰り返した。その問いが少し可笑しいとでも言うように。
「毎日自分にノルマを決めてるの。深刻なやつから先に処理して、深刻じゃないのは放っておく。たまに動くのが面倒な時は、そのまま寝かせておく。元々深刻じゃなかったものが、急に深刻にならなければ、それでいいから」
彼女は一拍置き、尻尾を揺らした。
「大抵はコントロールできてる」
「大抵」
宇安は言った。
「大抵」
ナナは繰り返した。口調は堂々としている。
「たまにクロウが面倒事を投げてくるの。あれは予測できないから、どうしようもないわ」
「そいつは、よく投げてくるのか」
「よくね」
彼女は言った。
「管理人相互扶助条例ってのがあるんだけど、あいつはそれを使うのが大好きなの。扶助って名前なのに、実際はあっちから投げてくる量が、こっちから投げる量の十倍は下らないわ」
そう言いながら、一つのウィンドウを脇へと払い退けた。
「まあ、持ってくる問題が、時々それなりに面白かったりするから、相殺ってことにしてるけど」
宇安は少し沈黙した。
「管理人に、共通点はあるのか」
彼は言った。
「なぜ『管理人』と呼ぶ。何を管理してる」
ナナはここでようやく、わずかに手を止めた。顔を横に向けて彼を一瞥する。その問いに真面目に答える価値があるかどうかを評価しているようでもあった。
それから背もたれに体を預け、口を開いた。
「宇宙を管理してるのよ」
彼女は言った。
「一つの宇宙に一人の管理人。その宇宙の運行を維持して、あらゆる状況を予測して処理する。それが仕事」
その言葉は自然で、説明しているというより、とっくに身についた事実を述べているだけのようだった。
「予測」
宇安は言った。
「何を予測できる」
「大抵のこと」
ナナは言った。
「私の宇宙の中で起こることなら、演算範囲内の個体なら、全部予測できるの――行動、選択、結果、大体は掌握の内」
そう言い終えると、口角がわずかに上がった。
言わずもがなの得意が滲んでいる。尻尾の揺れも、先ほどより幾分か悠然とした。
「全知か」
「ほぼね」
彼女は言った。
「特に強い個体は予測を破ることがあるわ。それと、ごく一部の異常状態。それ以外は、すべて掌握の内」
宇安はそれを聞いて、しばらく沈黙した。
「じゃあ、俺のことも予測できるのか」
ナナは振り向き、真っ直ぐに彼を見た。
「大体ね」
彼女は言った。
「あなたは宇宙外の生命体だから、私があなたについて知ってるのは、ここに来てからの言動だけ。全知とは言えないわ、ただの推測」
彼女は一拍置き、口角を動かした。
「でも、今あなたが何を訊こうとしてるかは、見当がつく」
宇安は黙っていた。
「立ち合いを提案するつもりでしょ」
ナナは言った。
「この推測がどこまで通用するか、試してみたい――違う?」
「ああ」
宇安は言った。
ナナは彼を見つめた。
「本気で?」
口調にはわずかな笑いが混じっている。「本当にやるの?」とでも言うように。
「試してみたい」
彼は言った。
「あんたがどこまで読めるのか、気になる」
ナナは二秒ほど彼を見つめた。
それからため息をついて、手元のウィンドウを全て脇へと押しやり、立ち上がり、大きく伸びをした。
猫耳が動きに合わせてひょこっと揺れる。
彼女は軽く片手を振った。
執務室の一角に、何もない空白の区画が浮かび上がる。広くはないが、二人が動くには十分。縁は曖昧で、現実から切り取られた一枚の空間のようだった。
彼女はその中へ入り、振り返って彼を見た。
「おいで」
と言った。
「終わったら、続きを話しましょ」
◆
クロウは、二人が立ち位置を決めてから、ようやく現れた。
誰も呼んでいない。
どこからともなく湧いて出て、角度を選んで立ち、手にはすでに記録用の何かを携えている。帽子のつばは僅かに上向き、準備万端という顔をしていた。
「何してるの」
ナナが一瞥した。
「観察だ」
クロウは堂々と言った。
「君たちが戦うなら、データを取らないと」
ナナはそれ以上何も言わず、視線を宇安に戻した。
二人は向かい合って立っていた。
宇安の手は剣の柄に置かれている。抜いていない。ただ添えているだけだ。姿勢は緩く、重心は僅かに後ろ寄り。戦う構えというより、何かを待っているように見える。
「さて」
彼は言った。言葉の端に、軽い挑発の色がある。
「俺の次の一手は?」
ナナの尻尾が軽く揺れた。
「まず探りを入れるわね。直接――」
剣が抜かれた。
音は小さい。だが、その光は小さくなかった。
刃が鞘を離れた瞬間、空気が何かに張り詰めたように引き絞られる。言葉にしがたい刺し込むような感覚が、刃の方向から漂ってきた。熱でもない、冷たさでもない――ただ、皮膚が「これは危険だ」と告げてくる、そういう感覚だった。
ナナは半歩横に動いて、それを避けた。
耳が僅かに動く。眼差しが沈んだ。そしてその剣を、真剣に見定め始めた。
宇安はその耳の動きを確かに見て、剣を戻した。
それから、柄の上に手を置いて、ぐっと下へ押し込んだ。
音はない。光もない。
ただ、何かが彼の身体から静かに広がり、この空間を内から外へとそっと包み込んだ。
境界は明瞭。
呼吸の間に出来上がった一枚の壁のように、壁のこちら側と向こう側が、もう同じ場所ではなくなっていた。
ナナの尻尾が止まった。
ゆっくり止まったのではない。不意にぴたりと動かなくなる、そういう止まり方だった。
耳が下がる。
視線が宇安の上を一周し、もう一周する。何かを探しているのに、見つからない――そんな動きだった。
あの一貫した余裕が、不意に消えた。代わりに浮かんだのは、彼女の顔にはほとんど現れない類のもの――茫然、だった。
「降参」
彼女は言った。
早く、きっぱりと、迷いなく。
領域が解ける。
宇安は剣を鞘に戻し、その区画から歩いて出てきた。
「これだけか?」とでも言いたげな眼差しで彼女の横に立ち、両手を広げ、苦笑するように笑った。
「ここ最近で一番盛り上がらない戦いだったな」
「あなたを感知できない、続けても意味がないわ」
ナナは言った。口調は至極当然といった風で、彼の言葉にまったく動じていない。
「この空間は狭すぎて、私が動員できるものには限りがある。無理して続けても面白くないもの」
「限りが?」
宇安は言った。
「私の後ろには宇宙が一つ、丸ごとあるの」
ナナは言った。尻尾が揺れる。そこには隠しきれない誇りが滲んでいた。
「本気でやるなら、場所を変えなさい。奇想天外なものがいくらでも出てくるわ。あなたが飲み込みきれないくらいにね」
彼女は一拍置いて、口角を上げた。
「でも、今はその必要ない。あなたのあの領域、面白かった。もう少し、知っておきたいの」
宇安は彼女を一瞥した。
「つまり、今のは負けたんじゃなくて、降りた、ってことか」
「降りた」
ナナは迷いなく言った。
「負けるかどうかは、また別の話」
宇安は少し考えた。
「じゃあ、あんたが負けるってのは、どういう時だ」
ナナは顔を横に向け、彼を一瞥した。口角が上がっている。
「試したい?」
「いや」
宇安は言った。
「ただ訊いただけだ」
ナナは軽く鼻を鳴らした。
「あなたのあの領域」
彼女は言った。
「中では感知を遮断する。宇宙外でも使えるの?」
「使えるはずだ」
彼は言った。
「駄猫に前に宇宙外まで出されてテストされた。外でもだいたい十五分は保つ」
ナナは彼をじっと見つめた。
「宇宙の外」
彼女は繰り返した。
その口調には、言葉にしきれない何かが含まれていた。
「駄猫が、あなたを外に出して測った」
「ああ」
宇安は言った。
「必要な時に使えと、覚えておけと言われた」
傍らのクロウが、不意に口を開いた。
声は落ち着いているが、速度が少し上がっている。
「十五分、あらゆるものが無となる領域で」
「大体な」
宇安は言った。
「駄猫が測った。俺は自分じゃ計ってない」
クロウは一瞬沈黙し、手元の何かに何事かを書き付けた。
そしてナナの方を見た。
「ナナ」
「分かってるわ」
ナナは言った。尻尾の動きが、一拍遅れた。
「分かってる」
宇安はこの二人を見た。
「どういう意味だ」
「つまりね」
ナナは視線を彼に戻した。
口角が上がる。あの得意げな表情が戻ってくる。ただし、今度はそこに何か別のものが混じっていた。
「あなた、私が思ってたよりずっと、変なのよ」
「そうか」
「そう」
彼女は言い、自然な動きでさりげなく、彼の方へ少し体を寄せた。
「残りなさいよ。どうせ、急いで帰るつもりもないんでしょう」
「しばらく居ると言ったはずだ」
彼は言った。
「もっと長く、って意味よ」
ナナは言った。口調は軽やか。尻尾は背後でゆったりと揺れている。
「私の宇宙、面白いわよ。まだ、見足りないでしょ」
宇安はすぐには答えなかった。
彼女を見て、それから脇に押しやられたウィンドウ群を一瞥した。
「もういい」
彼は言った。
「仕事、まだ残ってるだろ」
ナナは彼を一瞥した。口角が動いた。
ウィンドウを引き戻し、腰を下ろし、作業に戻った。
◆
クロウはしばらく傍らに立っていた。
手元の記録に目を落とし、それから不意に口を開く。
「君のあの剣」
「あの光、どういう性質だ? 単純な物理攻撃には見えない」
「違う」
宇安は言った。
「概念を斬ってる」
クロウは一瞬止まった。
「概念を」
彼は繰り返した。口調がゆっくりになる。同時にいくつもの思考を回しているような間だった。帽子のつばがわずかに後ろへ反る。
「原理は」
「剣と同質化する。そうすれば、斬れる」
宇安は言った。
「斬りたいものと同質化させれば、斬れる」
「例えば」
クロウの目が、すでに光を帯び始めている。
「例えば、色」
宇安は言った。
「ある人間から色を斬り落とせば、その人間は白黒だけになる」
クロウは三秒ほど沈黙した。
口の中で何かを黙々と計算している様子だった。
「僕で、試してみていいか」
と彼は言った。
宇安は幾分か呆れた目でクロウを一瞥した。
「……いや、いいのか?」
クロウは少し考えた。
「別に、構わないが――」
「駄目よ」
ナナが顔も上げずに言った。
「クロウ、データに戻りなさい」
クロウは口をつぐんだ。
悔しそうに俯いてデータに目を戻す。振り返る動きで帽子が一揺れし、傾きかけた。彼は手を伸ばして直し、何事もなかったかのように元の位置へ戻っていった。
◆
執務室は再び静かになった。
ウィンドウの光が床に落ちている。
ナナの尻尾が椅子の横でゆっくりと揺れ、宇安はソファに体を預けて、そのウィンドウ群をぼんやりと眺めていた。
――悪くない。
彼はそう思い、それから目を閉じて、休むことにした。




