第一章 堕ちてきた騎士
初めまして、台湾から来た新人作者です。
この物語は元々中国語で書いていたものを、少しずつ日本語に訳しながら投稿しています。翻訳ツールの助けを借りていますが、一文一文、なるべく自然な日本語になるよう心がけています。
それでも、読みにくい箇所や、違和感のある表現があるかもしれません。気になったところがあれば、コメントで教えていただけるととても助かります。できる範囲で直していきたいと思っています。
日本の読者の皆様に届くよう、頑張ります。
どうぞよろしくお願いいたします。
◆◆◆
宇宙の裂け目が閉じる音は、さほど大きくはなかった。
何かがそっと折り畳まれ、存在しないどこかへ仕舞い込まれるような――そんな音だった。
宇安はそれを聞いた。
廃墟の中に立っていた。剣はまだ地面に突き立ったまま、周囲には静寂を取り戻した混沌だけが広がっている。
感染体はいない。
ウイルスもない。
裂け目も、もう、ない。
何もかもが消え失せ、ただ彼一人が、地に突き立った剣と共にそこにいた。
剣を引き抜き、丁寧に拭って、鞘に収める。
舞い上がる埃の中でも、濃色の軽鎧はまだ比較的清潔だった。無駄のない線、余計な装飾のない造り。新しく刻まれた幾つかの擦り傷と凹みが、この戦いの激しさを物語っていたが、全体としてはまだ十分に使える。
彼は軽く視線を落としただけで、特に気に留めることもなく、比較的平らな瓦礫を見つけて腰を下ろし、背を預け、目を閉じた。
使命は終わった。
――駄猫が加護をかけたとき、彼女はこう言った。
「この旅は確実に死ぬ。愉快に死になさい」
今日はいい天気ね、とでも言うような口調だった。
宇安は「ん」とだけ答えた。
駄猫は尻尾を一振りして、何も言わず背を向けて去った。
それだけだった。
覚悟はできていた。
後始末もすませた。
あとのことは、もう彼が気に掛ける必要はない。
意識がゆっくりと沈んでいく。
こぼれた水が床の隙間へと染み込むように、ゆっくりと。
彼はそれを止めず、ただ沈むに任せた。
――そのとき、どこかで轟音が響いた。
空間が引き裂かれ、一つの裂け目が生まれる。
中から一人の人物が飛び出し、着地し、立ち上がり、周囲を見回した。そして廃墟の中でただ一つ、まだ息をしている生命体へと視線を落とした。
その人物はしゃがみ込み、ぐるりと何かを確かめる。
それから、宇安を抱え上げ、連れ去った。
◆
再び感覚が戻ったとき、宇安は自分がどこにいるのか分からなかった。
意識は水面に浮かぶように、沈みも浮きもせず、ただ周囲の気配だけをぼんやりと感じ取っていた。
床は硬い。
体の上に光がある。
周囲には音。声が二つ、何かを話している。
目を開ける力はなかった。そのまま、聞いていた。
「――逆ミーム障壁、意識層から外へ延伸する構造。付与期間は最低でも三ヶ月以上、この浸透密度を見ろ、それにこの層の分布――」
一つ目の声は早口で、正確で、報告書を読み上げているようだった。
「クロウ、人間の言葉で話して」
もう一つの声は気だるげで、どこか笑いを含んでいる。
「人間の言葉で言うとだな」
クロウと呼ばれた声が一拍置いた。
「この力場は彼自身のものじゃない。外部から誰かが作り込んだものだ。しかも長期間にわたって、かなり深くまで浸透させている」
「ふうん」
気だるげな声が言った。
「あっちの宇宙の管理人ね」
「おそらく。発生源は彼の中にはない――」
「ナナ、それは論点じゃない」
クロウが遮った。
「問題はこの力場の構築方法だ。こんな方式、僕は見たことが――」
「クロウ」
気だるげな声が、少しからかうような響きを帯びた。
「あなたの実験、何を研究してたんだっけ?」
「宇宙間粒子屈折だ。これとは全く――」
「全く関係ない」
ナナと呼ばれた声がもう一度繰り返した。
言葉を味わうように。そして低く笑った。
「いいわ、目が覚めるのを待ちましょう」
声が遠ざかっていく。
幾つかの数字、宇安には分からない単語、どこかの画面から通知音が鳴り、すぐに消される音。
彼はそのまま、半ば夢うつつに漂っていた。
◆
本当に目が覚めたとき、最初に感じたのは光だった。
自然光ではない。
幾つもの方向から同時に投げかけられる、青白い光。光源はない。ただ空気中に浮いているだけで、空間そのものが光を放っているようだった。
天井をしばらく見つめ、目の焦点が合うことを確かめてから、ゆっくりと視線を横へ移した。
――ウィンドウ。
いくつものウィンドウが宙に浮かんでいた。画面も支えもなく、ただそこに浮かんでいる。空気そのものにページを開いたかのように、幾重にも重なり合って。
それぞれのウィンドウの中では違うものが動いている。
数字、映像、グラフ。
一番隅のウィンドウには、どこかの橋が映し出されていた。透明な橋桁の下を、色を絶えず変えながら発光する液体が流れている。橋の上は人で賑わっているが、その橋自体が――ぐらぐらと揺れていた。
空間自体はそう広くない。だが物は多い。
壁際には宇安が名前も知らない機材が幾つも積まれ、いくつかはまだインジケーターランプを灯したまま、静かに明滅している。
隅にはソファが一つ。造りは簡素で、脇の低いテーブルには空のカップがいくつか、片付けられないまま置かれていた。一つのカップの縁には、薄い水跡が残っている。
全体として、長く引き籠った人間の仕事場といった雰囲気だった。生活感はあるが、秩序は重視されていない。
そして彼は、そのウィンドウ群の前に座る人物を見た。
猫耳、猫の尻尾、オッドアイ。
ゆったりとした部屋着を身に着けて、胸元にはデフォルメされた猫のイラスト。下はショートパンツ。椅子の中に丸まるように腰掛けて、複数の浮遊ウィンドウを同時に操作していた。指は空中で素早くタップを繰り返し、尻尾が椅子の横でゆっくりと揺れている。
その傍らに、もう一人立っていた。
古びたスーツ、擦り切れた袖口、頭には背の高い帽子。
帽子のつばを僅かに下げて、手元の何かを覗き込みながら、口の中でぶつぶつと何かを呟いている。頭を下げる動作に合わせて帽子が前に傾いても、直そうともしない。
宇安は床に背を預けたまま、その二人をしばらく眺め、沈黙した。
――感じ取っていた。
駄猫のそばに長くいたから、あの感覚はよく知っている。
匂いでも、音でもない。
何か言葉にならない「重み」のようなもの。二人が存在しているその場所で、空間自体が少しだけ重くなっているような感覚。
駄猫は言っていた。それは主宰の気配だと。それぞれの宇宙の主宰がその気配を帯びている、ただ濃淡が違うだけだと。
この二人とも、それを持っている。
「――あんたたち、主宰か」
彼は口を開いた。声は少し掠れていた。
二人が同時に振り向いた。
猫耳の方が彼を一瞥し、ぐるりと視線を走らせ、口角をわずかに上げた。
「起きたのね」
最初から分かっていた、とでも言うような口調だった。
「そうだ」
宇安は言った。
「あんたたち、主宰か」
「管理人、よ」
彼女が言い、背筋を伸ばした。当然のことのように。
「うちではそう呼ぶの」
「まあ似たようなものだ」
傍らの男が、手に持っていたものを帽子のつばに挟んだ。
「名前は?」
「宇安」
「宇安」
男が繰り返した。
「君のその力場、君らの管理人が作ったのか?」
「力場?」
「感染から君を守っているものだ。意識層から外へ延伸する逆ミーム障壁。発生源は君の中にはない。外部から付与されたものだ。付与期間は少なくとも――」
「加護だ」
宇安は言った。
「俺たちはそう呼んでいる」
男は内心で何かを書き留めた様子で、続けた。
「その管理人はまだ生きているのか? 彼女の構築方式を、僕は見たことがない。もし可能なら――」
「クロウ」
猫耳の方が、顔も上げずに口を挟んだ。
「本人に話させなさい」
クロウは口をつぐみ、つばに挟んでいたものを取り出して、何事もなかったかのようにまた眺め始めた。
宇安はクロウを見、それから猫耳の方を見た。
「――あんたは」
「ナナ」
彼女が言った。尻尾が軽く一振りされる。
「ここの管理人」
その言葉には、言わずもがなの誇りが滲んでいた。当然のこと、とでも言うように。
「じゃあ、そいつは」
彼はクロウの方に顎をしゃくった。
「隣の宇宙の」
ナナが言った。
「実験を失敗して、あなたのいた宇宙に転送されて、ついでにあなたを連れて帰ってきたの」
宇安はクロウを見た。
クロウは肩をすくめた。帽子が一緒に揺れる。
「あの宇宙で唯一生きていた人間だ。連れて帰らなきゃもったいないだろう」
宇安は一秒だけ沈黙した。
この論理のどこかがおかしい気がしたが、今はそれを突き詰める気力はなかった。とりあえず置いておく。
「何があったか、あんたたちは知ってるのか」
彼は尋ねた。
「話してみて」
ナナが背もたれに身を預け、顎を僅かに上げた。
「聞くわ」
そこで宇安は語った。
病原体、裂け目、駄猫の宇宙へと押し寄せた感染体、加護、そして最後にあの強大な存在を討ち果たしたこと、裂け目はそれに従って消え、そのまま意識を失ったこと。
口調は平板で、既に結案した報告書を読み上げるようだった。話し終えると、彼は口を閉じた。
ナナはすぐには何も言わなかった。
クロウが傍らで小声で何かを分析し始めているが、彼女は取り合わなかった。
「あなたにかかっている加護は」
彼女が言った。
「もう意識層まで浸透している」
「どういう意味だ」
「その管理人は、これを作るのに、相当なものを費やしたってこと。急場しのぎで付与したものじゃないわ」
宇安は答えなかった。
――分かっていた。
駄猫は何も言わなかったが、分かっていた。彼女は、できることを全てやってくれたのだ。
「駄猫は無事なのか」
彼は訊いた。
「あの管理人」
「あなたたちの宇宙には対外通信チャンネルがないから、直接確認する方法はないわ」
ナナが言った。
「でも裂け目は閉じた、感染源も消えた。理論上は問題ない」
「連絡を取りたがるやつじゃない」
宇安は言った。
「一日中日向ぼっこして寝てる、ものぐさなやつだ」
ナナは応えず、視線をウィンドウへ戻した。
このときクロウが割り込んできた。
「君の宇宙には戻れる。連絡を取る手段ならこちらで用意できる。必要なら、いつでも言ってくれ」
「今はいい」
宇安は言った。
「なぜ」
「使命は終わった」
宇安は言った。
「それに、元々死ぬつもりだった。生き残ったほうがむしろ、何をすればいいか分からない。まずは、少し歩き回ってから考えたい」
クロウは何か言いたげな目で彼を見たが、結局は帽子のつばを少し押し下げただけで、何も言わなかった。
このときナナがウィンドウから顔を上げた。
彼を一瞥し、口角を上げ、目の光が少し明るくなった。
「じゃあ、どこに行く?」
と彼女は言った。
「うちには面白い場所がいくらでもあるのよ。他の宇宙にはこんなに娯楽はないわ――伝説の武器どもが暇を持て余してチャットルームを開いてね、三日と空けずに集会してるんだけど、この前の集まりで喧嘩になって、今も後始末中」
彼女は続けた。
「あと、エルフの世界に機械生命体の群れが紛れ込んで、両陣営が縄張り争いしててね。エルフの女王が激怒して機械を全部解体しろって言うのを、私が何とか共存させようとしてるところ。まだ決着がついてないから、どうなるか分からないけど」
彼女は一拍置いて、何か面白いことを思いついたように口角を上げた。
「ああ、それから大会があるの。一番役立たない超能力を決める大会。前回の優勝者の能力はね――くしゃみをすると半径三メートル以内の全ての靴紐が同時にほどける、ってやつ」
ナナは笑った。
「今年は審査員に問題が起きて、今それを処理してるところ」
宇安は彼女を見つめ、しばらく沈黙した。
「この宇宙」
彼は言った。
「変だな」
「そうよ」
ナナが言った。猫耳が得意げに揺れた。
「面白いでしょ」
宇安は少し考えた。
「しばらくここにいてもいいか。少し休みたい」
「いいわよ」
ナナは言った。口調は気軽で、視線は既にウィンドウへ戻っていた。
「でも、まず傷の処置ね」
彼女はメッセージを一つ送信し、同時に片手を軽く振った。
空間の隅に、音もなく独立した区画が開く。広くはない。着替えるのにちょうどいいくらい。
「先に着替えて」
彼女はそう言い、畳まれた衣服を彼の方へ押しやった。
ゆったりとしたフード付きの上着。
濃いグレー、素材は柔らかそうで、袖口とフードの縁にはシンプルな白いラインが一本。柄はなく、清潔で無駄がない。同系色のパンツと合わせてある。ゆったりとしたシルエットで、裾はやや絞られている。きちんと畳まれ、タグもまだ付いたままだ。
「ネットで買ったの」
ナナは言った。もう視線はウィンドウに戻っている。
「あなたが軽鎧着てるの見てるだけで、こっちが疲れるから」
宇安はその衣服を見、それから彼女を見た。
「――悪いな」
彼はそう言って立ち上がり、その区画へと入った。
空間の境界は曖昧で、薄い霧がこの隅と外を隔てているかのようだった。
宇安は中で着替えた。
軽鎧を一枚ずつ外し、隅の壁際に立てかける。特に片付けもせず、ただそのまま置いた。部屋着はゆるやかで、彼が慣れ親しんできた装備よりもずっと軽かった。
視線を落として、まあ悪くないと思った。
外に出ると、クロウがすでに近づいてきて作業を始めていた。
「刺し傷、鈍器による打撲、それに二箇所は腐食性――感染体によるものだな」
彼は数値を確認しながら言った。
「よくこれで今まで持ちこたえたな」
「慣れてる」
宇安は言った。
クロウは一瞬手を止めた。
その答えの科学的妥当性を評価しているようでもあった。帽子のつばが少し傾いたが、結局何も言わず、データに目を戻した。
およそ四半刻の後、何かがやって来た。
「何か」としか言いようがなかった。宇安にはそれをどう形容すればいいのか、まるで分からなかったからだ――光のようでもあったが、光は自分から人に近づいては来ない。霧のようでもあったが、霧には重さがない。
それが彼の傷口に触れた瞬間、ごく軽い圧力を感じた。
誰かがそっと手を押し当てているような。温度は高くも低くもなく、ちょうどよかった。
そして、それは仕事を始めた。
宇安は自分の傷口を見下ろした。
裂けていた部分が少しずつ収束していく。普通の治癒ではない。巻き戻しのような感覚だった。
皮膚が自分の元の姿を覚えていて、その記憶に従って自分を復元していく。
数分後、それは散っていった。
音もなく、ただ不意に、そこに存在しなくなった。
宇安は指を動かし、問題がないことを確かめた。
「――悪いな」
ナナは顔を上げず、「ん」とだけ応えた。
クロウはまだ傍らで何か話していた。声は次第に遠のいていった。
宇安はソファまで歩き、腰を下ろし、背もたれに体を預けて、天井を見上げ、それから宙に浮かぶウィンドウ群を眺めた。
しばらくそうしていてから、目を閉じた。
今度は裂け目もなく、轟音もなく、誰かに放り出されることもなかった。
――彼はそのまま、眠りに落ちた。
執務室の光が床に落ちる。
ナナの尻尾が椅子の横でゆっくりと揺れ、クロウは相変わらずぶつぶつと、宇安には全く届かない様々な言葉を呟き続けている。
空間の片隅には、あの濃色の軽鎧が壁に立てかけられ、静かに置かれたままで、誰もそれに触れようとはしなかった。
◆
――別の宇宙で。
一匹の猫が、日の当たる場所を選び、目を細め、尻尾をゆっくりと揺らしていた。
彼がまだ生きているかは、分からない。
ただ、心のどこかで、ある種の奇跡を待っていた。
「――まあいいわ、知らせを待ちましょう」
彼女は一つあくびをして、再び眠りについた。




