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猫管理人と騎士王の隠居生活  作者: tobyisme


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第十章 |永誓星《えいせいせい》

 裂け目は仲裁局の指示で一時封鎖された。


 クロウは仮設の医療用ベッドに横たわっていた。帽子はベッドの頭に引っ掛けてあり、袖口には何かの残留物がまだ付着している。目は覚めていたが、しばらく何も言わず、天井を見つめていた。


 長い間があって、口を開いた。


「どれくらいかかる」


「三日」


 ナナは傍らに座り、指をウィンドウ上で走らせながら言った。


「裂け目に対ミーム処理を施して、ウイルスが通路に付着していないことを確認する必要があるの。この手順に二日から三日かかる」


 クロウはすぐには答えなかった。少し沈黙した。


「僕のデータは――」


「日誌も装甲の記録も無事よ」


 ナナは顔を上げずに言った。


「日誌を永遠記録庫に格納して、仲裁局に完全報告してからでないと、あちらはこのウイルスの危険度を把握できない」


 そこでようやく顔を上げ、クロウを真っ直ぐ見た。


「だから、おとなしくしていて。報告を整理して」


 クロウの帽子がベッドの頭でわずかに傾いた。彼はナナを見、天井を見、それから口を閉じた。


 宇安は部屋の隅に立っていた。


「怪我の具合は」


「エネルギーの反動と装甲損傷の後遺症」


 クロウは襟元をずらした。


「一日で治る」


 彼は一拍置いた。帽子がベッドの頭で揺れた。


「……ただ、データは確かに貴重だ」


「だから、あと一日静養が必要なのよ」


 ナナは尻尾を一振りし、視線を宇安に移した。


「仲裁局はこの数日間、ここから離れるなって言ってるわ。ちょうどいい」


 彼女は一拍置いた。


「あなた、ここはよく知ってるでしょう」


 宇安は頷いた。


「百年以上」


 フィナが椅子の背から飛び降りた。伸びを一つ、尻尾が高く上がる。


「私が案内するわ。暇だし」


 クロウを一瞥した。


「あなたはついてこないで」


「なぜ――」


「ここの主は私だから」


 フィナは言い、尻尾を一振りした。


「おとなしくしてなさい」


 クロウは不満げにベッドに横たわり直し、口の中で何か呟いている。フィナはもう出口へ向かっていた。



   ◆



 フィナの宇宙の主星は、地元の人々に「永誓星(えいせいせい)」と呼ばれていた。


 騎士王と管理人フィナの間に交わされたある約束を、この星が見届けたからだと言われている。宇安はその名前に特に反応を見せたことがない。フィナも説明したことがない。


 外に出ると、通りは人で溢れていた。


 宇安の足が止まった。


 驚きではない。起きると分かっていたことが、実際に起きた時の――あの間だった。


 通りには老人が門先で日向ぼっこをし、子供たちが追いかけっこをし、露店商が声を張り上げ、誰かが隣人と笑いながら話している。街全体が、ゆるやかで、何も背負っていない賑わいに包まれていた。


 彼の口角がわずかに動いた。はっきりとした笑みではない。ほんの少し。何かがほどけたような。


 ナナが隣に立ち、横目で彼を見た。何も言わなかった。


 フィナが前を歩きながら振り返った。


「見飽きた? 初めてじゃないでしょ」


「違う」


 宇安は言った。


 フィナは一瞬止まった。


「ん」


 彼女は言った。声がわずかに軽くなった。


「確かに、違うわね」


 フィナが二人を連れて大通りに入った。


 通り沿いのあちこちに宇安の姿があった。ホログラム投影、記念バッジ、露店で売られている風船は騎士王のデフォルメ版。建物には青と白の旗が掛かっている。騎士団の色だ。


 遠くから何かを叫ぶ声が聞こえた。断片的に、人々の喧騒に混じって流れてくる。


 ナナの耳がわずかに動いた。横目で宇安を見た。


 彼はいつも通りの顔をしていた。ただ、目がいつもとは少し違った。何かを見逃したくないように、一つ一つ丁寧に見ている。


「みんな、あなたが死んだと思ってるのね」


 ナナは低い声で言った。


「ああ」


 宇安は言った。


「駄猫がやったんだ」


 フィナは前を歩いたまま、尻尾を一振りした。振り返らない。


「あなたが相討ちで消えたことにしたの。行方不明のまま心配させるよりいいでしょう」


「ああ」


 宇安は言った。


「ありがとう」


「どういたしまして」


 フィナは言った。


「ちなみに、あなたの墓碑は刻みの出来を確認しに行ったわ。職人にいくつか意見を出して、最終的にはなかなかの仕上がりになった」


 ナナが思わず笑った。


「宇安のお墓、見に行ったの?」


「当然」


 フィナは言った。


「私の宇宙で起きたことは全部確認する」


 彼女は一拍置いた。


「それに、百年以上一緒にいた相手の碑なんだから、出来くらい見るでしょう」


 宇安は何も言わず、歩いていた。


「じゃあ、今あなたが堂々と広場に立ったら」


 ナナは言った。


「驚かれる? それとも怖がられる?」


「たぶん両方」


 フィナが振り返った。目にいたずらっぽい光がある。


「死んだはずの人間が突然現れたら、怖い方が多いんじゃない」


「なら行かない」


 宇安は言った。


「臆病ね」


 フィナは言った。尻尾が揺れた。


「思いやりと言う」


 宇安は言った。


「もう一度衝撃を受けさせる必要はない」


 フィナは彼を一瞥し、それ以上何も言わなかった。


「行きましょ。先にご飯」



   ◆



 フィナは二人を連れて何度も角を曲がり、賑やかな通りを抜け、少し静かな路地に入った。


 路地の奥に小さな広場があり、広場の端にいくつかの露店が並んでいる。その一つに、大きな看板が掲げられていた。


 『全宇宙一、正真正銘の猫薄荷キャンディ。管理人認定』


 ナナは看板を見て、フィナを見た。


「管理人認定って、あなたが認定したの?」


「ええ」


 フィナは露店に歩み寄った。


「店主さん、いつもの」


 店主は白髪の老婆で、フィナを見るなり顔中にしわを寄せて笑った。


「フィナさま、お久しぶりです。今日はお友達をお連れで?」


「ええ」


 フィナは言った。


「初めてだから、食べさせてあげて」


 老婆が手際よく幾つか包んで差し出した。フィナが受け取り、宇安とナナに一つずつ渡した。


 宇安は開けて、一粒口に入れた。噛んだ。何も言わなかった。


 ナナが一粒味わって、目がわずかに明るくなった。


「おいしい」


「当然」


 フィナは言った。一粒ずつ食べている。


「私の宇宙で作られたものは、当然一番いいの」


「その台詞」


 宇安は言った。


「ナナが自分の宇宙は面白いって言う時と、まったく同じ口調だ」


 フィナとナナが同時に彼を見た。


 それから、二人が互いを見た。


「私の宇宙が一番いいに決まってるでしょう」


 同時に言った。


 二人ともそこで止まった。


「ん」


 ナナは言った。


「ちょっと似てるわね」


「その一点だけ」


 フィナは言い、キャンディの袋をナナの方へ押しやった。


「もっと食べなさい。あなたの尻尾、今日ずっと強張ってるわよ」


 ナナは一瞬きょとんとして、自分の尻尾を見た。確かに少し硬い。


「そんなことないわ」


「ある」


 フィナは言った。


「私には分かる」


 宇安の方を向いた。


「あなたも分かるでしょう」


「ああ」


 宇安は言った。


 ナナの耳がわずかに伏せた。


「ないって言ってるの」


 キャンディを口に押し込んだ。


「続き。案内して」


 フィナの口角がわずかに動いた。先を歩き出す。



   ◆



 ある広場を通りかかった時、演説をしている人がいた。


 声は大きく、人だかりができていた。騎士王のことを語っている。命を捧げた、邪悪と相討ちになった、今日の平和をもたらした。そういった内容だった。


 宇安は人垣の外に立ち、静かに聞いていた。


 表情は特に何もない。だが、その目が台の下の一人一人の顔を丁寧に追っていた。


「あなたをこうやって誤解してるの、気にならない?」


 ナナは低い声で言った。


「あなた、まだ生きてるのに」


「生きてる。みんなも生きてる。それで十分だ」


 宇安は言った。


 フィナが宇安の傍に立っていた。声はとても小さい。


「あなたって人は、百年経っても言うことが変わらないわね」


 彼女は一拍置いた。


「その一点だけは、悪くないと思ってる」


 宇安は何も言わず、しばらく見ていた。


 それから、前へ歩き出した。

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