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第六話   図書委員長・本間文子

小説のタイトルもそうだけど、サブタイトルも思いつかない。

タイトルについては誰かいい案ありません?

 広い校庭が朱く染まるなか、生徒が二人並んで下校している。

 翔太と水姫だ。


「でも翔太くんが風紀委員に入ってくれて助かったよ。名無しの魔人が天原に侵入してきても私一人で討滅に走ったりキャパシティオーバーな状態だったから」

「はぁ……そっすか。でもそれで今まで回ってたんだから問題は無かったんじゃ?」


 実際、一番に現場に駆けつけるのが水姫であるだけで、戦闘要員が申告的な人材不足というわけではない。


「それでも、よ。やっぱり〝仲間〟が居たほうがテンションあがるでしょ?」


 そんなもんかね、と思いつつ翔太は欠伸を一つ。

 隣の水姫は教材などを詰め込んだ小さなリュックを背負い、翔太という「部下」もとい「仲間」が出来たことが余程うれしかったらしく、興奮気味に話し続けている。


「とりあえず風紀委員のしばらくの目標は……委員の増加よ!」

「違うでしょう……」


 鼻息荒く意気込む水姫に、司る属性のごとく水を差したのはジブリール。


「あなたも聞いてるでしょう、水姫? いまこの特区にはパズズが侵入しているのですよ? 一刻も早く討滅しなくてはいけません。今までの名無しとは違い名付きの魔人です」


 魔人にはその強大さを測る物差しに、名前があるか否かというものがある。魔人の中には固有名を名乗る者がいて、そういった存在は例外なく強大な力を持っている。

 また魔人は討滅してもしばらく時が経てば、新しい人間を乗っ取ることで代替わりする。

 この二つの条件を当てはめるなら(くだん)の魔人パズズは〝一度も討滅に成功していない名付きの魔人〟であり、ジブリールが警戒することも当たり前だった。


「え~……」

「え~じゃありません。明日にでも図書委員長に情報を聞いておきましょう。知識とは持っていてこそ活用できるものですから」


 風紀委員が治安維持を受け持つ学生組織であるように、図書委員は情報の管理を受け持つ学生組織だ。当然各種名持ちの魔人についての情報も過去の戦闘記録などを交えて所持しているし、またそれらの情報から各種シミュレートなども行うなど対魔人活動に大きく貢献している。


「じゃあ、明日は頑張って情報集めてくださいね」


 翔太は実働が面倒なので、明日が情報収集に当てられるならこれ幸いとサボることにした。ところが上司はそれを却下する――当然だが。


「ダメです。あなたについても考察行ってもらうから」

「考察?」

「それはそうじゃない? あなた妖人(アヤカシ)なのに契約者を得たのよ? いままでそんな例は無かった。契約者を得るのは基本、魔人の脅威に晒されても生き残る強い意志を持つ只人で、それを見込んだ天使や精霊が契約を持ちかけるのよ?」


 言われてみれば自分はあまりの大怪我に諦めていたところをラビエルに契約を持ちかけられているなと翔太は思い返す。


「ふむ。どうやら人は知らないようだが私たちは別に、しようと思えば誰とでも契約できる」

「え?」

「キミの相棒のジブリールや他の者が人にどう伝えたかはわからないが、契約する際の制約としてそのような条件を設けた覚えがあるな……理由は忘れたが」

「忘れたってあなた……」


 どこまでも思うままなラビエルと真面目なジブリールの声を聴きながら歩く二人はようやく校門の前まで辿り着く。

 校門も潜り学園の敷地を出れば遠目に夕日が見える。色々なことがあったが翔太にはまだ美樹にも説明しなければならないので、帰ってからも面倒からは解放されない。そのためげっそりと肩を落とす。

 そんな彼の隣で水姫が声を生む。


「まぁ、その〝理由〟はまたの機会に聞くことにするわ。翔太くん家はどこ? 私、南区の港方面なんだけど」

「俺は東区の山ん中です」

「そう。じゃあここでお別れね……あ、翔太くん同じ学年で良い人材見つけたら誘ってよね。まだまだ人材不足なんだから」


 軽く「ポン」と肩を叩かれる。


「そうすればもっと効率よくサボれるよ――また明日!」


 校門で別れる水姫の背中を見送る翔太はただ軽く掌を振ることで応じた。


「……餌をちらつかせることで少しでも働かせようとする考えは、上に立つものとして必要なのだろうが……こうも短期間にやる気の無さを看破されるのもどうなんだ?」


 ラビエルがしみじみと呟く評価を得た、微妙に不真面目な風紀委員が家路に着いた。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 ところは変わって山の中。

 時刻は夜。空には三日月よりも細く欠けた月が輝いている。

 山の中にあって立派な純和風の邸宅があった。門の表札には「小暮」と書いてある。

 その屋敷の一室。一人娘の部屋には部屋の主と二人の少年の姿があった。


「この、ばか!」

「……悪かったと思ってるよ」


 ばつが悪そうに顔を背けているのは翔太で、怒鳴ったのは美樹。美樹の眼にはうっすらと涙が滲んでいた。

 帰宅して翔太に待ち受けていたのは自宅の前に立つ悟の姿。どうやら彼も翔太に何があったのかを聞くために待っていたらしい。その後着替えて美樹の家へ赴いた二人は夕食をごちそうになった後、美樹の部屋に来た。いまは翔太の口から一週間前の出来事が語られたところだ。

 パズズの暴威に巻き込まれ死に瀕していたと知った幼馴染二人の反応は、あまりに危ない状況だったことを知って涙し、何故もっと早くに言ってくれなかったのかという憤りと、安堵しながらも変わらずここに居るということに運のいい奴めと小突くもの。

 翔太も流石に厄介事とかを気にするよりもまず、そんなことがあったと身近な二人に位は話すべきだったと後悔した。彼ら二人は翔太も心から信頼しているので隠し事はナシだと思い出したからだ。


「でも翔太の言うことが本当なら明日、緊急で生徒会から各委員長に召集が掛かるかもね」


 切り替えも早く、未だ目が赤いがいつもの口調で語る美樹。彼女も委員長の役職をあずかる者だ。魔人に関する脅威は良く熟知している。翔太と悟はまだ魔人に対する実戦は経験したことが無いので、そういった対応については疎い。


「とにかくラビエルにはお礼を言わないとね……私の大事な〝弟〟を助けてくれてありがとう」

「どういたしまして、と返すよ。なに、翔太の飛ぶ姿があまりに勇壮かつ美しかったんでな。このまま亡くすのはあまりにも惜しいと思ったまでだよ」

「あ、ラビエルもそう思う?」


 ラビエルの助けた理由を聞いた瞬間、美樹が身を乗り出した――座布団代わりに鍋敷きに座す人形に向かって。


「翔太は妖人の中でも飛行に関してはとても優れた血統の出なのよ。だからもっと頑張って精進すればいい評価が得られるのに……悟もそう。もっと自分を高めさえすれば私も自慢できるのに」


 不満げに唇を尖らせる様は、かわいい弟がいまの評価に甘んじていることを良く思わない、他の人は知らない弟の長所をもっと知ってほしいと思う姉そのもののようであった。


「キミは翔太と悟を本当に誇りに思ってるんだな、美樹」

「ええ、そうなんですよラビエル。美樹ってば二人のことになると、とても親身になるんです。この前、お屋敷の使用人が二人を軽くバカにした時なんて……」

「わぁー! わぁー!! 余計なことは言わなくていいのっ!」


 契約者のアムルタートが話そうとするので慌てて遮る、真っ赤な顔の美樹。


「おい、聞いたか翔太。俺たち誇りだってよ」

「……誇りよりも平穏が欲しい」


 騒がしい女性陣を見る限り、平穏ではないとつくづく思い知らされる翔太であった。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 夜が明けて、学園に登校した水姫は最初の休み時間に翔太に話があったので彼のクラスへと訪れていた。


「へ? まだ来てないの?」

「あいつはいつもそんなもんですよ。気ままな時間に登校するんでいつ来るかは誰もわからないんです」

「そっかぁ……」


 顎に手を当てどうしようか考え込んだが、相手が来ていないのであればどうしようもない。不真面目だというのは本当だと思いながら教室を後にする。


「どうするんです、水姫? 図書委員の情報は彼も聞かないと意味ないんでしょう?」

「そうよ。彼も実働なんだから敵の情報は知らないといけないでしょ? ま、休み時間ごとに顔を出すしかないわね。(ふみ)ちゃんは放課後も長いこと校内に居るから大丈夫だけど」

「それでも委員の任務として授業を免除してもらい警邏に行くつもりだったんでしょう? こんなことで予定が狂って大丈夫ですか?」


 魔人は水姫たちが授業中だからといって待ってくれるわけがないので、対魔人活動の主力となる各委員のメンバーは授業を免除して活動することを許されている。

 今日も情報を聞いたのちに一日街を出歩こうと思っていたのだが……


「まぁ大丈夫よ。そのパズズだっけ? 魔人の被害はまだ報告されてないもの。急いだ方がいいのも確かだけれど……折角できた仲間第一号にいきなり厳しくも当たれないし」


 妥協した水姫だったが、翔太が登校してきたのは結局昼休みであった。


「あ、先輩おはようッス」

「ええ、こんにちは(・・・・・)。翔太くん」


 水姫の笑顔は引き攣って崩れかかっていたが、翔太を昼食も食べずに待っていたというのに当の翔太が全国チェーン店「マグロナルド」の名物メニュー「マグロあぶり焼きバーガー」を買い食いしながらの登校だったので仕方ないだろう。


「遅刻した理由を聞かせてくれる?」

「いや、なんとなく?」


 初めて出来た部下の頭を思い切りぶったのは言うまでもない。


 ◇◆◇◆◇◆◇


「結局、放課後じゃないか。ちゃんと契約者に言い聞かせたらどうなんだ、ラビエル」

「ふん。大きなお世話だ……と言いたいとこだが私もこればかりは溜息しか出ん。翔太、キミはもう少し積極的な姿勢を心掛けると良いぞ」


 ポケットからぶら下がる人形に窘められることにも多少慣れてきた翔太である。不本意ではあったが。


「ま、それはおいおい教育するとして……今日は翔太くんが遭遇したって言う魔人についての情報を聞きに来たんだから」


 彼らが歩いているのは本校舎二階。その廊下の突き当たりに目的地である図書室がある。

 先頭の水姫が扉を開ける。中に入ってすぐ右手にパソコンの置かれたカウンターがあり、部屋の中央には六人掛けのテーブルが四脚。奥の方は本棚がずらりと並び、一番奥には個別に区切られたスペースがある。カウンターの前には書籍検索のできる端末が一台立っており、その後ろには掲示板。

 初めて訪れた場所だが、概ね普通の図書館という印象を翔太は抱いた。水姫はカウンターに座っていた小柄な女子生徒に声を掛ける。


「文ちゃん、来たよ」

「遅いぞ、水姫。今日情報を聞きたいと言うので朝から調べていたのに放課後じゃないか。まぁ読書を一日堪能できたのは嬉しい限りだが」


 顔を上げた女子生徒は赤色の細いフレームで縁取られた眼鏡を外しながら言い募る。一重の眼は睨まれているという印象を相手に抱かせる。しかし輪郭は見事に卵型でくりっとしていた。身長は立っていないので正確にはわからないが一五〇にも持たないのではないか。


「紹介するわ。新しく風紀委員に入った、羽根倉翔太くん。翔太くん、この子が図書委員長、本間文子(ほんまふみこ)。この学園高等部において全ての情報を扱う責任者の天人(あまんと)。何か疑問があった時や行き詰った時のブレイクスルーには彼女を頼ると良いわ」

「はぁ。羽根倉翔太です、よろしくです」

「キミが昨日から話題になった妖人にして天人の一年生か。こちらもよろしく。私はこんな(なり)でも二年だ。以後、敬うように」


 とことん偉そうに振る舞うのは、身長にコンプレックスがあるからだろうか。言っちゃ悪いがどう見ても小学校高学年、よくて中学生にしか見えない。面倒なことは避けたいので口に出す愚はしないが。

 その時、文子の持っていた装丁の古い、文庫サイズの本が音を放った。


「文子。あんた偉そうに振る舞っても背伸びしている小学生にしか見えないからやめたら?」

「うっさい、ラトジエル!」

「ちんちくりんは放っておいて私も紹介してよ、水姫」

「う、うん……えと、あの本を憑代に文子と契約しているのはラトジエル。またの名をラジエルともサラキルとも言うけど……ま、天使だから呼び名は多いわね。ラトジエルかラジエルでいいと思うわ」

「翔太とか言ったわね。これからその空っぽそうな頭に〝神の秘密〟とまで称された私が直々に価値ある知識をバンバン詰め込んであげるから覚悟なさい!」

「……お手柔らかに、お願いします」


 文子本人よりも相棒である彼女には逆らってはいけない、と根拠のない感想を持った翔太であった。


「ラトジエル、早速で悪いんだがパズズについての情報を教えてもらえるか」

「ジブリール、あんたはいつも勤勉ね。それは長所であり短所よ。せめて数世紀ぶりに会ったラジエルと旧交を温まらせてくれてもいいじゃないの」


 すっかり場のペースをつかんでしまった己の相棒を、本を叩くことで黙らせた文子が代わりに答える。


「こいつに話しさせちゃダメよ。日が暮れる」


 ギッ、と音をたて背もたれに寄りかかり水姫を見上げる。既に今までの軽口の応酬で見せていた雰囲気は鳴りを潜めて、代わりに真剣みを帯びた肌に刺すような雰囲気が立ち込める。


(……切り替えが早いな。さすが委員長というとこか? 真面目な空気は性に合わん)

(……翔太。キミも一応参加する活動なんだが。顔だけでも引き締めたらどうだ?)


 声なき会話で委員長職二人の真面目ぶりに感心する翔太と、既に相棒のやる気の無さを改めさせることを諦めかけているラジエルを置いて会話は進む。


「パズズ。未だ一度も討滅報告の無い魔人ね」


 文子はカウンターの上に置いてあったファイルを開き、眼鏡を掛けなおす。


「どんな困難、大怪我にも決して膝を屈さない姿勢から〝威風堂々たる風の魔王〟とまで畏怖されし名持ちの魔人。古くはメソポタミア地方――熱病の元として恐れられた熱風の悪魔よ」

「……過去のパズズとの戦闘記録は残ってるの?」


 ファイルをめくる音が静かな図書室に響く。それが余計静寂さを強調していて、真剣のごとき緊張感をより研ぎ澄ましていく。


「過去に戦闘があったのは……一二〇〇年代にアリエルの契約者と戦闘をしたという記録が残ってるな」

「結果は?」


 傍らで聞いているだけの翔太でも、パズズが健在だということから文子が答える前に勝負の勝敗くらいは予想できた。


「勝負ですらなかったという。遭遇した瞬間、嵐がその契約者が居た都市ごと瓦礫に変えた、と記録されてる」


 だが、そこまで一方的に事が運んだとは思いもしなかった。翔太はまだ魔人との「実戦」を経験していないし、名持ちと名無しの力の差も全く見当がつかない。ただ巻き込まれただけで瀕死になったことからパズズの力は強大だとは知っていた。

 それでも。

 それでも、都市一つ巻き込んで天人を一瞬で消し飛ばすほどとは思いもしなかったのだ。


(……ふむ。どうやら、ようやく危機感を持ってくれたようだ)

(……長い放浪生活であなたの人を見る眼が曇ったのではと思いましたが、今回の契約者も「やるときはやる」人そうで安心しましたよ、ラビエル)


 静かに表情を真剣なものにしていく翔太に聞こえぬ声で会話する大天使二人。

 翔太と言えば、


(俺が助かった理由はラジエルが通りかかっただけの、単なる偶然だ。でもこれからパズズが暴威を振るっていくのなら被害は大きくなる。その時、巻き込まれたのが美樹だったら? 悟だったら? あいつらは俺の時と同じように助かるか?)


 内心、自分に問うていた。


(いや、そんな都合のいいことがあるか。それどころか天原が壊滅するかもしれない……あ~、くそっ! 俺の平穏な学校生活が危険なものになるなんて)


 水姫と文子が喧々諤々(けんけんがくがく)と言葉を交わすその横で額を抑える。

翔太は別に、自分がヒーローのごとくパズズを倒せるなんて思っちゃいない。だが水姫に風紀委員に勧誘され〝評価〟されてしまった。

 魔人と相対できるという、評価をだ。

 そして自分は妖人では他に例を見ない、〝契約者持ちの妖人〟だ。しかも相棒は大天使である。


(……評価されたりすると、他人から何かを任せられるから嫌だったんだがな)


 不真面目に、適当に授業などをこなすことでのらりくらりと評価を避けてきた。

 この年頃の者なら大抵「責任」というモノは避けるだろう。彼とて同じだ。キミならできると役職を押し付けられるのが面倒だったのだ。

 溜息一つ。脳裏に(よぎ)ったのは幼馴染二人の顔。物心ついた時より付き合いのある腐れ縁。知らないことの方が少ないし、信頼だってある。翔太の大切な友人たち。

 次に命の恩人であり相棒のラビエル。不真面目な自分のどこを見込んだのかはわからないが、翔太を選らんだ大天使。

そして水姫。新しく関わりを持った、先輩だ。見た目とは違う、どこか抜けたようにも感じる性格で、碌な評価ではない翔太を学園で幼馴染以外に初めて当てにした人。彼の態度は注意こそされ、わざわざ補習などのように自分も参加する形で関わってくる者はいなかった。これも水姫がラビエルの存在に違和感を持ったことが始まりであったのだが、それでも、ラビエルとの出会いは大きな分岐点だったのだろう。

 面倒事を避けるために、危機に晒された友人を、新しい出会いを、当てにしてくれる人を邪険に扱うほど人でなしでもない。

 面倒を避けるのか、友人たちのために行動するのかと言われたら、後者を迷わず選ぶ――表情がしぶしぶであったり、捻くれてはいるが。

 基本不真面目だが友人たちの危機や知人の頼みにはとことん甘い、心の優しい一面も持つ。

 結局、羽根倉翔太とはそういう少年だった。


 ◇◆◇◆◇◆◇


 翔太たちが図書室でパズズについての情報を整理している頃。

 同じ岩園学園敷地内。広すぎる敷地は必然的に人目の少ない場所というモノを生む。それはこの学園も例外ではなく。

 本校舎と第二校舎の間。その二つの校舎を繋ぐ道の脇には部活動や委員会などで使う道具をしまった倉庫が道なりに並んでいる。

 そのいくつかの倉庫と倉庫の間。三人の男子生徒が陰でたむろしていた。


「――くそっ! 気に入らねぇ」


 大柄な、坊主頭で眉毛を剃り落した如何にもガラの悪い男子生徒が毒づくと、別の一人が応じる。こちらは短髪を金に染め、ピアスと銀のネックレスを下げたちゃらけた雰囲気の少年。


「なにがだよ、うっせぇな」

「ああ!? てめぇも知ってんだろ? 昨日の出来事。あの風紀委員長とまともに闘り合った一年坊主の話だ」

「……何が気に入らねーんだ?」


 最後の一人は大柄な少年と同じく坊主頭だがこちらは剃りこみが入っており、サングラスを掛けていた。


「今の学園そのものだ! 生徒会にしろ、各委員会にしろ、ほとんどが天人ばかり! おれ達のような妖人は委員会に入るのすらやっと! 俺たちゃ、生まれながら力ある由緒ある血統なんだぜ?」

「……確かにな。あとから契約したポッと出の奴らに劣っているという評価だしな。だが、それで何で昨日の一年に話が繋がるんだ?」

「馬鹿か、てめぇ。あの一年坊主も契約者持ちだろーが! 結局、今の学園は天人ばかりを優遇して、妖人は蔑にしてんのさ!」


 各種委員会にも妖人の生徒はいるし、学園側としても家系の歴史として培われた戦闘技術を持つ妖人には元々は只人であった天人にアドバイスや指導の点で期待しているので、彼らの思いは的外れであった。

 彼らは真面目に授業に参加するでもなく、実家の代々受け継がれてきた技術も真剣に身に付けることもしてこなかったので学園側としては正当な評価だったとも言える。

 それでも生まれながら、人を超える能力を持つ異形のモノとしての自負だけは強いためこぼれる愚痴であった。


「あの一年坊主、どうやったか知らねぇが契約者を得るなんて卑怯じゃねぇか? 俺達だってそんなもんが居たら今頃この学園で最強だろうよ!」

「そしたらあの風紀委員長も力づくでねじ伏せて、ヤリたい放題ってか?」

「ぎゃはは! いいね、他にも生徒会や各委員会の女どもを手籠めに出来るかもな!?」


 ぎゃはははは! と品のない笑いを弾けさせる不良三人。

 不満、嫉妬、憤り、虚栄心。そういった負の感情は古代から「魔」を呼ぶのだと言われてきた。そしてこの時も――


「ほう。貴様ら、最強とな? 笑わせおるわ」

「あ?」

「なんだ? おっさん? 学園の関係者か?」

「てか、今なんつった? ぶっ殺すぞ?」

「……ククク。矮小な下種どもめ。頭が高い、我を誰と心得る?」


 瞬間、不良たちの頭上から突風が吹き(すさ)ぶ。

 三人は簡単に地面にひれ伏した。傍若無人な下降気流。


「な、なんだ!?」

「何しやがった、てめぇ!?」

「今すぐやめねぇと、ぶっ殺すぞ!?」


 彼らの視線の先には、ボロボロに擦り切れたマントで全身を覆った男。顔はフードで隠れ何も見えず、ただ闇があるのみ。唯一見える脚は布の股引きで脛の部分は紐で縛っている。今の時代では見ないような、(あし)かなにかの植物で編まれた履物。

 ここに至り、目の前の存在が「異常」だと悟った彼らは途端に静まり返った。


「ようやく力量の差というモノがわかったか、下種どもめ。まぁ、いい。貴様ら契約者のような力が欲しいと言ったな」


 三人は見えない筈の闇の奥で、目の前の「異常」が嗤ったのを確かに感じ取った。


「いいぞ、いいぞ。くれてやろう。貴様らは我から見て(・・・・・)実に見どころがあるぞ?」


 ゆらり、と上がる掌には、黒い(もや)


「力が欲しいのなら、くれてやる。思う存分振るうがいい。欲望のままに、な」


 それは、日頃の学園生活に不満の溜まった三人にすれば正に悪魔の誘惑。


「我が名はパズズ――〝偉大なる風の魔王〟と恐れられし、古より在る王者なり!」


 不気味なほど生温い風が一陣、学園内を駆け抜ける――


ご意見・感想や誤字報告など待っています。

宜しくお願いします。

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