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婚約解消を申し入れます。今年のご挨拶回りはご自分でどうぞ 〜三十七軒の宛名と時候の言葉は、すべてわたくしの帳面の中にございます〜  作者: 千種りお


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第8話 順序

 リンドナー伯爵家の奥様から、お手紙をいただきました。


 うちのお付き合いの十四軒に入っているお家でございます。文面は花季の礼で、三行目までは花の話でございました。


 四行目に、こうございました。


 ――ところで、クラーゲン様のご事情を、何か伺っておいでではありませんか。


 伺っておりません、とお返事いたしました。実際、伺っておりません。


 リンドナー伯爵家とシャルンホルスト家は、屋敷が隣り合っております。門から門まで、歩いて四半刻ほどでございましょうか。


 この二軒は、家格でいえばリンドナー様が上でございます。ただ、シャルンホルスト家は古いお家で、先々代のご当主が国境の役をお務めになりました。そのぶんの重さがございます。


 どちらが上かを、誰も口にはいたしません。口にいたしませんので、荷の着く順で表れます。


 六年のあいだ、わたくしは必ずリンドナー様を先にしてシャルンホルスト様を後にいたしました。半日ずらします。半日でしたらたまたまにも見えます。けれども毎年同じ順でございますからたまたまではないと分かります。分かる形でたまたまに見せる。それがこの二軒に対する六年ぶんの答えでございました。


 余白には、こう書いてございます。


 ――逆にすると気づかれる。


 今年は、逆になったのでございましょう。ヴェルナーが順を誤ったとは思いません。あの方は日付を間違えません。


 ただ写しに載っているのは着く日でございます。着く日を揃えるように手配すれば荷は距離の順に立ちます。距離でいえばシャルンホルスト家のほうが半里ほど遠うございます。


 遠いほうを先に立てれば着くのも先になります。半日、逆になります。半日というのは、こちらから見れば誤差でございます。あちらから見れば順でございます。


 六年前に母から教わったことが一つございます。荷は口をきかないから、着いた順が口をきく、と。十四のわたくしには意味が分かりませんでした。二年目の夏に、シャルンホルスト家の奥様が「今年もお心遣いをいただきまして」と仰ったとき、初めて分かりました。


 あの奥様は、順のことを一度も口になさいません。口になさらないまま、六年、礼を仰いました。


 昼餉のあと、母にそのお手紙をお見せしました。


「リンドナー様、何をお聞きになりたいのかしら」


「順のことでございましょう」


「順」


「うちの荷は、六年、リンドナー様が先でございました。今年は後になったのだと存じます」


 母は、手紙をもう一度ご覧になりました。


「あなた、それをお返事に書いたの」


「書いておりません。伺っておりません、とだけ」


「そう。……それでいいわ」


 母は手紙をお返しになって、それから、こう仰いました。


「向こうの奥様は、あなたが差配していたことをご存じよ」


「はい」


「ご存じの方に伺っておりませんと申し上げるのは、こういうときは、いちばん親切なお返事ね」


 母は、そういうことを言い当てる方でございます。


「二軒とも、こちらへは何も仰らないと思いますよ」


「はい」


「その代わり、あちらへも仰らないでしょうね」


 仰らないから、直りません。順序を違えられたことを家の主が口にするのは、恥のうちに入ります。恥のうちに入ることは、黙って荷の数で返します。


 夜、六年ぶんの礼状の束を出して数え直しました。エッダ辺境伯家からのものでございます。二十四通ございました。


 わたくしは、そのうちの何通かを開いて、順序の話が書いてあるかどうかを見ました。


 書いてございませんでした。一通も、でございます。あの家は北の端でございますから、荷はいつも一番先に立ちます。着くのは他の家と同じ日でございます。ですから順序の話が出ようがございません。


 出ようがないのに、六年、一度も落ちずに返ってくる。礼状には毎回、こちらの荷が着いた日が書いてございます。日付を書いてこられるお家は、三十七軒のうち二軒だけでございます。もう一軒は商いをなさっているお家で、帳面をつける習いがおありでございます。


 日付を書くというのは、記録を取っているということでございます。束を紐で結び直して、文机の抽斗へ戻しました。


 翌朝、母が二階から降りてこられました。


「シャルンホルスト様から、お茶のお誘いよ」


「花季のうちにでございますか」


「花季のうちに。……珍しいこと」


 母は、そう仰っただけで台所のほうへ行かれました。


 珍しいことでございます。あの家は、人を招くときは必ず季節の変わり目でございます。春の終わりか、秋の初め。花季の最中というのは、六年のあいだに一度もございませんでした。


 わたくしは招きの紙をもう一度読みました。日付と刻限と、それだけでございます。用向きは書いてございません。


 あの家の庭は、この時期がいちばん見頃でございます。石の縁に沿って低い花を植えていらして、上から見ると帯のように見えます。去年、母がそれを褒めましたら、奥様がたいそう喜ばれました。


 きっと、庭をご覧に入れたいのでございましょう。


 わたくしは、そうお返事を書きました。

「荷は口をきかないから、着いた順が口をきく」。母君のこの一言が、今回の背骨でございます。


隣り合った二軒の、どちらを上と見ているか。どなたも口にはなさいません。なさいませんので、半日のずれが代わりに喋ります。こちらから見れば誤差、あちらから見れば順序。世の揉め事の大半は、この「誤差か順序か」で出来ております。


ヴェルナーは、日付を間違えておりません。写しに載っているのは着く日で、順は出す日で決まる——第2話でリーゼが言いかけて、やめたところでございます。


次回、第9話「百十二件」。六年ぶんの余白を、はじめて数えます。

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