第6話 花季の差配
ベルンハルト男爵家のソフィ様が、うちへいらっしゃいました。
花の見本を抱えていらっしゃいました。抱えて、というのは言葉のあやではございません。籠に八種ほど入れて、両手でお持ちでございました。
「はじめまして。ソフィと申しますの。クラーゲン侯爵家の花季を預かることになりまして」
玄関を上がるより先に、そう仰いました。
「リーゼでございます。伺っております」
「よかった。伺っていらっしゃるなら話が早いですわ」
応接の間で、ソフィ様は籠を卓に置かれました。それから、一輪を取って鼻先へお持ちになりました。匂いを確かめる仕草でございます。
「マルグリット様には、前の方に聞くことはないと言われましたの。でも、わたくし、聞かないと気が済まなくて」
「ご用の向きは」
「用というほどのことではございませんの。ご挨拶ですわ」
そう仰って、また一輪お取りになりました。
籠の花は、どれもよいものでございました。花季の花としては少し早いものが混じっておりますが、早いぶんには構いません。遅れるよりずっとよろしゅうございます。
「三十七軒でございますね」
「ええ。多いこと」
「順の立て方は、お決まりでございますか」
「順」
「遠いお家から先に荷を立てませんと、着いた頃に終わっております。北のエッダ辺境伯家までは、荷馬車で八日かかります」
ソフィ様は、目を丸くなさいました。
「八日」
「はい。ですから、エッダ家のぶんは最初に立てて、近いお家は後にいたします。着く日は揃えます」
「まあ。それでは、送る日はばらばらですのね」
「ばらばらでございます。届く日が揃っておりませんと、後になったお家が気になさいますので」
ソフィ様は、しばらく考える顔をなさいました。それから、明るく仰いました。
「でも、それは荷のお話でしょう。花はやっぱり気持ちですもの」
それから、懐から折った紙をお出しになりました。
「名簿はいただきましたの。ほら、こんなに」
三十七軒の名が並んでおります。ヴェルナーの字でございました。写しから起こしたのでございましょう。上から順に、うちの帳面の並びのとおりに書いてございます。
うちの帳面の並びは、家格の順でございます。距離の順ではございません。
「上から順にお出しになりますか」
「ええ。だって、上から書いてありますもの」
上から順に荷を立てますと、北のエッダ辺境伯家は三十四番目でございます。八日かかるお家が三十四番目でございますから、着くのはひと月近く後になります。
わたくしは、名簿の端をしばらく見ておりました。
「エッダ様は、三十四番目でございますね」
「そうですわ。……何かいけませんの」
「いいえ」
申し上げようとして、やめました。
申し上げれば、この方はきっと並べ替えます。並べ替えて、今年は間に合います。来年、また同じ名簿が出てまいります。
名簿を作る方が、なぜその並びなのかをご存じでなければ、毎年同じところで詰まります。
悪気は、まったくございませんでした。
この方は、そう思っていらっしゃるのだと思います。花は気持ちで、気持ちがこもっていれば伝わる。それは間違いではございません。伝わるかどうかと、届くかどうかは別のことでございますが、そこを分けて考える必要のある暮らしを、この方はなさってこなかったのでございましょう。
「帳面なんて、無くても平気ですわ。だって、どのお宅にどの花が似合うかって、お会いすれば分かりますもの」
「さようでございますね」
わたくしは、そう申し上げました。
それから、一つだけお伺いいたしました。二度目でございます。
「覚え書きが、少しございます。お渡しいたしましょうか」
「覚え書き」
「どのお家が何を避けていらっしゃるか、という程度のものでございます」
ソフィ様は、首をお傾げになりました。本当に分からないという顔でございます。
「避けるって、お花を?」
「はい」
「お花を避けるお宅なんて、ありませんわ」
そう仰って、笑われました。
わたくしは、それ以上申し上げませんでした。二度目でございますし、二度お断りになったものを三度お出しするのは、押し売りでございます。
「お一つだけ、お伝えしてもよろしいでしょうか」
「なんですの」
「花の丈でございます。玄関の低いお家が一軒ございまして、丈の高いものはお困りになります」
「まあ、お花の背丈まで」
「はい」
ソフィ様は、籠の花を一本お取りになって、目の高さまで上げてご覧になりました。
「これは高いほうかしら」
「そのくらいでしたら」
「よかった」
そう仰って、花を戻されました。丈のことは、それきりでございます。
「よい花季になりますよう」
「ありがとう。ねえ、あなた、六年もなさっていたのでしょう。よく続きましたわね」
「軒数が決まっておりますので、終わりが見えます。終わりが見えるものは、続きます」
ソフィ様は、それが面白かったようで、もう一度笑われました。
帰り際、籠の中身をもう一度並べ直していらっしゃいました。順に並べているのではなく、色の取り合わせを見ていらっしゃるようでございました。
わたくしは、その並びを見ておりました。
左から二番目に、白い小花の枝がございます。
この時期に手に入るものではございません。温室のものでございましょう。よいものでございます。
どこへお出しになるかは、伺いませんでした。
ソフィ様の登場でございます。花を八種、両手に抱えて、玄関を上がるより先に名乗る方。
悪い方ではございません。悪い方ではない、というのが、この物語でいちばん厄介なところでして。
「でも、それは荷のお話でしょう。花はやっぱり気持ちですもの」——正論でございます。正論なのですが、北のエッダ辺境伯家までは荷馬車で八日かかります。気持ちは、その八日を縮めてはくれません。
そして手渡された名簿は、家格の順。八日かかるお家が、三十四番目に書いてございます。
次回、第7話「気持ちの花束」。花季の荷が、着きはじめます。




