第5話 礼状の束
エッダ辺境伯家から、礼状が届きました。
わたくし宛でございました。
三十七軒のうち、エッダ辺境伯家だけが毎年必ず返してこられます。
新年、花季、夏の見舞い、収穫祭。年に四度で六年。二十四通が一度も落ちておりません。しかも代筆ではなく、ご当主代理のレオンハルト様がご自分の手でお書きになります。
辺境伯家は北の境を預かるお家でございます。冬は道が閉じますし、夏は夏で忙しくなさっている。代筆でなんの差し支えもございません。他の三十六軒のうち三十軒ほどは代筆でございますし、そのうち五軒ほどは同じ文面が毎年まわってまいります。
それが六年、一通も落ちない。
わたくしは初めのころ、几帳面な方なのだと思っておりました。三年目に、少し違うのではないかと思うようになりました。理由は申し上げにくうございます。文面が、毎回こちらの出したものに合わせて変わるのでございます。
常磐木を贈った年は、常磐木の話が書いてございました。
葡萄酒を贈った年は、栓の話が書いてございました。
品目を見て書いていらっしゃるのなら、当たり前でございます。ただ、こちらが品を変えた年に、変えたこと自体には触れずに、変えた先の話だけを書いてこられる。触れないというのは、気づいていて書かないということでございます。
今年の礼状は、こうでございました。
――新年のご挨拶、たしかに頂戴いたしました。今年は封の紙が違いましたので、書き手が替わられたのかと存じます。
封の紙まで見る方がいらっしゃるとは思っておりませんでした。侯爵家の封は二種類ございまして、わたくしは軽いほうを使っておりました。厚いほうは正式な書状に使うもので、ご挨拶に使うと重くなりすぎます。ヴェルナーは厚いほうを選んだのでございましょう。間違いではございません。むしろ丁寧でございます。
三行目に、こうございました。
――前の書き手の方に、御礼を申し上げたく存じます。宛先が分かりませんでしたので、こちらへお送りいたします。
わたくしは、封をもう一度見ました。
表には、アーレンス伯爵家リーゼ様、と書いてございます。
この方は、わたくしの名をご存じなかったはずでございます。付け届けに差出人の名は入りません。入るのはクラーゲン侯爵家の名でございます。六年のあいだ、一度もわたくしの名は出しておりません。
どうやってお調べになったのかは、書いてございませんでした。
思い当たることが、一つだけございます。
三年前の夏の見舞いに、書き損じをそのまま出してしまったことがございました。宛名の下に、控えの番号を書く癖がついておりまして、その日は消し忘れました。三十四、と小さく入っております。
番号は、うちの帳面の並びでございます。あの並びを知っているのは、書いた者だけでございます。
母が、部屋の入口に立っておりました。
「どこから」
「エッダ辺境伯家でございます」
「まあ。北の」
母は、卓の端に束ねてある紙をご覧になりました。わたくしが六年ぶん取っておいた、あの家の礼状でございます。
「あなた、それをずっと取っておいたの」
「はい」
「なぜ」
なぜと問われますと、これも困ります。
三十七軒のうち、返ってくるのが当たり前ではないと知っておりましたので、と申し上げるのが一番近いように思います。けれども、そう申し上げますと、取っておいた理由がずいぶん寂しいものになります。
「字が、きれいでございましたので」
母は少し笑って、卓の端に腰を掛けられます。束の一番上の一通を手に取って、灯りのほうへ傾けていらっしゃいました。
「北の辺境伯家といえば、去年の冬に街道を開けたのはあちらでしょう」
「はい。雪の年でございました」
「その冬にも、これは届いたの」
わたくしは頷きました。ひと月遅れてでございますが、あの冬も届いております。遅れた詫びが一行だけ添えてあって、あとはいつもと同じ長さでございました。
「あなた、これからどうするの」
わたくしは答えを持っておりませんでした。
十四で婚約して、十四で三十七軒を預かって、二十でお返しいたしました。その六年のあいだ、わたくしは自分の一年を四つに分けて考える癖がついております。新年、花季、夏、収穫祭。今年の花季は、もうわたくしのものではございません。
うちのお付き合いは十四軒でございます。十四軒でしたら三日で終わります。残りの日をどう使うのかを、わたくしは知りません。
花季までは、あとひと月ほどございます。ひと月あれば、三十七軒の花はもう決まっている頃でございます。遠いお家から順に、荷を立てる日を割り振ってまいります。今年は誰がそれをなさるのか、わたくしは伺っておりません。
「まだ、決めておりません」
「そう」
母は、それ以上お聞きになりませんでした。束を元の場所へ戻して、出ていかれました。
夜、もう一度あの礼状を読み返しました。
エッダ様の字は去年より少し急いでいるように見えました。行の終わりの払いがいつもより短うございます。
北はまだ雪でございましょう。
わたくしはそれを、雪のせいだと思いました。
第一章の締めでございます。ここまでお付き合いくださいまして、ありがとうございました。
さて、その一軒。六年で二十四通、一度も落ちておりません。しかも代筆ではなく、ご自分の手で。今年の礼状には、こうございました。「今年は封の紙が違いましたので、書き手が替わられたのかと存じます」——封の紙の厚みで、人が替わったことに気づく方がいらっしゃる。
宛名は「アーレンス伯爵家リーゼ様」。付け届けに差出人の名は入りません。ではこの方は、どこで彼女の名をお知りになったのでしょう。
次回、第6話「花季の差配」。新しい差配役がまいります。花の籠を両手に抱えて、悪気なく。
——ブックマークと☆をいただけましたら、三十八軒目の宛名として帳面に書き入れておきます。落としませんので、どうぞご安心くださいまし。




