第4話 三十一通
うちの新年のご挨拶は、十四軒でございます。
三日で書き終えて、四日目にお出ししました。アーレンス伯爵家は取り立てて広いお付き合いのある家ではございませんので、宛名を書くのに帳面はいりません。十四軒でしたら、覚えております。
六日目から、返礼が届き始めました。
十四軒のうち、十四軒。全部でございます。うちは毎年そうでございます。もっとも、十四でございますから、そうならないほうが難しゅうございます。
母が、束を数えながら申しました。
「あちらは、どうなの」
「存じません」
「そう」
母は、それ以上お聞きになりませんでした。うちの母はそういう方でございます。聞いてよいことと、聞いても仕方のないことを分けていらっしゃいます。
ユリウス様が二度目にいらしたのは、その翌日でございました。
今度は外套をお脱ぎになりました。
「三十一だ」
椅子におかけになる前に、そう仰いました。
「三十七軒に出して、返礼が三十一通。六軒から来ていない」
「さようでございますか」
「例年はいくつだ」
「三十七でございます」
ユリウス様は、椅子の背に手を掛けたまま止まられました。
「全部か」
「はい。六年、全部でございます」
これは自慢ではございません。付け届けというのは、返礼が返ってくるところまでが一往復でございます。返ってこないということは、往復が閉じていないということでございます。だから六年、閉じるように出しておりました。
閉じないときは、こちらの出し方に理由がございます。返礼を書くのは向こうの家の誰かでございますから、書きにくいものが届けば筆が止まります。書きにくいものというのは、たいてい、こちらが何かを知らずに出したものでございます。
「六軒とはどこだ」
「存じません」
「ヴェルナーは、たまたま遅れているだけだと言っている」
「そういうこともございます」
「お前もそう思うか」
わたくしは、少し考えました。
「六軒が、たまたま同じ年に、同じだけ遅れるということは、六年のあいだにございませんでした」
ユリウス様は椅子におかけになりました。それから、卓の上をご覧になりました。今日はもう紙が並んでおりません。うちの十四軒は済みましたので。
「母上が言うには、格の問題だそうだ」
「奥様が」
「うちは侯爵家だ。向こうから合わせてくるものだと。……そういうものか」
そういうものかと問われますと、答えにくうございます。
格というのは、確かにございます。ございますが、格でどうにかなるのは順序と品の重さでございまして、忌みごとには効きません。喪中の家に白い花を贈って、格が高いから許されるということはございません。格が高いぶん、目につきます。
けれども、それを申し上げますと、白い花の話をすることになります。
「奥様が仰るなら、そうなのだと存じます」
「お前は、そう思っていないだろう」
この方は、時々こういうことを仰います。思ったことをそのまま仰るので、当たることがございます。
「わたくしが思うかどうかは、もう関わりのないことでございます」
「関わりはある。六年やっていたのはお前だ」
「六年やっておりましたが、いまはやっておりません」
ユリウス様は、卓を指で二度叩かれました。この方の癖でございます。困ったときにこうなさいます。
「戻ってこいとは言わない」
「はい」
「だが、帳面の続きを書いてくれないか。書くだけでいい。うちには来なくていい。紙を送る」
わたくしは、膝の上で手を重ねました。
六年前、この方は「君は字がきれいだな」と仰いました。今日仰ったのは、それと同じ言葉でございます。言い方が変わっただけで、中身は同じでございます。
「お断りいたします」
声を上げたつもりはございません。上げる必要もございませんでした。
「なぜだ」
「わたくしが書きますと、書いた者が誰かということが、そちらに残りません。残らないものは、来年また困ります」
「……意味がわからない」
「はい」
ユリウス様は、しばらく卓を見ておられました。
それから、思い出したように仰いました。
「花季の差配は、母上がベルンハルト男爵家の娘に頼むそうだ。ソフィという」
「さようでございますか」
「知っているか」
「お名前だけ」
ベルンハルト男爵家は、三十七軒には入っておりません。うちの十四軒にも入っておりません。花季の茶会でお見かけしたことが二度ございます。よく笑う方でございました。人が集まっているところの真ん中に、いつもいらっしゃいます。
「母上は、あの娘は人に好かれるからと仰っていた」
「よい方だと存じます」
「そうか。ならいい」
ユリウス様は、それで安心なさったようでございました。
春の花季は、年に四度のうちで最も手のかかる時期でございます。三十七軒に花を選んで、期日を揃えて出します。
花には、日持ちがございます。遠いお家から順に出さなければ、着いた頃には終わっております。距離の順と、格の順と、忌みの三つを同時に立てるのが花季でございます。
新年よりも、難しゅうございます。
三十七通が、三十一通になりました。
ユリウス様は「たまたまだ」と仰います。ヴェルナーも「遅れているだけ」と申します。——六軒が、たまたま、同じ年に、同じだけ遅れる。六年のあいだ一度も無かったことが、今年だけ起きたことになります。
この作品の武器は、声でも涙でもなく数でございます。数は言い返してまいりませんが、そのぶん、黙って動きません。どうぞ皆さまも、ご一緒に数えてやってくださいまし。
そして「帳面の続きだけ書いてくれ」というお願いを、リーゼは断ります。断り方が、たいへん静かでございます。
次回、第5話「礼状の束」。三十七軒のうち一軒だけ、六年、一度も落とさずに返してくるお家がございます。




