第3話 白い花
オルブリヒ子爵家のアデーレ様から、お手紙をいただきました。
わたくし宛でございます。クラーゲン侯爵家ではなく、アーレンス伯爵家のリーゼ、と表に書いてございました。
アデーレ様は八十を幾つか越えていらっしゃいます。字は大きく、行がだんだん右へ下がってまいります。
――今年は、白い花が参りました。
それだけが一行目に書いてございました。
二行目からは、庭の話と、猫が増えた話でございます。三行目の途中で猫の名前が二つ出てきて、四行目で一つに減っておりました。
最後にもう一度、こう書いてございました。
――あなたは、もうあちらにいらっしゃらないのですね。
アデーレ様は、そういう書き方をなさる方でございます。困ったとも、迷惑だとも書かれません。起きたことだけを書いて、あとは猫の話をなさいます。
わたくしはその手紙を二度読んで、自室の文机から手控えを出しました。
余白のほうだけを書き写した帳面でございます。二十九軒目の頁を開きました。
――喪は三年。明ける年まで白花を用いず。
オルブリヒ子爵家の新年のお品は、五年のあいだ白花一籠でございました。あの家の庭は白い花ばかりで、先々代様がお集めになったものだと伺っております。ですから新年には白花を一籠、というのが決まりでございました。
去年、先代様がお亡くなりになりました。
喪の三年は、白いものを贈らない。白は弔いの色でもございますので、贈られる側は受け取り方に困ります。ですから去年の新年は常磐木の枝に変えました。今年も、来年も、常磐木でございます。
写しには、そのとおりに書いてございます。
五年ぶん、白花一籠。
去年ぶん、常磐木一対。
数字も品目も、間違ってはおりません。
わたくしは、その並びをしばらく眺めておりました。
六年のうち五年が白花で、一年だけ常磐木でございます。理由を知らない者がその並びを見たら、どちらを本筋と取るでございましょうか。
わたくしが書いておりましたのは、添える言葉のほうでございます。品を選んで荷を立てるのは、家令のお仕事でございました。六年、そう分けてまいりました。
ですから二十九軒目の紙には、わたくしの字が入っております。籠の中身だけが、写しから起きたものでございます。喪中のお宅に、喪を承知の手紙と、白い花が、同じ日に届いたことになります。
わたくしがヴェルナーの立場でしたら、五年のほうを取ります。去年だけが手違いに見えます。丁寧な方ほど、手違いを直そうとなさいます。
筆を執って、書きかけて、やめました。
わたくしが「白花はいけません」とお伝えすれば、白花は止まります。止まりますが、来年になればまた同じことが起こります。喪は三年でございますので。
三日後、ユリウス様がいらっしゃいました。
アーレンス伯爵家の門を、この方が自分でくぐられたのは初めてでございます。いつもは使いの方が参ります。
「聞きたいことがある」
応接の間で、外套を脱がずに立っておられました。長居はなさらないおつもりでございます。
「新年の返礼というのは、いつ頃まで来るものだ」
「十日以内には、おおよそ」
「今日で十二日だ」
「では、届く分は届いております」
ユリウス様は、少し口を開けて、それから閉じられました。
「ヴェルナーが数えている。まだ全部ではないと言っている」
「さようでございますか」
「……お前は、いくつ来ると思う」
わたくしは、答えを持っておりました。持っておりましたが、申し上げるべきではないと思いました。数を先に申し上げますと、当たっても外れても、こちらが何かを言ったことになります。
六年のあいだ、わたくしは十日目の夕方に数えておりました。三十七通そろった日は、帳面の最後の頁に丸を一つ書きます。丸は六年ぶんで二十四ございます。年に四度でございますから、これも落ちておりません。
「わたくしはもう、あちらの帳面を見ておりませんので」
「答えになっていない」
「はい」
ユリウス様は、卓の上をご覧になりました。今日は紙が並んでおります。アーレンス伯爵家の新年のご挨拶でございます。うちのお付き合いは十四軒でございますので、三日もあれば済みます。
「うちの分は、書いているのか」
「はい」
「……そうか」
そう仰って、しばらく黙っておられました。
わたくしは待ちました。この方は、思いついたことをそのまま仰る方でございます。仰らないということは、まだ思いついていらっしゃらないということでございます。
「オルブリヒ子爵家というのは、どういう家だ」
やっと出てきたのが、それでございました。
「白い花の庭がございます」
「ああ、それは聞いた。ヴェルナーもそう言っていた。だから白花を出したと」
「はい」
「では、間違っていないだろう」
わたくしは、膝の上で手を重ねました。
「品目は、間違っておりません」
ユリウス様は、その先を待っておられました。わたくしは、その先を申し上げませんでした。
申し上げれば、この方はきっと直しに行かれます。直しに行かれれば、アデーレ様は「あの子が言ったのだろう」とお思いになります。あの家の喪を六年おぼえていたのは、わたくしの仕事でございました。仕事は、もうわたくしのものではございません。
「わからないな」
ユリウス様は、そう仰いました。
「わからないが、返礼が来ないのは事実だ」
外套の裾を払って、門のほうへ歩いていかれました。
卓の上には、アデーレ様のお手紙が伏せたままでございます。
わたくしは、それを抽斗にしまいました。
庭の話と、猫が一匹減った話でございます。ユリウス様がお読みになっても、白い花のことは分かりません。一行目にしか書いてございませんので。
写しは、正しゅうございました。五年ぶん白花、去年だけ常磐木。品目も日付も、一字も間違っておりません。
その、間違っていないものが、喪中のお宅の玄関先に置かれます。
余白に書いてあったのは、たった一行でございました。「喪は三年」。その一行が向こうの帳面に無いというだけで、六年守られてきたものが崩れます。
そしてリーゼは、それを教えに行きません。教えれば今年は直りますが、来年また同じことが起きるからでございます。
次回、第4話「三十一通」。返礼を、数えはじめます。




