第2話 写しをお作りしました
三日かけて、写しを作りました。
宛名。品目。日付。それから、その家に何をお出しして、いつ届いたか。六年ぶんを一覧にいたしますと、紙で四十二枚になりました。
わたくしの帳面は、そういう作りではございません。一軒につき一頁を割いて、上の段に品目と日付を、下の余白に覚え書きを入れております。覚え書きのほうが場所を取ることも珍しくございません。
たとえば十二軒目のヴァイエル男爵家。
上の段には「収穫祭 葡萄酒一箱」とだけございます。下の余白には、こう書いてございます。
――先代様、甘いものを断っておいでのこと。菓子は避ける。葡萄酒も甘口は不可。
三年前の収穫祭に伺ったとき、先代様が茶菓子に手をおつけになりませんでした。お加減が悪いのかと伺いましたら、お医者に止められているのだと仰いました。それだけのことでございます。それだけのことを書いておかないと忘れます。
二十九軒目のオルブリヒ子爵家の頁には、こうございます。
――白花一籠。ただし喪は三年。明ける年まで白花を用いず。
あの家の庭は白い花ばかりでございます。ですから新年には白花を一籠、というのが五年のあいだの決まりでございました。去年、先代様がお亡くなりになりましたので、常磐木の枝に変えております。
七軒目のリンドナー伯爵家には、順序のことを書いてございます。
――夏の見舞いは、必ずシャルンホルスト家より先に。逆にすると気づかれる。
この二軒は隣り合っております。どちらが先に届くかで、こちらがどちらを上と見ているかが伝わります。伝わってしまう以上、順序は品より重うございます。
こういう覚え書きが、六年ぶん溜まっております。
わたくしは四十二枚を束ねて、紐で綴じました。
余白のほうは、写しておりません。
これは意地悪ではございません。写しに何を載せるかを決めるとき、わたくしは一度お伺いを立てるつもりでおりました。
三日目の午後、応接の間でお渡しいたしました。
ユリウス様のお隣に、ヴェルナーが控えておりました。この家の家令でございます。五十を幾つか越えていらして、背が高く、いつも同じ角度で頭を下げる方でございます。
「四十二枚ございます。宛名と品目と日付が、六年ぶん」
「ずいぶんあるな」
「軒数が三十七ございますので」
ヴェルナーが紙を受け取って、一枚ずつ検めました。指の運びが速うございます。この方は数字を追うのがお上手で、実際、品目と日付を取り違えたところをわたくしは一度も見たことがございません。
「よく整っております。年ごとに並んでおりますので、前の年をなぞれば手が動きます」
「ありがとうございます」
わたくしは膝の上で手を重ねました。ここでお伺いを立てるつもりでございました。
「ひとつ、よろしいでしょうか」
「なんだ」
「宛名の理由も、お伝えしておきましょうか」
ユリウス様は、紙の束から目を上げられました。
「理由」
「はい。どの家に何をお出しするかは、そこに書いてございます。ただ、なぜその品なのかは書いてございません。避けているものや、控えているものがございますので」
「避けているもの」
「たとえば、甘いものを召し上がらないお宅がございます。それから、お届けする順序を変えられないお宅も」
「順序」
「隣り合っているお家がございまして、どちらを先にするかが決まっております」
「品と日付が分かれば十分だ」
ユリウス様は、そう仰いました。
早口ではございませんでした。遮ったつもりもなかったのだと思います。この方の中では、話はもう済んでいたのでございましょう。
「理由まではいい。同じ物を同じ日に出せば、同じことだろう」
ヴェルナーが、束の縁を揃えました。
「左様でございますな。手順が明らかであれば、あとは手が動かすだけのことでございます。順序も日付で決まりますので」
日付で決まりますのは、届く日でございます。届く順は、出す順で決まります。
そう申し上げようとして、やめました。
「かしこまりました」
それ以上は申し上げませんでした。申し上げても、お預かりくださらないものを押しつけることになります。押しつけたところで、書き取っていただかなければ同じでございますし。
帰りの馬車で、膝の上に何も載っていないのが妙な感じでございました。六年、この道を通るときは必ず帳面か紙束を抱えておりました。
窓の外は、まだ新年の飾りが残っております。どの家の門にも柊が掛かっていて、二十九軒目までは、その柊の下にわたくしの書いた紙が届いております。
残りの八軒は、ヴェルナーが出すことになります。
手順は明らかでございます。宛名も品目も日付も、四十二枚に載っております。
わたくしは手控えを一冊、自室の文机に置いております。余白のほうだけを書き写した帳面でございます。六年ぶんで、そう厚くはございません。
あれは、もうどこにも要らないものでございます。
馬車が門を出ました。石畳の継ぎ目で一度、大きく揺れます。この揺れる場所を、わたくしは六年おぼえておりました。おぼえていても、もう使い道はございません。
引き継ぎ書は、完璧でございます。宛名・品目・日付、六年ぶんで四十二枚。
ここが本作でいちばん大事なところで、リーゼは渡すものを全部渡しております。しかも「理由もお伝えしましょうか」と、こちらから申し出たうえで断られている。ですから以後どれだけ躓きが起ころうと、この方は一度も責められません。
「品と日付が分かれば十分だ」。——お気持ちは、分からなくもございません。世の引き継ぎ書とは、たいていそういうものでございますから。
次回、第3話「白い花」。喪中のお宅へ、写しのとおり、正確に、白い花が届きます。




