第一章8 「かー!なーんね!男の癖に女に養ってもらいようとね!情けなか!」
「はい、では……お名前を教えてください」
「田川 九州男や」
「はい……身長はいくつでしょうか」
「百七十四センチやけど……この世界っちセンチば通じると?」
「通じます。キログラムもキロメートルも共通単位ですので。では続いて、体重と利き腕を教えてください」
レイラとの決闘(?)が終わり、本来の目的である冒険者登録を行うため、九州男と双子は冒険者ギルドの受付カウンターに戻っていた。
レイラは取り巻きの女たちに介抱されていたが、怪我をしているわけでもないので、そのまま自力で帰ったようだ。
さらさらの灰色の髪の毛に長いまつ毛の儚げな美形受付男子が、抑揚のない声で質問をしながら、書類に記入している。
「……よし、と。基本情報の登録が完了しましたので、最後にスキルとジョブの測定を行いますね」
「スキル……チートスキルってやつやろ? 俺は持っとらんばい」
「そう……ですか。念のためこちらに手を置いてください」
特にがっかりした様子も見せず、受付男子は淡々としている。
「ん……これでよかと?」
受付男子が細い指で指した銀色の板状の魔石に、九州男が無造作に大きな手のひらを重ねる。
ふっと板がかすかな白い光を放った。
「はい……確かにスキルはありませんね。あ……ですが、ジョブが検出されました」
「え、クスオ様、もうジョブに就いているんですか? ふつうは試験を受けたりして認定されるものなのに……」
見守っていたミルミルが驚きの声をあげる。
「そうなん? 知らんけど」
「ジョブは……『九州男児』となってますね……なんだこれ、僕は見たことがありません……」
通常であれば【剣士】や【重戦士】、【魔法使い】といった一般的な職業名が刻まれるはずの魔石に、見慣れぬ文字が浮かび上がっていた。受付男子が首を傾げている。
「私も見たことない……クスオ様、どういう意味かわかりますか?」
「お前らそんなこともわからんとや? そのまんまの意味たい。九州の男っちことや」
詳しく説明するつもりもない九州男に、受付男子が問いかける。
「……キュウシュウ、とは?」
「九州は九州たい。日本の九州地方のこったいね」
※こったいね……ことだね の意味
「うーん……地域名がジョブになっているみたいですね。珍しい……何か特殊な能力があるのでしょうか……」
受付男子が腕を組み、何やら思案しているが、美形なので、それずらも様になっている。
「どうでもよかばってんが、もうよか? 登録は終わったと? 終わったなら仕事紹介してくれんね。食っていくためには仕事せないかんかろうもん」
せっかちな九州男が貧乏ゆすりをしながら美形受付男子を急かす。
「申し訳ございませんが……初めて冒険者になった方には一通り説明をしなくてはなりませんので……」
「じゃあさっさ説明せろや」
「はい……まず冒険者とは、依頼を受けてそれを達成することで報酬を得る職業です。依頼と冒険者にはそれぞれランクがあり、下はFランク、上はSランクまで存在します」
受付男子が、ピラミッドのような図を見せながら説明する。
ピラミッドの頂点にはSランク、底辺にはFランクと書いてある。
Bランク以上はかなり少なく、特にSランクはごく僅かなようだ。
「さっきの女がAランクとかっち言いよったたいね」
「レイラ様ですね。その通りです……当然ですが、上のランクになればなるほど、依頼で言えば難しい依頼になりますし、冒険者で言えば難しい依頼をこなせると見なされます。基本的には、Aランクの依頼をこなせる冒険者がAランク、Bランクの依頼をこなせる冒険者がBランク、と思っていただければ良いかと」
「ふうん。俺のランクは何になると?」
「タガワ様は、まだ冒険者になったばかりなので、Fランクからスタートです。依頼をこなせば、ランクも上がっていきますよ」
受付男子の言葉に、九州男はあからさまに不機嫌になる。ただでさえ激しい貧乏ゆすりの勢いが増し、カウンターがカタカタと揺れ始めた。
「なんやそれ。あのAランクの女より俺の方が強いっちゃけん、俺はAランク以上やろうもん!」
「……残念ながらそうはいかないのです。以前、高いランクからスタートした冒険者が大怪我をしたり、最悪亡くなってしまうケースが多くありましたので、実力に関わらず、Fランクからスタートしていただいています」
「かったるいのう。Fランクっちいうのはどんな依頼があると?」
「Fランクは、主に薬草の採取や街周辺の見回りですね……Eランクからは討伐や護衛など、戦闘を必要とするものが多くなります」
その返答も、九州男にとって満足のいくものではなかったようだ。
不満そうな顔を隠そうともしない。
「採取や見張り~? やってられんばいそんなん。儲かるん? 採取とか」
「もちろん採取量にもよりますが……一日依頼をこなして、銅貨80枚から100枚といったところでしょうか」
「銅貨ぁ? 銅貨で言われてもわからん! 円や。円にするといくらなんや!」
異世界で無茶を言う九州男。
だが、センチメートルやキログラムは通じても、さすがに円は通じなかったようだ。
「ええと……円はわかりませんが……銅貨80枚だと、安い宿に泊まって、朝昼晩ふつうに食事をしたらほとんど残らないくらいの金額ですね」
「ちなみに、銅貨100枚で銀貨1枚の価値ですよ! クスオ様!」
横からミルミルが補足するが、九州男は渋い顔である。
「しょぼいのう。討伐? やともっと稼げるんやろ?」
「うーん……そうですね……もちろん討伐のほうが稼げますが……あ、ミルミル様がBランクの冒険者ですので、パーティを組めばEランクまでの依頼であれば受けられますよ。Eランクなら討伐の依頼もありますし、報酬もFランクの倍近くになります」
「いいやん! よっしゃ。ミルミルとパーティ組んで討伐行くわ。適当に良さげな依頼見繕ってくれや」
九州男の表情がぱっと明るくなった。
「わかりました……ミルミルさんはそれでよろしいですか?」
受付男子が、視線をミルミルに向け問いかける。
「はい! 私は最初からそのつもりでしたので!」
明るく答えるミルミルに、九州男も視線を移した。
「そういえばミルミルはBランクっち言いよったね? Bランクになったら結構稼げるんやないと?」
「まあ……毎日依頼を受けるわけではありませんが、弟と二人で暮らしていくには十分なくらいは稼いでますよ! この歳でBランクって、実はかなーり凄いことなんですから!」
えっへんと腰に手を当て、得意げな表情で胸を張るミルミル。
「ふん。まあ俺のほうが強いけん、すぐ稼ぎでも抜かしちゃるわ!……ん?二人で暮らしていくには十分? クルクルは冒険者やないと?」
急に話題を振られたクルクルが、気まずそうに目をそらした。
「……僕は冒険者じゃないんです。クスオ様……姉さん……ミルミルが働いて、僕は料理や掃除を担当しています」
クルクルの返答を聞いた九州男が、呆れたような表情で大きく息を吐いた。
「かー! なーんね! 男の癖に女に養ってもらいようとね!情けなか!」
いつものように容赦なく言い放つ九州男の言葉に、今度は美形受付男子が複雑な表情になる。
ミルミルとクルクルは予想をしていたのか、なんとも言えない顔をしている。
「……もしかして、タガワ様に説明してないんですか?」
何を、とは言わなかったが、双子には十分伝わったようだ。
受付男子の問いかけに、双子はバツが悪そうに頷く。九州男は不思議そうな顔をしている。
「説明っちなんのことや?」
受付男子は双子と九州男を交互に見やると、仕方ないとばかりに気だるげにため息をついた。
「では、僕からご説明しますね。タガワ様は、ニホンという世界から来られた転移者でお間違いありませんね?」
「そうやけど、それがなんなん? そろそろ腹も減ったし飯食って帰りたいっちゃけど」
※なんなん?……なんでしょうか?の意
空気を読まない九州男。
「お聞きになっているかもしれませんが、この世界には、数年に一度、タガワ クスオ様のように異世界から転移してくる人がいます。理由はわかりませんが、みな、ニホンという世界から来るようです。先ほど仰っていたキュウシュウ、もニホンの一部ですね?」
「そうやね。日本の中の九州地方たい」
「ニホンという世界と、この世界……カルディ大陸では、いくつかの大きな違いがあります」
受付男子はそう言うと、本棚から一冊の本を取り出した。
かわいらしい絵が描かれており、どうやら絵本のようだ。
「昔転移してきた人が、その違いを本にまとめてくれました」
表紙には、「よくわかる いせかいてんい」と書いてある。
「まあ異世界っち言うだけのことはあって、違うところだらけやけどね! さっきの銅貨とかも日本とは違うし。ってかまだ話続くと?」
もう飽きてきたのか、面倒そうな表情を隠さない。
ある意味、素直でわかりやすいと言えるのかもしれない。
「そうですね。通貨、文化、魔法の有無、文明の発展度合い、モンスターの存在など、多くの違いがあります。女神の加護のおかげか、言葉や文字は通じますし、気候などは比較的似ているようです。それから、この本によると、それ以外の大きな違いとして、ニホンという世界とカルディ大陸の大きな違いに、男女の役割の違いと男女比、とあります」
「もうあんまり興味ないばい」
あからさまに聞き流そうとする九州男をなだめるように、受付男子が続ける。
「まあそう言わずに……ニホンという世界では、男性が主に労働や戦闘を行い、女性が家事や育児を担当すると書いてあります。こちらも間違いないですか?」
「当たり前やろうもん。働くのは男の仕事、家を守るのが女の仕事たい。」
「カルディ大陸では、反対です。女性が主に労働や戦闘を行い、男性が家事や育児を担当します。また、ニホンという世界では男女比は半々とこの本に書いていますが、カルディ大陸では圧倒的に女性が多いです。男女で暮らす場合は、女性が男性を養うことが多いです」
「……で?」
「……ですから、クルクル様がミルミル様に養われているのは、この世界では至極当然のことであり、決して情けないことではないのですよ」
噛んで含めるように説明する受付男子に、九州男はフンッと鼻で笑った。
「関係なか」
「え?」
「え?」
「え?」
ミルミル、クルクル、受付男子が綺麗にハモった。
周囲で聞き耳を立てていた他の冒険者たちの作業の手が止まり、しんと静まり返る。
「この世界ではどうか知らんばってんが、働くのも戦うのも男の仕事たい。その考えは死んでも変わらんばい」
「そう……ですか」
普段は表情に乏しい受付男子だったが、その頬をふっと緩めた。どうやら、うっすらと微笑んでいるようだ。
「そうたい。話は終わったと?じゃあ飯食って帰ろうや」
言うなり、九州男は大きな背中を向けてさっさとギルドの出口へ歩き出した。
「あ、ちょっと待ってください。依頼の選定がまだ――」
受付男子が引き留めようとするが
「ミルミルに任せるわ! 適当に高そうなやつ選んどいてくれ!」
手をひらひらと振りながら、九州男はギルドを後にしていった。
唖然として取り残された受付男子と双子の間に、沈黙が漂っていた。




