第一章7 「ごたくはいいけん、撃ってこいや」
「おいおい、まさか武器の一つも持ってないのか?」
「はん。生意気な女ばしつけるとに得物なんぞいらんばい」
「その言葉……後悔するなよ」
紅い女――レイラが凄まじい威圧感とともに剣を構える。
刀身が波打つ剣……九州男の元の世界では、フランベルジュと呼ばれる剣であった。
レイラが特別に作らせたもので、柄も、鍔も、燃えるような赤であった。
見る者を圧倒する美しい剣だ。
「レイラ様頑張って~」
「そんな男泣かしてやってくださーい」
「キャー! レイラ様カッコイイー!」
いつの間にかレイラの取り巻きの女たちが見物している。
当然というべきか、九州男の味方は一人もいない。
「はぁ、はぁ……ク、クスオ様、せめて、これを……」
九州男達に遅れて飛び出してきたミルミルが、息を切らしながら九州男に剣を差し出す。
九州男が持つことを想定したのか、幅広の大きな剣であった。
大きさだけはレイラに勝っているが、しかしレイラのフランベルジュとは対照的に、武骨で飾り気のない剣だ。
「さっき換金した後に買っておいたんです。私の使ってる短剣だとクスオ様には小さいと思って……」
「ふん。気が利くやん」
九州男は剣を受け取ると、無造作に構えた。
当然、九州男は剣など扱ったことはないので、「なんとなく」それらしい構えをしているだけである。
「体育の武道の授業も柔道やったけん持ち方はわからんなぁ。まあ、鉄パイプみたいなもんやろ」
物騒な独り言を呟く九州男に、レイラが目を細めた。
「どうした? 得物は必要ないんじゃなかったのか?」
「せからしか。せっかく買ってもらったもんを使わんのも勿体なかやろ」
「ふん……まあいい……では、行くぞ!」
レイラがそう言った瞬間、熱気が迸った。
「ひっ」
レイラから放たれる圧倒的なオーラにミルミルが息をのむ。
熱気のせいか、フランベルジュの切っ先が揺らめいて見える。
「はぁーーーー!」
引き絞られた弓から放たれる矢のように、一直線に九州男に向かっていくレイラ。
駆けるのではなく、翔けるという言葉が相応しいほどの速さ。
ガキィィィン!!
激しい金属音が空気を揺らした。
「これを受け止めるか……思ったよりはやるようだな」
「しゃあしい!」
※しゃあしい……うるさいの意
ぶんっ!と空を切る重厚な風切り音。
受け止めた勢いのまま九州男が振り払った剣を、レイラはひらりと後ろ跳びで躱す。
「はっはっは。そんな遅い剣が当たると思っているのか!」
距離を取ったレイラが、余裕の笑みを浮かべてフランベルジュの切っ先を向けた。
「とはいえ……言うだけあって、確かに力は強いようだ。では、これならどうかな?」
刀身が赤く発光し、切っ先に赤々とした火球が発生する。レイラが魔力を注ぎ込むにつれ、火球はみるみる巨大化していく。
「クスオ様! 気をつけて! レイラさんは魔法剣士です! その火の球が飛んできます!」
「気をつけろっち言われてもなぁ。魔法剣士とか知らんし……」
ミルミルのアドバイスも、あまり意味がなさそうである。
「安心しろ。私のパーティには優秀なヒーラーがいる。死にはしないさ……もっとも、当分は動けなくなるだろうがな!」
「ごたくはいいけん、撃ってこいや」
「ふん、強がっていられるのもいまのうちだ……くらえ! ファイアーボール!」
レイラの裂帛の声とともに、火球が放たれる!
――爆音。
九州男に直撃した火球が爆ぜ、土煙が舞った。
「ふん。やりすぎたか……死にはしないだろうが、無事では済まないだろう。おい!誰かマリンを呼ん」
「あちちち! なーに勝手に終わったつもりでおるとや!」
土煙が晴れて出てきたのは、衣服こそ焦げ付いてはいるものの、ピンピンしている九州男だった。
「な……に……」
呆然とするレイラ。
「あちちちちち。あんた無茶苦茶なことするやん」
「な、なぜだ……!? 直撃したはずだぞ……!?」
完全に想定外の事態に、レイラの顔から余裕が消え去る。
「あいつ、なんなの……!?」見物している女冒険者たちからも、悲鳴に似たどよめきが沸き起こる。
(いや……男だと思って油断しただけだ! そうに違いない……!)
必死に動揺を抑え込み、レイラは再び剣を構えた。先ほど以上の魔力が渦巻き、無数の火球が発生する。
「今度は手加減しない……! くらえ!ファイアーストーム!」
火球が細かく分かれ、九州男に次々と飛んでいく。
まさに炎の嵐のような無数の火球が九州男を襲う。
しかし
「あち! あち! あちちちちち!」
九州男はハエでも追い払うように手を振りながら、火球を弾き落とす。ダメージらしいダメージは全く見当たらない。
「そんな……バカな……っ! 魔法が、効いていない……!?」
「よーし、今度は俺の番やけんね!」
ズシン、ズシンと重い足音を響かせ、九州男が一歩ずつ距離を詰めてくる。
「クスオ様……こんなに強かったなんて……」
呆けたように二人の戦いを見つめるミルミル。
「レイラ様……そんな男に負けちゃうの?」
「ダメよ!レイラ様頑張ってー!」
「頑張ってー!」
信じられないといった面持ちでレイラを応援する取り巻き達。
観戦しているメンバーの思い思いのセリフを横目に、一歩、また一歩とゆっくり歩みを進める九州男。
「くそ……くそ……こんなはずでは!」
レイラは完全に冷静さを失っていた。
最初の余裕はもはやなく、自分の攻撃を受け止め、魔法が効かない九州男に対して、芽生えてはならない恐怖が渦巻き始めていた。
自分が九州男に敵わないのではないかと、そう思ってしまっている。
この世界では、それは致命的だった。
レイラが冷静であれば、距離をとって魔法を連発するなり、機動力がない九州男をヒットアンドアウェイで翻弄するなり、戦いようがあったはずだ。
しかし、恐怖に支配され、またプライドも捨てきれないレイラは、そのどちらも選択できなかった。
「まだだ! まだ負けていない!」
そう叫ぶと、再びフランベルジュを強く握りしめる。
今度は刀身が赤くなるだけではなく、炎も纏い始めていた。
「私は魔法剣士だ! 魔法と剣を併せた戦闘スタイルこそ最も得意としている! お前などに負けはしない!」
いよいよフランベルジュが燃え盛る。
九州男とレイラの距離ももう僅かだ。
「やあああああーーー!!!」
大上段にフランベルジュを構え、レイラが再び九州男に切りかかる。
速さはそれほどでもないが、しかしその気迫は先ほどの比ではない。
「ふん。せからしか」
再びの金属音。
レイラの渾身の力を込めた剣と、九州男が無造作に振るった剣が衝突した。
「馬鹿……な……」
二本の剣の切っ先が、地面に刺さっている。
そう、最後の衝突の結果、お互いの剣が折れ、吹き飛んでいた。
「なんね。ミルミルの剣ばやっぱりしゃばいやつやったんかね。まあよか。剣ばなくても、拳で殴り合えばよかたい。なあ? 俺はそっちのが得意ばい」
※しゃばい……もろい、弱い の意
拳をボキボキと鳴らし、平然と殴り合いを提案する九州男。
しかし、もはやレイラにその気力は残されていなかった。
「いや……私の負けだ……」
「はあ?なんば言いよっと?まだ決着はついとらんめーもん! 拳で殴り合って白黒つけよーや!」
※ついとらんめーもん……ついていないでしょう の意
「……男だからと見下して悪かった」
「ク、クスオ様! レイラさんもこう言ってますから、どうか穏便に……!」
「ちっ……謝りよる女を殴るほど俺は落ちぶれてなか。わかればいいったい」
不承不承といった様子で拳を下ろす九州男。これ以上戦う気はないようだ。
こうして、九州男とレイラの戦いは幕を降ろした。
「あの……クスオ様……?」
静まり返るギャラリーの中、ミルミルがおそるおそる声を出した。
「なんね」
「あの剣……さっき換金したお金で買ったばかりだったんですけど……」
「あ? ああ……まあ、もろい剣やったねぇ」
「高かったのにぃいいい!!」
折れた剣の残骸を抱きしめ、夕空にミルミルの悲鳴が響き渡っていた。




