第一章4 「風呂は男が先! 女は最後たい!」
「ふ~、やっぱ風呂はよかたいね!ちょーっとぬるいばってんが」
気持ちよさそうに声をあげる九州男。
双子の家には大きな桶のような風呂があり、当然のように一番に風呂に入った九州男が堪能していた。
「えぇ?……これでも結構熱くしたんですが……湯気が凄いですよ?」
「九州男児はあっちー風呂に我慢しながら入るもんたい! どんどん沸かしちゃらんね!」
「……はぁーい」
ミルミルが呆れながら熱の魔石に魔力を込める。
真っ赤に発光する魔石が、お湯の温度をグングン上昇させていく。すでに熱湯に近いはずだが、九州男は「おーおー、いいやんいいやん」と平然とした顔で肩まで浸かっていた。
「その調子で頼むばい。ばってん、その魔石? ちゅうやつは便利なもんやねぇ!」
※ばってん……しかし、だけど、の意
「あ、はい……この世界では、モンスターから取れた魔石に、付与術師が属性を付与することで、様々な用途に使える魔石ができるんです」
「ふぅん……他にはどんなもんがあると?」
「えっと、例えば、氷属性を付与した魔石で、食べ物や飲み物を冷やしたりですかね。熱と氷の魔石が一番使われてると思います。あとは、攻撃的な属性を付与して戦闘で使ったりしますが、こちらはかなり高価ですね」
「お、じゃあビールとか冷やしてのむこともできるっちことやね?」
「びーる……お酒のことですかね。はい、麦酒は氷の魔石で冷やして飲むことが多いと聞いています」
「たまらんねぇ! 風呂あがったら晩酌したいけん、酒ば冷やして準備しちょって! つまみも頼むばい!」
「……はぁい」
ちなみに、風呂に入る順番は「九州男→クルクル→ミルミル」となっている。
ミルミルはモンスターの返り血を浴びていたため早く入りたかったのだが、九州男の「風呂は男が先! 女は最後たい!」の一言であっさり後回しにされたのだった。
(九州男さんの常識は、この世界の常識とはかなり違うみたい……トラブルにならなければいいけど……)
熱の魔石に魔力を込めながら思案するミルミルだった。
++++++++++
「ぷはぁー!! なかなかこのエールち酒も悪くなかやん! おかわりちょうだい」
「は、はいぃ」
慌ててクルクルが注ごうとするが、九州男が「ばかたれ!」と一喝した。
「男がお酌してどうするんか! ガキでも女のほうがよか! ミルミル! 注げ!」
「……」
無言で酒を注ぐミルミル。
もはや慣れてきたものである。
「酒はまあまあっちゃけど、つまみはちょっとイマイチやね」
豆を煎って塩を振っただけの皿をつつきながら、九州男が不満げである。
金髪の双子は未成年なこともあり、つまみらしいつまみはこの家に置いていない。
麦酒も、クルクルがさきほど慌てて買ってきたものである。
「晩飯も肉とか入っとらんやったけど、なんとかならんね!」
タダで家と食事と風呂を提供してもらっている身でこの態度。これが「さす九」という生き物なのだろうか。
「あの、その件も含めてちょっと相談があるのですが……」
ミルミルが九州男の様子をうかがうように、恐る恐る声をかける。
「なんね」
「はい、明日は街に出てみようと思ってるんです。ここから馬車で一時間ほどの場所に、リオという大きな街があります。お肉やおつまみ?となるものも買いたいですし、さきほど倒した角狼たちの素材も換金しておきたいので、そこに行こうかと思ってるんです」
「換金……? さっきあの犬畜生たちの死体を片付けるときにクルクルが一生懸命角とか石とか集めよったばってんが、それが売れるっちことね?」
「ええ、さきほども少し触れましたが、モンスターの体内には魔石と呼ばれる石があって、これを買い取ってくれる場所があるんです。モンスターによっては魔石以外の素材も売れるのですが、角狼の角も割といい値段で買い取ってくれるんです」
「そういうこったいね。その素材を売った金で肉とか買うっちことね」
※そういうこったいね……そういうことなんですね の意
「ええ、まぁ。そんな感じです。それで、相談なんですが……九州男さんも一緒にリオの街に行きませんか? この世界に慣れるためにも、大きな街は見ておいたほうが良いでしょうし、冒険者登録もしておきたいかなと。あ、冒険者というのは……」
「よかよか。俺も行くばい」
「え?……いいんですか? てっきり、そんなものは女の仕事だー、とか言われるかと……」
「なーん言いようとね! 男は働かないかんかろうもん! 無職で子供に養われるとか恥ずかしくてできんたい! 俺も働くとこがないか探そうと思っとったっちゃん」
※働かないかんかろうもん……働かなくてはいけないでしょう?の意
横暴だが、「男が家族や自分を養うために働くのは当然」というプライドはあるらしい。
ミルミルはホッと安堵の息を漏らした。
「よ、良かったです! 異世界から転移して来た方のおよそ半数は、冒険者となって生計を立てています。九州男さんも、あれだけの実力があるのなら、きっと冒険者が向いていると思います!」
「任せとき! 冒険者っち言ってもモンスター退治とかするとやろ? 女でもモンスター退治できるんやったら、男なら楽勝たい!」
「……はい!」
++++++++++
その夜。静まり返った室内で、双子のひそひそ話が交わされていた。
「姉さん、起きてる?」
「なあに、クルクル」
「明日は街に出るのはいいんだけど、あのこと、クスオ様に言わなくていいのかな」
「あのこと、ね」
「うん、何も知らずに街に出ると……トラブルになる予感しかしないよ……」
「それはそうなんだけど……言いづらくて……」
「うん……言いづらいよね」
「ぐおおおおおおおお!ぐおおおおおおお!」
双子が何やら深刻そうな話をしているというのに、大音量で九州男のイビキが響き渡る。
「……でも言わないわけにはいかないよね」
「そうね……どこかで折を見て言うつもりでは―」
「ぐおおおおおおお!フゴッ!ギリギリギリギリギリ」
イビキだけでなく、歯ぎしりまで始まったようだ。
「と、とにかく今日はもう寝ましょ……!」
「そ、そうだね……おやすみ、姉さん……」
「ぐおおおおお……ブッ!!」
「「…………」」
放屁までかます九州男。
「…………」
「…………」
豪快な放屁の音が響き渡り、九州男の異世界転生初日の夜は更けていった。
なお、大音量の三重奏(イビキ・歯ぎしり・放屁)の被害を受けた双子は、ほとんど眠ることができなかったという。




