第一章10 「乳でっか」
「げ……お前は……異世界から来た男……クスオとか言ったか」
翌日、九州男と双子が街に出て鍛冶屋に向かっていると、レイラとばったり出くわした。
ギルドで揉めて以来の再会だが、革鎧に身を包んでいた先日とは一変し、身体のラインがはっきりと出る赤いタイトなワンピースに黒の上着という私服姿である
スタイルの良いレイラは、鮮やかな真っ赤な髪色も相まって、往来でもかなりの存在感を放っていた。
「ん?……誰やったっけ。この別嬪さんは」
九州男が小声でミルミルに耳打ちする。あれだけの決闘騒ぎを起こしたにもかかわらず、レイラのことをまるで覚えていないようだ。
「クスオ様! ほら、この間冒険者ギルドで揉めたレイラさんですよ! 紅の戦乙女と呼ばれるAランク冒険者です!……レイラさん、こんにちは!」
「金色の双刃、ミルミル。元気そうだな。クスオ、まさかお前……私のことを覚えてないのか!?」
ミルミルを通り名で呼んだレイラが怪訝そうに眉をひそめるが、対する九州男はあっけらかんとしている。
「おーおー! 覚えとるくさ! ダサいあだ名が付いとる女戦士のレイラやろ? この間とは全然雰囲気が違うけん、ぱっとわからんかっただけったい」
※覚えとるくさ……当然覚えている の意
「くっ! ダサくない!」
「いやダサいやろ~。あ、それはいいばってんが、いい鍛冶屋知らん? 俺専用の武器を作りたいっちゃけど」
「良くない! それに、お前に鍛冶屋を紹介してやる義理もない。確かにお前は男にしては相当強いみたいだが、それとこれとは話は別だ」
「ふーん、いい鍛冶屋知らんっちことね。ならしょうがなか。ミルミル、クルクル、行こうや」
食い下がることもなく、あっさりと背を向ける九州男。
「……待て!…… 知らないとは言っていない!」
「そうなん?」
「当然だ。私を誰だと思っている。良い戦士は良い鍛冶屋を知っているものだ。付いてこい」
「なーんね。最初から案内してくれたらよかとに」
※よかとに……良かったのに の意
「レイラさんって意外と……」
「チョロい……?」
双子が顔を見合わせ、首をひねりながら呟いた。
早足で歩くレイラの後ろを三人がついて行くが、九州男はなぜか真面目な顔でレイラの後ろ姿を見つめていた。
「良かったですね! クスオ様! レイラさんが良い鍛冶屋知ってて」
「そうやね……あいつよく見たらデカくていいケツしとらすね」
※しとらす……していらっしゃる の意
「……クスオ様、さいてい……」
「さいてい……」
双子からの軽蔑の視線などどこ吹く風で、九州男はタイトワンピースに包まれたレイラの豊かな腰つきを堂々と凝視しながらついて行った。
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「はーいいらっしゃい……ってレイラ?また来たの?まだあんたから預かった剣の修理は終わってないよ」
レイラに連れられて到着した鍛冶屋の奥から、明るくサバサバとした女性の声が出迎えた。
店内に満ちる熱気の中で汗をぬぐっているのは、黒のタンクトップ姿に黒髪をまとめたスタイルの良い女性だ。店主というには、あまりにもラフで無防備な格好である。
「わかっている。今日は客の紹介に来たんだ。アンバー」
「へえ? あんたが紹介とは珍しいじゃない」
二人は気の置けない関係のようで、レイラの雰囲気もどことなく柔らかい。
「こ、こんにちは!」
「こんにちは……」
双子がアンバーと呼ばれた女性に礼儀正しく挨拶をする脇で、九州男の視線は一点に固定されていた。
「乳でっか」
九州男は薄着のアンバーの胸元に釘付けだった。九州男の言葉通り、タンクトップの深い襟ぐりからは、溢れんばかりの豊かな胸部が惜しげもなく晒されている。
「あっはっは。露骨に言ってくるやつは珍しいね」
豪快に笑い飛ばすアンバー。嫌がる風もなく、むしろ面白がっている様子だ。
「クスオ、私の友人に卑猥な目を向けないでいただこう」
「そげなこと言われてもこんだけでかい乳放り出しとったら見てしまうやろうもん」
注意されても九州男は微塵も悪びれず、アンバーの胸元から目を逸らそうとしない。
「クスオ、いい加減に――」
さすがに看過しきれなくなったレイラが間に入ろうとするが、アンバーがそれを手で制した。
「いいっていいって、ところで、今日は誰の武器を注文しに来たんだい?そこのお嬢ちゃんかい?」
「……いや、武器を作りに来たのはそこの下品な男だ」
自分で紹介するといった割には不承不承という様子で、レイラが九州男を顎で示す。
「へえ、男の客は珍しいね。しかも男嫌いのレイラの紹介とはね。こりゃ明日は剣と槍でも降るかな」
アンバーがニヤニヤとした笑みを浮かべながらレイラを小突く。
「か、からかうな。コイツは男だし下品だが、実力は確かだ……私の剣を市販の武器で折ったのがコイツだよ」
「あのフランベルジュを……?」
先ほどまでの軽い雰囲気が一変し、アンバーの目が鋭く光った。職人の顔になり、品定めするように九州男の体格や筋肉の付き具合をジロジロと観察する。
「そうたい。俺が折ってやったったい」
「ふーん……確かに只者じゃない雰囲気はあるね。それで、どんな武器が希望だい?」
「そうやね、あんまりこだわりはないっちゃけど、丈夫で破壊力があるやつが良かね。市販の武器はすぐダメになるっちゃん」
九州男の言葉を聞き、アンバーは腕を組む。
顎に手を当て、何やら思案しているようだ。
「ふんふん……わかった。剣がいいとか、槍がいいとかはあるの?」
「別になか。弓矢とかでチマチマ戦うのは好かんけん、丈夫で破壊力があってカッコよかったらよか」
さりげなく「カッコいい」という譲れない条件を付け加える九州男。九州男児の感覚では、遠距離から射かける弓矢は男らしくないらしい。
「いいね。丈夫でカッコイイ武器はアタシも好きだよ。じゃあ、アタシに任せてくれるってことでいいね?」
「よか。頼むばい」
「了解。じゃあ……」
アンバーは腕を組み直すと、今日一番の満面の笑みを浮かべて言い放った。
「脱・い・で?」
「は?」
店内を一瞬の静寂が包み込む。
ポカンと口を開ける九州男と、笑顔を浮かべるアンバーが、無言で見つめ合っていた。




