第二章 第三十八話 十二の国へ伸びる線
王都の地下に埋められていた名前の列を見つけても、白環治療院はその夜のうちに再び水路へ人を送ろうとはしなかった。正門の外には治安局の大盾が残り、破城槌も高所の弓兵も撤収していない。だからといって、地下で見つかったものを急いで確かめなければならない理由にはならなかった。玄関広間の二枚の防壁はまだ役目を果たし、正門側から新たな射撃も打撃も確認されていない。地下入口の水位も、白墨で記された線の近くで安定している。地上にも地下にも、今すぐ動かなければ失われるものはない。ならば次にやるべきことは、すでに決まっていた。もう一度危険な場所へ足を踏み入れる前に、まず紙から確かめられることをすべて確かめる。
中央回復室の机には、前夜よりさらに多くの記録が積まれていた。白環の地下から東部旧溢水幹線へ至る簡図、その途中で確認された旧水門と北側点検路、そして『北排水路 旧水門以東 壁面人名記録』と記された新しい束。それとは別に、東門副長が東地区の保管庫から取り寄せさせた古い水路管理図、廃止設備一覧、点検口の位置記録、道路改修以前の街区図が並べられている。
「次に知りたいのは、点検路がどこへ出るか」
ミレナは机の上へ広げた地図を指先で押さえた。
「出口が一つでも今も使えるなら、地下水路を避難路候補として考えられる可能性は上がる。でも、その確認へ行く前に、昔どこへ繋がっていたのかを知りたい」
「名前の方は?」
アイリが尋ねた。
「そっちも調べる。でも混ぜない」
「道は道、名前は名前?」
「ええ。それと、今日はもう一つ増えるかもしれない」
「何が?」
「まだ分からないから、増えるって決めないで」
アイリが僅かに笑った。
「先に自分で言ったのに」
「言葉尻を拾う人が増えすぎなのよ」
移動椅子に座るレンは、そのやり取りを聞きながら東地区の古い街区図へ目を落としていた。現在の道路と重ねて見ると、かつての王都東部は今より細かな区画に分けられている。白環の位置も現在とは少し異なり、その北側にはすでに取り壊された倉庫群や共同浴場、行政施設らしい建物が描かれていた。
「この辺、今と全然違うな」
「大改修前だからな」
東門副長が答えた。
「東門周辺の道路を広げた時に、古い建物はかなり消えてる。水路だけ残して、その上を新しい街にした場所もある」
「だから地下の図面と地上が合わない」
「そういうことだ」
年配の修繕職員が一枚の紙を引き寄せた。
「こっちを見ろ」
紙の上部には、現在では使われていない古い行政区名が記されていた。
『旧対外使節区 地下設備及び連絡路配置図』
「対外使節区?」
アイリが文字を読む。
「今の東地区の一部に、昔そんな区画があったの?」
「かなり前だ」
東門副長が答える。
「外国から来た使節や書記、護衛、通訳、商務官なんかを、一か所に集めていた時代があったらしい。今は使節館も宿舎も王都の別々の場所へ分かれてる」
「いつまで?」
「少なくとも、今の東門道路が造り直されるより前だ」
「随分曖昧ね」
ミレナが言うと、東門副長は肩を竦めた。
「俺が生まれる前の街区だ。詳しく知りたいなら、紙へ聞け」
「そのつもり」
ミレナは配置図を現在の地図へ重ねていった。旧対外使節区の南端は白環からそれほど遠くなく、その地下を東部旧溢水幹線が横切っている。今回見つかった名前の壁がある点検路も、古い地図の縮尺が正しければ、その区画の外縁に近い位置へ重なる可能性があった。
「ここ」
レンが気づいた。
「名簿の壁があった場所、この辺じゃないか?」
「縮尺の誤差を考えても、近い」
ミレナは簡図と古い街区図の端を揃える。
「でも、旧使節区の真下だとはまだ言わない。地下と地上で測量の基準が違う可能性もあるから」
「近いことは?」
「事実として残せる」
エリリアも少し離れた位置から図面を見ていた。風の魔力は使っていない。紙に記された道と、人が実際に歩いて確かめた地下道だけを見比べている。
「旧対外使節区なら、外国から来た人の名前が周辺に残っていても不自然ではありませんね」
アイリが振り返った。
「地下に?」
「そこまでは言っていません。地上の宿舎や職場に外国から来た人が多かったなら、この周辺に外国名が残っているだけで、移送や監禁を意味するわけではないということです」
「そっちの可能性もあるんだ」
「ええ」
ミレナはすぐ頷いた。
「むしろ今は、そっちを先に調べるべきね。怖い答えの方が目立つからって、それを先に事実へ変えちゃ駄目」
「誰に言ってる?」
ガリックが椅子から尋ねる。
「全員。特に私」
「自覚があるならいい」
「あなたにも言ってるのよ」
「俺か?」
「地下に名前があるたび六年前を思い出す顔をするでしょう」
「顔まで記録するな」
「必要ならする」
短い笑いが落ちたあと、ミレナは再び配置図へ視線を戻した。旧対外使節区の中央には大きな広場が描かれ、その周囲を十二の細長い区画が囲んでいる。それぞれの区画から一本ずつ線が伸び、王都の異なる門や街道へ向かっていた。
「……十二」
最初に気づいたのはアイリだった。
ミレナの指も止まる。
「数えて」
「一、二、三……」
アイリは図面の線を一つずつ追っていった。
「十二本」
レンも確認する。
「本当に十二だ」
ガリックの表情から笑みが消えた。
「十二の国か?」
「待って」
ミレナはすぐ制した。
「まだ数が同じだけ」
「でも、使節区なんでしょう?」
アイリが言う。
「この世界には十二の国がある」
「同じ数なのは事実。でも、それだけで十二本の線が十二の国を意味するとは決めない」
「じゃあ何を調べる?」
「凡例」
地図の端には細かな文字が並んでいた。年月で薄れ、一部は折り目のところで失われている。年配の修繕職員が灯りを寄せ、東門副長とミレナが交互に読んでいった。
『対外使節区 公用連絡線』
『王都内受渡所より各国担当門へ』
『緊急文書、外交使節、医薬品、救援物資の優先通行に使用』
そこまで読んだところで、部屋の空気が僅かに変わった。
「各国担当門」
レンが言った。
「やっぱり十二の国?」
アイリが尋ねる。
ミレナはまだ答えず、さらに下を読んだ。
『第一国担当』
『第二国担当』
その後も番号は続き、十二で終わっている。
「……この地図については、そうね」
ミレナはようやく言った。
「十二本の線が、十二の国それぞれを担当する公用連絡経路として割り当てられていた。それは書いてある」
「地下道?」
「違う」
今度はエリリアが先に答えた。
「これは地上の行政上の連絡線です。使節区から王都内の受渡所や門へ、文書や人を送るための道でしょう」
「十二の国へ直接地下で繋がってるわけじゃない」
「少なくとも、この地図はそういうものじゃない」
ミレナは地下水路の簡図と、旧対外使節区の配置図を少し離して置いた。
「ここを間違えたら駄目。地下に十二本の道を見つけたわけじゃない。昔、この地上に十二の国それぞれへ繋ぐ行政上の連絡線があった。それだけ」
「でも、名前の壁の近くにその区画があった」
「近かった可能性が高い。それも事実」
「関係は?」
「まだ分からない」
アイリは二枚の紙を見比べた。
「すごく繋がって見えるのに」
「そういう時が一番危ないのよ」
ミレナの声は静かだった。
「答えに見える形が先にできると、あとから見つけたものを全部そこへ押し込みたくなるから」
◇
旧対外使節区に関する記録は、水路関係の図面より多く残っていた。宿泊者名簿、通訳登録簿、使節館への物資搬入記録、公用馬車の運行表、外交文書を運ぶ伝令の交代記録。しかし古い記録ほど欠落も多く、火災や改修で失われた束があり、後年になって書き写されたものも混じっている。ミレナは一つの記録を見つけるたび、それが原本なのか写しなのか、いつ作られたものなのかを先に確かめた。
「名前を照らす?」
アイリが『壁面人名記録』の束を持ち上げる。
「お願い」
二人は前回読み取れた名前から順番に照合を始めた。レオナ・フェル、マルク・テイラ、ケイル・ノード、レナ・ヴァルス。複数の古い名簿を調べても、最初の数人には該当する記録が見つからない。
「全然いないね」
「まだ最初だけよ」
ミレナが次の帳面を開いた。
さらに数人分を調べたところで、アイリの指が止まる。
「待って」
「何?」
「ドルン・メイル」
ミレナが顔を上げた。
アイリが示した古い帳面には、小さな字で人名と役目が並んでいる。
『ドルン・メイル 第四使節館 文書整理補助』
その横には、王都滞在中の宿舎番号と契約期間が記されていた。
「いた」
レンが少し身を乗り出す。
「同じ人?」
「まだ同姓同名の可能性がある」
ミレナはすぐに止めた。
「年代は?」
東門副長が尋ねる。
「この帳面は旧使節区がまだ使われていた頃。水路の壁の文字がいつ刻まれたのか分からないから、年代まで一致しているとは言えない」
「でも名前そのものは一致してる」
「ええ。これは残す」
ミレナは新しい紙へ、
『ドルン・メイル――旧対外使節区第四使節館、文書整理補助として同名記録あり。同一人物かは未確認』
と記した。
「第四の国から来た人?」
アイリが尋ねる。
「それもまだ分からない。第四使節館で働いていた王都出身者かもしれないし、別の国から来た人かもしれない」
「役目しか分からない」
「今はそれで十分」
さらに帳面を調べると、もう一人だけ、壁面記録と完全には一致しないものの近い名前が見つかった。だが姓の一部が欠けており、同一人物として扱うには材料が足りない。
「一人だけでも大きいね」
アイリが言う。
「そうね」
「地下の名前の中に、旧使節区で働いてた人がいる可能性が出た」
「ええ」
「なら、壁は使節区の人の名簿?」
「一人で全部を決めない」
「分かってる」
アイリは自分から答え、少しだけ笑った。
「言われる前に言った」
「成長したわね」
「便利に使わないで」
「それ、私の台詞」
◇
その頃、レンとエリリアは別の地図を見ていた。東部旧溢水幹線の点検口一覧で、現在も残っているものには丸印、埋設されたものには斜線、状態不明のものには空欄が付けられている。白環から比較的近い候補は三か所あり、一つは旧対外使節区の北端にあった共同貯水槽、一つは東側の旧整備庭、もう一つは川に近い排水塔だった。
「この共同貯水槽は?」
レンが尋ねると、年配の修繕職員が記録を確かめた。
「地上部分はもうない。今は小さな倉庫が建ってるはずだ」
「地下は?」
「埋めた記録がない」
「なら出られる?」
「それは別の話だ。階段が残っていても、上を建物の基礎で塞いでるかもしれん」
「旧整備庭は?」
「道路拡張で埋設。こっちは使えない可能性が高い」
「排水塔は?」
「川へ通じていたが、今の水門がどこまで開くか分からん。そもそも人が通るための場所でもない」
エリリアは三つの候補を順番に簡図へ加えた。
「次に実際に確認するなら、共同貯水槽側が一番現実的ですね」
「理由は?」
「人が点検のために出入りしていた記録が残っています。少なくとも昔は、人が通れる経路だった」
「今も、は分からない」
レンが言う。
「ええ。だから候補です」
「風を使えば、地上まで抜けてるか分かる?」
少し離れた場所からアイリが尋ねた。
エリリアは簡図を見たまま答える。
「通路へ入れば、空気の向きから分かることは増えるかもしれません。でも今は、紙の上で位置まで絞れています。先に人の目で確認した方がいいでしょう」
「まだ使わないんだ」
「使えないからではなく、今使う必要がないからです」
声に迷いはなかった。
レンはその言葉を聞き、僅かに頷いた。
「それでいいと思う」
「ありがとうございます」
◇
ガリックは、十二本の公用連絡線が描かれた旧使節区の地図を長く見ていた。
「どうしたの?」
アイリが尋ねる。
「東へ伸びる線がある」
「十二本あるんだから、東へ向かう線もあるでしょう」
「六年前の荷車が向かった方向と、この一本が近い」
ミレナの手が止まる。
「どれ?」
ガリックは一本の線へ指を置いた。旧使節区から東門側へ伸び、その後、王都の外へ向かう古い公用道路へ繋がる経路だった。
「俺たちが護衛していた荷車は、途中まではこの方面を走った」
「同じ道?」
「今の地図じゃ分からん。六年前には道路も少し変わってる」
「あなたが見た古い道への分岐は?」
「もっと外だ」
「なら、今分かるのは方角が近いことだけ」
「ああ」
「同じ経路とは言えない」
「分かってる」
ガリックは自分から指を離した。
「地図へ重ねるな」
「ええ」
「でも、別に取っておいてくれ」
「もちろん」
ミレナは十二本の連絡線が描かれた地図そのものには印を加えず、別紙へ「六年前の護送方向と一部方角が近い可能性。経路一致未確認」とだけ記した。
ガリックはそれを見て、僅かに肩の力を抜いた。
「前なら、同じだと思ったかもしれんな」
「今も思ってる?」
「思いたくはなる」
「それは止めなくていい」
「いいのか?」
「思うことと、記録することは別でしょう」
「随分優しいな」
「次に余計なこと言ったら戻す」
「やっぱり鴉だ」
◇
正門側から伝令が戻ったのは、十二本の公用連絡線を一つずつ確認し終えた頃だった。
「外の配置に大きな変化はありません。盾兵は正門前を維持。破城槌もそのままです。高所の弓兵も残っています。この四半刻、新たな射撃は確認していません」
「門への接触は?」
東門副長が尋ねる。
「ありません」
「新しい文書は?」
「ありません」
「分かった。時刻と一緒に残して戻れ」
伝令が去ったあと、アイリが小さく息を吐いた。
「静かすぎるのも嫌だね」
「攻撃されるよりはいい」
レンが答える。
「分かってる。でも、次に何をするのか分からないから」
「怖い?」
「ちょっと」
「俺も」
アイリは兄を見る。
「言うようになったね」
「約束したからな」
「便利?」
「便利に使うなって言われるぞ」
少し離れた机からミレナが顔を上げる。
「聞こえてるわよ」
その声に、張り詰めていた中央回復室へ短い笑いが広がった。誰も外の危険を忘れてはいない。それでも笑える間は、白環がまだ治療院としての日常を失っていない証でもあった。
◇
夜が深くなる頃には、旧対外使節区について確認できたことも、それぞれ別の記録として整理されていた。『旧対外使節区 十二国公用連絡線記録』には、十二本の線が十二の国それぞれを担当する王都内の公用連絡経路として使われていたことだけを記し、地下水路との関係を示す記述は一つも加えない。別紙には『壁面人名記録との位置的近接――可能性あり。関係未確認』と残し、さらにドルン・メイルについても、『第四使節館文書整理補助として同名記録あり。同一人物未確認』とだけ記された。十二という数も、位置の近さも、同じ名前も見つかったが、それ以上の意味を一つの紙へまとめることはしなかった。
「少ないね」
アイリが言う。
「一晩でこれだけなら十分多いわ」
ミレナが答えた。
「でも、十二本の線を見つけたのに」
「見つけたのは昔の行政地図よ」
「名前の壁もすぐ下にあるかもしれない」
「近い可能性が高い」
「ドルン・メイルも使節区の記録にいた」
「同名の人物が一人いた」
アイリは少し唇を尖らせた。
「全部言い直すね」
「そうしないと、三つの『かもしれない』が一つの『絶対』に変わるでしょう」
「……分かった」
「本当に?」
「それ、今日は私が言われる番?」
「順番よ」
レンは二人のやり取りを聞きながら、十二本の線が描かれた古い地図を見ていた。
「でも、不思議だな」
「何が?」
「同じ場所の上と下に、違う記録が残ってる」
ミレナも視線を地図へ戻した。地上には、十二の国へ向けて人や文書、医薬品、救援物資を送り出すための公用連絡線があり、その下には、何のために残されたのか分からない名前の壁が存在する可能性が高い。
「似てる?」
アイリが尋ねる。
「似て見える」
レンが答えた。
「でも、同じだとは言えない」
ミレナが続ける。
「そこまで分かってるなら十分」
エリリアは十二の線のうち、古い地図で北西へ延びる一本の端に記された印へ目を止めていた。
「この印だけ、見たことがあります」
全員の視線が向く。
「どこで?」
レンが尋ねた。
「セレネアの古い本です。国外から入った薬草や種子を記録した頁に、よく似た印がありました」
「どの国?」
アイリが聞く。
エリリアは少し考えてから首を横へ振った。
「本に書かれていた国名まで正確には覚えていません。印も完全に同じとは言えません」
「じゃあ、似た印を見たことがある」
ミレナが言う。
「はい。それだけにしてください」
「任せて」
「頼もしいですね」
「もっと褒めていいのよ」
「そこまでは言っていません」
ミレナが不満そうに眉を寄せ、アイリが笑った。
十二という数が現れたことは事実だった。古い王都の一角から、十二の国それぞれを担当する公用連絡線が伸びていたことも、記録によって確認できる。その区画の地下近くには、数十人を超える名前が整然と刻まれた壁が存在する可能性が高く、さらに、その壁に刻まれた一人と同じ名が旧使節区の記録にも残されていた。しかし、それらを一つの仕組みとして結ぶ証拠は、まだ何もなかった。
「十二の国へ伸びる線」
アイリが地図を見ながら呟いた。
「こうして見ると、すごいね」
「昔の王都が、それだけ多くの場所と繋がってたってことだからな」
レンが答える。
「地下の名前も、その人たち?」
「分からない」
今度はアイリ自身が先に答えた。
ミレナが目を細める。
「よくできました」
「子供扱いしないで」
「成長を褒めたのよ」
「それも便利に使ってる」
ミレナは笑いながら、十二本の線が描かれた旧使節区の地図と、地下水路の簡図を机の上へ並べた。ただし二枚を重ねることも、互いの線を無理に合わせることもしない。一方には、かつて十二の国へ向けて使節や文書、救援物資を送り出した王都の地上の道があり、もう一方には、白環の地下から古い水門を越えて東部旧溢水幹線へ続く暗い水路と、その途中で見つかった名前の壁がある。今の段階では、それぞれ別の記録であり、目的まで同じだったと考える根拠もなかった。
それでも二枚を隣に置けば、十二本の古い線が始まる場所と、地下の名簿が存在すると考えられる場所が、同じ古い街区の中へ収まっていることは分かる。偶然なのかもしれない。街の中心に近い場所だったから、異なる設備や記録がたまたま重なっただけかもしれない。名前の壁も、使節区で働いていた者たちが何らかの理由で残したものなのかもしれない。そのどの可能性も、今は捨てるべきではなかった。
「明日は?」
レンが尋ねた。
ミレナは地下水路の図面から、旧共同貯水槽の印へ指を移した。
「まず、この点検口の記録をもう少し探す。今も人が通れる可能性が残っているなら、その次に現地確認」
「地下へ行く?」
「紙で分かることを全部見てから」
「先に紙」
アイリが言う。
「先に紙」
ミレナも答えた。
その夜、十二本の線が地下へ引き直されることはなく、名簿の名前にも国の番号は付けられなかった。六年前の荷車も、エドラスの消えた記録も、黒い鳥も、治安局も、その地図の上へ重ねられてはいない。それでも王都の古い紙の上には、かつて一つの街区からそれぞれ別の国へ人や文書を送り出すために使われた十二本の線が確かに残り、その地上の記録と近い地下には、誰のために刻まれたのかも分からない人々の名前が石の中に眠っていた。
二つが同じ仕組みだった証拠は、まだない。だからミレナは、その間へ線を引かなかった。ただ二枚の紙を隣へ置き、その間に残された距離ごと、次の調査へ持ち越した。
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