第二章 第二十三話 剣とロケットの没収令
翌朝、レンはいつもより早く目を覚ました。眠りが浅かったわけではない。ただ、意識が浮かび上がった瞬間から、昨日ヴァルト・セインが告げた言葉が頭の中へ戻ってきた。黒銀剣一振り。銀縁肖像ロケット一個。王都治安局が一時保全対象として指定し、正式な命令書が届けば管理下へ移す予定の二つの物。寝台の上で身体を起こしたレンは、まず右手で胸元へ触れた。衣服の下には、昨日までと変わらない重さでロケットがある。銀の縁も、古い蝶番も、中に収められた長い黒髪と青みを帯びた琥珀色の瞳を持つ少女の肖像も、何一つ変わってはいない。それでも昨日までと違うのは、自分以外の誰かがそれを「保全対象」と呼び、法の名の下に手を伸ばそうとしていることだった。
「起きてたんだ」
隣の寝台からアイリの声がした。
「ああ」
「寝られた?」
「一応」
「嘘じゃない?」
「本当に寝たよ。途中で何回か起きただけ」
「それ、ちゃんと寝たって言わないよ」
アイリもゆっくり身体を起こし、右肩を大きく動かさないよう気を付けながら毛布を整えた。それから兄の胸元へ視線を落とす。
「ずっと触ってるね」
「なくなってないか確認してる」
「昨日から首に掛けたままなのに?」
「分かってる」
レンは一度指を離したものの、しばらくするとまた衣服の上からロケットの位置を確かめた。
「……渡したくない」
「うん」
「剣も嫌だけど、ロケットはもっと嫌だ」
「分かってるよ」
アイリは否定しなかった。
「でも、お兄ちゃん。昨日ガリックさんとも話したでしょう。渡したくないことと、隠して逃げることは同じじゃないよ」
レンは返事をせず、窓の外へ目を向けた。昨夜、ほんの一瞬でも隠す方法を考えなかったと言えば嘘になる。治安局が来る前にロケットを別の場所へ移せないか。誰にも見つからないところへ隠せないか。黒銀剣も、治療院の外へ出さずに済むよう別の場所へ移せないか。しかし、その考えを口にした時、ガリックは怒鳴りも笑いもせず、「命令が届く前に物を隠したら、それは異議じゃなく隠匿になる」とだけ言った。
「分かってる」
今度の返事は、少し重かった。
「ちゃんと紙を見る。変なら異議を出す。使える権利があるなら使う。でも隠さない」
「うん」
「ただ、正しい手続きでも嫌なものは嫌だからな」
「それも分かってる」
向かい側では既に起きていたエリリアが、二人の会話を聞きながら薄い湯を口にしていた。風の魔力を使わないよう言われている彼女は、髪を整える時ですら以前のように小さな気流へ頼らず、手で淡い銀髪をまとめている。
「嫌であることと、手続きが有効であることは別ですからね」
「エリリアまで役人みたいなこと言うなよ」
「昨日から何度も同じ話をしていますから、覚えました」
「俺だって覚えてる」
「なら大丈夫です」
「なんか信用されてない気がする」
その時、回復室の扉が開き、ガリックが杖を突きながら入ってきた。左脚を庇う歩き方は残っているが、無理に速く動こうとはしていない。手には折り畳まれた紙が数枚あった。
「朝から元気そうだな」
「命令書、もう来た?」
「まだだ。これは昨日の事前通知の写しと、治安局の保全手続きについて東門の記録官に調べてもらったものだ」
レンの目が変わる。
「何かあった?」
「ある。だから来る前に読んどけ」
ガリックは椅子へ腰を下ろし、紙を卓上へ置いた。
「命令が本物なら、力ずくで拒めば面倒になる。だが、何でも黙って持っていかせろって制度でもない。所有者には異議を申し立てる権利がある。特に、物を移したことで取り返しのつかない損失が出る可能性がある場合や、所有関係、保全の必要性、保管方法に争いがある場合は、即時の保全審査を求められる」
「審査を頼んだら、持っていかれない?」
「自動的にそうなるわけじゃない。ただ、審査が終わるまで現状を維持する仮措置を認める条項はある」
エリリアが紙を手に取った。
「現状維持というのは、現在の保管場所から動かさないという意味ですか」
「基本はそうだ。ただし、証拠隠滅の恐れが高いと判断されたら、治安局側が別の保全方法を求められる」
「じゃあ、こっちが信用されなかったら意味ないじゃん」
「だから立会人と複数の封印を使う」
ガリックは指で紙の一節を叩いた。
「治安局だけじゃなく、施設側と所有者側の立会いで対象物を封じる。誰かが勝手に開ければ痕跡が残る。昨日アイリが聞いた話の、もっと厳しい形だ」
アイリが紙を覗き込む。
「ロケットも封印するの?」
「そこは争える。剣は今、治療院側が管理してる。負傷者が病室へ武器を持ち込まないための通常保管だ。だから今の保管場所を共同保全に切り替えやすい。だがロケットはレンが十年間持っていた私物で、武器でもない。命令書にどこまで根拠が書いてあるかで扱いは変わる」
レンは胸元のロケットを押さえた。
「じゃあ、ロケットは渡さなくていいかもしれない?」
「『かもしれない』だ。先に期待するな。まず紙を全部読む」
「分かった」
「本当に?」
「今日何回確認するんだよ」
「お前が最後まで読まずに飛び出しそうな顔をしてる間は何回でもだ」
レンは言い返しかけたが、アイリに横から見られて口を閉じた。
◇
王都治安局が再び白環治療院へ到着したのは、朝の診察が終わって間もなくのことだった。
前日と同じ上級調査官ヴァルト・セインに加え、今回は証拠物の受領を担当する治安局員が一名同行していた。護衛役のもう一人は受付に残り、武器も昨日と同じく治療院へ預けられる。東門守備隊の副隊長は既に回復室に入り、白環側からは治療師とガリックが立ち会った。ミレナは今回も室外に残り、黒い封蝋とレヴィン・ハルトに関する資料は一枚も持ち込まれていない。
ヴァルトは席へ着く前に、厚い封筒を卓上へ置いた。
「昨日通知した一時証拠保全命令です。文書番号、公印、発令部署、発令日時を確認してください。開封前に、写しを一部白環治療院へ渡します」
ガリックが封筒を受け取るより先に、副隊長が公印を確認した。続いて文書番号と発令日時を控え、東門側の照会記録と照らし合わせる。
「発令は昨日の夕刻。事前通知のあとだな」
「はい」
ヴァルトが答える。
「発令部署は王都治安局証拠保全部。承認は同部の主任官と法務担当。監査部ではありません」
レンは最後の一言に僅かに反応したが、何も言わなかった。
レヴィン・ハルトの所属する監査部とは違う。それで何かが証明されるわけではない。今は、それも確認できた事実の一つに過ぎなかった。
「開けるぞ」
ガリックがレンを見る。
「うん」
封帯が切られ、厚手の命令書が広げられた。
冒頭には発令根拠と対象となる事件番号が並び、その下に目的が記されていた。東街道周辺で発生した複数の襲撃事案において、襲撃者側が特定物品へ関心を示した可能性があり、製造元、過去の所有関係、襲撃動機との関連を確認するため、二点を一時的な証拠保全対象へ指定する。
一、黒銀色長剣 一振り。
二、銀縁肖像ロケット 一個。
それ以外の物品は記されていなかった。
レンは一行ずつ読み進め、意味の分からない言葉が出るたびにガリックへ尋ねた。ガリックも判断できない部分は副隊長へ確認し、それでも曖昧なところはヴァルト本人へ説明させた。
「『由来未確定』って、母さんから受け取ったことを認めてないって意味ですか」
「違います」
ヴァルトが答えた。
「エレナという人物からあなたへ渡ったことは、あなた方の証言として記録されています。未確定なのは、それ以前の所有関係と製造元です」
「母さんが盗んだかもしれないって疑ってる?」
「その可能性を示す証拠はありません」
「じゃあ、どうしてロケットまで必要なんですか」
「製造年代、素材、細工、肖像の作成方法、同型品の流通記録などを確認するためです。事件との関連が認められなければ、調査対象から外されます」
「襲撃者がロケットを狙った証拠はないって、昨日話しましたよね」
「はい。だから命令書にも『狙ったと確認された』とは書かれていません。継続して所持している物のうち、由来が確認できず、事件との関連を現時点で除外できていない物として指定されています」
レンの眉間に皺が寄る。
「それだけで持っていくの?」
「その点について異議を申し立てることはできます」
レンは一瞬、ヴァルトを見る。
「最初から言うんだ」
「命令書にも書いてあります」
「黙ってれば気付かないかもしれないのに?」
「所有者に認められた権利を説明しないことは、私の仕事ではありません」
ガリックは何も言わず、命令書の後半を読み続けていた。
やがて一か所で指を止める。
「ここだな」
レンとアイリが身を寄せる。
物品の移送によって所有者へ回復困難な損失が生じる恐れがある場合、または保全の必要性、対象範囲、所有権もしくは保管方法に異議がある場合、所有者は即時保全審査を請求できる。審査開始後は、証拠隠滅または散逸の危険が高いと判断されない限り、審査結果が出るまで現在の状態を維持する仮保全措置を選択できる。
「これを使う」
レンが言った。
「まだ最後まで読め」
ガリックが即座に返す。
「……分かってる」
続きを読む。
仮保全中、対象物を移動、売却、破壊、加工、譲渡してはならない。必要に応じて封印、立会人、複数記録による管理を行い、違反した場合は保全妨害として別の手続きへ移行する可能性がある。
「つまり」
ヴァルトが静かに説明した。
「命令へ異議を申し立てる権利はあります。しかし、その前後で対象物を隠したり、別の物へ交換したり、所在を偽ったりすれば、それは異議ではなく保全妨害として扱われます」
レンは数秒、命令書を見たまま黙った。
「……昨日、隠そうかって少し考えた」
アイリが兄を見る。
ガリックは驚かなかった。
「考えるだけなら罪にはならん」
ヴァルトも表情を変えない。
「今、対象物がどこにあるか正確に申告し、以後動かさないのであれば問題ありません」
「ロケットはここです」
レンは衣服の上から胸元を押さえた。
「剣は?」
ガリックが副隊長を見る。
「入院時から治療院の武器保管庫にある。レンは負傷中で、許可なく持ち出していない」
「確認できますか」
「立会い付きなら」
レンはそこで初めて、胸の奥に溜まっていた息を長く吐いた。
「じゃあ、隠さない。でも、そのまま持っていかせもしない。審査を頼みます」
◇
異議申立書はその場で作成された。
レンはまだ長時間文字を書けないため、本文は記録官が一文ずつ読み上げながら代筆し、最後の確認をレン自身が行う。左手で炭筆を握ると、狼に噛まれた前腕から薬指と小指へ鈍い痺れが流れたが、名前を書く程度なら耐えられた。
黒銀剣についての異議は、所有権そのものより保管方法を中心にまとめられた。現在既に白環治療院の管理下にあり、負傷中のレンが自由に使用できる状態ではないこと。現時点で移送の必要性が十分に説明されていないこと。鑑定の一部は現地でも実施可能であること。そして審査中は、治安局、白環治療院、所有者側立会人による複数封印で現状を維持できること。
ロケットについては、より強い異議が記された。
十年前にエレナからレンへ直接譲渡され、それ以降一貫して本人が所持してきた私物であること。武器でも危険物でもなく、事件で使用された証拠も現時点では示されていないこと。襲撃者がロケットを具体的に要求したとの証言も得られていないこと。そして製造元や過去の由来を確認するだけなら、まず所有者の手元で外観記録や非破壊的な調査を行う方法があること。
「最後の理由は誰が考えたの?」
アイリが尋ねる。
「エリリアだ」
ガリックが答えた。
エリリアは静かにロケットを見る。
「調べたいという理由と、持ち去る必要があるという理由は同じではありませんから」
ヴァルトが僅かに頷いた。
「妥当な異議です」
「治安局の人がそんなこと言っていいんですか」
アイリが尋ねる。
「異議に理由があることと、審査で認められることは別です。私が決定するわけでもありません」
「本当にどっちの味方なのか分からない人ですね」
レンが言う。
「私は治安局の人間です」
「そういう意味じゃなくて」
「分かっています」
記録官が書き終えた申立書をレンの前へ置いた。
「内容を確認してください」
レンは最初から最後まで読み直した。途中で何度かアイリとエリリアにも確認し、ガリックにも意味が変わっていないか尋ねた。それから左手でゆっくりと自分の名前を書く。
指先が震えたのは傷のせいだけではなかった。
十年前、エレナからロケットを受け取った時、それを守るためにいつか書類へ自分の名前を書くことになるとは思っていなかった。
署名が終わる。
ヴァルトが時刻を記録させた。
「これで即時保全審査の請求は受理されました。審査結果が出るまで、二点は仮保全状態となります」
「ロケットは?」
レンがすぐに尋ねる。
「治安局側としては、所在確認を行い、現在地からの移動を禁じる条件で所有者による身体所持を認めます。白環治療院から持ち出す場合は事前の届け出が必要です。開閉まで禁じる必要はありませんが、破損、改造、肖像の交換は禁止します」
「そんなことしない」
「記録上の確認です」
レンは胸元からロケットを取り出した。
「開けます」
「強制ではありません」
「中身が命令書の説明と同じ物か確認するんだろ?」
「はい。ただし昨日の治療院記録にも肖像の存在は残っています。それと照合する方法でも構いません」
レンは少し考えたあと、自分で蓋を開いた。
銀の縁の内側に、長い黒髪の少女がいる。
青みを帯びた琥珀色の瞳。
ヴァルトは肖像へ顔を近づけようとも、手を伸ばそうともしなかった。記録官が昨日の所持品記録と照合し、「同一外観」と書き込む。
「これで十分です」
ヴァルトが言う。
レンはすぐにロケットを閉じた。
「触らなくていいんですか」
「今日必要なのは所在と対象物の同一性の確認です。鑑定ではありません」
「……分かった」
そのまま首へ戻し、衣服の中へ入れる。
治安局の命令を受けたあとも、ロケットの重さは自分の胸元に残っていた。
審査が通らなければ、いずれ引き渡しを求められる可能性はある。今はただ、失わずに済む時間を得ただけだった。
◇
黒銀剣の仮保全は、白環治療院の武器保管庫で行われることになった。
レンは長い距離を歩かないよう言われていたが、「自分の剣を封じるところを見ないままにはしたくない」と主張し、治療師の許可を得て短い廊下だけを歩いた。右脚には旧検問所調査の疲れが僅かに残っているため急がず、壁へもたれ掛からず、左手で無理に身体を支えることもしない。アイリとエリリアも同行したが、誰も必要以上に手を貸そうとはせず、辛くなればその場で止まるという約束だけを確認した。
保管庫の扉が開かれる。
棚の奥に、黒銀剣が横たわっていた。
鞘に収められたままでも、他の武器とは明らかに違って見える。重く、鈍い光を返す黒銀色。十年前の夜からレンとともにあり、何度振っても、その由来も意味も完全には分からない剣だった。
「抜く必要は?」
レンが尋ねる。
「外観と保管状態の確認だけなら不要です」
ヴァルトが答える。
「審査中に鑑定は行いません」
「じゃあ、そのままで」
剣は新しい箱へ移されなかった。
現在使われている保管棚の一区画そのものを仮保全区域とし、開閉部へ四つの封印を施す。一つは王都治安局。二つ目は白環治療院。三つ目は東門守備隊の確認印。そして最後に、所有者側の立会人としてガリックが自分の印を押した。
「俺のでいいのか」
ガリックが最後にレンへ尋ねる。
「頼む」
ガリックは短く頷き、蝋へ印を押した。
四つの封印は色も形も違う。一つでも壊せば、その痕跡は残る。保管記録も四部作られ、治安局、白環治療院、東門守備隊、そしてレン側へ一部ずつ渡されることになった。
アイリが封印を見ながら尋ねる。
「これなら、一枚なくなっても全部はなくならない?」
「ああ」
副隊長が答える。
「保管庫を開ける場合も、原則として立会いが必要だ」
「全員が悪い人だったら?」
ガリックが苦笑した。
「そこまで行ったら、制度だけじゃどうにもならん」
「……そっか」
「だから最後は人を見る必要もある。ただ、最初から人だけを信じなくて済むように記録を残すんだ」
ヴァルトは何も言わず、その言葉を聞いていた。
レンも四つの封印を見つめる。
自分の剣なのに、今は自分一人では触れられない。それは不快だった。それでも治安局の保管庫へ運ばれ、目の届かない場所へ消えるよりはいい。
「これで、審査が終わるまでは誰も勝手に持っていけない?」
「正式な緊急令が新たに出ない限りは」
ヴァルトが答える。
「その場合も記録は残ります」
「絶対って言わないんだな」
「昨日も言いました。絶対に安全だとは言いません」
レンは僅かに笑った。
「そこだけは信用できるかも」
「それは褒め言葉でしょうか」
「たぶん」
◇
仮保全の手続きが全て終わった頃には、昼を少し過ぎていた。
回復室へ戻ったレンは、想像していた以上に疲れていることに気付いた。歩いた距離は短い。戦ってもいない。右上腕の傷も悪化していない。それでも、朝から命令書を一語ずつ読み、自分の持ち物について他人と確認し、考え、判断し続けた疲労は、剣を振るのとは違う形で身体に残っていた。
ミレナは治安局が去ったあとに戻ってきた。
「結局、持っていかれなかったのね」
「今はな」
ガリックが答える。
「剣は共同封印。ロケットはレンが所持を継続。ただし、どちらも審査が終わるまでは自由に動かせん」
「審査が通らなかったら?」
レンが尋ねる。
「その時は、その時に使える手段を考える」
ミレナは簡単な希望も悲観も口にしなかった。
「黒い封蝋の方は?」
エリリアが尋ねる。
「予定通りよ。治安局が今日ここへ来たことと、あちらの調査は混ぜない」
「ヴァルトにもハルトの名前は出してない」
「それでいいわ」
ミレナは椅子の背へ軽く手を置いた。
「今日あなたたちが治安局と争ったからといって、監査部が消された荷車に関係している証拠が増えるわけじゃない。逆も同じ。治安局の一部に疑う理由があるからといって、今日の命令まで不正だと決まるわけでもない」
「面倒くさいな」
レンが言う。
「世界は大抵そうよ」
「ミレナが言うと余計に面倒そうに聞こえる」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
アイリが小さく笑った。
しばらくして部屋が静かになると、レンは再びロケットを取り出した。
今日は治安局員の目の前で一度開いた。それでも中にいる少女は何も変わらない。長い黒髪。青みを帯びた琥珀色の瞳。名前も、自分との関係も、なぜエレナがあの夜あれほど必死に忘れるなと言ったのかも、まだ分からない。
十年間、レンにとってロケットを守るということは単純だった。首から外さない。失くさない。奪おうとする相手がいれば守る。必要なら剣を握る。
だが今日、そのどれとも違う相手が現れた。
王都治安局は盗みに来たわけではない。扉を蹴破りもせず、剣を抜いて脅しもしなかった。公印の付いた命令書を持ち、認められた手続きに従って二つの物へ手を伸ばした。
だからレンも、剣を振る代わりに紙を読んだ。
分からない言葉を聞き、自分に残された権利を確かめ、異議を申し立て、自分の名前を書いた。
その結果、少なくとも今日、ロケットはまだ胸元にある。
「守り方って、一つじゃないんだな」
レンが小さく言った。
「何か言った?」
アイリが尋ねる。
「いや」
ロケットを閉じる。
「母さんに、少しだけ怒られずに済んだかなって思っただけ」
アイリは一瞬きょとんとしてから、柔らかく笑った。
「誰にも渡してないもんね」
「ああ」
「剣も持っていかれてない」
「触れないけどな」
「前から今は使えないでしょ」
「そういう問題じゃない」
それでも、レンも少し笑った。
剣は白環治療院の保管庫に残り、四つの異なる封印の向こうにある。ロケットは今も、レンの胸元にある。
没収命令そのものが消えたわけではない。審査の結果次第では、今日得た猶予が終わる可能性もある。
それでもレンは、命令書を破らなかった。ロケットを隠さず、偽物を用意することも、相手へ嘘をつくことも選ばなかった。
十年前、炎の中で母から託された約束を守るために、今の自分にできることは、もう剣を振ることだけではなかった。
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