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アストラエオン 炎と影  作者: 鈴木 明
第一章 灰の向こうへ
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第一章 第二十一話 最後の盗賊

南の森へ消えた一人を追うために選ばれたのは、ミレアと二人の狩人だった。


 広場に残っている者の中から、走ることができ、森の中で足跡を追える者だけを選んだ結果だった。戻ってきた狩人たちの多くは傷を負っており、村の中にもまだ確認しなければならない場所が残っている。人数を増やせば追跡が早くなるとは限らず、むしろ負傷者をさらに危険へ連れ出すことになる。


「三人で行く」


 ミレアが長弓の弦を確かめながら言った。


「足跡が残ってれば追える。南は森が深いけど、夜のうちに走ったなら隠し切れない」


 レンは石から立ち上がろうとした。


「俺も――」


 右脚へ力を入れた瞬間、噛み傷の奥が強く疼く。


 アイリがすぐに兄の服を掴んだ。


「さっき何て言った?」


「まだ何も言ってない」


「言おうとした」


「……俺も行く、って」


「駄目」


「聞くだけ聞いてくれ」


「聞いた。駄目」


 レンが言い返そうとすると、少し離れた場所にいたエリリアが先に口を開いた。


「私も同意します」


「エリリアまで」


「あなたは右脚を痛めています。左腕もまともに使えない。森の中で追跡をする状態ではありません」


「でも三人だけで――」


「三人だからいいんです」


 エリリアは壁へ寄せていた身体を僅かに起こした。大きな風を使った反動はまだ抜けておらず、声にもいつもの張りがない。それでも判断そのものには迷いがなかった。


「相手は一人です。村を空けてまで大人数で追う必要はありません。こちらには拘束した者たちもいますし、まだ助けを必要としている人もいる。全員が同じ場所へ向かう方が危険です」


 レンは南の暗い森を見た。追いたい気持ちは消えていない。布で巻かれた細長い包みが何なのか、自分の目で確かめたい。ガロスがあれほど露骨に反応した以上、ただの荷物ではない可能性もある。


 けれど、その気持ちだけで自分が追跡に最も適した人間になるわけではなかった。


「……分かった」


 レンがそう答えると、アイリが服を掴んでいた左手をようやく離した。


「本当に?」


「本当に」


「追いかけない?」


「追いかけない」


「こっそりも?」


「しない」


 ミレアが小さく笑った。


「随分信用ないね」


「最近までの行動が悪い」


 アイリが即答する。


「否定できない」


 レンも諦めたように言った。


 ミレアは笑みを消し、二人の狩人へ視線を移す。


「行こう。追いついても、一人で仕掛けない。包みより捕まえる方を優先する」


「分かった」


「殺す必要は?」


 一人が尋ねた。


 答えたのはエリリアだった。


「ありません。できる限り生きたまま連れ戻してください」


 拘束されたガロスが鼻で笑う。


「追いつければな」


 ミレアは男を見なかった。


「追いついてから考えるよ」


 三人はそのまま南側の道へ向かい、燃える村の明かりを背に夜の森へ入っていった。


     ◇


 村から離れるにつれ、火の音は急速に遠ざかっていった。代わりに聞こえてくるのは、木々の葉が触れ合う音と、湿った地面を踏む三人分の足音だった。森の中へまで煙の匂いが薄く流れ込んでおり、夜気の冷たさに混じって焦げた木の臭いが鼻へ残る。


 ミレアは走り続けず、何十歩か進むたびに速度を落として地面と周囲の枝を確かめた。


「こっち」


 土の柔らかい場所に深い靴跡が残っている。通常の歩幅より広く、踵が強く沈んでいた。急いで走った跡だ。


「隠す気はないな」


 後ろの狩人が言う。


「余裕がないんだと思う」


 ミレアは前方へ目を凝らした。少し先では低い枝が一本折れ、葉の裏側が月明かりに白く浮いている。そのさらに向こうには、靴底で削られた苔が木の根元へ散っていた。


「真っ直ぐ南へ行ってる」


「道を知ってるのか?」


 ミレアは足跡の向きと、迷いなく続いている踏み跡を見比べた。


「少なくとも、闇雲に逃げてる走り方じゃない」


 今追っている男が森についてどこまで知っているのかまでは分からない。推測に時間を使うより、残された痕跡を追う方が確実だった。


 森へ入ってしばらくすると、足跡の間隔が少し狭くなった。地面の柔らかい場所には右足の跡だけが深く残っている。


「疲れてる」


 ミレアが言った。


「右へ体重が寄ってる。広場で何かやったのかも」


「追いつける?」


「このままなら」


 ただし、相手も追跡されていることは分かっているはずだった。その予想を裏づけるように、さらに先の細い獣道で一本の枝が不自然に曲げられている。


「止まって」


 ミレアが右腕を横へ伸ばすと、二人の狩人が即座に足を止めた。


 道を横切る高さに細い蔓が張られ、その先には倒れかけた枯れ枝が何本も積まれていた。


「踏んだら崩れる」


 狩人の一人が低く言う。


「殺すほどじゃないけど、転ばせるには十分だ」


「急いでるのに、こういうことはする余裕があるんだね」


 ミレアは蔓を切らず、脇の斜面へ視線を向けた。


「触らない。仕掛けた場所で時間を使わせるのが目的かもしれない」


 三人は木々の間を迂回する。足場は悪くなったが、その場で罠を処理するより早い。


 再び足跡を見つけた時、距離が縮まっていることは明らかだった。新しく踏まれた湿った土がまだ崩れ切っておらず、擦れた葉も元へ戻っていない。


 前を走っていた狩人が手を上げ、三人が同時に足を止めた。遠くで枝の折れる音がする。森の中を誰かが急いで進んでいる音だった。


「近い」


 ミレアが弓へ矢をつがえる。


「ここからは声を出さないで」


 三人は速度を落としながら追跡を続けた。


     ◇


 逃げていた男も、自分が追いつかれ始めていることには気づいていた。何度も背後を振り返り、そのたびに速度が僅かに落ちる。脇へ抱えた布包みが枝へ引っかかりそうになるたび乱暴に身体へ引き寄せ、それでも手放そうとはしなかった。


 走るには明らかに邪魔な荷物だった。捨てれば身軽になることくらい本人にも分かっているはずなのに、男は荒い息を吐きながら森の奥へ運び続けている。


 やがて前方から水音が聞こえ始めた。


 少し進んだ先で木々が途切れ、月明かりを反射する細い川が現れる。その上には古い木材を組んだ狭い橋が架かっていた。幅は一人が渡れる程度で、何枚かの板は黒く変色し、端には既に崩れている箇所もある。


 男は一瞬だけ足を止めたが、背後から近づく物音に気づくと、迷いを振り切るように橋へ足を掛けた。最初の板が低く軋んでも立ち止まらず、そのまま中央近くまで進んだところで、後ろから声が飛ぶ。


「止まりな!」


 男が振り返る。


 森の縁からミレアたちが現れていた。


「来るな!」


 男は布包みを片腕で抱え、もう片方の手で短刀を抜いた。


 ミレアは弓を構えたまま橋へ近づかない。


「その橋、傷んでる。走れば落ちるよ」


「黙れ!」


「戻ってきな。武器を捨てれば射たない」


「信じると思うか!」


「信じなくてもいい。今のまま進む方が危ないって言ってるだけ」


 男は背後を見た。対岸まではまだ距離がある。戻れば捕まるが、進めば逃げ切れる可能性は残っている。


「弓を捨てろ!」


 男が叫んだ。


「何?」


「そいつを捨てろ! 二人も武器を地面に置け!」


 ミレアは動かなかった。


「それをしたら?」


「俺は行く!」


「包みは?」


 男の腕に力が入る。


「近づいたら川に捨てる!」


 ミレアの視線が布包みへ移った。


 村から持ち出された物なら取り戻したい。ガロスの反応を見る限り、何か意味があるのも確かだろう。それでも、弓を捨てて相手へ主導権を渡す理由にはならなかった。


「好きにしな」


 男が目を見開く。


「何?」


「捨てたきゃ捨てればいい」


「これが大事だから追ってきたんだろ!」


「違う」


 ミレアは弓を下げなかった。


「あなたを逃がさないために来た。村から盗んだ物は取り戻したいけど、それでこっちが全員武器を捨てると思うなら間違ってる」


「ふざけるな!」


「ふざけてないよ」


 男の顔から余裕が消えた。包みを人質にすれば道が開くと思っていたのだろう。それが通じないと分かった瞬間、男は対岸へ顔を向ける。


「待て!」


 ミレアの制止を振り切るように、男が橋の上を走り出した。軋む板を一枚、さらにもう一枚と踏み越えていったが、三歩目を置いた瞬間、足元の板が乾いた音を立てて割れた。


「うわっ!」


 右脚が橋の間へ落ち込み、身体が大きく傾く。


 男は反射的に隣の縄を掴んだが、布包みが腕から滑り落ちかける。短刀を手放して包みへ腕を伸ばし、指先が布へ届いた瞬間、さらに一本の板が折れて橋全体が大きく揺れた。


「手を離せ!」


 ミレアが叫ぶ。


「包みじゃない! 橋を掴んで!」


 男は聞かなかった。片手で橋の縄を掴み、もう片方で落ちかけた包みを抱え込もうとしたことで重心が崩れ、身体がさらに外側へ傾いていく。


「馬鹿!」


 ミレアは弓を背へ回した。


「ミレア!」


「縄!」


 狩人の一人が腰から細い縄を外し、もう一人が近くの木へ回って端を幹へ巻きつけた。ミレアは反対側を自分の腰へ回し、二人が支えられる形を作ってから橋の入口へ足を掛ける。


「待て、橋まで行く気か!」


「このままだと落ちる!」


「敵だぞ!」


「知ってる!」


 男の掴んでいた縄が軋む。


 ミレアは傷んでいない板だけを選びながら進んだ。


「動くな!」


「来るな!」


「来てほしくないなら、包みを捨てて両手で掴まりな!」


「うるせえ!」


「じゃあ落ちるよ!」


 男が返事をする前に、支えていた木材がさらに下へ沈み、身体が半分近く橋の外へ出た。下では夜の川が岩へぶつかり、白い泡を立てている。深さは分からないが流れは速く、落ちれば無事に岸へ上がれる保証はなかった。


 ミレアは慎重に距離を詰める。


「包みをこっちへ!」


「渡すか!」


「じゃあ抱えたままでいい! 右手を出して!」


「触るな!」


「死にたいの!」


 男がミレアを見る。


 その顔からは、もう恐怖を隠す余裕が消えていた。


「……助けるのか?」


「そのために来てる!」


「俺はお前らの村を――」


「今それを話してる場合じゃない!」


 その直後、さらに一本の板が折れ、男の身体が橋の外へ滑り落ちた。


「ミレア!」


 ミレアは身を伏せて右腕を伸ばした。最初に触れた指は滑ったものの、すぐに腕を伸ばし直し、今度は男の手首をしっかり掴む。


 その瞬間、腰へ回した縄も強く張った。背後の二人が足場を固めて踏ん張ったことで、ミレア自身まで橋の外へ引き落とされることは免れたが、男の体重が伝わった肩から腕へ重い衝撃が走る。


「縄引け!」


 二人の狩人が同時に縄を引いた。


 ミレアの身体が少しずつ後ろへ戻り、橋板へ胸を押しつける形で姿勢を安定させる。


「もう片方の手!」


 男はまだ布包みを抱えている。


「捨てろとは言わない! それごと上げるから橋を掴め!」


 男は歯を食いしばり、布包みを胸と腕の間へ挟んだ。空いた手で橋の端を掴み、三人が少しずつ縄を引くのに合わせて、自分でも残った腕で身体を引き上げていく。


 肩が橋の高さまで上がったところで、ミレアは手首を離さず身体を後ろへずらした。やがて男の上半身が傷んでいない板の上へ乗り、二人の狩人も縄をさらに引いて、ようやく全身を橋の上へ戻した。


 しばらくの間、聞こえるのは四人の荒い呼吸と川の音だけだった。男は橋の上にうつ伏せになり、肩を大きく上下させている。ミレアも膝をついたまま呼吸を整えた。


「……馬鹿じゃねえのか」


 男が呟く。


「何が?」


「俺を助けるなんて」


 ミレアは長く息を吐いた。


「落ちるのを見てる方が嫌だっただけ」


「俺は村を襲った」


「知ってる」


「仲間も傷つけた」


「それも知ってる」


「だったら――」


「だから捕まえる」


 ミレアは男のそばへ落ちていた短刀を拾い、橋の入口側へ投げた。


「助けたから逃がすとは言ってないよ」


 男は何も言えなかった。


「立てる?」


「……脚が」


 先ほど板の間へ落とした右脚を動かして顔を歪める。折れている様子はないが、すぐに走れる状態でもなさそうだった。


「じゃあ這って戻る」


「本気か」


「ここで橋が全部落ちるまで寝てたいなら別だけど」


 男は橋の下を見て、すぐ顔を背けた。


「……戻る」


「最初からそう言えばいいのに」


 ミレアは立ち上がり、後ろの二人へ声を掛ける。


「片方ずつ支えて。私は先に板を見る」


 男が顔を上げた。


「縛らないのか?」


「橋の上で縛ったら今度こそ落ちるでしょ」


「逃げたら?」


 ミレアは振り返り、背中の弓を軽く叩いた。


「橋を渡り切ってから考えな」


 男は黙った。


     ◇


 森の外へ戻る頃には、夜空の色がほんの僅かに薄くなり始めていた。まだ夜明けと呼べるほどではないものの、木々の隙間から見える空には、完全な黒とは違う色が混じり始めている。


 ミレアたちは往路よりゆっくり歩いていた。


 捕らえた男は両手を前で縛られ、右脚を庇いながら二人の狩人に挟まれている。布包みはミレアが持っていた。橋を渡り終え、安全な地面へ戻ってから取り上げたものだ。


 男は抵抗しなかった。


「中、見ないのか」


 歩きながら男が言う。


「村で見る」


「気にならないのか?」


「気になるよ」


「だったら――」


「暗い森の中で、何が入ってるかも分からない物を開いてどうするの」


 男は黙った。


「それに、あんたは中身を知ってるの?」


「……全部は知らねえ」


 ミレアは足を止めなかった。


「ガロスに言われただけ?」


 男の視線が僅かに揺れる。


「何を?」


「それを探せって?」


「……」


「答えたくないなら、村で聞く」


「俺は本当に詳しく知らねえ」


「なら、それも村で言えばいい」


 それ以上ミレアは追及しなかった。今ここで言葉を引き出すことが目的ではない。生きたまま村へ連れ戻し、ガロスとは別に話を聞ける状態にする。それで十分だった。


 男はしばらく黙って歩いていたが、やがて小さく口を開く。


「何で殺さなかった」


「さっきも聞いたね」


「橋じゃなくて、その前だ。弓があっただろ」


「逃げてる背中を射てって?」


「ああ」


「止める必要があれば脚を狙ったかもしれない。でも、最初から殺す必要はなかった」


「村を襲ったのに?」


 ミレアは前を向いたまま答えた。


「だからって、私たちまで同じことをする理由にはならない」


 男は何も返さなかった。


     ◇


 村の近くまで戻ると、焦げた木の匂いが再び強くなった。


 火はまだ完全には消えていないものの、広場を覆っていた勢いはかなり弱まっている。何人もの村人が桶を運び、別の者たちが倒れた木材を火から離していた。


 戦う音はもう聞こえない。代わりに、負傷者へ声を掛ける音や、水を運ぶ足音、拘束した盗賊たちを見張る者の短い指示が聞こえてくる。


「戻った!」


 見張りに立っていたエルフが三人へ気づいた。


 その声で、広場にいた何人かが南側へ顔を向ける。


 レンもすぐに気づいた。


「ミレア!」


 立ち上がろうとして、隣のアイリに睨まれる。


「立つだけ」


「走らないで」


「分かってる」


 今度は本当にゆっくり立ち上がった。


 エリリアも壁から身体を離し、南側へ視線を向ける。


 先頭を歩くミレアの後ろに二人の狩人が続き、その間には両手を縛られた最後の盗賊がいた。


「捕まえたのか」


 レンが呟く。


「生きてる」


 アイリの声には少し驚きが混じった。


 ミレアたちが広場へ入ると、周囲の空気が変わった。怒りの声を上げる者はいなかったが、多くの視線が拘束された男へ集まり、男はそれを避けるように俯いた。


「一人足りないって話だったけど」


 ミレアがレンたちの前まで来る。


「これで全員」


「怪我は?」


 エリリアが尋ねた。


「私たちは大丈夫。こいつが橋から落ちかけて脚を痛めた」


「橋?」


「森の中の川に古い橋があった。逃げようとして踏み抜いた」


 ミレアはそれ以上の説明を後回しにし、持っていた布包みをエリリアへ見せた。


「これも取り戻した」


 エリリアはすぐには触れなかった。包みは細長く、煤や泥で少し汚れているが、布の隙間から中身は見えない。


「開けましたか?」


「まだ」


「彼は?」


「全部は知らないって」


 その時、拘束されていたガロスが顔を上げた。


 ほんの一瞬だったが、その視線が布包みへ吸い寄せられたのを、エリリアは見逃さなかった。


「取り返したのか」


 ガロスが低く呟く。


 ミレアが男を見る。


「知ってるんだね」


「知らねえ」


「今、自分で言ったでしょう」


 ガロスの口が止まった。


 レンは布包みとガロスを交互に見る。


「何なんだ、それ」


 ガロスは答えない。


 エリリアもすぐに包みを開こうとはしなかった。


「今は後です」


 レンが彼女を見る。


「開けないのか?」


「ここで急いで開く必要はありません。火も残っていますし、怪我人もいる。それに、村の物なら持ち主か管理していた方にも確認してもらうべきです」


 レンは少し考え、頷いた。


「それもそうか」


 アイリが捕らえられた最後の男を見る。


「この人も、ガロスと一緒に?」


「離しておいた方がいい」


 ミレアが答える。


「口裏合わせられると困るから」


「分かりました」


 エリリアが周囲の村人へ視線を向ける。


「別の場所で見張ってください。縛りはきつ過ぎないように。右脚も確認を」


 捕らえられた男が驚いたように顔を上げる。


「……俺の脚を?」


「歩けなくなるほど悪化させる意味はありません」


「俺は敵だぞ」


「知っています。だから見張りを付けます」


 男は口を閉じた。


 数人の村人が近づき、最後の盗賊を連れていく。誰も殴らず、誰も石を投げなかったが、それは許したという意味ではない。ただ、これ以上必要のない傷を増やさなかっただけだった。


 レンはその背中を見送りながら、広場を見回した。拘束されたガロスと、武器を奪われた盗賊たち。無事に戻ったミレアと二人の狩人。回収された正体不明の包み。そして、なお火を消し、負傷者を支えている村の人々。


 逃げた者はもういない。少なくとも、今この村を襲っている敵は残っていなかった。


「これで……終わり?」


 アイリが小さく尋ねた。


 レンもエリリアも、すぐには答えなかった。


 燃え残った家から木材の崩れる音が聞こえ、誰かが水を求めて声を上げる。戦いが終わったからといって、全てが元へ戻るわけではない。倒れた者も、傷ついた者もいる。焼けた家もあり、森の向こうにはまだ子供たちとリュネが待っている。


 それでも、剣を持って村へ入ってきた者たちは、もう誰一人として自由に動いてはいなかった。


 ミレアが長く息を吐く。


「少なくとも、追いかける相手はもういないよ」


 アイリが少しだけ肩の力を抜いた。


 レンも黒銀の剣へ視線を落とし、ゆっくり鞘へ収めた。金属の擦れる静かな音が、今まで聞いてきたどの剣戟よりもはっきり耳に残った。


 エリリアはその音を聞いてから、布に包まれた細長い何かを右手だけで受け取り、傷ついた左腕へ負担を掛けないよう身体の近くへ寄せた。


 ガロスがまたそれを見ているが、今は何も言わない。エリリアも問い詰めなかった。知るべきことは残っているが、それより先にしなければならないことが、この村にはいくらでもあった。


 夜はまだ終わっていない。それでも南の森から戻ってきた足音を最後に、村の外へ追うべき敵の気配は消えていた。


 最後の盗賊は、生きたまま村へ戻ってきた。

ここまで読んでくださり、そして『アストラエオン 炎と影』を応援してくださって、本当にありがとうございます。


もし物語を楽しんでいただけましたら、ぜひブックマークや★★★★★の評価で応援していただけると嬉しいです。


皆さんからの応援は、これからも物語を書き続けていくうえで大きな励みになります。


いつも本当にありがとうございます。これからも『アストラエオン 炎と影』をよろしくお願いいたします!

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