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アストラエオン 炎と影  作者: 鈴木 明
第三章 東街道の残響
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第三章 第二話 五人分の荷物

翌朝、街道休憩所の古い屋根を淡い朝日が照らし始めるより先に、ガリックは荷物をほとんど地面へ下ろさせていた。もちろん、自分で運んだわけではない。左脚の状態を考えればそんな真似を許されるはずもなく、彼は休憩所の壁際に腰を下ろしたまま、ミレナを中心に、レンとエリリアには無理なく扱える軽い物だけを動かしてもらい、荷台の中身を一つずつ並べていた。干し肉、豆、固焼きパン、水袋、予備の布、包帯、薬草、簡単な修理道具、火口箱、縄、毛布、食器、地図を入れた革筒、ミレナの記録類、そして厚布に包まれた黒銀剣。前夜までは荷台へ収まっているだけで問題なく見えたものも、こうして広げてみれば、五人分の旅が思っていた以上の量になっている。


「朝から何してるの」


 目を覚ましたアイリが、休憩所の入口で足を止めた。寝起きのまま少し乱れた銀白の髪を片手で押さえ、地面いっぱいに並んだ荷物を見回す。


「積み直す」


 ガリックが答えた。


「昨日積んだよね?」


「だから積み直す」


「何か間違ってた?」


「間違いってほどじゃない。ただ、今の積み方だと右後ろへ重さが寄りすぎてる。昨日、最後の方で車輪が石を拾うたびに荷台が片側へ落ちてた」


 アイリが小型馬車へ目を向ける。前日は乗っているだけでは気づかなかったが、荷を下ろした今なら、右後輪側の革留めが左よりわずかに強く擦れているのが分かった。


「壊れる?」


「今日明日で壊れるほどじゃない。ただ、このまま何日も走れば車軸へ負担が偏る。悪い道へ入ればもっと早い」


「そんなの分かるんだ」


「元街道警備だぞ。壊れた荷車を何度押したと思ってる」


「数えたことある?」


「ない」


「ガリックなのに」


「俺を何だと思ってる」


 アイリが笑いながら外へ出てくると、ガリックはすぐに彼女の両手と右肩へ目を向けた。


「持つなよ」


「まだ何も触ってない」


「触る顔してる」


「それ昨日、院長がガリックに言ってた」


「正しかったから使ってる」


「便利な言葉ばっかり増えていくね」


 アイリは右肩へ余計な力をかけないようゆっくり腰を落とし、並べられた荷物を眺めた。


「じゃあ、どう積むの?」


「水を車軸の近くへ寄せる。修理道具も中央。食料は左右へ分ける。毛布は上。黒銀剣は今の位置だと右へ寄りすぎるから中央へ移す。ただし、ほかの荷物の下には入れない」


「お兄ちゃんが取りたい時に取れるように?」


「違う」


 背後からレンの声がした。


「俺が勝手に取りやすい場所へ置かないためだろ」


 休憩所から出てきたレンは右腕を不自然に庇ってはいなかったものの、朝から重い物を持つ気はないらしく、左手だけで外套の留め具を直していた。


 ガリックが頷く。


「今すぐ使う必要がない剣を、緊急時だからって一人で抜きやすい位置へ置く必要もない」


「分かってる」


「ならいい」


「でも見える場所には置く」


「それも分かってる」


 レンは厚布に包まれた黒銀剣へ一度だけ目を向け、それ以上近づかなかった。


「右腕は?」


 アイリが尋ねる。


「朝は二。左手は昨日と同じ。薬指と小指の感覚が少し鈍い」


「脚は?」


「問題ない」


「疲れは?」


「一。寝たから」


「ちゃんと言った」


「お前も」


「手は二。肩も二」


「昨日より少し下がった?」


「うん。でも荷物は持たない」


「偉い」


「子供みたいに言わないで」


 昨日自分が言われた言葉をそのまま返され、レンが笑った。


 その頃にはエリリアも外へ出てきていた。淡い銀髪を簡単にまとめ、地図と朝の空を見比べる。風は前日より弱く、街道脇の葉も時折揺れる程度だった。


「今日は無理をしなければ、昼過ぎには宿場へ着けそうです」


「魔力使った?」


 レンが尋ねる。


「使っていません。雲と木の動きを見ただけです」


「先に言われた」


「聞くと思いましたから」


 エリリアは地面へ並べられた荷物へ視線を移し、少し首を傾げた。


「本当に全部下ろしたんですか?」


「全部じゃない」


 ガリックが答える。


「俺の個人荷物と、ミレナの記録の中身には触ってない」


「私の記録に勝手に触ったら怒るから」


 いつの間にか馬車の反対側にいたミレナが言った。


「いたのか」


 レンが振り返る。


「いたわよ。井戸で水を汲んでた」


「言った?」


 アイリがすぐに聞く。


「エリリアに言った」


 エリリアが頷く。


「聞きました」


「全員に一人ずつ報告しなくても、一人が知っていればいいでしょう?」


 ミレナが少し挑むようにアイリを見る。


 アイリは少し考えた。


「近くなら、それでいいと思う」


「よかった。毎回四人に報告する旅じゃなくて」


「そんなに嫌?」


「嫌というより、慣れてない。王都にいた頃は、誰かに『水を汲んでくる』なんて言う必要なかったから」


「今は?」


「近くなら一人が知ってればいい。遠くまで行くなら戻る時間も言う。昨日決めたでしょう」


「覚えてる」


「なら大丈夫」


 ミレナは満たした水袋を荷台の横へ置いた。


「それ、全部満杯か?」


 ガリックが尋ねる。


「三つとも」


「中央へ」


「はいはい」


「返事が軽い」


「昨日言われた」


 五人のあいだに、小さな笑いが広がった。


 ◇


 荷物の積み直しは、思っていたより時間がかかった。最初はガリックが指示を出し、動ける者が運べばすぐ終わるはずだった。だが、レンは右上腕へ負担をかけられず、左手も薬指と小指へ力を入れ続ければ細かな震えが出る。アイリは軽い布や食器なら扱えるものの、持ち上げる動作を繰り返せば右肩へ負担が溜まる。エリリアは身体そのものには大きな制限がないが、回復中の今、ほかの四人の分まで重労働を引き受ける理由はない。そしてガリック本人は、座ったままなら誰より細かく指示を出せる代わりに、実際の荷運びには加われない。その結果、一番多く動くことになったのはミレナだった。


「これは?」


「中央」


「これは?」


「左」


「こっちは?」


「右前」


「ガリック」


「何だ」


「私だけ働いてない?」


「健康だからな」


「昨日からそればっかり」


「嫌なら怪我するか?」


「絶対嫌」


「なら働け」


「仲間ってもっと優しいものだと思ってた」


「俺たち四人が怪我してるだけだろ」


 レンが小さな修理袋を荷台へ置きながら言う。


「四人まとめて怪我してる方がおかしいのよ」


「旅ってそういうもの?」


 アイリが尋ねる。


「普通は違うと思いたいです」


 エリリアが答えた。


「私たち、普通?」


 誰もすぐには答えなかった。


「そこは考えなくていい」


 ガリックが言う。


「今は荷物だ」


 ミレナは深く息を吐き、次の水袋を持ち上げた。


「疲れ二」


「まだ二か」


「その言い方やめて。増えるの期待してるみたい」


「増えたら休め」


「分かってる」


 ガリックの指示で水袋と工具が車軸に近い中央へ集められ、食料は左右へ均等に分けられた。薬箱は振動の少ない前方へ固定し、衣類や毛布は上へ。黒銀剣は荷台の中央側面へ新しい革紐で留め、上から荷物が崩れても直接押し潰されない位置に置く。


 最後にガリックが確認したのは、それぞれの個人荷物だった。


「個人鞄も重さだけ確認する」


「嫌」


 ミレナが即答した。


「中身を全部出せとは言ってない。重さを見る」


「先に言って」


「今言った」


「情報屋に『鞄見せろ』は、喧嘩を売ってるのと同じだから」


「面倒だな」


「職業病」


 ミレナは自分の鞄を片手で持ち上げ、ガリックへ渡さず重さだけ分かるように見せた。


「記録と着替え。道具。あと少し薬」


「重いな」


「紙は重いの」


「減らせないか?」


「減らしたくない」


 ガリックはすぐには反論しなかった。


「理由は」


「王都で集めた控えがある。白環にも写しは置いたけど、私が持つ分まで一か所に集めたくない」


「なら、その鞄の中でも分けろ」


「何?」


「旅に持ってきた控えを全部そこへ入れてるんだろ」


「そうだけど」


「一つ落としたら、お前の手元にある分が全部なくなる」


 ミレナの表情が僅かに変わった。王都を出る前、自分一人がすべての情報を抱える危険を認め、白環へ控えを残したばかりだった。だが、旅へ持ち出した分については、まだ以前の癖のまま一つへまとめている。


「……二つに分ける?」


「重要度で三つでもいい。お前が身につけるもの。荷台へ置くもの。なくしても作り直せるもの」


「誰が持つの」


「お前が決めろ」


「ガリックが決めないの?」


「情報の価値まで俺は知らん」


 ミレナは少し考え、鞄を下ろした。


「じゃあ宿場で薄い革袋を買ってから分ける。適当に包んで濡らしたら意味ないでしょう」


「それならいい」


 アイリが言う。


「一人で全部決めない?」


「何をどこまで残すかは私が決める。でも、どこへ置いたかは共有する」


「うん。それならいい」


 アイリが頷くと、ミレナは少しだけ笑った。


「五つの約束って、使い方によってはすごく面倒ね」


「今さら?」


「今までは治療院の中だったから。旅に出ると全部、生活になる」


 その言葉に、誰もすぐには答えなかった。


 五つの約束は、白環の包囲の中で生まれた。矢が飛び、門が壊され、地下へ道を探していた状況では、命を守るための原則として分かりやすかった。だが王都の外へ出た今、それはもっと小さな選択へ入り込んでいる。どこへ行くのかを伝えること。痛みや疲労を言葉にすること。荷物や情報を一人へ集中させないこと。何か似たものを見つけても、すぐ同じ出来事だと決めないこと。特別な儀式がなくても、白環で決めたことは、こうして五人の旅そのものへ形を変え始めていた。


「終わった」


 ガリックが荷台を見渡した。


「本当に?」


 レンが聞く。


「走らせてみないと最終的には分からん」


「五つ目」


「これは推測と事実を分けてるだけだ」


「なら正しい」


「お前ら、何でも五つ目で返すのやめろ」


 ◇


 朝食を済ませて街道へ戻ると、積み直した効果はすぐに分かった。前日は右側へ僅かに沈む感覚があった荷馬車が、石の多い場所を通っても左右へほぼ同じように揺れている。エリリアは馬の歩調と荷台の動きを見比べ、積み直した後の状態を確かめていた。今日も魔力には頼らず、目と耳だけで馬と車輪の様子を追っている。


「昨日より安定しています」


「だろ」


 幌馬車の中からガリックが満足そうに答えた。


「その顔、ちょっと腹立つ」


 ミレナが言う。


「何でだ」


「絶対『俺が正しかった』って思ってる」


「正しかったからな」


「言った」


「事実を認めただけだ」


「頑固」


「自覚はある」


 レンは午前の最初の区間だけ歩いた。右腕の痛みが二から三へ上がったところで申告し、予定より少し早く馬車の横へ寄る。


「乗る」


 アイリが目を丸くした。


「まだ聞いてないよ」


「三になった」


「疲れは?」


「二」


「脚は?」


「平気」


「じゃあ乗ろう」


「それだけ?」


「何が?」


「もっと褒めるかと思った」


「褒めてほしいの?」


「いらない」


「じゃあ乗って」


「はい」


 レンが移動椅子へ移る間、黒銀剣は荷台の中央に固定されたままだった。厚布の形を目で追うことはあっても、手を伸ばさない。その姿を見ていたガリックが何も言わずに水袋を差し出す。


「飲め」


「喉渇いてない」


「傷がある奴ほど、渇いてから飲むな」


「元警備兵として?」


「白環でも散々言われた」


「どっちだよ」


「両方だ」


 レンは笑い、水を飲んだ。


 午前半ばになると、東街道には王都へ向かう荷車が少し増えた。野菜を積んだ農家の車、羊毛を運ぶ商人の荷車、木材を載せた二頭立ての大型車。すれ違うたびにガリックは車輪や積み方、馬の状態へ目を向け、ミレナは御者の服や積荷の印をさりげなく見ている。


「仕事してる」


 アイリが言った。


「誰が?」


「二人とも」


「見るくらい普通だ」


 ガリックが答える。


「私は癖」


 ミレナも続けた。


「エリリアは?」


「道を見ています」


「お兄ちゃんは?」


「休んでる」


「私は?」


「全員を見てる」


 レンが言った。


 アイリが少し考える。


「それ、私だけ仕事みたいじゃないね」


「仕事にしたいのか?」


「役割がある方がいい」


 アイリは前を向いた。白環では治療の手伝いができた。傷の手当て、薬草、患者の状態確認。旅に戻れば、重い荷物は持てず、右肩もまだ完全ではない。自分だけが何もしていないように感じる瞬間があることを、レンはその横顔から察した。


「アイリ」


「何?」


「次の休憩で薬箱見てもらっていい?」


「何で?」


「旅用に足りないもの、俺には分からない」


「エリリアでも分かるでしょう?」


「お前の方が薬や応急手当には詳しいだろ」


 アイリは一瞬だけ黙り、それから小さく頷いた。


「分かった」


「買うものも決めて」


「いいの?」


「必要なら」


「じゃあ包帯、消毒用の酒、虫刺されの軟膏。それと馬用の傷薬も見たい」


「もう増えた」


 ガリックが後ろから言う。


「必要品」


「文句は言ってない。量を数えるだけだ」


「鍋も?」


「最優先」


「やっぱりそこなんだ」


 アイリの声が少し明るくなった。


 役割は、前へ出て戦うことだけではない。その事実を白環で何度も確かめたはずなのに、街道へ戻ればまた忘れそうになる。五人全員が、それぞれにできることと、まだできないことのあいだで、自分の役割を覚え直していく必要があった。


 ◇


 昼を過ぎて間もなく、街道の先に低い石壁と木造の建物が集まった宿場が見えてきた。王都に比べれば小さい。街道沿いに宿屋が三軒、馬を預かる厩舎、鍛冶場、雑貨屋、食料品を扱う店が並び、その奥には住民の家々が続いている。入口近くには街道標と料金表が立ち、旅人や商人が行き交っていた。


「着いた」


 アイリが言った。


「予定より少し早いですね」


 エリリアが空を見た。


「荷物を積み直したから?」


「そこまで変わらん」


 ガリックが答える。


「昨日、無理してここまで来なくて正解だった」


「それは認める」


 レンが言った。


「もっと悔しそうに言え」


「何でだよ」


 宿場へ入る前に、五人は道端で一度止まった。


「買う物」


 ガリックが紙を出す。


「鍋」


 アイリ。


「薬」


 レン。


「記録を分ける袋」


 ミレナ。


「馬の餌と、水の補充」


 エリリア。


「食料」


 ガリック。


「鍋二回言ってない?」


「言ってない。最初はお前が言った」


「じゃあ一回」


「一番上に書く」


「本当に最優先」


 ミレナが呆れる。


「金は?」


 その一言で全員の言葉が止まり、これまで個人ごとに扱っていた旅費を、五人になった今どうするのかという新しい問題が浮かび上がった。


「各自?」


 レンが言う。


「旅の共有物まで、毎回誰か一人が払うの?」


 ミレナが聞き返す。


「今までどうしてた?」


「俺とアイリは一緒だったから、あんまり細かく分けてない」


 レンが答える。


「私は自分の物は自分で」


 エリリアが言う。


「俺も自分で払ってた」


 ガリック。


「私も」


 ミレナ。


「じゃあ、五人で使う鍋は?」


 アイリが尋ねると、今度はガリックが紙へ視線を落としたまま咳払いした。


「俺が欲しいって言ったから俺が払う」


「でも全員使うよ」


 アイリが言う。


「食料も同じですね」


 エリリアが続ける。


「薬は?」


 レン。


「馬の餌も」


 ミレナ。


 ガリックは紙を見たまま少し考えた。


「荷物より先に、金の方を決めるべきだったか」


「元街道警備」


 アイリが言う。


「何でも知ってるわけじゃない」


「認めた」


「事実だ」


 ミレナが少し笑い、腰の小袋へ手を置いた。


「共有分を作る?」


「旅費?」


「そう。全員が同じ額じゃなくてもいい。持ってる額も違うでしょうし」


「それだと、誰が多く出したって後で揉めない?」


 レンが尋ねる。


「揉めるなら最初に揉めた方がいい」


「言い方」


「金がなくなってから揉めるよりまし」


 ガリックが頷いた。


「同意だ。必要な共有物は共通の財布。個人の物は自分。宿代と食料、馬、修理、治療用品は共有」


「情報を買う時は?」


 ミレナが尋ねる。


「内容による」


 レンが答える。


「五人の旅や調査に必要な情報なら共有。ミレナ個人の仕事なら自分?」


「妥当」


「でも、勝手に大きな額を使うのはなし」


 アイリが付け足す。


「いくらから大きな額?」


「そこも決める必要がありますね」


 エリリアが言った。


「今ある金額を確かめてからにしましょう」


「街道の真ん中で?」


「宿を取ってからです」


 ガリックが紙へ新しい項目を書き足した。


『共同費』


 その二文字を見て、レンが少し笑った。


「五人になった感じするな」


「鍋より?」


「鍋より」


「鍋も五人分だ」


「まだ言う」


 宿場の入口を通り、馬車がゆっくり石敷きの道へ入っていく。旅人の声、鍛冶場から響く槌音、焼いたパンの匂い、厩舎の藁と馬の匂いが混ざり、王都とは違う小さな町の空気が五人を迎えた。そのまま最初に向かった雑貨屋で、棚に並んだ鍋を見た瞬間、ガリックの表情が急に真剣になる。


「これだな」


「大きすぎない?」


 アイリが言う。


「七人分くらい作れそう」


「五人が腹減ってたら、それくらい食う」


「ガリックが二人分?」


「俺だけじゃない」


「誰?」


「レン」


「何で俺」


「若い男だから」


「雑」


「でも持つのは誰?」


 ミレナが聞いた。


 全員の視線が鍋へ集まり、次に自然とミレナへ向いた。


「待って」


 ミレナが一歩下がった。


「健康」


 アイリが言う。


「専門外」


「仲間」


 レンが続ける。


「そこに使う?」


「今回は正しい」


 ガリックまで加わった。


「絶対おかしい」


 エリリアが笑いを堪えながら、棚の別の鍋を指した。


「こちらなら少し小さくて軽いです。五人分なら十分でしょう」


 ガリックはしばらく二つを見比べた末、渋々小さい方を選んだ。


「妥協だ」


「旅に出て早々、学んだね」


 アイリが言う。


「何を」


「五人分って、何でも一番大きいものを持つって意味じゃないんだよ」


 ガリックは返事をせず、新しい鍋を持ち上げた。


「重さは?」


 レンが尋ねる。


「問題ない」


「誰が持つ?」


「荷馬車だ」


 ミレナが大きく息を吐いた。


「最初からそうして」


 ◇


 薬、食料、記録袋、馬の餌、そして新しい鍋を買い終えた頃には、午後の日差しが宿場の屋根を斜めに照らしていた。


 宿を探す前に、ガリックはまた荷台の前で止まった。


「積み直すぞ」


「また?」


 四人の声が重なった。


「増えたんだから当然だろ」


「今日二回目」


「これから毎回?」


 アイリが尋ねる。


「必要なら」


「旅って大変だね」


「今さら気づいたか」


 ガリックは新しい鍋を荷台の左側へ置き、右側の食料袋を少し中央へ寄せるよう指示した。


 ミレナは自分で買った二つの薄い革袋へ記録を分け始めた。一つは自分の鞄へ。もう一つは防水布で包んで荷台の内箱へ。さらに、失っても再作成できる簡単な整理表だけを小さな第三の袋へ入れる。


「どこに何があるか言う」


 彼女が自分から口を開いた。


「重要な控えは私。複製できる整理表は荷台。道中で使う地図と名前の一覧だけ、こっち」


「全部の内容を説明しなくてもいいよ」


 アイリが言った。


「分かってる。でも場所は共有する」


「戻る時刻と同じ?」


「似てる。私が動けなくなった時、何がどこに残ってるのか誰も分からないのは困るでしょう」


「一人で消えない」


 レンが言う。


「消える前提にしないで」


「もしもの話」


「ならいい」


 ガリックが荷台へ視線を向けたまま言った。


「荷物も情報も似たようなもんだ。どこに何があるか、一人しか知らない状態は、そいつが動けなくなった時に全部止まる」


「だから共有する?」


「必要なところだけな」


 エリリアが頷く。


「全部をさらけ出すという意味ではありません。それぞれの秘密や個人の持ち物まで、旅の仲間だからという理由で差し出す必要はないでしょう。ただ、誰かの安全や全員の行動に関わることだけは、一人の中へ閉じない」


 ミレナが少しだけ目を細めた。


「それなら続けられそう」


「旅を?」


「五人を」


 短く返されたその言葉を、誰も大げさには受け取らなかった。レンは荷台の革紐を締め直し、アイリは買った薬の包みを自分の軽い薬袋へ分ける。エリリアは馬の飼料量を確認し、ガリックは新しい鍋が車輪の振動で動かない位置を探した。


 五人分の荷物は朝より少し増えていたが、その代わり、誰が何を持ち、どこへ置き、何を共有するのかが見えるようになったぶん、ずっと扱いやすくなっていた。誰が何を持てず、何を一緒に使い、何だけは自分で守るのか。その全部が決まったわけではない。それでも一つずつ言葉にしていけば、三人だった旅へ二人を無理に押し込むのではなく、五人で新しい形を作ることはできる。


「宿、探さない?」


 アイリが言った。


「その前に最後の確認」


 ガリックが答える。


「まだあるの?」


「車輪」


「朝見た」


「荷物増えた」


「……分かった」


 ミレナが額へ手を当てる。


「私、情報を集めるより大変な仲間に入ったかもしれない」


「今さら抜ける?」


 レンが尋ねた。


 ミレナは一瞬だけ彼を見る。


「抜けない」


 それだけ答えて、新しい記録袋を荷台へ固定した。


 宿場の通りには、夕方へ向かう人の声が少しずつ増えていた。今夜どこへ泊まり、誰がどの部屋を使い、五人が他人からどう見えるのか。そんな次の小さな問題が、もう彼らを待っている。


 旅へ加わると決めることと、本当に五人で旅をすることは、同じではなかった。それでも荷馬車の上には、五人分の荷物が並んでいた。

ここまで読んでくださり、そして『アストラエオン 炎と影』を応援してくださって、本当にありがとうございます。


もし物語を楽しんでいただけましたら、ぜひブックマークと5つ星の評価で応援していただけると嬉しいです。


皆さんからの応援は、これからも物語を書き続けていくうえで大きな励みになります。


いつも本当にありがとうございます。これからも『アストラエオン 炎と影』をよろしくお願いいたします!

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