第二章 第四十五話 埋め戻された分岐
東側旧整備場について紙の上で確認できる範囲を整理した翌朝も、白環治療院を囲む治安局の配置に大きな変化はなかった。割れた正門の外には大盾が並び、半歩ほど前へ出された破城槌もその位置から動かず、高所の弓兵も撤収していない。夜のあいだに新たな矢は放たれず、門への打撃もなかったが、それを包囲の緩みとは扱わないという判断は、すでに院内で共有されていた。北市場第三保管庫の地上側は引き続き一時使用停止のままで、治安局が床下点検口の存在を把握しているかどうかも確認できていない。武器保管庫の黒銀剣には四者の封印が残り、銀縁のロケットもレンの首から離れていなかった。
中央回復室の机には、前日にまとめた東側旧整備場の記録が置かれている。十一年前の常設運用終了、七年前の道路拡幅と地下点検階段上部の撤去・埋戻し、その二年後の地下点検部における湿気増加と換気口清掃、さらに五年前の地下換気格子交換。紙だけを見れば、少なくとも道路拡幅後も何らかの地下空間が存在していた可能性は残る。だが、その空間が白環側の旧水路と繋がっているのか、人間が通れるだけの広さを持つのか、現在も残っているのか、そのどれもまだ確認されていなかった。
「今日は、そのうち一つだけ確かめる」
院長が言った。
レンは移動椅子に座ったまま、古い地下設備図へ目を落とした。
「白環側に分岐が残ってるかどうか」
「そこまでだ」
「地上へは上がらない」
「上がれる場所があっても開けない」
「壁があっても壊さない」
「別の道が見えても追わない」
「名前の壁でも止まらない」
ミレナが最後の条件を加えると、アイリが隣から彼女を見る。
「今回はミレナが行くんだよね」
「そう」
「前より先まで?」
「前に確認した場所より東へ進む。でも、エリリアが図面から絞った分岐候補まで。それ以上は行かない」
「見つからなかったら?」
「戻る」
「少し周りを探したりは?」
「しない」
「本当に?」
レンが尋ねると、ミレナが眉を上げた。
「その質問、私にする?」
「念のため」
「昨日まであなたに同じことを言ってた側なんだけど」
「だから確認」
「アイリの真似まで覚えた」
「確認大事だからね」
アイリが笑う。
エリリアは三人のやり取りを聞きながら、現在の地下経路図へ細い指を置いた。風の魔力には頼らず、旧水門、壁面人名記録が続く区画、旧対外使節区の設備線、そのさらに東へ伸びる古い点検路を順に追い、紙の端へ前日に計算した距離を書き直していく。
「古い図面が正しければ、壁面記録の区画を通過した後、現在確認している主路から北東側へ分かれるはずです。ただし、道路拡幅以前の図面なので、実際の位置にはかなり誤差があると思ってください」
「どれくらい探していい?」
ミレナが尋ねる。
「主路から離れない範囲で、予測位置の前後だけ。左右の壁に構造の変化がなければ、その時点で帰ってください」
「見えない扉を探して壁を叩くのもなし?」
「なしです。音が地上へ届く可能性もあります」
「分かった」
ガリックは椅子に座ったまま地下図面を覗き込み、地上側の東地区道路修繕詰所を指した。
「今の詰所について、使う時間は分かったのか」
「通常記録だけなら」
ミレナが別の紙を引き寄せる。
「朝から夕方まで市修繕班が使う。夜間は原則閉鎖。ただし、道路破損や排水事故が起きた時は臨時で開くことがある」
「今の包囲中は通常と違う」
レンが言う。
「そういうこと」
少し離れた治療区画から話を聞いていたラウルも頷いた。固定された右足首を動かさないまま、現在の地図へ視線を向ける。
「俺が巡回してた頃も、あそこは昼間に修繕班が出入りする場所だった。夜は閉まってることが多かったが、絶対じゃない。治安局が常駐する場所じゃなかったのも、俺の知る範囲では確かだ」
「今も?」
「知らない。包囲が始まってから何に使われてるかは見てない」
「じゃあ、今日そこが無人だとは扱わない」
アイリが言った。
「正解」
ミレナが答える。
「地下から上へ行ける場所を見つけても、人がいるかもしれない場所へ勝手に穴を開けない」
レンは地図を見つめながら口を開きかけた。
「もし埋戻しが薄かったら――」
だが、途中で自分から言葉を止める。
「……いや。崩せるかどうかじゃないな」
ミレナが彼を見る。
「何?」
「崩していいかどうかだ」
今度はガリックが僅かに笑った。
「ようやく覚えたか」
「昨日と一昨日で散々言われたからな」
「なら今日は言わなくて済む」
「その方が助かる」
◇
今回の現地確認に入るのは、ミレナ、市の旧水路を知る年配の修繕職員、白環の健康な護衛一人の三人だけとなった。地下入口には東門副長と別の護衛が残り、縄による合図を受け持つ。縄を一度強く引けばその場で停止し、二度なら理由を問わず即時帰還。予定時刻を過ぎても合図がなければ、入口側から追って探しに行くのではなく、院長へ報告して次の判断を仰ぐことまで先に決めた。
「迎えに来ないの?」
アイリが尋ねる。
「三人が予定を破ったからって、次の人まで同じ場所へ入れたら増えるだけだから」
ミレナが答えた。
「でも怖くない?」
「怖いわよ」
「普通に言うんだ」
「二つ目の約束でしょう。行動に関係する恐怖を隠さない」
「どれくらい?」
「今は四」
「帰る線は?」
「息苦しさが出る、足場が予想より崩れてる、水位が上がる、知らない人の気配がある、地上から明確な作業音が近づく。そのどれか一つで戻る」
「分岐を見つけてても?」
「見つけてても」
アイリは少し考えてから頷いた。
「行ってらっしゃい」
「行ってくる」
「ちゃんと戻ってきて」
「そのための決まりを今作ったの」
三人は地下薬草庫の奥から旧水路へ入り、白環側の石扉を静かに閉じた。
最初の区間に変化はなかった。浅い水は以前と同じ高さを保ち、旧水門の水位線にも異常はない。水門の輪や鎖には触れず、三人は高い側の点検路を進んでいく。壁面に不規則な名前が刻まれた最初の区画も、その先に数十以上の人名が並ぶ壁も、今回は立ち止まらず通過した。灯りが文字を横切るたび、ミレナの視線が一瞬だけそちらへ向く。それでも彼女の足は止まらなかった。
年配の修繕職員が小さく言う。
「見なくていいのか」
「見えてる」
「前なら止まったろ」
「今日は違うものを確認しに来た」
「新しい字があっても?」
ミレナは僅かに間を置いた。
「帰った後で、その可能性があったことを記録する。でも今日は止まらない」
「それでいいのかね」
「全部を一度に拾おうとすると、どれも持って帰れなくなる」
護衛は何も言わなかったが、後ろから一度だけ頷いた。
壁面記録の区画を抜けると、通路は僅かに東へ曲がった。以前の探索では、この先へ進んでいない。石材の色も少しずつ変わり始め、古い灰色の石に混じって、後年の補修と思われる赤茶色の煉瓦が目立つようになっていく。
「ここから」
ミレナが足を止める。
「図面の予測範囲」
修繕職員が壁へ灯りを向けた。
「分岐なら、継ぎ目があるはずだ。水路の壁を後から塞いでも、角だけは完全には消せん」
「叩かない」
「分かってるよ」
三人は主路を外れず、壁面を目で追った。右側には古い排水溝が続き、左側にもほとんど同じ石積みが並んでいる。十歩ほど進んでも変化はなかったが、さらに数歩進んだところで、護衛が灯りを少し高く上げた。
「ここ、色が違いませんか」
左側の壁の一部だけ、石の並びが不自然に途切れていた。古い長方形の石枠を埋めるように後年の煉瓦が積まれており、主路側から見れば単に補修された壁にも見える。だが、煉瓦の上端には緩やかな弧があり、その外側にはさらに古い石材が縦に残されていた。
「入口だった形だ」
修繕職員が近づく。ただし手は触れない。
「扉?」
「いや。通路の枠だと思う。幅は人ひとりよりかなり広い」
「古図の方向は?」
ミレナが持参した写しを開く。
「北東」
護衛が壁の向きを確かめた。
「合ってます」
「まだ分岐だとは決めない」
「形は近い」
「近い、まで」
煉瓦の端には、泥と白い析出物に半分埋もれた薄い鉄板が残されていた。文字の大部分は錆に覆われているが、修繕職員が灯りの角度を変えると、刻まれた溝が僅かに浮かび上がる。
『東側整備場 地下点検路』
三人のあいだに短い沈黙が落ちた。
「これなら」
護衛が言う。
「東側旧整備場へ向かっていた点検路だったことまでは言えそうね」
ミレナはその場で紙へ書き込まず、文字を記憶へ残すために静かに読み直した。
「でも、今見えてるのは塞がれた入口」
「煉瓦は古図より後だ」
修繕職員が目を細める。
「道路拡幅の頃かもしれん」
「年代は見ただけじゃ分からない」
「そうだな」
「中へ入れる?」
「このままじゃ無理だ」
「壊せば?」
護衛が尋ねた。
ミレナはすぐには答えなかった。
「今日は壊さない」
「分かってます。構造として」
修繕職員が壁の周囲を眺める。
「煉瓦だけなら外せる可能性はある。ただ、この向こうに土が詰められていたら、最初の一枚を抜いた瞬間に押し出してくる。上が階段なら荷重も読めん」
「つまり?」
「出口を開けるんじゃない。穴を掘る作業になるかもしれん」
ミレナはその言葉を記憶へ留めた。
予測した分岐が見つかった以上、今回の目的はすでに達成している。本来ならそのまま戻ってもよかった。それでも、壁そのものへ触れずに確認できる範囲だけを最後に見渡してから帰ることにした。
護衛が灯りを上へ向けた時、煉瓦の最上部より少し横に、小さな黒い隙間が見えた。
「穴?」
「待って」
ミレナが近づく。
壁の石枠へ直接触れない距離から確認すると、それは穴ではなく、古い鉄管の端だった。人の腕ほどの太さもなく、内部は暗い。煉瓦で塞がれた点検路とは別に、壁の上部から斜め上へ伸びているらしい。
「換気?」
護衛が言う。
「可能性はある」
「五年前の」
「まだ重ねない」
ミレナは腰の袋から細い乾燥布を一片だけ取り出した。鉄管へ差し込むのではなく、その手前へ掲げる。
布の端が僅かに揺れた。
三人はすぐには言葉を発さなかった。水路の通路側には、布を揺らすほどの風は流れていない。ミレナは一度布を下げて位置を変え、もう一度鉄管の手前へ持っていく。今度も端が小さく持ち上がった。
「空気は来てる」
修繕職員が低く言う。
「どこから?」
「分からない」
「地上?」
「可能性はある。でも、別の地下室へ繋がってるだけかもしれない」
「塞がれてないことだけは?」
「空気が通る程度には、どこかと繋がってる」
その時、鉄管の奥から微かな音が届いた。金属同士が一度だけ触れたような短い音に続き、何か重いものが転がるような低い振動が、石を通して僅かに伝わってくる。
三人が同時に動きを止めた。
護衛が声を落とす。
「人?」
「決めない」
ミレナが即座に答えた。
「荷車かもしれない。修繕道具かもしれない。通りの音が伝わっただけかもしれない」
「地上へ通じてる証拠には?」
「ならない。でも、音を運ぶ経路がある可能性は上がった」
修繕職員が鉄管を見つめる。
「こちらから叩けば、向こうへ届くかもしれんぞ」
「やらない」
「言うと思った」
「向こうに誰がいるか分からないから」
「治安局かもしれん」
「市の作業員かもしれない」
「誰もいないかもしれん」
「だから試さない」
ミレナは時間を確認した。目的は達成したうえ、地上へ続いている可能性のある換気経路まで見つかっている。ここから何かを試せば、それはもう分岐の確認ではなく別の調査になる。
「戻る」
「もう?」
護衛が尋ねる。
「もうじゃない。ここまで」
「五年前の換気格子と同じか見ない?」
「地上へ行かない限り分からない」
「鉄管の長さくらい」
「測るために中へ何か入れる必要がある」
「紐なら」
「残るかもしれない」
護衛はそれ以上言わなかった。三人は塞がれた分岐へ背を向け、予定より少し早く帰路についた。
◇
地下薬草庫の石扉が開いた時、アイリが最初に確かめたのは三人の顔ではなく人数だった。
「三人」
「三人」
ミレナが答える。
「怪我は?」
「なし」
「水位は?」
「変化なし」
「怖さは?」
「途中で六まで上がった。今は三」
「何があったの?」
「分岐があった」
その一言で、中央回復室にいた者たちの視線が集まった。
ミレナは濡れた靴を拭き、椅子へ座ってから報告を始めた。立ったまま急いで話す必要はなく、修繕職員と護衛も同席させ、三人の記憶が食い違った場合にはその場で分けて残す。
「エリリアが予測した範囲の中で、後年の煉瓦で塞がれた古い通路枠を確認。枠の横に鉄製の標識が残っていた」
「文字は?」
エリリアが尋ねる。
「『東側整備場 地下点検路』」
レンが僅かに身を起こした。
「じゃあ繋がってた」
「昔は」
「今は?」
「入口が煉瓦で塞がれてる」
「向こうは?」
「見てない」
「埋戻し?」
「煉瓦の向こうが土か空間かも確認できない」
ガリックが修繕職員を見る。
「壊せる構造か」
「壊すだけなら可能かもしれん。ただし、安全に人を通すとなれば話が違う。煉瓦の向こうに埋戻し土が入ってれば、支えを作りながら除かなきゃならん。上が階段なら上部の荷重も分からん」
「音は出る」
「当然だ」
「時間もかかる」
「どれだけ詰まってるか分からない以上、見積もれん」
ガリックは図面へ視線を落とした。
「出口を見つけたんじゃないな」
「うん」
「出口だった場所を見つけた」
ミレナは僅かに首を振った。
「そこまではまだ言えない。今確認できたのは、かつて東側整備場へ向かっていた点検路」
「地上までどう繋がってたかは、まだ分からないか」
「そう」
「なら、それで残す」
「うん」
「でも、それだけじゃない顔してる」
アイリが言う。
「また顔?」
レンが横から口を挟んだ。
「ミレナも分かりやすくなってきた」
「あなたたちにだけは言われたくない」
「何があったの?」
エリリアが静かに尋ねる。
ミレナは上部の鉄管と、その手前へ掲げた布片が二度同じように揺れたことを説明した。
「空気が来ていた?」
「弱いけど。通路側の流れじゃなかった」
「鉄管の方向は?」
「北東寄りに上がってるように見えた」
「五年前の換気格子交換記録と同じもの?」
「分からない」
「位置は近い?」
「それを今から見てほしい」
エリリアはすぐに古い図面と現在の街路図を並べ、ミレナから聞いた歩数、分岐の向き、鉄管のおおよその角度を一つずつ置き直した。今回も風の魔力には頼らず、街路のずれ、旧整備場の敷地縮小、道路拡幅後の基準線の変化を考慮しながら、現在の東地区道路修繕詰所との位置関係を絞っていく。
「かなり近いです」
「詰所の真下?」
レンが尋ねる。
「そこまでは言えません。誤差を含めると、詰所の建物内、資材置場、東側の柵付近、広げられた道路の端まで候補に入ります」
「建物一つ分くらい?」
「昨日よりは絞れました。でも、まだ数歩単位では決められません」
「じゃあ、換気格子が詰所にあるとも言えない」
「はい」
「でも空気は来てる」
「はい」
アイリが図面を見ながら尋ねる。
「もし上が資材置場とか詰所の床だったら、今も誰かその上にいるかもしれないんだよね」
「可能性はあります」
「じゃあ壊さない」
「今は」
「今だけ?」
「安全が確認できて、必要があり、構造的にも開けられると分かれば、将来の選択肢にはなります。ただし、今はそのどれも揃っていません」
「分かった」
レンは閉塞部分を示す印を見つめた。
「崩せるかじゃない。崩していいか、だったな」
「今日は自分で言えた」
ミレナが言う。
「三回目だからな」
「四回目には言わなくて済みそう」
「期待しとけ」
ガリックが測定結果の写しへ手を伸ばした。
「それと、空気だけじゃないんだろ」
「音が一度あった」
「地上の?」
「不明。金属が触れたような音と、重いものが転がったような振動」
「こっちから音を返したか?」
「返してない」
「正解だ」
「珍しく即答」
「上に誰がいるか分からん場所へ、地下から『ここにいます』って知らせるほど馬鹿じゃない」
「通信に使える可能性は?」
レンが尋ねる。
ガリックは少し考えてから答えた。
「可能性はある。鉄管が地上まで一本で続いていれば、小さな音くらい届くかもしれん。細い紙を通せる太さがあるなら、別の使い方も考えられる」
「紙を送る?」
アイリが尋ねる。
「今はやらん」
「分かってる」
「先に上がどこかを知る。誰が使ってるかも知る。それからだ」
院長も頷いた。
「出口として使えなくても、地上の状況を知る別の手段になる可能性はある。だが、それもまだ可能性として記録するだけにする」
ミレナは新しい調査記録を作った。
『東側旧整備場分岐候補――旧水路東側にて、古い通路枠及び『東側整備場 地下点検路』の標識を現地確認。分岐部は後年の煉瓦構造により閉塞され、現在の人員通行は不可。閉塞部上方に斜め上へ続く鉄製経路を確認し、開口部手前にて弱い空気流を二度確認。五年前の地下換気格子交換記録との同一性、地上側終端、閉塞範囲、現在の地上利用との正確な位置関係はいずれも未確認。地上由来か不明の金属音及び低い振動を一度確認。こちらからの音響試験、接触、破壊、器具挿入は実施せず。』
アイリが記録を最後まで読んだ。
「今回は長いって言わない」
「成長した」
ミレナが答える。
「褒めてる?」
「かなり」
「またそれ」
レンが笑った。
◇
午後になっても、白環の正門側に新しい攻撃はなかった。破城槌の位置も、大盾の列も、高所の弓兵も変わらない。北市場第三保管庫の地上側についても新しい情報はなく、東地区道路修繕詰所が現在どのように使われているのかを直接確認する手段も、まだ得られていなかった。
ただ、東側旧整備場については一つだけ大きく状態が変わった。前日までは古い紙の上にしか存在しなかった分岐だったが、今はその入口だった構造と、名前の刻まれた標識を実際に確認している。その先が煉瓦で塞がれている以上、少なくとも現状では人間を外へ出せる道ではなく、確認できたのは「現在の出口」ではなく、「かつて東側整備場へ続いていた点検路」だった。
「次はどうする?」
レンが尋ねる。
「地下を掘る?」
「しない」
「分かってる。確認しただけ」
「先に地上」
ミレナが言う。
「ただし、誰かを見に行かせるんじゃなくて、紙と白環へ入ってくる通常情報で詰所の現在利用を調べる」
「保全区域の警戒も」
エリリアが続ける。
「はい。それから、五年前の換気格子交換の作業記録に、設置場所の詳細図や施工者の報告が残っていないか探します」
「上の格子位置が分かれば」
「地下の鉄管と同じものか、かなり絞れます」
「同じだったら?」
アイリが尋ねる。
「その時に、初めて次を考える」
ガリックは杖を膝の横へ置き、閉塞部を示す図を見つめていた。
「掘るにしても、通すにしても、人間の身体を支えられる構造を作る必要がある。煉瓦を何枚か抜けば終わる話じゃない」
「ガリックなら作れる?」
アイリが尋ねる。
「状態を見れば考えられるかもしれん」
「今は見に行かない」
「この脚で行くと言ったら、お前ら全員に殴られるだろ」
「私は肩が痛いから殴らない」
「私も手がまだ痛い」
「口では殴るだろ」
「それはできる」
僅かな笑いが中央回復室に広がった。
その後、レンは再び地図へ視線を落とした。北市場第三保管庫には二本の斜線が引かれ、東側旧整備場へ続く古い分岐には新しく小さな印が加わっている。一方は地上まで構造が残っているものの現在は使えない観測経路、もう一方は昔そこにあったことだけが確認され、途中を埋め戻されている点検路。どちらも、今の白環をそのまま包囲の外へ逃がしてくれる道ではない。
それでも二つ目の候補は、完全な行き止まりとも言い切れなかった。閉じた煉瓦のさらに上から空気が届き、その先のどこかで生じた可能性のある音まで、細い鉄管を通して地下へ伝わっていたからだ。その空気がどこから来るのか、誰のいる場所へ繋がっているのかはまだ誰にも分からない。だからこそ彼らは、叩かず、壊さず、呼びかけず、その存在だけを持ち帰った。
埋め戻された分岐の向こうには、まだどこかへ通じている細い空気の流れだけが残っていた。
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皆さんからの応援は、これからも物語を書き続けていくうえで大きな励みになります。
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