第7話:お姫様の食わず嫌い(暗殺計画)矯正ライブ
「嫌っ! 泥臭い草なんて食べたくないわ! お肉! 脂の乗ったオークの角切りを持ってきなさい!」
王立離宮の豪華なダイニングホールに、エルゼ王女の高飛車な声が響き渡る。
彼女は、王国でも有名な「超偏食王女」。特に野菜に関しては、見ただけで失神せんばかりの拒絶反応を示す。
その背後、影に控えるのは板前――いや、今は「お抱え料理人」兼「護衛」のツヨシだ。
今回の依頼は、国王からの直命。「娘の偏食を治せ。さもなくば……いや、治してくれたら何でも褒美を遣わす」という、切実な親バカ案件である。
「……お肉もいいですが、姫様。血の巡りが悪くなると、その自慢の肌が『煮込みすぎたスジ肉』みたいにボロボロになりますぜ?」
ツヨシは涼しい顔で、銀の盆を掲げた。
だが、事態は「食育」だけでは終わらなかった。ツヨシの鋭い鼻が、換気口から流れ込む微かな異臭を嗅ぎ取ったのだ。
(……アーモンドの臭い? 違う、これは『痺れ草』の抽出液だ。誰か仕掛けてやがるな)
窓の外、離宮を囲む森に潜む暗殺者たちの気配。
彼らの狙いは、食事に夢中になった王女の隙を突き、毒矢で仕留めること。
だが、彼らは致命的なミスを犯した。そこには、世界一気が短い「板前」がいたのだ。
「フン、肉ならありますよ。ただし、『ツヨシ流・超速ライブキッチン』を楽しんでもらってからだ!」
ツヨシが厨房のコンロに魔石で火を点けた瞬間、窓ガラスを突き破って三本の毒矢が飛び込んできた。
「キャアアア!」
悲鳴を上げる王女。だが、ツヨシの動きはそれよりも速かった。
彼は手近にあった「巨大な中華鍋」をフリスビーのように投げ飛ばし、空中で毒矢をすべてキャッチした。
「おっと、調味料(毒)の追加は間に合ってるぜ!」
ツヨシはそのまま、鍋を火にかけた。
暗殺者たちが次々と窓から侵入してくる。黒装束の男たちが抜いた短剣は、どれも猛毒が塗られている。
「死ね、料理人!」
「うるせぇ! 厨房に土足で上がるんじゃねぇ!」
ツヨシは、まな板に乗っていた「大根」を手に取った。
そのまま、高速で桂むきを始める。
シュルルルルッ!!
長く伸びた大根の皮が、鞭のようにしなって暗殺者の首に巻き付く。
「これでも食らえ! 鮮度抜群の拘束術だ!」
ツヨシはそのまま大根の皮を引き寄せ、暗殺者同士を正面衝突させた。
「姫様! 瞬き禁止だ、ここからが本番だぜ!」
ツヨシは、暗殺者が投げた手裏剣を、空中で「菜箸」を使ってキャッチした。
そのまま、その手裏剣を「マドラー」代わりに使い、特製ドレッシングを高速攪拌する。
遠心力でドレッシングが美しい霧となり、ホールに野菜の爽やかな香りが広がった。
「な、何をしているの!? 敵が来ているわよ!」
「調理中だ、静かにしてな!」
ツヨシは、襲いかかる暗殺者の腕を掴み、関節を極めたまま、その勢いを利用して「玉ねぎ」を空中へ放り投げた。
『鳳凰』が閃く。
パパパパパンッ!!
空中で完璧にみじん切りにされた玉ねぎが、フライパンの中へ雪のように降り注ぐ。
暗殺者のリーダーが、奥の手である「広範囲毒霧魔法」を唱えようとした。
「くらえ、死の煙――」
「火力が足りねぇんだよ!」
ツヨシはフライパンを大きく煽った。
中に入っていたのは、大量のピーマンと人参、そして細かく叩いた肉。
彼が「強火(魔石の最大出力)」で一気に煽ると、フライパンから巨大な火柱が上がった。
ゴォォォォッ!!
その熱風が暗殺者の毒霧を焼き尽くし、逆に彼らを熱々の油でコーティングした。
「熱っ! 熱い、熱いぞ料理人!」
暗殺者たちは、文字通り「素揚げ」状態になり、這々の体で窓から逃げ出していった。
「ふぅ……さて、お掃除完了だ」
静寂が戻ったダイニングホール。
ツヨシの前には、一つの小皿が置かれていた。
黄金色に輝く、一口サイズの「ミンチカツ」のようなもの。
「……何よこれ。お肉なの?」
エルゼ王女は、恐怖と興奮で少し頬を赤らめながら、おずおずとフォークを伸ばした。
「ただの肉じゃねぇ。『暗殺者の殺気』を隠し味に、じっくり火を通した逸品だ。……冷めないうちに食いな」
エルゼが一口、それを口に運ぶ。
サクッ、という軽やかな音。
次の瞬間、彼女の脳内に野菜の甘みが爆発した。
「……えっ!? 甘い……!? ピーマンの苦味も、人参の泥臭さも全然ないわ! それどころか、このお肉、すごく深みがあって……美味しい!」
「当たり前だ。細かく刻んで、飴色になるまで炒めた玉ねぎと、特性の味噌でコクを出した。野菜は『敵』じゃねぇ、肉を引き立てる『最高の相棒』なんだよ」
ツヨシは包丁を拭きながら、不敵に笑った。
王女は夢中で皿を空にした。あんなに嫌っていた野菜が、今は愛おしく感じられる。
「ねぇ、あなた! 明日もまた『戦いながら』料理してちょうだい! 今度はカボチャに挑戦してあげるわ!」
「ヘイヘイ、お姫様。……ただし、俺の仕込みを邪魔する奴は、次こそ本当に三枚におろしてやるからな」
ツヨシは、窓の外で気絶している暗殺者たちを横目に、満足げに鼻を鳴らした。
板前の戦いは、包丁一本で、偏食も暗殺者もまとめて片付ける。
王宮の料理番としてのツヨシの名声は、この日、伝説へと一歩近づいたのであった。




