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第6話:「聖剣(包丁)奪還ライブキッチン」

王都の中央にそびえ立つ「王立魔具博物館」。そこには、かつての勇者が振るったとされる伝説の武具が並ぶ。

その最深部、厳重な結界に守られた展示台に、それは鎮座していた。


――ツヨシの愛刀の『鳳凰』刺身包丁である。


「……冗談じゃねぇ。俺の魂をあんな見せ物にしやがって」


博物館の屋上、月光を背にツヨシは独りごちた。

事の起こりは数日前。街のゴロツキを返り討ちにした際、その包丁のあまりの切れ味と、ツヨシが放つ「殺気(板前の集中力)」を目の当たりにした鑑定士が、「伝説の聖剣『銀鱗砕き』に違いない」と勘違いし、公権力を行使して没収していったのだ。


ツヨシにとって、包丁がないのは板前としての死を意味する。

彼は黒い調理服に身を包み、腰には予備の出刃を差し、静かに通気口へと身を投じた。


潜入。その動きは「静」の極致だった。

警備兵の視線を、視界の端で捉える。「板前は客の視線を常に意識する」。どこで誰が見ているか、どのタイミングで料理を出すか。その感覚を応用すれば、警備の死角を見抜くなど造作もなかった。


「……第一陣、通過」


足音を消し、影から影へと渡る。重厚な石造りの廊下に、ツヨシの気配だけが溶け込んでいた。

だが、最深部の展示室の前に辿り着いた時、事態は急転する。


「止まれ! 侵入者か!」


待ち構えていたのは、王宮魔導師団の精鋭たちだった。包丁から放たれる異様な「魔力(実際は長年の手入れによる研ぎ澄まされた覇気)」を察知し、伏兵を置いていたのだ。


「フン、聖剣を狙う不届き者め。この結界からは逃れられんぞ!」


魔導師たちが一斉に呪文を唱える。四方から炎の鎖が伸び、ツヨシを縛り上げようとする。

ツヨシの目が、板前としての「見切り」のモードに切り替わった。


「……炎の鎖か。火力が強すぎるな。これじゃあ素材の味が死ぬぜ」


ツヨシは予備の出刃を抜いた。

重厚な緊張感が一気に加速する。彼が踏み込んだ瞬間、周囲の温度が数度下がったかのように錯覚させるほどの殺気が放たれた。


「三枚おろしだ」


シュンッ!!


目にも留まらぬ速さ。ツヨシの出刃が、空中の炎の鎖を「調理」し始めた。

鎖の結合部、魔力の結節点を正確に断ち切る。それは魚の骨から身を剥がすような、無駄のない職人技。

魔導師たちは驚愕した。自分たちの魔法が、まるで大根か何かのようにスパスパと細切れにされていくのだ。


「な、なんだあの動きは!? 剣術ではない……もっと……もっと家庭的で恐ろしい何かだ!」


ここから、現場の空気は一気に「アクティブ」な混沌へと突入した。


「おい、そこの赤魔導師! お前の火球は火が通り過ぎだ。もっと余熱を活かせ!」

「なっ、貴様、何を――」


ツヨシは飛んでくる火球を、持参した巨大な中華鍋(移動用の盾兼調理器具)でキャッチし、そのままスイングして氷の魔法を放つ青魔導師へと「パス」した。


「次は冷やし(氷魔法)か! 締めが足りねぇんだよ!」


ツヨシの動きは、もはや戦闘ではなく「厨房での立ち回り」そのものだった。

襲いかかる警備兵たちの槍を、まな板代わりの盾で受け止め、その瞬間に相手の鎧の継ぎ目(可食部と不可食部の境界)を突き、武装解除させていく。


「どけ! 俺は忙しいんだ! 仕込みの時間が迫ってる!」


ツヨシは展示台へ跳躍した。結界の壁が彼を拒むが、彼は懐から「特製・超高濃度レモン汁」を取り出し、結界の基部にぶっかけた。

「酸」による中和。

「結界なんてのはな、アク抜きと一緒だ。少しの工夫でスルッと剥けるんだよ!」


バリンッ! と派手な音を立てて結界が砕け散る。

ツヨシはついに、愛刀『鳳凰』を手に取った。

その瞬間、包丁が歓喜に震えるように光り輝いた。


「よし……研ぎは完璧だ。仕上げにいくぞ」


背後から迫る、巨大なゴーレム(博物館の守護守。石造りの巨漢)。

ツヨシは振り返り、包丁を構えた。


「巨大食材のお通りだ。……千切りにしてやる」


そこからのツヨシは神懸かっていた。

巨体のゴーレムが振り下ろす拳を、紙一重でかわしながら、全身の関節(筋)を次々と切り裂いていく。

ザザザザザッ!! と、凄まじい刻み音がホールに鳴り響く。


「ヘイ、お待ち!!」


ツヨシが包丁を鞘(布巻)に収めた瞬間、巨大なゴーレムは、全く同じサイズ、同じ厚みの「石のサイコロ」へと変貌し、ガラガラと崩れ落ちた。

あまりにも完璧な「賽の目切り」。


静まり返る博物館。

魔導師たちも、警備兵も、そのあまりに圧倒的で、それでいてどこか「美味しそう」な技術の前に、戦意を完全に喪失していた。


「……おい、お前ら。次はもっとマシな火加減で来い。……あぁ、あと、これ」


ツヨシは懐から、奪還のお礼代わりに置いてきた「自家製・梅干しおにぎり」の包みを展示台に置いた。


「夜食だ。しっかり食って、明日から真面目に警備しろよ」


ツヨシはそう言い残すと、煙幕を炊いて窓から飛び出した。

翌朝、博物館には「伝説の聖剣が、一晩で梅干しおにぎりに姿を変えた」という奇妙な噂が流れ、王都中の人々が首を傾げることになった。


その頃、ツヨシは辺境伯邸の台所で、取り戻した包丁を愛おしそうに手入れしていた。

「やっぱりこれじゃなきゃ、アジの姿造りはできねぇからな」

彼の異世界でのアイデンティティは、今日も平和(と美食)を守るために研がれている。

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