第5話「鉄血騎士団と黄金の天ぷら」
ベリウス辺境伯邸の演習場。そこには、王国の盾と称される「鉄血騎士団」の面々が、抜き身の剣のような鋭い殺気を放って整列していた。
中心に立つのは、団長ガルドス。数多の魔物を一刀の下に屠ってきた彼にとって、新参のお抱え料理人であるツヨシは、「軟弱な色男」にしか見えていなかった。
「辺境伯、我ら騎士団は戦場を住処とする。軟な料理で胃袋を満たすほど、魂は腐っておらんのだ」
ガルドスの咆哮が空気を震わせる。騎士たちの重厚な鎧がガチャリと音を立て、威圧感が増す。彼らにとって食事とは単なる燃料であり、美味を楽しむことは「弛み」でしかなかった。
対するツヨシは、野外に設置された急造の調理台の前に、微動だにせず立っていた。
その手には、巨大な菜箸。
足元には、深々と油を湛えた大鍋。
「……燃料か。なら、最高純度のガソリンをぶち込んでやるよ」
ツヨシの目が細まる。彼にとって、客が誰であろうと「食わせる」ことが最優先の任務だ。たとえそれが、山のような筋肉を鎧で包んだ野蛮な騎士たちであっても。
調理が始まった。
ツヨシが小麦粉と卵を、氷水で手早く混ぜ合わせる。その動きには、一切の無駄がない。騎士団長ガルドスは、その所作に思わず息を呑んだ。
(……何だ、あの構えは? 体幹が全くぶれていない。一瞬の隙も見せぬ、究極の「中段」……!)
ツヨシが素材を手に取る。地元で獲れた「魔力大蝦」と、大地の魔力を吸った野草。
彼はそれを衣にくぐらせ、高温の油へと「投入」した。
「――っ、来るぞ!」
ガルドスが反射的に腰の剣の柄に手をかけた。
凄まじい衝撃波。
油に落ちた素材が弾ける音が、戦場における「爆裂魔法」のような咆哮となって周囲に響き渡ったのだ。
シュワアアアッ!!
黄金の泡が鍋の中で舞い踊る。ツヨシは菜箸を振るい、油の対流を操作した。それはもはや調理ではない。敵の太刀筋を見極め、最小の動きで受け流す「受け流し(パリィ)」の極致。
飛び散る油の飛礫を、ツヨシは左手の布一枚で全て叩き落とす。
「揚がったぞ。まずは……団長、あんたからだ」
差し出されたのは、光輝く「魔力大蝦の天ぷら」。
ガルドスは、半信半疑でそれを受け取った。重い。まるで聖遺物を保持しているかのような魔力密度。
彼は覚悟を決め、その黄金の衣に歯を立てた。
パキィィィィン!!
硬質な、しかし軽やかな音が演習場に響く。
その瞬間、ガルドスの脳内で、抑圧されていた野性が爆発した。
「……う、うおおおおおおおおっ!?」
ガルドスの絶叫。
サクサクとした衣を突き破った瞬間、中から溢れ出したのは、熱々の魔力と甘みの濁流だった。
海老の弾力が、彼の屈強な顎を押し返す。その抵抗感が、戦士としての闘争心を刺激し、飲み込む瞬間の香りが脳の奥底にある「至福」のスイッチを力任せに押し下げた。
「な、なんだこれは!? 体の芯から魔力が湧き上がる! まるで全身にバフ魔法を十重に掛けられたかのような……これこそが、食の真理か!」
ガルドスの目が血走り、彼は二尾目の海老に手を伸ばした。
「団長!?」
「我慢できん! 貴公らも食え! これは命令だ、いや、報賞だ!」
一人の騎士が恐る恐る口に運び、そして――。
「う、美味すぎるッ! 筋肉が……筋肉が喜んでいるぞォ!」
「お代わりだ! 板前、次だ! 次の『黄金の衝撃』を持ってこい!」
重厚だった騎士団の空気は、一瞬で崩壊した。
ツヨシはニヤリと笑い、調理のギアをさらに上げた。
「へっ、忙しくなりそうだ。野郎ども、並べ! 揚げたてを逃したら、俺の包丁が火を吹くぞ!」
ここからは「アクティブ」な戦場の始まりだった。
騎士たちが次々と皿を持ってツヨシに突進してくる。
ツヨシはそれを軽やかなステップで回避しながら、揚げたての天ぷらを空中で次々と皿へと放り投げる。
「板前! カボチャだ! 南部の森のカボチャを揚げろ!」
「うるせぇ、順番だ! ほらよ、舞茸の天ぷらだ、魔力回復効果付きだ!」
空中を舞う天ぷら。それを見事にキャッチしては、涙を流して貪り食う騎士たち。
ついには、ガルドスが脱ぎ捨てた重厚な鎧を盾代わりにして、ツヨシから飛んでくる揚げたてのナスを受け止めるという暴挙に出た。
「ハハハ! 盾の使い道を間違えているぞ、ガルドス!」
「黙れ辺境伯! このナスは……このナスだけは、誰にも譲らん!」
演習場は、もはや宴会どころか暴動に近い熱気に包まれていた。
重厚な殺気はどこへやら。そこにあるのは、旨いものを食うために全力を尽くす男たちの、コミカルで生命力に満ちた混沌だった。
「ツヨシ、君は恐ろしい男だ」
辺境伯が、混乱の渦中を見つめながら呟いた。
「王国最強の騎士団を、たった一晩で『食いしん坊の餓鬼』に変えてしまうとは」
ツヨシは汗を拭い、最後の一切れを揚げ終えると、空になった鍋を叩いた。
「料理は戦い(ライブ)だからな。食う気がねぇ奴に、食わせる料理は持ってねぇよ」
その夜、騎士団の宿舎からは、いびきと「お代わり……」といううわ言が絶えなかったという。
ツヨシは、自室で静かに包丁を研いでいた。
明日はどんな「敵(食材)」が来るのか。
彼の異世界でのアイデンティティは、今日も研ぎ澄まされていた。




