第14話:霧を切り裂く一本釣り! 幻の雷魚・絶品カルパッチョ
「……ツヨシ殿! 見るでござる! 拙者の『氷封じの術』で、昨日の牛の残りがカッチカチの鈍器になったでござるよ! これで敵を殴れば、打撃と凍傷を同時に与えられる……まさに忍びの知恵!」
「リン、それを俺の寝袋の横に置くな。結露でビショビショだ。あと、それは食い物であって武器じゃない」
アイスブレス渓谷を抜けた一行は、視界を白く塗りつぶすほどの濃霧が立ち込める『雷鳴湖』のほとりにいた。
「あわわ……ツヨシさん、空気がビリビリします! 髪の毛が逆立って、僕がタンポポの綿毛みたいになってますよ!」
ハンスの言う通り、湖面からはバチバチと青白い火花が散り、時折「ドカン!」という落雷の音が霧の向こうから響いてくる。今回の王女のオーダーは、『口の中で弾ける電流の刺激と、天界の如き透明感を持つ白身』。
ターゲットは、高度一万メートルの積乱雲の中に生息し、落雷と共に湖へ降りてくると言われる幻の怪魚『スカイ・ボルテックス・フィッシュ』。通称、雷魚だ。
「いいか、ハンス、リン。この雷魚は『生きた雷』そのものだ。水に触れた瞬間に放電し、自らの熱で身が焼けてしまう。最高の状態で食うには、水面に着く直前……つまり空中で完璧に仕留め、その瞬間に余剰な電気を逃がす必要がある」
「空中で仕留める!? ツヨシさん、僕たちは暗殺者であって、対空ミサイルじゃないんですよ!?」
「案ずるなハンス殿! 拙者に策があるでござる!」
リンが自信満々に胸を叩き、背負っていた巨大なお玉――『美食忍具・万能掬い』を構えた。
「このお玉の柄には、拙者の特製ワイヤーが仕込まれているでござる。これをツヨシ殿の『鳳凰』に結びつけ、拙者がお玉でハンス殿を……こう、ポーンと打ち上げるのでござる!」
「……え、僕を? なんで僕が打ち上げられる前提なんですか?」
「ハンス、お前は今日から『避雷針』兼『釣り餌』だ」
ツヨシが淡々と、ハンスの腰ベルトにリンのワイヤーを連結した。そのワイヤーの先は、ツヨシが持つ鳳凰の柄へと繋がっている。
「いやぁぁぁ! 離して! 僕はまだ二十歳なんです! 結婚もしてないし、美味しいものをもっと安全な場所で食べたいんです!!」
「問答無用でござる! 忍法・人間打ち上げ花火の術!」
リンが巨大なお玉をゴルフのスイングのように振り抜いた。凄まじい風切り音と共に、ハンスの体が霧を突き破って垂直に上昇していく。
「ギャァァァァァァーーーーー!!」
上空数百メートル。ハンスが霧の上に出た瞬間、空が激しく発光した。厚い雲を割り、巨大な銀色の影がハンスめがけて急降下してくる。
「ギギギギィィィィン!!」
全長十メートル。翼のような鰭を広げ、全身から数万ボルトの火花を散らすスカイ・ボルテックス・フィッシュだ。それは、まさに空飛ぶ稲妻だった。
「ツヨシ殿! 来たでござる! 主がお出ましでござるよ!」
「……ああ。いい引きだ」
ツヨシは鳳凰を抜き放つと、ワイヤーを通じて伝わってくる「ハンスに食らいつこうとする雷魚」の振動を感じ取った。
「リン、回せ!」
「御意! 忍法・人間メリーゴーランド!」
地上でリンがワイヤーの基部を持ち、猛烈な勢いで回転を始めた。遠心力によって、上空のハンスと、それに食らいつこうとする雷魚が巨大な円を描いて振り回される。
「目が回るぅぅぅ! 電気で痺れるぅぅぅ! お母さーん!!」
「今だ」
ツヨシはリンの肩を踏み台にすると、垂直に跳躍した。ただの跳躍ではない。リンの回転の勢いを利用した、超高速の突進だ。
「ツヨシ流・空中暗殺術――『雷火削ぎ』」
ツヨシの体が空中で弾丸と化す。鳳凰の刃が、雷魚が放つ青白い放電を切り裂き、逆にそのエネルギーを吸い込んで赤く輝いた。
雷魚の懐に飛び込んだツヨシは、一瞬の間に八つの急所を突いた。それは殺すための突きではなく、魚の神経を遮断し、電気を一点に集めて放出させるための「活け締め」の型だ。
「……終わりだ」
空中で爆発的な閃光が走る。雷魚が溜め込んでいた全電流が、ツヨシの鳳凰を伝わってハンス(避雷針)を通り、ワイヤーを通じて地上へと逃げた。
「アババババババババ!!!」
ハンスが全身を光らせながら落下してくる。それと同時に、完璧に「三枚おろし」の状態に切り分けられた雷魚の巨大な身が、雪のように舞い落ちた。
「リン! 散らばらせるな! 鮮度が落ちる!」
「合点でござる! 忍法・千手大皿!」
リンが分身したかのようなスピードで湖畔を駆け巡り、広げた特大の風呂敷で、空から降ってくる銀色の切り身を一つ残らずキャッチしていく。最後は、ツヨシがハンスの襟首を空中で掴み、静かに着地した。
「……ふぅ。いい運動だった」
「運動……? 死ぬかと思いましたよ……。僕、今、心臓が五回くらい止まって再起動しましたよ……」
焦げた匂いをさせながらハンスが地面に崩れ落ちる。しかし、リンが広げた風呂敷の中には、この世のものとは思えないほど美しい、真珠色に輝く魚の身が山積みになっていた。
「ツヨシ殿! 見るでござる! この身、まだ生きて跳ねているでござるよ!」
ツヨシはすぐさま、腰から小さなナイフを取り出し、その身を極限まで薄くスライスした。味付けは、リンが持っていた秘蔵の「忍びの里の隠し塩」と、先ほどアイスブレス渓谷で採取した「氷晶の果実」を絞った酸味のあるソースだ。
「……食え。これが『雷を喰らう』ということだ」
三人は、盛り付けられたカルパッチョを口に運んだ。
その瞬間。
ハンスの口の中で、パチパチパチ! と小さな火花が弾けた。
「……っ!! な、なんですかこれ!? 舌に触れた瞬間、細かい泡が弾けるような刺激が走って、その後に……信じられないくらい濃厚な、脂の甘みが追いかけてくる!」
「これは……拙者の忍術でも再現不能でござる! 身が引き締まっているのに、口の中でとろける……! この刺激、病みつきになるでござる!!」
リンも頬を赤らめ、お玉で次々と身を掬って食べている。ツヨシも黙々と一切れを口にし、小さく頷いた。
「落雷のエネルギーが、身のタンパク質を極限まで活性化させている。……だが、この味を楽しめるのは、締めてから三分以内だ」
「じゃあ、王女様にはどうやって届けるんですか!?」
「案ずるな、ハンス殿! 拙者の『氷封じの術』で、この鮮度ごと凍らせて運ぶでござる! ……あ、しまった。さっきの放電で拙者の魔力が空っぽでござるよ!」
「……リン。お前、さっきの回転で魔力を使ったのか?」
「そうでござる! 勢いをつけるために、お尻から火を噴いたでござる!」
「…………」
ツヨシは静かに、気絶したハンスと、空っぽのリン、そして大量の雷魚を見つめた。
「仕方ない。全部ここで食うぞ。王女には、また別のものを探せばいい」
「ええっ!? ツヨシさん、そんな適当でいいんですか!?」
「鮮度が落ちたものを出すのは、料理人のプライドが許さん」
霧が晴れ、朝日が差し込み始めた雷鳴湖のほとりで、三人の奇妙な宴が続いた。ハンスの絶叫と、リンの陽気な笑い声が、静かな湖面にいつまでも響き渡っていた。




