第13話:凍てつく美食! 極寒の渓谷で熟成肉を食らえ
「……ツヨシさん。前回のサソリ・チリソースの刺激が強すぎて、僕の胃袋が今度は悲鳴を上げてます。それなのに、何ですかこの場所は! 鼻水が凍ってダイヤモンドダストになってますよ!」
ハンスは、毛皮を三枚重ね着してもガタガタと震えながら、雪深い渓谷の淵に立っていた。ここは北の最果て『アイスブレス渓谷』。吸い込む空気すら肺を凍らせる、魔獣たちの天然冷蔵庫だ。
「いいかハンス。第12話の『熱』の次は『冷』だ。王女の次なるオーダーは『とろけるような甘みと、奥深いコク。そして、噛む必要すらない究極の柔らかさ』。……つまり、熟成肉だ」
ツヨシは薄手のシャツ一枚(!)で、鳳凰を腰に差し、雪の上を平然と歩いている。鳳凰の刀身が、前回のサソリ戦で使いきれなかった火龍の余熱を微かに放ち、彼の周囲だけを南国リゾートに変えているのだ。
「独り占めずるいですよ! その熱、僕にも分けてください!」
「断る。これは調理用の予熱だ。……おっと、先客か」
ツヨシが足を止めた。
渓谷の巨大な氷柱の影から、一人の少女が飛び出してきたのだ。
「待たれよ! その獲物、拙者が先に目を付けていたでござる!」
現れたのは、和風の忍装束にモコモコの防寒具を強引に組み合わせた、奇妙な少女だった。背中には巨大な「お玉」と「クナイ」を背負っている。
「拙者は美食忍者リン! 世界中の珍味を盗……いや、調査して回る義賊でござる!」
「忍者? また変なのが出てきたな……。ハンス、囮が増えたぞ」
「ツヨシさん、女の子を囮にするのは人道的にも料理人的にもアウトです!」
「ふん、料理に性別は関係ない。……来るぞ」
地響きと共に、氷の壁を突き破って現れたのは、全身が氷の結晶で覆われた巨大な牛――ランクA魔獣『凍土巨牛』。その肉は凍結と解凍を繰り返すことで天然の熟成が進み、一口食べれば昇天すると言われる伝説の食材だ。
「ギモォォォォ!!」
巨牛が突進してくる。リンは素早く印を結んだ。
「美食忍法・煙幕胡椒の術!」
ドロン! という音と共に、辺りに強烈な刺激臭を放つ煙が広がる。巨牛がクシャミをして動きを止めた隙に、リンはお玉を構えて飛び出した。
「今でござる! この肉を切り取って、拙者のコレクションに……わわわっ!?」
しかし、巨牛の皮膚は鋼鉄よりも硬い氷の鎧。リンのクナイは虚しく弾かれ、逆に巨牛の巨大な角が彼女を跳ね飛ばそうと迫る。
「危ない!」
ハンスが叫ぶより早く、ツヨシが動いた。
「ハンス、リン! 二人で左右から挑発しろ! 氷の鎧を『内側』から破壊する!」
「ええい、背に腹は代えられぬ! 助太刀いたす!」
ハンスが雪玉を投げ(情けないが必死)、リンがお玉で氷の壁を叩いて音を出す。巨牛が混乱した瞬間、ツヨシは鳳凰を抜き放った。
「ツヨシ流・瞬間解凍調理――『紅蓮の心臓抜き(ヒート・パンクチャー)』!」
ツヨシは巨牛の突進を紙一重でかわすと、鳳凰を「逆手」に持ち替え、氷の鎧のわずかな隙間から刀身を突き刺した。第12話でサソリを焼き上げた「火龍の熱」の残滓が、刀身を通じて巨牛の体内に一気に流れ込む。
「モォォ!?!?(熱い! 冷たい! どっち!?)」
外側は氷点下、内側は沸騰。急激な温度差に耐えきれず、巨牛の氷の鎧がパキパキと音を立てて粉砕されていく。
「よし、服を脱がせたな。次は『マッサージ』だ!」
ツヨシは空中でリンの背負っていた巨大お玉を奪い取ると(「拙者の調理器具がああ!」とリンが叫ぶ)、それをハンマーのように振り下ろした。
「鳳凰・連打叩き(テンダライズ・ビート)!」
超高速の打撃が、巨牛の赤身肉に叩き込まれる。硬い筋組織が破壊され、霜降りの脂が肉全体に均一に溶け込んでいく。まさに、生きたままの究極の下処理だ。
「トドメだ。……鳳凰、雪を吸え!」
ツヨシが鳳凰を振り抜くと、周囲の粉雪が竜巻となって刀身に吸い込まれていった。
「一閃・氷華熟成!」
鳳凰から放たれた極低温の波動が、完璧に叩かれた肉を一瞬でコーティングした。表面だけを薄く凍らせることで、内側の旨味を閉じ込め、数秒で「数ヶ月の熟成」に匹敵する熟成度へと導いたのだ。
ドォォォン……。
戦い(調理)が終わった。そこには、綺麗にスライスされ、雪の皿の上に並べられた極上の「アイス・バイソンの熟成ステーキ」が、鳳凰の予熱でふわりと湯気を立てていた。
「……食え。これが北の渓谷の答えだ」
三人は、震えながらも肉を口に運んだ。
「……な、何これ!? 舌に乗せた瞬間に脂が雪みたいに溶けて、その後に強烈な肉の旨味が押し寄せてきます! 噛んでないのに、喉を通る時の幸福感がすごい!」(ハンス)
「お、美味しいでござるぅ……! 忍びとして生きてきて、これほどの『忍べない美味』に出会うとは……。拙者、今日から貴殿の弟子になるでござる!」(リン)
「弟子はいらん。囮なら歓迎するがな」
ツヨシは無愛想に肉を頬張ったが、その表情はどこか満足げだった。
「さて、熟成は済んだ。これを王女に届けるまでに、リン、お前の忍法で『鮮度を保つ封印』をかけろ。失敗したらお前を次のメインディッシュにする」
「ヒェッ! 了解でござる! 全力で封印するでござる!」
極寒の渓谷に、新しい仲間の騒がしい声が響き渡る。ツヨシ、ハンス、そしてリン。凸凹トリオの美食の旅は、ここからさらに加速していくのであった。




